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「犯罪加害者家族」という存在

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【犯罪の加害者家族はどのような状況に巻き込まれるのか。加害者家族の支援に携わる執筆者が、家族の肉声を端緒に「隠された被害者」ともいわれるその困難な現状を伝える】

坂野 剛崇(大阪経済大学 人間科学部教授)


はじめに

 まずは想像してほしい。

あなたが犯罪を起こして逮捕されたら、あなたは、何を体験するだろうか?

 警察の取調べ、裁判、服役…、想像できるものはいくつかあるだろう。

 ではもう一つ想像してほしい。

あなたの『家族』が犯罪を起こした時、あなたには何が起こるだろうか?

 思い浮かぶのは、犯罪をした身内の事件のテレビニュース、あるいは、新聞記事だろうか。それとも被害弁済のことだろうか。

 令和5年版犯罪白書(法務総合研究所、2024)によれば、2022年に窃盗や傷害、殺人等の刑法犯で検挙された人は約17万人である。なかには天涯孤独という人もいるかもしれないが、それらの人の多くには親や配偶者、こどもや孫がいる。

 単純に考えてみても、犯罪者と呼ばれる人の親族-「犯罪加害者家族」という立場に置かれた人は、検挙された人の2倍、いや、3倍以上もいるのである。これらの人たちはどのようなことに直面するのだろうか。

 筆者が、支援するなかで出会ったこうした人たちの言葉を端緒に、犯罪加害者家族が遭遇する問題について紹介していきたい。

法律的問題

「頭が真っ白、頭に浮かんだのは“弁護士”。でもどうやって?」

 家族が犯罪を起こして逮捕されると警察から連絡が入る。しかし、それは多くの人にとってまさに青天の霹靂である。「はぁ?ウソ、ウソ…」と受け入れられないことが先に立つ。

 警察からの説明を受け、事情を理解すると「逮捕」などニュースなどで知っている法的な手続のことを頭に浮かべる。しかし、多くの人は、刑事手続とはそれまで無縁であるため、具体的に何をしていいかわからず戸惑うだけになる。警察から説明があってもそれらには当然のように専門用語が並び、理解できないことも多い。

 犯罪があると「弁護士」という言葉が頭に浮かぶことが少なくない。しかし、実際にどのようにして依頼していいのかなど具体的なことがわからず、弁護士が決まらない状態で、家族が対応を余儀なくされることも多い。「面会」、「差入れ」など、聞いたことはあるが、実際に何ができるのか、どのようにするのかなど、わからないことだらけとなる。

 その間も事情聴取や家宅捜査の立会いなど捜査への協力を求められる。ほとんどの家族は捜査に協力する。しかし、それは「訳がわからず言われたとおりに」対応しているだけというのがほとんどである。今後の本人にどのように影響するのか考える間もない。最も負担になるのは、今対応していることがこの先に何にどう繋がるのかがわからないまま、目の前のことへの対応に追われることである。

 家族は、暗闇の中、手探りで刑事手続というトンネルを進むような感じになるのである。
 

経済的問題

「明日からどうやって生活しよう?って」

 犯罪で検挙される人の約9割は男性である。これらの人は、いわゆる「大黒柱」として家計を担っていることが多いため、家族は、身内の犯罪によって家計の担い手を失い、経済的な問題を抱えることが少なくない。

 家族が仕事を辞めざるを得なくなることもある。そうでなくとも面会や警察等との対応のために仕事を休まざるを得なくなる。そのため、アルバイトやパートで働いている場合には収入が減る。

 さらにその一方で支出は増える。弁護士費用、被害弁済、本人への差入れ、意外とばかにならない面会のための交通費等々、日常生活で予定しない様々な支出が生じ、家計は圧迫される。

 さらには、自宅に居づらくなって転居を余儀なくされることもある。転居には費用が生じる。また、それまでの仕事を続けられなくなって転職、すなわち、辞職と新たな仕事探しが必要になるのである。

 身内の犯罪は、家族の生計を直撃するのである。
 

メディアに関する問題

「何のための報道なの?って思うんです」

 事件が起きると容疑者の氏名、年齢、起こした犯罪の内容等が新聞やテレビニュースで報道される。犯罪報道は、民主主義の根幹を成す国民の「知る権利」を保証するもので、その自由は、このための重要な役割を担っている。

