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「役割語」とは何か、それの何が問題なのか

【主にフィクションで用いられ、人物像と対応する話し方である「役割語」。利点もあるが、容易に偏見や差別と結びつきやすい面もある。言葉の使い手は「役割語」の安易な割り当てには慎重であらねばならない】

金水 敏(大阪大学大学院名誉教授)

「役割語」とはどんなものか

 「役割語」とは、主にフィクションで用いられ、特定の人物像に対応する一定の話し方のことを指します。次の図をごらんください。

図1 人物像のイラスト

 このA~Eの人物が、論理的意味を全く同じにする次の台詞を話すとします。イラストと台詞はどのように対応するでしょうか。

1. そうよ その秘密はあたしが知ってるのよ
2. そうさ その秘密はぼくが知ってるってわけさ
3. そうだ その秘密はおれが知ってるってわけだぜ
4. そうじゃ その秘密 わしがしっておるのじゃよ
5. そうですわ その秘密 わたくしが存じておりますわよ

 日本語の母語話者であれば、ほとんど迷うことなく解答することができると思いますが、一応答え合わせをしておきます。

(解答)A-4  B-1  C-3  D-2  E-5

 なお、もし一対一の組み合わせという制限がなければ、D-3、E-1というような組み合わせも可能です。さらに、もしこの「正解」と異なる組み合わせを考えると、何らかの“違和感”を見る者に感じさせるのではないでしょうか。例えば次の組み合わせはどうでしょう。

図2 ミスマッチの例

 上記のテストから、次のような仮説が見えてきます。

日本語には、イラストで示されるような“人物像”とマッチする話し方が存在する。それ以外の話し方を当てはめると、見る者に違和感を生じさせる場合もある。そのマッチングの知識は、日本語話者の間でかなり広く共有されているらしい。

 まさしくこのような人物像と対応する話し方のことを「役割語」と呼びたいと思います。後に紹介する『ヴァーチャル日本語 役割語』に掲載された役割語の定義を下記に示しておきます。

 ある特定の言葉遣い(語彙・語法・言い回し・イントネーション等)を聞くと特定の人物像(年齢、性別、職業、階層、時代、容姿・風貌、性格等)を思い浮かべることができるとき、あるいはある特定の人物像を提示されると、その人物がいかにも使用しそうな言葉遣いを思い浮かべることができるとき、その言葉遣いを「役割語」と呼ぶ。(注1)

 「役割語」の概念は、筆者が2000年に公刊した論文で初めて学界に提示され(注2)、さらに2003年に『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』(注3)という書籍が刊行されたことで、一般にも知られるようになりました。その後、役割語に興味を持った研究者による論文集(注4)が編集・出版されたり、日本語の語彙と役割語の関係を辞書風にまとめた『〈役割語〉小辞典』(注5)や、〈アルヨことば〉および日本語訛りの中国語を歴史的に掘り下げた『コレモ日本語アルカ 異人のことばが生まれるとき』(注6)が出版されました。近年では、村上春樹の小説に現れた話し言葉とその翻訳の問題を取り扱ったり(注7)、宮崎駿監督のアニメ作品の台詞等を分析した研究を公開したりもしています(注8)。

 この記事では、役割語がなぜ存在し、フィクションの中でどのように機能するかということを簡単にご紹介した上で、役割語の使用がはらむ今日的な問題点を示していきたいと思います。

役割語のヴァリエーションと言語差

 役割語は、なぜフィクションに用いられるのでしょうか。それは何より、役割語を用いることによってフィクションの受け手に《キャラクター》を簡潔・即時的に提示することができるからです。

 小説であれば字数、映画やアニメであれば動画の時間数という“物語資源”を大幅に節約することができます。そして、このようなことが可能となるのは、特定の話し方と特定の《キャラクター》の結びつきの知識が広く言語コミュニティに共有されているからです。

