給食無償化の課題とこれからの学校給食~すべての子どもが安心して食べられる社会へ
鳫 咲子(跡見学園女子大学教授)
はじめに
コロナ危機後、食材費高騰の中で、子どもの食の格差が拡大している。この格差を小さくする役割が学校給食にはある。給食無償化には、全ての子どもが給食費を気にせずに、安心して給食を食べられるというメリットがある。
本稿では、学校給食の現状を踏まえつつ、無償化の課題とこれからの学校給食のあり方について考える。
給食の歴史
今から70年前の1954年に学校給食法は制定された。法律の根拠がなかった戦前にも、学校に弁当を持参できない子ども、すなわち欠食児童の貧困救済策としてや、子ども一般にも栄養改善の見地から学校給食は行われた。関東大震災後、世界恐慌期を始め、災害・戦争など子どもの食の危機を乗り越えるために発展してきた。
戦前は財源不足により貧困の子どもだけを選別して給食を行った時期もあったが、あからさまな貧困救済として給食を食べる子どもを傷つけないようにすることが重視され、今日のような全員喫食の普遍的な給食が、まず小学校から定着した。
就学援助制度の限界と給食費未納問題
戦後、連合国からの給食への支援が打ち切られると、給食費の保護者負担の増額による未納者の増加で当時の学校給食の4分の1が中止となる事態となった。1956年の法改正によって、学校給食の対象が中学校に拡大されるとともに、生活保護受給者以外への給食費の補助である就学援助制度が導入された。
今日、全国の14%、公立小中学生の7人に1人が就学援助や生活保護による給食費の支援を受けている。コロナ不況下では貧困世帯ほど収入が減少したが、援助を受ける小中学生の割合は、2011年をピークに11年連続して減少している(図1)。就学援助に対する国の補助金は一般財源化され、自治体の担当部局は財源を十分に確保できない状況にある。
内閣府の調査では、世帯収入が158.8万円未満の貧困層でも、就学援助を利用したことがない世帯が34.8%もある。就学援助制度の周知不足や、保護者の申請が必要な収入等を基準とした選別的制度であることが、給食費未納発生の原因となっている。
2023年に施行された「こども基本法」では、子どもにとっての最善の利益を保障する子どもの権利条約を尊重することがうたわれている。たとえ親が給食費を納めない状況でも、その子どもから給食を奪うことはできない。
韓国の親環境無償給食
この問題に隣国韓国では、就学援助のような所得制限のある給食費への選別的支援を転換し、普遍的支援である給食無償化を実施するという答えを既に出している。
併せて、農薬や化学肥料をできるだけ使わず環境への負荷が少ない「親環境農産物」をできるだけ給食に使用する「親環境無償給食」を行っている。
農業予算を使っていること、高校まで給食を実施していること、無償化の費用を市区町村などの基礎自治体だけでなく、都道府県に当たる広域自治体も負担していることなどが韓国の無償化の特徴である。東京都も2024年度から、市区町村の給食費支援額の半額を補助している。
自治体で広がる給食無償化
2023年12月に閣議決定された「こども未来戦略」では、学校給食無償化に向けて、自治体における取組の調査を行い、具体的方策を検討することになっていた。
これを受けて、2024年6月に文部科学省は、2023年に実施した学校給食に関する実態調査の結果を発表した。文部科学省による給食無償化についての調査は、2017年度の調査に次いで2回目である。
2023年の調査では、小中とも全員全額無償化したのが547自治体、全国の約30.5%となり、2017年の76自治体(同4.4%)の約7倍に増加している(図2)。2010年度以前は人口規模の小さな町や村が過疎化・少子化対策として子育て世帯の転入を期待して無償化を始め、小中とも給食無償化の自治体はわずか6町村であった。
コロナ禍の一斉休校があった2020年度に給食費を全額または一部無償にした自治体は全国100市区町村以上あった。突然の全国一斉休校の実施により、学校給食によって学期中の子どもの昼食が広く保障されていたことの意義が社会に再認識されたこともあり、無償化の目的も普遍的な保護者の経済的負担の軽減、子育て支援に重点が移った。