 犯罪加害者の家族も、事件が起きる前は犯罪報道を一市民として興味を持って観ている。しかし、いざ自分の身内が報道される側になると、「報道される側に立つと、報道による被害を受けるのだ」と実感する。

 犯罪加害者の家族の多くは、マスコミが自宅に押し寄せる、知人や近所の人が取材対象になるということを体験する。報道によって知人のみでなく、多くの人に事件と自分たちのことを知られることになる。地域では噂が立つ。家族は、後ろめたさを感じて外出を控えるようになるなど日常生活に支障が生じる。

 ある家族は、息子の犯罪が近所に知られたことで、知り合いに会わないで済むだろうと、それまで使っていた近所ではなく離れたスーパーで買い物をするようになったという。また、買物に行った店で近所の人に「お久しぶり」と挨拶されただけでも、事件後どうして暮しているのかと好奇の目で見られているように感じて体調を崩したという。

 なかには、長年住んでいた土地での生活を断念し、夜逃げ同然で縁もゆかりもない土地へと生活の場を移す家族もいる。

 転居は、それまでの地縁を断ち切り、コミュニティからの離脱をもたらす。転居の事情が事情だけに、噂や、素性が知られることの畏れから付き合いに消極的になり、転居先の生活は、ひっそりと肩身を狭く暮らすのを強いられたものになる。苗字が珍しい場合には、特定されやすくなり、遠方に転居しても「犯罪者の家族」というまなざしを向けられる。

 また、こどもへの影響も生じる。家族は、身内に犯罪があると、そのことに触れるのがつらいと、ニュースを観なくなる、新聞を広げなくなるということが少なくない。こどもに親の犯罪のことを隠している場合には、こどもの目に触れないように配慮する。

 しかし、こどもがたまたま観たテレビニュースで初めて、しかも唐突に親の犯罪を知るということは稀ではない。その時、こどもが受ける衝撃は大きく、こどもは心身に不調を来したり不登校になったりすることもある。家族のこどもへの配慮も水の泡となり、親はその後の子へのフォローに心を砕くことになる。

 さらに最近はインターネット上の情報が支障になることもある。事件に関してインターネット上にあることないこと、あるいは、「切り取られて」、バッシングに晒されることが少なくない。家族として身内へのバッシングを見たくないのは当然である。また、家族もバッシングの対象となって叩かれることもある。

 インターネット上に残っている過去のニュース記事等で犯罪のことが蒸し返され、本人はもちろん家族も就職や結婚に支障が生じたということも珍しくない。実際、心ない他人の誹謗と中傷に苦しみ、責任を感じて自殺を考える家族もけっして少なくない。そして、それは事件から何年経っても変わりがない。事件当時小学生だったこどもが大人になったとしても。

 本人のみならず、社会生活を続けている家族は、報道によって生じた影響にさらされ続けるのである。

心理的問題①

「そりゃ、自分を責めますよ」

 当然であるが、家族は犯罪をした本人ではなく非はない。しかし、家族の多くは自責の念に駆られる。

 薬物を乱用する人の親は「本人の悩みやストレスに気づいてあげられなかったことが原因だったのかも」と悩む。不同意わいせつなどの性犯罪を起こした男性の妻は、「私との夫婦関係に、私に問題があったのかも」と自分を責める。犯罪をしたのが未成年者である場合、その親はなおさらで「自分の子育ての何が悪かったんだろう…」と苦悩する。

 罪を犯した本人とその家族は、家族であってもそれぞれは独立した「個人」である。そのため、裁判で家族が刑に付されることはない。しかし、家族は責任を感じて苦しむ。これは「愛情」による親密な繋がりゆえである。

 ただし、それだけではない。「身内の問題は家族の問題」という刷り込まれた呪縛に絡めとられていることにもよる。この呪縛は、誰かが押しつけたものではなく当人の心に根づいているものである。これを心に根づかせたのは誰か。それは、それを当然と思っている社会である。犯罪加害者家族は、“普通”の人であるほど、内在化してしまっている世間の目に苦しむのである。

