桜島 初の「レベル5」の課題~国内111火山大国に生きる「作法」
平川 智宣(MBC南日本放送報道部)
桜島は鹿児島市街地からその威容を望むことができる火山だ。海抜1117メートル、周囲約40キロ。約3500人が暮らす。
約60万人が住む市街地側とはわずか約4キロで、夏には小学生による横断遠泳大会が開かれる。普段は市営フェリーが24時間運航し、市街地側と片道約20分で結ぶ。2019年度にはビジターセンターに10万人が訪れている有数の観光地でもある。
本記事では、この身近な山で今年7月に起きた初の「噴火警戒レベル5」引き上げという“事件”を振り返り、火山防災や関係機関の情報発信のあり方を考えてみたい。
噴火警戒レベルは
1:活火山であることに留意
2:火口周辺規制
3:入山規制
4:高齢者等避難
5:避難
の5段階がある。火山活動の状況に応じて、警戒範囲と警戒内容、住民や防災機関がとるべき対応が決められていて、気象庁が発表する。日本には111の活火山があるが、火山噴火予知連絡会が「監視・観測が必要」と認めた50火山のうち49火山で噴火警戒レベルが運用されている。2と3は警報、4と5は特別警報に位置付けられている。桜島は現在、常時3の状態だ。
桜島の噴火は日常
桜島の噴火は鹿児島では日常で、多い時では年間約1000回噴火したこともある。「きょうは噴いてるね」はあいさつ代わりだ。「洗車した翌日になぜか灰が降る」ジンクスを持っているのは私だけではない。
1980年代には大きな噴石が居住地域に落ちたこともあったが、現在は稀である。噴火警戒レベルは3「入山規制」が続いていて、火口から2キロが警戒範囲に設定されている。もちろん登山者はいない。
桜島は20世紀国内最大の噴火を起こしている。1914年(大正3)1月12日に山腹から噴火し、噴煙の高さは2万メートル、噴出物の合計量は30億トンとみられている。最近の桜島の噴火の10万倍規模の噴火で、この時流れ出た溶岩によって桜島は大隅半島と陸続きになった。
噴火8時間後に鹿児島湾を震源地とするマグニチュード7.1の地震が発生し、58人が死亡した。その大正噴火から100年を過ぎ、専門家は「大正噴火級の噴火を起こすぐらいのマグマ量はすでに蓄えられている」としている。
防災面では、1971年から毎年、大正級噴火に備えた総合防災訓練が開かれている。山体膨張など大噴火の兆候があり、噴火警戒レベルが5に引き上げられ、桜島の住民が臨時フェリーや臨時バスで市街地側などに避難するシナリオだ。
桜島で初のレベル5
7月24日午後8時22分に気象庁が桜島に「噴火速報」を発表した。私は自宅でスマホの「桜島で20時05分頃噴火が発生しました」という通知文を読んだ。
日常的に噴火している桜島で噴火速報が出たということは、常ならぬ噴火があったことを意味する。「噴石が警戒範囲を超えたか、火砕流が出たかどっちかだな」と思いつつ、すぐに会社に向かった。
ハンズフリーで会社にいる記者に電話すると「気象台は噴石が2.5キロ東に飛んだと言ってました」。2.5キロならレベル3の規制範囲2キロを超えている。午後8時36分にあったTBSからの問い合わせには「レベル4に上がれば大ごとです。レベル3のまま警戒範囲を拡大するかもしれません」と答えたが、甘かった。
気象庁は20時50分に噴火警戒レベルを桜島では初の5「避難」に引き上げた。MBCは午後9時前の1分間枠を開いて初報を伝え、午後9時12分からインターネット配信で特番を開始した。途中、事態を受けた鹿児島市が当該地区の約50人に避難指示を出したことも伝え、テレビサイマル(テレビとネット配信の同時放送)も挟んで2時間40分ほど続けた。
噴火警戒レベル5に2つの基準
桜島の噴火警戒レベルでは、①大正噴火クラスの大きな噴火が発生、あるいは発生が迫っている時 ②大きな噴石が火口から概ね2.4キロを超えて飛散した時 この2つのいずれかの基準に当てはまった時に5の避難に引き上げられることになっている。
この基準はHPでも公開されていて、今回のように、大きな噴石が2.5キロ飛んだ時点でレベル5に引き上げられることはあらかじめ決まっていた。
だが、長年続けている避難訓練が全島避難を想定していたこともあってか、今回の事態を①と捉えた人もいた。その背景を考えると課題が見えてくる。
レベル5をめぐる混乱 2つの「トラップ」
このレベル5をめぐっては混乱があった。というのも、全国ネットで噴火速報に続いて、レベル5が放送されたため、「桜島で大噴火が発生した」と捉えた人が少なからずいたのだ。この誤解が生じたのには2つの「トラップ」があった。
ひとつは午後8時22分に気象庁が出した噴火速報だ。ここには「桜島で、令和4年7月24日20時05分頃、噴火が発生しました」としかない。