 それでは日本語にはどれくらいの種類の役割語が存在するでしょうか。この問いに対して正確に回答することは簡単ではありません。なぜなら、〈お嬢様ことば〉も〈おばあさんことば〉も大きく言えば〈女ことば〉であるというように、精粗さまざまなレベルの分類ができるので、レベルを揃えて数を数えるということがむずかしいからです。仮に、『〈役割語〉小辞典』(注9)に登録されている役割語のラベルを整理して示すと次のようになります。

  • 性差:男ことば、女ことば、 書生言葉、少年語、お嬢様ことば、奥様ことば、オネエことば

  • 年齢・世代:老人語、おばあさん語、幼児語

  • 職業・階層:博士語、上司語、お嬢様ことば、奥様言葉、王様ことば、お姫様ことば、やくざことば、ヤンキー語、スケバン語、軍隊語、遊女語

  • 地域:田舎ことば、大阪弁・関西弁、京言葉、九州弁、土佐弁、沖縄ことば

  • 時代:武士ことば、忍者ことば、公家ことば、遊女語、町人ことば、王様ことば、お姫様ことば

  • 人間以外:宇宙人語、ロボット語、神様語、幽霊語、動物語

 では外国語ではどうかと考えてみると、英語ではいわゆる標準英語(ただしイギリス英語、アメリカ英語の違いはある)に対して、方言風、アフリカ系アメリカ人英語風、インド英語風、アジア人訛り風の役割語が指摘されることがあります(注10)が、いずれも“非正規的”な英語という扱いをされることが普通です。

 他のヨーロッパの言語や中国語などでも同様の傾向が見られます。韓国語、タイ語などの役割語についても検討されていますが、日本語ほど役割語のヴァリエーションが多く、かつその区別が鮮明で、日常的に使用頻度の高い言語は類を見ないという見方がもっぱらです。

 日本語に役割語がこんなにも豊富であるということの理由は、構造的な面と文化的な面から考えることが妥当であると考えます。詳しい説明は省きますが、日本語は構造的に役割語のヴァリエーションを生み出しやすい言語であり、かつ近代以前(特に江戸時代以降)から役割語のヴァリエーションをエンターテインメントの一部として楽しむ文化が発達していたということが指摘できます。

役割語の何が問題か~〈女ことば〉を例に

 役割語は、先に述べたように、登場人物の《キャラクター》を簡潔かつ即時的に表現することができ、物語資源を大幅に節約することができるという利点があります。しかし一方で、それ自身がステレオタイプであるので、容易に偏見や差別と結び付きやすいという性質を持っていると言えます。

 日本語によるフィクションの表現では、ある程度の役割語の使用は不可避であり、使用しなければかえって受け手に違和感を抱かせることも少なくありませんが、特定の登場人物に割り当てた役割語によって社会的なステレオタイプを上書きし、人物像をゆがめてしまう可能性も考えなければなりません。そのような意味で、製作者(翻訳家も含む)は役割語の安易な割り当てには慎重である必要があります。役割語はアップデートされなければならないとも言えるでしょう。

 例えば、もっとも一般的な役割語の例として、言葉の性差、すなわち〈男ことば〉と〈女ことば〉の対立を取り上げましょう(注11)。一般に知られているその違いを整理してみます。

【a】
「ぼく」「おれ」は男性専用。女性専用の一人称はないが「わたし」「あたし」がよく用いられる。

【b】
「今日はいい天気φね」「今日はいい天気φよ」(φはその部分に音声的な要素が存在しないことを表す)のように「だ」を“省略”すると女性的に聞こえる。また「今日はいい天気だわ」(「~だわね」「~だわよ」も含む)のように「わ」(単独では上昇調)を用いると女性専用。

【c】
bと関係するが、「わたしは雨が嫌いなの」(「~のね」「~のよ」も含む)のように、文末が「~んだ/のだ」となるところを「~の」で終わるのは女性的に聞こえる(ただし質問文では男性も用いる)。