義務教育であっても塾などの費用を除いて、公立小学校で1人年間約10万円、公立中学校では約17万円もかかる。そのうち給食費は、年間5万円程度を占め、子育て家庭にとって重い負担となっている。
今回の調査でも、無償化に至った経緯として、無償化を実施した自治体の9割から「普遍的な保護者の経済的負担の軽減、子育て支援」が挙げられている。
無償化の成果として、「経済的負担の軽減、安心して子育てできる環境」(61%)のほか、「給食費徴収や未納者等への対応負担の解消」(28%)も挙げられている。給食費未納に関する国の調査は、2016年度以降行われていないが、依然多くの自治体・学校で課題となっていることが、この回答からも明らかになった。
食材費高騰と学校給食
文部科学省の調査では、小中の給食費が過去5年で約8%、10年で12%も上昇していることも判明した。食材費高騰の影響を受け、給食の献立の作成が難しくなり、給食費の値上げを行わないと今まで通りの給食が提供できないという事態が生じている。
国は地方創生臨時交付金を拡充し、2022年7月時点において、臨時交付金や自己財源によって、学校給食費の保護者負担軽減を実施又は予定している自治体は8割を超えていた。この中には、給食無償化を行なった自治体もある。
無償化の課題―財源問題
文部科学省の調査によれば、無償化の財源は、ふるさと納税、寄付金を含む自己財源延べ555自治体に対して、臨時交付金233自治体である(複数回答)。同時に「予算の確保」が課題との回答も132自治体からある。
無償化の状況は、「小中とも全額」、「小中一方のみ全額」、「一部」に分類できる(図3)。「一部」は、多子世帯、一部の学年、所得などの条件を設けている場合が該当する。「実施なし」との回答は、2017年度は全国の約7割、2023年度も約6割存在する。
これらの結果から、多くの自治体は国の臨時交付金だけでは無償化は実現できず、無償化のための自己財源があるかどうかによる自治体間格差が広がっているという課題が浮かび上がった。
2005年の食育基本法制定以降、学校給食は単なる昼食ではなく食育の「生きた教材」と位置付けられた。学校給食における地場産物使用の拡大は食育政策の目標であり、2022年度の地場産物の使用割合は56.5%、国産食材の使用割合は89.2%である。
保護者が負担していた給食の食材費を無償化する場合、地域・国内の農水産物を購入する農水産業関連予算と位置付けることも一考に値する。また、韓国や東京都のように、無償化の費用を市区町村などの基礎自治体だけでなく、都道府県に当たる広域自治体も負担することも検討すべきである。
これからの学校給食
主食、おかず、ミルクのそろった完全給食の実施率は、公立小学生では99.9%、遅れていた公立中学生も97.8%まで上昇している。しかし、公立小中学校で完全給食を実施しない理由として、給食施設・設備の問題、地理的理由、財政的理由を挙げたケースが小学校39校、中学校109校もあり、早期解消に向けて国や県の支援が必要である。
高校生にも給食へのニーズがある。厚生労働省の調査によれば、朝食を欠食する男子高校生は1割を超える。校内にカフェを設ける動きも広がっている。東京都における調査では、「学校における無料の給食サービス」への希望は、「使ってみたい」「興味がある」を合わせて46.7%ある。
実際にも過疎地や島にある公立高校に、給食センターから配食している例がある。また、夏休み中の学童保育での昼食についても、従来の保護者任せの弁当持参ではなく、給食センターから配食している例がある。
利用者の申請に基づく個別的支援である就学援助制度が周知不足や制度を利用することへのためらいなどから十分に機能しない今日、給食費未納の子どもが給食を食べられないという事態を避けるためには、無償化は必然といえる。さらに、給食へのニーズは小中学生だけに留まらない。高校生への給食実施も検討すべき課題である。高校生世代の食の格差を埋めることも求められている。
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