コロナ禍の自殺動向
【女性と若者の自殺が増加している。その背景にあるものは何か。コロナ禍との関連はどうなのか】
平野 孝典(桃山学院大学准教授)
新型コロナウイルス感染症の蔓延は、人々のメンタルヘルスにどのような影響を与えているのだろうか。「都市封鎖」や行動制限による蔓延防止措置は、経済活動の低迷をともない、雇用環境の悪化を引き起こす。また、「ソーシャル・ディスタンス」の徹底は、対面的コミュニケーションを減少させ、人と人とのつながりを弱める可能性がある。これらがストレスとなり、人々のメンタルヘルスに悪影響を及ぼしていることは想像に難くないだろう。さらに、感染への不安そのものがメンタルヘルスを悪化させることは言うまでもない。
経済協力開発機構(OECD)は、早くも2020年の4月・5月に加盟国の市民のメンタルヘルスについて調査している。そこから、調査を実施したすべての国々において、コロナ禍以前よりも市民の不安感は高まり、抑うつ傾向が強まっていることが明らかにされた。日本の結果を紹介すると、抑うつ傾向にある者の割合は2013年には7.9%であったのが、2020年には17.3%に急上昇していたのである(OECD, 2021, Tackling the mental health impact of the COVID-19 crisis: An integrated, whole-of-society response)。
しかし重要な点は、あらゆる人々のメンタルヘルスが悪化しているわけではないという点である。上記調査によれば、特にメンタルヘルスが悪化しているのは、1人暮らし、社会経済的地位の低い人、失業者、女性、そして若者であったという。日本でも、女性と子どもの自殺増加が注目を集めている。以下、データを概観していこう。
女性と子どもの自殺が増加している
上記調査が実施されていた2020年の4月~5月、日本の自殺者数は前年よりも低水準であった(図1)。2019年の自殺者数が1979年以来最低だったことをふまえれば、いかに2020年前半の自殺が少なかったのかがわかるだろう。
日本は例外的にコロナ禍の悪影響を免れていたのだろうか。残念ながら、その楽観的な予測を裏切るかのように、7月から自殺者数は増加傾向を示すようになる。結果として2020年の自殺者数は21,081人となり、2019年の20,169人から4.5%増加した。自殺者数の増加は2009年以来、11年ぶりの事態であった。
重要なのは、どのような人々の自殺が増加したのかという点である。まず、男女別にわけると、女性の自殺者数は7,026人で935人増加(15.4%増)したのに対し、男性は14,055人で23人減少(0.2%減)した。
年齢別にみると、表1・表2のようになる。2019年と2020年の自殺者数を比較すると、男性は30歳代~60歳代で自殺が減少しているのに対し、19歳以下・20歳代・70歳代・80歳以上では自殺が増加している。19歳以下は5.2%、20歳代は13.6%、70歳代は1.6%、80歳以上は8.6%増であった。これに対し、女性ではすべての年齢層で自殺が増加している。なかでも19歳以下~40歳代の比較的若い世代の自殺増加が目立つ。19歳以下は44.0%、20歳代は32.0%、30歳代は17.9%、40歳代は20.4%増であった。ここから、男女共通の特徴として、若い世代で自殺が増加していることが伺える。
本稿執筆中に2021年の速報値が届いたため、結果を紹介しておこう(警察庁の「自殺統計」に基づく)。2021年の男性の自殺者数は13,815人で前年から240人減少(1.7%減)した。これに対して女性の自殺者数は7,015人であり前年から11人減少(0.2%減)であった。コロナ禍の長期化で懸念されていた自殺増加こそ起きなかったものの、女性の自殺者数は高止まりを続けているといえる。ただし、月別の自殺者数を確認すると、7月以降は2020年の自殺者数を下回り続けている。7月から自殺者数が急増に転じた2020年と対照をなしている(図1も参照)。なお、年齢別の速報値は本稿執筆時点で公表されていない。
このように、2020年の自殺動向の特徴としては、性別にみると女性、年齢別にみると特に若い世代の自殺増加が顕著であったことをあげることができる。この結果は、コロナ禍において女性と若者のメンタルヘルスが特に悪化しているというOECDの調査結果とも整合的である。
念のため述べておけば、女性は男性よりも自殺死亡率(人口10万人あたりの自殺者数)は低い。警察庁「自殺統計」によれば、女性の自殺が増加した2020年でも、自殺死亡率は男性23.0、女性10.9であり、2.1倍の格差が存在する。また、若い世代、特に未成年の自殺死亡率も低い。2020年の自殺死亡率は7.1であり、全年齢の自殺死亡率16.8の半分にも満たない。つまり、コロナ禍においては、従来は自殺の危険性が低いとされる人々の間で自殺増加がみられたのである。
なぜ女性の自殺が増えたのか