【d】
「今日はいい天気だぜ」「今日はいい天気だぞ」「心配ないさ」等の終助詞は男性的に聞こえる。

【e】
「今日は雨かしら」「もう降らないかしら」のような「~かしら」は女性的に聞こえる。

【f】
「やめろ」「やめてくれ」のような命令形の使用は男性的に聞こえる。一方、「やめて」(上昇調)は女性的に聞こえる。「やめてくださる?」「やめていただけない?」等、へりくだった要求表現は女性的に聞こえる。

【g】
「おい」「こら」等の感動詞は男性的に聞こえる。また「あら」「まあ」等の感動詞は女性的に聞こえる。

【h】
「ひでえ」「やべえ」「くそ」「めし」のような、品位の低い俗語的表現は、男性は積極的に使用し、女性は使用しない傾向がある。

 これらの男女の違いは、現実にも行われているので、役割語特有とは言えないのではないかと考えられる方も多いかもしれませんが、現実は想像以上に多様で、これに当てはまらない話し方をする女性も普通に見られます。特に「女性的」あるいは「女性専用」とした表現は、現実の日常言語では聞かれることがまれになっています(注12)。

 にも関わらず、これらの〈男ことば〉〈女ことば〉は日本語に依然として強固に存在すると私たちが思わせられるのは、未だに役割語としてフィクションでさかんに用いられているからです。特に、外国語の小説の翻訳や映画の字幕・吹き替え等ではほぼ義務的にa~gの違いが当てはめられる傾向にあることも指摘されています。

 中村桃子氏はその理由を、翻訳家が「“女は女ことばを話している”という信念」を持っているからとしています(注13)。その結果、現実とは乖離した〈女ことば〉がフィクションや翻訳では使い続けられ、そのことが「日本語には女ことばが存在する」という信念を強化してきたという歴史が続いていました。

 一方で、女性キャラクターの機械的な〈女ことば〉の使用に疑問を持つ人々も増えつつあるようです。例えば、『Vogue Japan』という雑誌に掲載されたビリー・アイリッシュ (Billie Eilish) のインタビュー記事がステレオタイプな〈女ことば〉で翻訳されたことに対する批判をきっかけに、「「ことばとセクシュアリティ」をめぐる有識者会議──メディアに根付く役割語をアップデートせよ!」という誌上座談会が実施され、Vogue Changeというサイトに掲載されました(注14)。

 この記事の中で、「ビリー・アイリッシュは自身のファッションや発言から、ジェンダーのステレオタイプに当てはめられることを嫌う姿勢を見せているのに、彼女の性自認が女性だから自動的に女言葉に翻訳し、それに違和感を抱かなかった」ことによる反省があったとVogueの編集長が発言しています。実際、『Vogue Japan』のビリー・アイリッシュのインタビュー記事を調べてみると、

A「すっごく内向きで陰キャラだと思われるだろうけど、私はもともと、ひとりでいるのが大好きなの。もちろん寂しく感じることもあるけれど、すごくいい感じよ。一日中、友だちと『FaceTime』してた、みたいな話ばかり聞こえてくるけど、私の気持ちとしては、友だちも大好きだし皆に会える日が待ち遠しい一方で、ひとりで過ごすのがとても快適なの。こんなにゆっくりと過ごせるのは、多分12歳以来だわ!」(2020年5月1日)(注15)

のように、典型的な〈女ことば〉で翻訳されたものもかなりありますが、

B「まだしてないこと? 山ほどある。自分の車でコストコに行って、一人で買い物をしてみたい。一人前の大人って感じでしょ。ホームセンターにも行きたい」
「自分の愛する人々の幸せや健康のことだね。それに関連することは何でも心配になる」(2021年3月29日)(注16)

 のように、〈女ことば〉が回避されているものもあります。2つの記事を比べると、ビリー・アイリッシュのキャラクターのイメージがかなり異なることが実感できるでしょう。Aの記事は、日本で流通している「女らしい」話し方のステレオタイプそのままの話し方ですが、Bはジェンダー中立的なビリー・アイリッシュのイメージにかなり近いものを感じさせます。

