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データからみえる今日の世相~「戦争」をリアルに意識することの意味

【21世紀になって変わった「戦争」の現実味】

江利川 滋(TBS総合マーケティングラボ)

 2021年4月にこの連載を始めて、はや1年2ヵ月。その間、新型コロナ感染拡大の波が幾度かあり、モヤモヤした気分が世界を覆っています。

 そんな世界をさらに憂鬱にさせる事件が2022年2月に勃発しました。ロシアによるウクライナ侵攻です。
 ロシア・プーチン大統領の演説によると「NATOは抗議や懸念にもかかわらず拡大し続け」、米国と同盟国によるロシア封じ込め政策は「レッドラインを越えた」ため、人民保護目的の特別軍事作戦を行い「ウクライナの非軍事化に努めるが、領土の占領は計画していない」(22年2月25日、毎日新聞)のだそうです。

 そう言われても、欧州方面のロシア事情に疎い身には、突然他国に派兵して戦争を始めたようにしか見えません。
 緊迫した現地の報道にショックを受け、戦争というものを生々しくリアルに意識するようになりました。

 今回はJNNデータバンク定例全国調査データから、戦争に関係する質問の結果を取り上げます。過去を振り返ると、日本人の意識が劇的に変化したタイミングがありました。

日本人の意識を劇的に変えた「同時多発テロ」

 人々の意識を衣食住、レジャー、買物などあらゆる面から捉えるJNNデータバンク定例全国調査ですが、さすがに戦争関連の項目はわずか。
 最新データ(21年11月実施分)の主な項目は2つで、「恐いと思うもの」としての戦争と、日本と外国が戦争する可能性についての意見です。

 1つ目の「恐いと思うもの」は95年から調べ始めた項目です。複数回答の選択肢は最初18個でしたが、あれも恐い、これも心配と増えていって、現在は40個になっています。
 戦争に関する選択肢は当初「国際テロ・戦争」でしたが、06年から「戦争」と「テロ」に分かれました。

 次に示す折れ線グラフは、05年までの「国際テロ・戦争」、06年以降の「戦争」を恐いと思う人の割合の推移を、男女別に比べたものです。

 「国際テロ・戦争」を恐いと思う人は、90年代後半では2~3割程度。しかし、01年のアメリカ同時多発テロで一挙に数字が急騰し、男性で6割、女性では7割まで達します。
 筆者もあの時、2機目の旅客機がニューヨーク世界貿易センターに衝突するのをテレビの生放送で見ました。高層ビルが崩壊するのを見ながら、「これは今、本当に起こっていることなのか」と信じられない思いでした。

 アメリカはその後、対テロ戦争として01年にアフガニスタンを侵攻。03年にはイラク戦争で首都バグダッドを制圧し、フセイン政権を崩壊させましたが、攻撃理由の大量破壊兵器は結局見つからずじまいでした。
 これも「突然他国に派兵して戦争を始めた」のですが、現在のウクライナ侵攻ほど意外な感じはしなかった気がします。中東の戦争だから意外ではなく、欧州で戦争が起きたから意外なのでしょうか。どちらも市民に被害が及ぶのは同じだというのに。

 その間、数字は5割弱まで下がり、06年から選択肢は「戦争」に。
 その06年、北朝鮮が7月に7発の弾道ミサイル発射実験を行って、日本への攻撃もリアルに感じられる状況になります。
 すると、それまであまり数字に男女差がなかったのが、06年は女性が56%、男性が47%を記録し、以降、女性が男性より常に10ポイント程度高い値を示すようになりました。

 00年代後半から10年代にかけて、男性4割・女性5割程度の数字で推移していますが、15年~17年に数字が跳ねています。
 15年には邦人人質を殺害した過激派組織ISが中東シリアで各国軍と戦闘、16年には日本の自衛隊がPKO(国連平和維持活動)で派遣された南スーダンで内戦再燃の危機、17年には北朝鮮が16回も弾道ミサイル発射実験を実施するなど、日本や日本人が関わる戦闘や軍事的脅威がありました。

 こうして見ると、日本人はアメリカ同時多発テロからこの方、戦争・戦闘の恐怖を意識し続けるようになったようです。
 この推移を年代別にまとめたのが次のグラフです。

 全体の流れは男女別のグラフと同様ですが、若い層ほど戦争に恐怖を感じる割合が高いようです。ただし、01年のアメリカ同時多発テロや15年~17年の局所的なピークでは、どの年代の数値も同じくらいで差は見られません。
 どうやら、具体的な大事件があると多くの人が同じ様に脅威を感じる一方で、そうでないときは、若年層がテロ・戦争・戦闘などを恐れ、年配層はそこまで気にしないようです。
 戦争になったら真っ先に影響を受ける若年層が常に不安を感じているのか、日々の生活に追われる年配層に漠然とした不安など感じている暇はないのか。はたまた別の理由があるかもしれません。

 さて、JNNデータバンク定例全国調査のもう1つの戦争に関する質問は、日本と外国が戦争する可能性についての意見です。
 様々な意見の中から自分の考えにあてはまるものをいくつでも選んでもらうという質問に、「この先、日本と外国が戦争する可能性はあると思う」という選択肢が13年から入っています。
 その選択率の推移を性別・年代別に示したのが次のグラフです。

 パッと見て、「恐いと思うもの」と同様、若年層ほど日本が戦争する可能性を感じていることがわかります。そして男性は年代の差が比較的狭いのに対し、女性は年代間の開きが大きいことも見てとれます。

 年配女性に比べて、年配男性はテレビのニュース番組をよく見たり新聞もよく読んだりしている人が多く、日々接する政治や国際問題の報道などから日本が戦争する可能性を感じるのかも知れません。

 思えば、筆者がテレビでリアルタイムに戦争を見たのは91年の湾岸戦争が初めてだったと思います。アメリカ軍主体の多国籍軍がイラクを攻撃し、テレビで多用された「ミサイルが標的を狙う映像」がゲーム画面のようで、「ニンテンドーウォー」などと呼ばれました。そこで犠牲者の生々しい姿が映ることはなく、「戦争」といってもドライな感じでした。

 しかし、同じくテレビが生放送した同時多発テロで、日本人は「あのアメリカでも防げない攻撃がある」という事実に驚き、「日常からいきなり巻き込まれる恐怖」のリアリティを意識に刻み込んだと思います。
 現在進行中のウクライナ侵攻も、多数の市民が日常からいきなり巻き込まれ犠牲となったことをSNSが(さらにテレビが)生々しく報じています。
 核兵器を持つ国連常任理事国ロシアがそれを仕掛けていることも相まって、日本人の意識に大きな影響を与えるであろうことが予想されます。

 戦争の恐怖をリアルに意識することが「だから戦争してはいけない」となるのか、「だから戦争に備えなければならない」となるか。そこに大きな分かれ道があります。
 しかし始まるとあまりに悲惨なのは、現在のウクライナ侵攻で嫌と言うほど目撃しています。一刻も早い戦闘の中止を願わずにいられません。

<執筆者略歴>
江利川 滋(えりかわ・しげる)
1968年生。1996年TBS入社。
視聴率データ分析や生活者調査に長く従事。テレビ営業も経験しつつ、現在は総合マーケティングラボに在籍。

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