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「ふるさと納税」の問題点

【すっかり定着した感のある「ふるさと納税」。しかし本来の目的を果たしているだろうか。実際には、制度として失敗しているのではないか?】

平田 英明(法政大学教授 兼 東京財団政策研究所主席研究員)


はじめに

 毎年12月になるとふるさと納税に関するCMが非常に増えることにお気づきだろうか。特に昨年は多くの業者が、例年にも増して大量のふるさと納税のCMを打っていたように感じた。筆者は、あれだけのCMを打つのにいかほどの費用が必要なのかは知る由も無いが、相当な金額が必要なことは間違いない。

 だが、冷静に考えてみると、なぜあそこまで納税について、積極的にCMで消費者に訴えかけるのか不思議ではなかろうか。本稿では、ふるさと納税とメディア報道について、CMを打っている仲介サイト(ポータルサイト)の運営に注目しながら考えてみたい。

ふるさと納税の仕組み

 まず、ふるさと納税の基本的な仕組みを説明しよう。ふるさと納税は、納税者が選択した自治体に寄付すると、「上限」をヒットしなければ、その「ほぼ全額」が控除される仕組みである。

 例えば、神奈川県川崎市に住む人が2万円をふるさと納税として宮崎県都城市に寄付した場合、結果的に、地方税である神奈川県と川崎市への住民税から1.71万円ほど、国税である所得税から0.09万円ほどが控除される(注1)。残りの0.20万円は納税者が自己負担をする。「ほぼ全額」というのは、この自己負担分以外が控除されるという意味である。そして、控除されるということは、税金の負担が減ることを意味する。

注1 :正確には、所得税分については、所得金額から控除される所得控除となる。他方、住民税分については、住民税額から税額控除される。

 「上限(寄付限度額)」は、所得に応じて決まり、総務省が示すモデルケースによると、共働き+子1人(高校生)の場合、ふるさと納税を行う本人の給与収入が300万円だと1.9万円、500万円だと4.9万円、750万円だと10.9万円、1000万円だと16.6万円、1500万円だと37.7万円となる。

 「上限」を超えたふるさと納税分については、控除の対象とはならず、純粋な寄付となるので、多くの家計では、「上限」を意識してふるさと納税を行っているとみられる。ただ、控除をされるといっても、地元自治体に税を納めない代わりに寄付をしているわけだから、家計の出費総額は変わらない。制度発足当初のふるさと納税は、この状態であったため、利用実績は限定的であった。

 ふるさと納税が納税者の興味を引くのは、控除に加え、寄付の見返りとしての返礼品という家計へのダイレクトな恩恵があるためだ。現在、寄付額に占める返礼品の価値割合(返礼率)は3割以下と定められている。ただ、1割や2割の返礼率では、見返りとしての魅力に欠けるため、多くの場合は2割5分以上3割以下程度の返礼率が設定されているようだ。

 低所得ほどメリットが小さく、高所得ほどメリットが大きいという“逆進性”が存在するため、ふるさと納税は逆進性のある家計向けの補助金となっている。「上限」額いっぱいにふるさと納税を行い、返礼率が3割だとすれば、返礼品の価値は給与収入が300万円だと0.6万円(ふるさと納税上限額1.9万円×0.3)、500万円だと1.5万円、750万円だと3.3万円、1000万円だと5.0万円、1500万円だと11.3万円相当となる。

 ふるさと納税の規模は、直近5年間では年率20%以上の成長をみせ、22年度には9654億円に達した。23年度について1兆円を超えるかどうかが注目されている。

仲介サイトの役割

 ふるさと納税は基本的には自治体の業務となるが、CMを大量に打っているのは自治体ではなく、仲介サイト(ポータルサイト)である。

 純粋な民間企業である仲介サイトは、自治体からの委託を受けて返礼品に関係する事務を担当している。事務の範囲はケースバイケースであるが、必ず入ってくる中心的な業務が、オンラインショッピングのように自治体毎の返礼品を掲載し、ふるさと納税を通じた返礼品の申し込みを簡便化する仕組みを提供することである。この他、自治体による納税者への書類の発送や返礼品にかかる実務作業を担う業務を担ったり、当該業務を担う中間業者と連携してサービスを提供したりすることもある。

