データからみえる今日の世相~廃炉は続くよどこまでも~
江利川 滋(TBSマーケティング局)
この原稿を書いているのが2024年9月の後半ですが、東京では日中の気温が30℃を超える日がまだ継続中。
思えば、今年の夏は熱中症予防のため、積極的にエアコン等を使って暑さをしのいできました。
筆者が子どもの頃の半世紀前は、そもそもエアコンがぜいたく品で家になく、「冷房に当たりすぎると体に悪い」とか「電気代がバカにならない」なども言われていました。
しかし、資源エネルギー庁のウェブサイトによれば、「今どきの省エネタイプのエアコンは10年前と比べると約15%の省エネ」だとか。
エアコンの省エネ性能が向上したのは、79年に制定された「エネルギーの使用の合理化に関する法律」いわゆる省エネ法によるもの(注1)。
半世紀前の70年代にオイルショックを経験した日本は、石油などのエネルギー資源を輸入に頼る危うさを痛感。省エネ法で、自動車、家電製品や建材等のメーカーに製品の省エネ目標達成を求めるなどしています。
日中は暑くても、さすがに9月も半ば。日が沈めば涼しい夜風でエアコンを止めたり、虫の声も聞こえ始めたり。あれだけ騒いだ暑さも「喉元過ぎれば忘れてしまう」のたぐいでしょうか(注2)。
そこで考えさせられたのが、この8月~9月に報じられた東京電力福島第一原子力発電所のデブリ取出し作業。2号機の溶け落ちた核燃料(燃料デブリ)を試験的に取り出す計画が、作業準備のミスや装置の不具合で出直しに。
処理水の海洋放出開始(23年8月)から1年、久しぶりに福島第一原発の話題を聞いた気がして、我ながら「喉元過ぎた」感に驚きました。
原発事故の「喉元」は10年くらい?
2011年3月の東日本大震災から13年。当時、福島第一原発の事故で一気に高まった原発への警戒感や脱原発の機運は今どうなったのか。
そうした人々の意識の動きをデータで追えるのが、TBS生活DATAライブラリ定例全国調査です。
この調査にあるのが、「ガン」や「戦争」といった選択肢から「恐いと思うもの」をいくつでも選ぶ質問。その選択肢に「原子力発電所の事故」があり、90年代から毎年その動向を記録中。こんなデータ、世の中にそうそうあるものではありません。
「原子力発電所の事故」を恐いと思う割合の、94年以降の推移を示したのが次の折れ線グラフです。
比較のために、同様に長期間調べている「社会全般の関心事」という質問の中の「地震・異常天候などの自然災害」の推移も示してみました。
まず「自然災害」に注目すると、全体として4割前後で推移しつつ、ところどころに鋭いピークがあります。
最大のピークは阪神淡路大震災の95年で、選択率は実に6割。次いで、5割を超えた04年。この年は、台風10個の上陸や新潟・福島や福井での豪雨、浅間山噴火、新潟県中越地震と数多くの自然災害が発生。
ただ、東日本大震災の11年の選択率は4割強で突出感なし。ちなみに、この年の選択率トップは5割強の「年金制度」。団塊の世代が年金受給開始年齢の65歳に近づき、07年に発覚した社会保険庁(当時)のずさんな年金記録問題の余波もあったかも知れませんが、詳細は不明です。
これに比べて、90年代に2割程度だった「原子力発電所の事故」を恐いと思う割合は、東海村臨界事故(注3)が起きた99年に4割越え。そこから00年代を3割前後で推移し、11年に5割越え。
その後、2年ほどは4割を超えていた恐怖心も14年に3割強にストンと落ち、そこから漸減して23年は2割ほどに。
こうしてみると、毎年どこかでそれなりの被害が発生する自然災害は、常に4割程度の人が関心を持ち、大きな災害でピークが立つ印象。
一方、原発事故への関心のベースは2割くらいで、大事故でグッと喚起された世間の注意がその後10年くらい続くようですが、これといった事故がないと(それでいいのですが)ベースの2割まで下がっていく印象です。
交錯する原発再稼働「反対」と「容認」
日本の原発は11年の事故後、いったん全て運転を停止しました。
当時の民主党政権は12年9月に「30年代の原発稼働ゼロ」を盛り込んだエネルギー・環境戦略を作ったものの、閣議決定に至らず。
同年12月に政権交代して成立した自公連立政権は、14年6月、原子力を「重要なベースロード電源」とし、原子力規制委員会の安全審査に合格した原発の「再稼働を進める」と明記したエネルギー基本計画を閣議決定。
脱原発から再稼働推進に政府の方針が大きく変わった14年以降、人々の原発再稼働への意識はどうなったか。それもTBS生活DATAライブラリ定例全国調査で追いかけることができます。
政治・経済・社会に関する様々な意見について、自分の考えに近いものをいくつでも選ぶ質問に、原発再稼働「反対」と「容認」の選択肢があります。その選択率の推移を示したのが、次の折れ線グラフです。
これを見ると、政府の方針が変わった14年以降も、21年までは再稼働「反対」が「容認」を上回っていたのが、22年に逆転。これには22年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻の影響があるようです。
侵攻に伴い、世界的に供給が不安定となった液化天然ガスや石炭・石油など、火力発電に使われる燃料の価格が高騰。これが電力会社の22年度赤字決算の原因となり、23年6月には大手電力7社の家庭向け電気料金が値上げに。
つまり、電気がそれなりの料金で賄われているうちは、原発は再稼働しなくてOK。でも、いざ電気料金が上がって生活に実害が出始めると、背に腹はかえられず再稼働も止むなし、ということかも知れません。
地域で差がある「反対」「容認」
そんな原発再稼働への思いは、地域によっても違うでしょうか。
原発再稼働「反対」と「容認」の推移を、6つの地域別に比較してみると、次の折れ線グラフのようになりました。
これを見ると、全体として22年から「反対」の選択率が下がり、「容認」の選択率が上がる傾向は共通しています。
しかし、「反対」では近畿、中国・四国、九州・沖縄といった西日本より、北海道・東北、首都圏、中部といった東日本での選択率が高い傾向。これはやはり東日本大震災の影響がより大きかった地域だからでしょうか。
一方、「容認」ではなぜか近畿の選択率が突出。実は現在日本で稼働中の原発10基のうち、7基は福井県に集中する関西電力の原発です(原子力規制委員会ウェブサイト、2024年9月17日現在)。
容認する土壌があるから再稼働が進むのか、再稼働しているから容認するのか。鶏が先か、卵が先か、といったところでしょうか。
過ぎていない「喉元」
自然災害も原発事故も、幸いにも大きな被害に遭わなければ、喉元を過ぎて忘れ去ってしまうものかも知れません。
ひとたび原発で大きな事故があれば被害が甚大なことは知っていても、だんだん目先の電気料金などに気をとられてしまう。
そうした中で、デブリ取出しなど原発廃炉に向けた作業の報道に触れると、「そうだ、喉元なんて過ぎていないんだ」と気付かされます。
なにせデブリは全部で880トンあって、今回出直しになった試験的な取り出しは数グラム程度。本当に「廃炉は続くよどこまでも」です。
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