心理的問題②

「腹?当然、立ちますよ。でも言っちゃいけないっていう気持ちがね」

 筆者がファシリテーターを務める犯罪加害者の家族会で、参加者が口にした言葉である。

 この言葉には、犯罪を起こした身内に腹立たしい気持ちがあることが正直に表明されている。また、同時にこうした気持ちを抱くことへの罪悪感がうかがえる、さらには、この気持ちを表明することで世間から非難されるおそれを感じているところもある。

 身内が犯罪を起こすと、家族には様々な影響が及ぶ。それらは迷惑な話ばかりである。当然腹も立ち、犯罪をした本人を責める気持ちも芽生える。しかし、常識や倫理、道徳心から、そうした気持ちは持ってはいけないものと蓋をしようとする。もちろん、被害者の心情を慮ってというところもある。

 こうした気持ちの原因が「犯罪」という非難されることという思いがあるため、病気や不登校など他の問題以上に他の人に話せない状態になる。

 犯罪加害者家族は、周囲に心情の理解を求めることができず、心理的に孤立する。

心理的問題③

「信じたい、でもまたやったら……」

 妙な話に聞こえるかもしれないが、犯罪加害者の家族が気持ちを休めることができる数少ない機会の一つは、犯罪を起こした身内が身柄を拘束されている時である。特に服役は、裁判が決着し、本人の再犯もないため、気持ちはある程度の落ち着きをみせる。

 本人が服役中、家族は更生を信じて面会を重ね、反省し続けることを求める。また、出所後の生活について話し合う。しかし、再犯の不安は、常に気持ちのどこかに淀み続ける。特に再犯率が高いといわれる性犯罪、薬物犯罪の場合はなおさらである。

 そして、この不安は、出所した後の本人への監督の強化に繋がる。「どこいくの?」、「最近帰りが遅いけど…」と口うるさく干渉するようになる。家族としては、本人の再犯を防ぎたいという思いからである。また、前の事件の時と同じ体験をしたくないという不安からでもある。

 しかし、それが本人をより不安定にさせることがある。また、本人と家族、家族同士の衝突を生じさせることもある。家族全員がどこかぎくしゃくした感じを持ち、緊張をはらんだ状態で過ごすことになることも稀ではない。やっぱり、いつまで経っても気持ちが安らぐことはないのである。

 社会は、犯罪加害者家族を、犯罪者を生み出した「原因」とみる。また、犯罪をした身内を更生させる「更生のための資源」と期待する。しかし、実際には、ここまで紹介してきたことからわかるように、身内の犯罪による「被害者」という側面も持つ。海外では、犯罪加害者家族は「隠された被害者」といわれ、支援の対象として扱われるが、日本では、前者の二つの側面しかみられないのが現状である。

 日本では、昔から「お家断絶」、「一族郎党」といった言葉があるように、人を「個人」ではなく「家」を単位としてみる。だからこそ、身内に犯罪があると、その家族は、本人と同じようにバッシングの対象となる。その苦しみは、ここまで書いてきた様々な問題として現れる。特にこどもにしてみれば、身勝手な親のとばっちりでしかないのであるが…。

 誰もこのままでいいとは思わないであろうことは想像に難くない。

 犯罪加害者家族を支援することは、個人を尊重することであり、個人の人権を守ることである。それは、副次的なことではあるが、罪を犯した人の再犯の防止、ひいては、安全で安心な社会づくりにもつながるのである。

<執筆者略歴>
坂野 剛崇(さかの・よしたか)
1963年生まれ、山形県出身。大阪経済大学人間科学部人間科学科教授。

1987年に山形大学教育学部を卒業後、家庭裁判所に採用され、家庭裁判所調査官として勤務する。在職中の2007年、日本福祉大学社会福祉学研究科博士前期課程修了。修士(社会福祉学)。 2014年に家庭裁判所を退職し、関西国際大学人間科学部教授。2020年4月から現職。

公認心理師、臨床心理士。特定非営利活動法人 スキマサポート理事。加害者家族の支援、非行や犯罪からの立ち直り支援、心理鑑定に携わる。

著書に「非行臨床における加害者家族-非行のあった子の親にどのような支援が望まれるか-」(2020年、共著、現代人文社、『少年事件加害者家族支援の理論と実践』所載)など。

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