 筆者の調査によると、仲介サイトへの委託にかかる経費は、自治体が受けたふるさと納税額の10%(かそれを上回る) 程度に設定されている。給与の概念を使っていえば、仲介サイトの収入は歩合制になっているため、仲介サイト業者にとっては、自社のサイトを通じて申し込まれるふるさと納税が増えれば増えるほど、儲けが増える。それ故に、自社の認知度を高める意味があり、CMを大量に打つインセンティブが生まれる。なお、仲介サイトへの委託経費は元はといえば税金が原資であり(注2)、彼らのCMの費用もここから捻出されている。

注2:例えば、仲介サイトの目立つ部分に一定期間掲載して貰うと、その分、経費はさらに上乗せされるという。

 更には、隠れ返礼品ともいわれる仲介サイトを通じたふるさと納税をする人たちへのポイント還元の原資も税金だ。返礼率は3割が上限と定められているが、民間企業である仲介サイトからのポイント還元は返礼率に含まれないため、実際には返礼品+ポイント還元で、ふるさと納税額の3割を超える返礼が行われているケースが多いと推定される。仲介サイトも自社を通じたふるさと納税へ誘導するために、ポイント還元を餌として顧客を釣るべく、CMでポイント還元を連呼する。

 ふるさと納税が1兆円に近い規模であるということは、委託経費がその10%であるならば、仲介サイトビジネスは1000億円の市場規模である。更に、わが国の経済成長率を遙かに上回るペースで毎年成長しているのだから、民間の目線からは極めて有望なマーケットだということになる。ただし、繰り返しになるが、これは税金が原資の官製市場だ。

 仲介サイトを利用してふるさと納税をした2760名への大規模調査を行った株式会社 J.D. パワー ジャパン「2023年ふるさと納税サイト顧客満足度調査」によると、ポータルサイトを通じたふるさと納税が、実際にオンラインショッピング的に活用されている実態が見えてくる。

 同調査における質問の「ポータルサイトにおいて利用した機能(複数回答)」については、「返礼品での検索機能」、「寄付限度額(上限)シミュレーション」との回答がそれぞれ40%を超える上位に挙げられている。どんな返礼品がもらえるか、そしてどのくらい返礼品がもらえるかについて、仲介サイトの利用者が調べているということだ。そして、返礼品として圧倒的に多いのが、食品類だという。

 他方、ふるさと納税の本来の趣旨は、地方を思う気持ちや地域貢献の気持ちを「寄付」という形で表すことであるが、寄付先の「自治体(や寄付金の用途)での検索機能」を挙げた割合は16%に留まっている。

 間違いなくいえることは、仲介サイトはふるさと納税を広く世の中の人に使いやすくし、ふるさと納税の裾野を広げたことだ。ふるさと納税の導入を推進した政治家も、1兆円から2兆円といった規模を目指すと発言をしており、その目標は成就しつつあるという意味では、成功している。

 ただし、ふるさと納税を集めた自治体の勝ち、という仕組みになっている結果、この制度が「底辺への競争」と呼ばれる自治体間の消耗戦を促してしまっているというマイナス面は見過ごせない。

ふるさと納税のもたらす帰結とメディア報道

 勘違いしてはいけないのは、金額的規模は、国全体での財源の増加分を意味しているわけではないという点だ。ふるさと納税は、国全体での財源を増やすことを目的とはしていない。

 ふるさと納税は、(所得税分を除けば)自治体間での住民税の移転であり、自治体同士による税の奪い合いを促す仕組みである。とくに、高所得層が居住している割合の高い都市部の住民を資金の出し手(=ふるさと納税を行う側)、地方部の自治体を受け手(=ふるさと納税を受け入れる側)として税の移転を通じた資金環流を実現させようという施策だ。このため、都市部自治体における住民税不足が生じ、将来の行政サービスの劣化が憂慮されている。

