データからみえる今日の世相~バブル世代が好きなもの
【バブル経験世代はやっぱり〇〇が好き⁉テレビ局の膨大なデータと『コーホート分析』から見えてくる時代の移り変わり】
江利川 滋(TBS総合マーケティングラボ)
1970年代から毎年続いている「TBS総合嗜好調査」。その中の「好きなごはんもの・めん類・パンなど」のデータで、前々回は東西の上位ランキングを比較し、前回は40年以上にわたるトレンド変化を追いかけました。
「そりゃ時代が変わればトレンドも変わるよね」とお思いなら、ちょっと待った。トレンド変化の要因は時代だけじゃないんです。
今回は「好きなごはんものなど」シリーズ(?)の締めくくりとして、好きな食べ物のトレンド変化がどのような要因で起こっているのかを、コーホート分析という統計手法で明らかにしてみます。
コーホート分析が明かす「スパゲティ好き」の構造
前回の記事では昔から人気が高かった「にぎりずし」に比べ、「ラーメン」「カレー」「スパゲティ」は80~00年代に人気が伸びたことを示しました。
「そうか、80年代はバブル景気が膨らんでいたからね」と考えたくなりますが、本格的に人気が伸びたのはバブル崩壊後の90年代以降なので、ぴったり当てはまる説明ではありません。
では、どんな要因があり得るのか。それを探るのがコーホート分析です。
コーホート(cohort、コウホート、コホートとも言います)とは、「共通の特徴を持った集団」のことです。特に同じ時期に生まれた人口集団(出生コーホート)、すなわち「世代」を指すことが多いようです。
そしてコーホート分析は、長期間に及ぶデータ(長期時系列データ)の変動を「年齢」「時代」「コーホート」の3つの効果に分解して、どの効果がどれくらい、どのようにデータの変動に影響したかを示す手法になります。
そこで論より証拠、実際にデータを分析してみましょう。
コーホート分析は、回答者年齢と調査年の組合せによる「コーホート表」作りから始まります。今回はTBS総合嗜好調査の「好きなごはんものなど」から「スパゲティ」の選択率についてコーホート表を作りました(注1)。
コーホート表の各セルには、“ある調査年にある年齢だった人々のうち、「好きなごはんものなど」としてスパゲティを選んだ人の割合(%)”が入っています。例えば左上隅のセルにある「58.4%」は、80年調査で15~19歳だった回答者に占める「スパゲティ好き」の割合になります。
この表の縦方向(赤い矢印)が年齢の動き、横方向(青い矢印)が時代の動き、右斜め下方向(緑の矢印)がコーホートの動きになります。
特にコーホートの動きでは、例えば左上隅セルにいる「80年に15~19歳」の人(61~65年生まれ)は、5年後の85年には右斜め下の20~24歳のセルに、さらに5年後はその右斜め下に……、というように移動していきます。
コーホート表の数値は、こうした年齢、時代、コーホートの効果が絡み合っています。コーホート分析では、これらを計算(注2)で分解して、それぞれの効果を、他の効果の影響を除いた形で取り出します。
例えば年齢効果は「調査年によらず、ある年齢であることはスパゲティ好きにどれくらいプラス(またはマイナス)に作用するか」を示します。
同様に時代効果は「年齢によらず、ある年に居合わせたこと」、コーホート効果は「特定の時期・年齢によらず、あるコーホートに属すること」が、スパゲティ好きにどう作用するかを表すことになります。
計算の結果は、以下のグラフのようになりました。
まず年齢効果ですが、全体として若いほどスパゲティ好きが多く、年齢の上昇はスパゲティ好きを減らすように作用していました。しかし、グラフの傾きはなだらかで、若年層と年配層がものすごくかけ離れているということではなさそうです。
一方、時代の効果は顕著で、90年から2010年に掛けてスパゲティ好きがどんどん増加していました。
現在50代前半の筆者には、80年代末のバブル景気後期にイタリア料理の大ブーム(イタメシブーム)が懐かしく思い出されます。スパゲティを「パスタ」と呼び出したのもその頃でした。
このブームは一過性のものではなく、むしろ日本人の食のレパートリーに、スパゲティに代表されるイタリア料理を根付かせるきっかけだったと考えられます。ここ最近はことさら好きというほどでもないくらい定着したようですが、時代効果の推移がこうした解釈を裏付けています。
そしてコーホート効果では、今の40代前半~60代前半(56~80年生まれ)が世代的にスパゲティ好きとなっています。そのピークが現在50代前半の66~70年生まれで、ちょうど筆者の世代です。
その世代は今から30年ほど前のイタメシブームの頃が20代前半、バブルの華やかな(浮かれた?)雰囲気のなかで青春を謳歌しました。そんな頃に出会った「パスタ」が今でも好みというのは分かりやすい話です(注3)。
以上の分析結果から、スパゲティのトレンド変化は時代効果も大きいですが、コーホートの効果もそれなりにあると考えられます。ちなみに、それぞれの効果の大きさを「コーホート表を説明する割合」(注4)で表すと、年齢効果が25%、時代効果が41%、コーホート効果が34%でした。
TBS総合嗜好調査のような長期時系列データの分析では、各回の集計や全体のトレンドを見るとともに、コーホート分析で要因の構造まで味わい尽くすのも醍醐味だと思いますが、いかがでしょうか。
注1:TBS総合嗜好調査は毎年、東京と阪神地区で行われ、2014年以降は13~74歳が対象ですが、コーホート表は分析の都合から「東京地区」「15~59歳の5歳刻み」「1980年から5年置き」のデータで作成しています。
注2:本稿では朝野(2012)で紹介されている「パラメータの簡易推定法」を使用しました。
注3:コーホート効果で、左端(1921~25年生まれ)と右端(2001~05年生まれ)の効果がプラス方向に突出しています。左端のコーホートに対応するコーホート表のデータは左下隅のセル、右端は右上隅のセルしかなく、データの少なさによる推定精度の劣化、いわゆる「端の効果」(朝野、2012)が表れていることも考えられます。
注4:この割合は「パラメータの分散の構成比」です。
参考文献:朝野煕彦(2012)『マーケティング・リサーチ ―プロになるための7つのヒント』講談社.
<執筆者略歴>
江利川 滋(えりかわ・しげる)
1968年生。1996年TBS入社。
視聴率データ分析や生活者調査に長く従事。テレビ営業も経験しつつ、現在は総合マーケティングラボに在籍。
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