 今後は、話し手のキャラクターによっては、女性であってもBのようなスタイルを選ぶ翻訳も増加してくるものと予測されます。その方向性は、例えば、2020年に現役女子高校生のシンガー・ソングライターのAdoが歌った『うっせぇわ』(注17)のヒットにも見て取れます。この歌の歌詞は、「クソだりぃな」「くせぇ口塞げや」のようなおよそ女性的とは言えない表現が並んでいますが、それが単なる物珍しさ、インパクト狙いに留まらず、「女性性」のステレオタイプに対抗するメッセージとして受け取られているからこその大ヒットと見るべきでしょう。

(注)
注1  金水 敏 (2003)『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』205頁、岩波書店
注2  金水 敏 (2000)「役割語探求の提案」佐藤喜代治(編)『国語史の新視点』国語論究、第8集, pp. 311-351, 明治書院
注3  注1参照。
注4  金水 敏(編) (2007)『役割語研究の地平』くろしお出版
   金水 敏(編) (2011)『役割語研究の展開』くろしお出版
注5  金水 敏(編) (2014)『〈役割語〉小辞典』研究社
注6  金水 敏 (2014) 『コレモ日本語アルカ? 異人のことばが生まれるとき』 岩波書店
注7  金水 敏(編著) (2018) 『村上春樹翻訳調査プロジェクト報告書(1)』大阪大学。以下第5巻まで、大阪大学リポジトリ「OUKA」で無償公開している。
注8  ジブリ・アニメで学ぶ役割語(ことば文化特設サイト
注9  注5参照。
注10  関連する論文の例を一部挙げておく。
山口治彦 (2007) 「第1章 役割語の個別性と普遍性—日英の対照を通して—」金水 敏(編)『役割語研究の地平』pp. 9-25, くろしお出版
ガウバッツ、トーマス・マーチン (2007) 「第7章 小説における米語方言の日本語訳について」金水 敏(編)『役割語研究の地平』pp. 125-158, くろしお出版
金田順平 (2011) 「第7章 要素に注目した役割語対照研究—「キャラ語尾」は通言語的なりうるか—」金水 敏(編)『役割語研究の展開』pp. 127-152, くろしお出版 山木戸浩子 (2016) 「役割語としてのアフリカ系アメリカ人の文法について」金水 敏(編著)『役割語・キャラクター言語研究国際ワークショップ2015報告論集』pp. 91-111, 私家版
注11  注1および下記文献参照。
中村桃子 (2007) 『「女ことば」は作られる』ひつじ書房
中村桃子(編)(2010) 『ジェンダーで学ぶ言語学』世界思想社
中村桃子 (2017) 『女ことばと日本語』岩波新書
注12  現代日本語研究会(編) (1997) 『女性のことば・職場編』ひつじ書房
水本光美 (2010) 「テレビドラマ」中村桃子(編)『ジェンダーで学ぶ言語学』世界思想社
注13  中村桃子 (2013) 『翻訳がつくる日本語ーヒロインは「女ことば」を話し続けるー』p. 190, 白澤社
注14  https://www.vogue.co.jp/change/article/sexuality-in-language
注15  https://www.vogue.co.jp/celebrity/article/billie-eilish-on-quarantine-cnihub
注16  https://www.vogue.co.jp/celebrity/article/vj102-slowzoom-2021-billieeilish
注17  Uta-Netより「うっせぇわ」歌詞

<執筆者略歴>
金水 敏(きんすい・さとし)
放送大学大阪学習センター所長(特任教授)、日本学士院会員、大阪大学大学院文学研究科名誉教授(国語学)。元大阪大学コミュニケーションデザイン・センター長 (2007.4~2011.3)。元大阪大学大学院文学研究科長(2016.4~2018.3)。 専門:日本語文法史・役割語研究

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