 それにもまして問題だと考えられるのは、この資金環流はマクロ的にはたしかに実現しているのだが、ミクロ的には実現しているとは言いがたく、結果として地方部自治体間の格差を生んでいる点だ。

 22年度の1自治体あたりのふるさと納税の流入額は平均5.5億円程度だが、流入額上位1%相当の17自治体への流入額は平均104億円に上り、更にこれらの自治体の顔ぶれは概ね固定化している。つまり、極めて限られた地方部の自治体に集中的に資金が流れ込む傾向は構造的になっている一方、多くの地方部の自治体にはそれほどの恩恵がないことも構造的になっている。

 ふるさと納税の目指す方向性には一定の意味があると考えるが、結果的に起きていることを踏まえると、制度としては失敗だと筆者は考えている。

 これは、上記の問題に加え、①ふるさと納税額の半分は返礼品や仲介サイトへの経費等に消え、残りの半分しか自治体に回らないためである。そして、②受入金額の規模の大小にかかわらず、各自治体はふるさと納税業務に人を食われるためである。更に、③制度の維持のために、国も所得税の歳入を減らし、更には(紙幅の都合で説明は割愛するが)ふるさと納税の流出分を補填するための地方交付税を全国の自治体に支払うという大きな負担をしているためである。

 この制度は立場によって評価が180度異なってくる。先述の通り、逆進性の問題や都市部自治体の住民税減少問題はある。されど、消費者目線では返礼品の貰えるありがたい仕組みだ。朝夕のお茶の間向けニュース番組やワイドショー等で、返礼品がどれだけ魅力的かといった点が強調されるのはこのためだ(注3)。

注3: 最近は、メディアに取り上げて貰うことを狙った突飛な返礼品(特に体験型と称される、ご当地に寄付者に来て貰うタイプに多い)を用意する自治体が増えている。広告費無しで宣伝できるという効果を企図していると思われ、それに乗らされているメディアも少なからずある。

 一方、報道系の番組や全国紙では、筆者のような見解が受け入れられやすい。これは、制度設計の問題、すなわち、ふるさと納税が、国の施策により、地方税の受益と負担の関係を歪めてしまっている問題に目を向けるからだ。

 しかし、報道系の番組や全国紙においても、仲介サイトの実情に切り込んだメディア報道が限定的な点について、私は不満を抱いている。仲介サイトのビジネスは、プラットフォーマーと呼ばれるレストランや美容室の情報や予約システムを掲載しているwebサービスサイトのそれと類似している。プラットフォーマーが、レストランや美容室からどれほどの掲載料を得ているかは、民間企業同士の取引でもあり、開示されていない。

 ただ、ふるさと納税の仲介サイトビジネスは、税金をベースにしている。そのため、仲介サイトは、義務ではないものの、ビジネスの内容と経費の関係などを原則として開示すべきだ。だが、一切の開示はなく、中身はブラックボックスである。各自治体も同様の質問を仲介サイトにしても、経費の内訳は開示して貰えないという。国民的な関心の高い事案であるからこそ、メディアはこの部分にもっと切り込んで欲しい。

 逆に、多くの取材を受けて私が好感しているのは、地方のメディアが現況を憂慮して積極的な報道をしていることだ。沢山のふるさと納税を受け入れている自治体が、ふるさと納税の寄付を経常的な歳入と認識しはじめている問題を懸念している報道が徐々に出てきている。また、他の自治体との競争に巻き込まれていく必要があるのかどうかについて、疑問を呈する報道も出てきている。そして、勝つ(=ふるさと納税を呼び込む)ための手段を選ばず、返礼品の産地偽装や経費のごまかしといった問題事案が地方メディアによって報道されるケースも増えてきている。こういった報道が全国レベルでも増え、「底辺への競争」に一定の歯止めをかけるきっかけとなることを期待したい。

<執筆者略歴>
平田 英明(ひらた・ひであき)
96年慶応義塾大学経済学部卒業、日本銀行入行。2005年法政大学経営学部専任講師、12年から教授(現在に至る)。IMF(国際通貨基金)コンサルタント、日本経済研究センター研究員なども務めた。経済学博士(米ブランダイス大学大学院)。

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