噴火速報は、死者・行方不明者63人を出した御嶽山噴火(2014)を機に導入された。御嶽山は日常的に噴火しておらず、レベル1の状態で噴火した。これを受けて始まった噴火速報は、登山者がいる山などを念頭に、「噴火が起きたことをいち早く伝える」ことを重視し、「噴火した事実のみ」を記載することになっている。
その理念は分かるのだが、桜島に当てはめて運用すると「噴火が発生しました」だけでは、市民は「桜島で噴火は当たり前じゃないの」との混乱が生じるのも無理はない。今回は「東に2.5キロ噴石が飛散」という事象を確認して噴火速報を出しているので、発表までの十数分の間に確認した事象を併記できなかっただろうか。
実は、同様の事態は2021年4月25日未明の爆発でもあった。気象台は「桜島で火砕流が南西1.8キロに流下した」と判断し、爆発から43分後に噴火速報を発表した。
この時も「桜島で噴火が発生」という文言だけで、火砕流についての記載はなかった。当時、噴火速報を防災無線で知ったという桜島の住民からは「いつもの噴火と何が違うのかわからなかった」「深くは考えなかった」という声が聞かれた。
常ならぬ噴火の、いわば危機を伝える噴火速報だが、気象台が伝えたい危機が住民に伝わっていなかったことになる。しょっちゅう噴火している桜島で速報が出るということは通常の噴火ではないわけで、それならばどこが通常ではないのかも明記するのが住民のためだ。
その疑問を当時の会見でぶつけた際、鹿児島地方気象台は情報の出し方が不十分だったと認め、「情報の出し方を議論していく」としていたが、残念ながら今回も速報の出し方に変化はみられなかった。
情報の出し方・受け取り方
もうひとつのトラップは、噴火警戒レベル5に関する情報の出し方・受け取り方だ。
今回の噴火警戒レベル5で、気象台が午後8時50分にHPや関係機関向けに出した発表文には「<桜島に噴火警報(噴火警戒レべル5、避難)を発表>桜島の南岳山頂火口及び昭和火口から概ね3km以内の居住地域(鹿児島市有村町及び古里町の一部)では大きな噴石に厳重な警戒(避難等の対応)をしてください」とある。これを読むと、レベル5は噴石が警戒範囲を超えて飛び、3キロ圏にかかる2地域だけ避難すればいいことは分かる。
だが、気象台が鹿児島市全域に配信した緊急速報メールには「桜島にレベル5(避難)を発表(中略)自治体等の情報を確認し、被害が予想される居住地域ではただちに避難を」となっていて、今回のレベル5の警戒対象地域である「有村と古里の一部」は明記されていなかった。
先述のように、1971年から続く防災訓練では、「レベル5で全島避難」というシナリオで訓練している。緊急速報メールを見た住民の中には「桜島全島避難か」と思った人もいたという。
かたやSNS上では「いつもの噴火。桜島は通常運転」という発信も相次いだ。大きな噴石が警戒範囲を超えたのならそれは「通常運転」ではないわけで、これも誤解といえる。いずれにしても気象台が発表文や緊急速報メールの表現にもうひと手間かけることで市民に誤解なく伝えられた可能性はある。
いっぽう、私たちマスコミの側はどうだったか。噴火速報もレベル5も、詳しい状況が分からないなら大きく構えて大きく伝えるのは定石だ。
全国ネットで噴火速報の定型文をあてはめて「登山している人は直ちに避難を」と呼びかける向きもあったが、先述の通り桜島に登山者はいない。即応ということにこだわりすぎて、実情に合わない不思議な情報を出しているわけで、足元を見直す必要があると感じる。
また、レベル5が「大噴火あるいはその前兆」以外に「噴石が2.4キロ以上飛んだ場合」と2種類あることも、地元メディアとして事前に啓発しておくべきだったができていなかったし、当日も早めに大きく発信できていなかったという反省も感じている。それができていれば、「桜島で大噴火か」という市民の誤解は低減できたのではという思いがある。
火山のリスクと恵みを受ける“作法”として
日本は111の活火山を持つ。うち気象庁が常時観測・監視している火山は50ある。火山災害は起こる頻度は雨などに比べて低いが、いざ起これば影響が長期化したり広域化したりするおそれがある。現代の科学では詳しい予測や推移が見通しにくい。
いっぽうで火山は温泉や独特の景観など恵みももたらす観光資源でもある。火山や噴火警戒レベルについて伝え、学ぶことは、この火山大国に暮らす者としての作法ではないだろうか。
防災報道は、人命を守ることが一番の目的だ。まずは防災情報を発表する気象庁や、避難情報を出す自治体の持つ危機感を、誤解のないように解像度を高めて市民に伝えることが重要になる。普段からできることを考えて実行していきたい。
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