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<シリーズ SDGsの実践者たち> 第32回 「ブルーカーボン」の可能性とは

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【「ブルーカーボン」は海藻などから海中に吸収された炭素。その活用に期待が高まっている】

「調査情報デジタル」編集部

海の二酸化炭素吸収量は、陸上の森よりも多い

 地球温暖化は海の環境にも影響を及ぼしている。深刻なのは海水温度の上昇が原因とみられる磯焼けだ。特に、九州各地の沿岸部では海藻が消え、珊瑚礁だらけになっている場所が少なくない。藻場が失われたことにより沿岸で魚介が育たず、漁獲量も上がらない。漁獲量が少ないと大手の流通経路に乗ることが出来ず、買い叩かれてしまう。この負の連鎖によって、漁業権で守られているはずの漁師の平均収入は200万円台にまで落ち込んでいる。

磯焼け(提供:九州大学水産実験所 栗田喜久准教授)

 この状況を変えようと、研究が進められているのがブルーカーボンだ。ブルーカーボンは藻場などの海洋生態系に取り込まれた炭素のことで、2009年10月に国連環境計画(UNEP)によって命名された。

 実は、陸上の森よりも海中の方がより多く二酸化炭素を吸収している。世界中で人間の活動によって排出される二酸化炭素の量は年間約96億トン。そのうち森の木々が19億トンを吸収しているのに対して、海中では海藻や干潟、マングローブの林などから29億トンが吸収され、固定されているのだ。

九州大学大学院生物資源環境科学府附属水産実験所(福岡県福津市)

 海中に吸収される29億トンのうち、海藻による吸収分は約10億トンに及ぶ。海藻に着目してブルーカーボンを創出し、活用するための研究を進めているのが、福岡県福津市にある九州大学水産実験所の栗田喜久准教授。ブルーカーボンの可能性を次のように説明する。

 「木が炭素を吸収するのは、樹齢10年から30年の約20年間と言われています。ピーク時には1ヘクタールあたり5トンを毎日吸収しますが、やがて成長が止まり、木が倒れた後には分解されて、炭素は空気中に戻ります。

 それに対し海藻は、炭素を吸収したまま海に流され、海底に沈みます。木のピーク時と同じく1ヘクタールあたり約5トンを吸収し、そのまま分解されないので、炭素は数千年といった単位で海の中に留まり続けます。貯留効果が木よりも大きいのがブルーカーボンの利点です」

栗田喜久准教授

藻場を再生し、ブルーカーボンのクレジット化を目指す

 海の中で森の役割を果たしているのが、海藻が育つ藻場だ。藻場は魚介が成長する場となっていることから、漁業者らによって再生の取り組みが各地で進められている。栗田准教授が目指しているのは、福岡県の沿岸で藻場の再生を進めるとともに、ブルーカーボンのクレジット化を簡単に可能にすることだ。

海藻を増やすために設置したロープに生えたワカメの新芽
(提供:九州大学水産実験所 栗田喜久准教授)

 ブルーカーボンのクレジット化とは、ブルーカーボンを数値化して、排出量取引を可能にすること。森林に関しては国の認証制度があるものの、海ではJブルークレジットと呼ばれる民間のクレジット制度が2020年度から始まったばかり。取引量はまだ少なく、2021年度は海中に吸収された二酸化炭素が、1トンあたり72000円あまりで取引されている。

 「脱炭素を目指す企業は、森に木を植えて二酸化炭素の吸収源を増やす取り組みをしていて、森を管理している林業の関係者らに委託金などを支払っています。植樹や森の管理はもともと林業関係者が行っていた仕事なので、林業に環境ビジネスのお金がプラスアルファで乗ってくる、ダブルインカムの制度がすでにできています。

 森と同じことを海でできるのではないかと考えたのが、ブルーカーボンに着目したきっかけです。海の場合は漁業権があって、漁協が管理しているので民間からの投資を受け入れるチャンネルがありませんでした。この投資のバイパスを作っていくことが狙いです」

 栗田准教授のブルーカーボン研究に賛同し、共同研究に乗り出したのがトヨタ自動車九州だ。福岡県宮若市のレクサスの車両を製造している工場では、年間15万トンの二酸化炭素を排出していて、2035年までに二酸化炭素排出量と吸収量を実質ゼロにするカーボンニュートラルの達成を目指している。実現のために再生可能エネルギーの利用、水素やアンモニアの活用、徹底した省エネを進めているものの、足りない部分についてはブルーカーボンのクレジットを購入することを視野に入れて共同研究に参画した。

 ブルーカーボンをクレジット化する際に課題となっているのが、ブルーカーボンの評価の方法だ。クレジットを認定する機関は福岡市や横浜市などの自治体のほか、民間にもあるものの、現状では海に潜って藻場の面積や海藻の量を測定する際に多額の費用がかかる。共同研究では藻場の再生に取り組みながら、もっと簡単に海藻の量や固定された炭素の量を算定できる技術の開発を進めている。

福岡県の沿岸から九州全域でブルーカーボンの創出を

 ブルーカーボンの創出を目指す動きは、自治体や漁業関係者にも広がりつつある。福岡県は4月26日にブルーカーボン推進協議会を立ち上げて、産・官・学が連携してブルーカーボン創出に取り組み始めた。

福岡県ブルーカーボン推進協議会設立(福岡市・2024年4月26日)

 会議では栗田准教授がブルーカーボンをクレジット化することのメリットについて講演。藻場の保全活動や、藻場を荒らすウニを除去して養殖する事例などを福岡県や遠賀漁協が報告したほか、トヨタ自動車九州も自社による藻場再生の取り組みと九州大学との共同研究について説明していた。

トヨタ自動車九州による報告

 会場には漁業者や一般の人など、予定よりも多くの人が詰めかけた。藻場の再生による漁獲量の増加と、クレジット化による新たな収入源の確保が両立できるブルーカーボンへの関心の高さが窺えた。栗田准教授は、さまざまな立場の人が一緒に取り組める状況ができつつあるのは「危機感の表れ」でもあると感じている。

 「温暖化による磯焼けは北海道や東北でも起きていますが、九州の沿岸部の方が進行していて、深刻な状況です。ここで何とか歯止めをかけなければ、漁ができなくなるという危機感を漁師も漁協関係者も持っています。

 そもそも、海の環境を悪くしたのは漁師ではありません。産業活動のあおりで温暖化が進み、その結果として海藻が育つ環境が悪くなりました。海の環境を食い潰しているのは日本の社会と考えるべきではないでしょうか。

 残っている藻場を保全し、失われた藻場を再生していくことで、ブルーカーボンを作る海に変えていきたい。それが環境ビジネスとしても成り立つような状況を、今後5年くらいかけて九州の海で構築していきたいですね」

 国土を海に囲まれた日本は「ブルーカーボン大国」だと栗田准教授は期待を込める。ブルーカーボンの活用は、脱炭素社会を目指す上で大きな鍵を握りそうだ。

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