では、なぜ女性の自殺が増えたのだろうか。女性の自殺増加の背景として、まずはコロナ禍に伴う女性の雇用環境の悪化を指摘したい。「NHK・JILPT共同調査」によれば、2020年4月から11月中旬までの約7か月間に、解雇や労働時間の急減等、雇用の変化を経験した割合は女性が男性の1.4倍大きく、解雇・雇止め後の非労働力化は女性が男性の1.6倍大きい。さらに女性の労働時間や収入の回復は男性よりも遅く、女性の雇用環境の悪化は深刻である(周燕飛,2021,「コロナショックと女性の雇用危機」JILPT Discussion Paper 21-09)。警察庁「自殺統計」をみても「主婦」の自殺増加が前年比13.9%であるのに対し、被雇用者の女性の自殺が前年よりも32.0%増加している。さらに、自殺の原因・動機としては、職場の人間関係や仕事疲れなど「勤務問題」を背景とした女性の自殺増加が著しい(前年比40.9%増)。
また、家庭環境の悪化も見過ごせない。コロナ禍の生活不安やストレスの増加、さらに外出自粛による在宅時間の増加等を背景とし、DV(ドメスティックバイオレンス)相談件数が増加しており、女性に対する暴力の増加や深刻化が懸念されている(コロナ下の女性への影響と課題に関する研究会, 2021, 『コロナ下の女性への影響と課題に関する研究会報告書』)。DVなどの暴力被害経験は自殺の危険性を高めるため、女性に対する暴力の増加は女性の自殺増加を促進した可能性がある。さらに、コロナ禍にともなう一斉休校や外出自粛、テレワークの普及は、女性に多大な家事負担を負わせることになった。内閣府の調査によれば、第一回緊急事態宣言中(2020年4-5月)に、家事・育児時間の増加を感じたり、負担感の大きさを感じたりするのは、男性よりも女性の方が多かった((内閣府「令和2年度男女共同参画の視点からのコロナ禍の影響等に関する調査」)。このような家庭に関するストレスの増加もまた、女性の自殺増加を促進した可能性がある。
さらに、自殺に関する研究ではないが、労働政策研究・研究機構(JILPT)が2020年8月・12月に実施した調査は、女性の自殺増加を考えるうえで示唆に富んでいる。同調査によれば、男性よりも女性の方がコロナ禍前後で主観的ウェールビーイング(生活満足度)が大きく低下している。その理由を統計学的手法により調べると、男性よりも女性の方がコロナ禍における将来への不安や心配を抱えやすいことや、男性よりも女性の方がコロナ禍で生きがいを失っていることなどにより、女性の主観的ウェールビーイングが大きく低下していることがわかった(樋口美雄・労働政策研究・研修機構編『コロナ禍における個人と企業の変容』慶応義塾大学出版会、2021年、第10章)。将来不安や心配が増すことは心理的なストレスになり得るし、生きがいをなくすことは精神的な健康状態に悪影響を及ぼすことは想像に難くない。なぜ女性がそのような状況に追い込まれているのかという点は、今後の調査・研究によって明らかにされることを期待したいが、上記の雇用環境の悪化や家庭でのストレス増加も一因だと思われる。
以上をまとめると、コロナ禍にともなって引き起こされた雇用環境の悪化、ストレスフルな家庭環境、さらに将来不安などの心理的ストレスの高まり、生きがいの喪失など、複合的な要因により、女性の自殺増加が引き起こされたと考えられる。もちろん、これら以外の要因の影響も当然あるだろう。さらなる調査・研究の進展を望みたい。
懸念される子どもの自殺動向
最後に、子ども(未成年)の自殺について触れておきたい。上述の通り、自殺死亡率こそ低いものの、コロナ禍において子どもの自殺増加は顕著であった。図2に示した通り、実はコロナ禍以前から子どもの自殺は増加傾向にある。特に高校生の自殺死亡率は1993年の2.5から2019年の8.8に3倍以上も上昇している。2020年の高校生の自殺者数は339名であり、自殺死亡率は実に11.0を記録している。図からわかるように、これは1985年以降、過去最多である。
子どもの自殺増加については、コロナ禍における学校の混乱に注目しないわけにはいかないだろう。警察庁「自殺統計」によれば、子どもの自殺の原因・動機のトップは学校問題である。その内訳をみると、「学業不振」や「進路の悩み」、そして「学友との不和」が多い傾向にある。緊急事態宣言時の休校措置は学習の進捗状況に混乱をもたらし、受験生はもちろん、学業成績に価値を置く家庭の子どもたちの心理にも悪影響を与えたことは想像に難くない。さらに、多くの地域でみられた夏休みの短縮は、学校に居場所がない子どもたちに相当な苦痛を与えたと考えられる。もちろん、心身が成長途上であり、さらに多感な思春期の只中にある子どもたちの自殺の原因は一つではないことは付け加えておきたい。
また、あまり語られることはないが、家庭の経済状況も子どもの自殺と密接なつながりがある。中高生の意識調査を筆者が分析したところでは、さまざまな要因を考慮しても、家庭の経済状況への悩みを抱えている中高生は、そのような悩みがない中高生よりも、3倍ほど自殺したいと考えやすい傾向がある。また、厚生労働省の「人口動態統計」と「国民生活基礎調査」を調べたところ、保護者が無職の世帯で暮らす子ども(5-14歳)の自殺の危険性が高いことがわかった。2019年の10万世帯当たりの自殺者数は、保護者が無職の世帯で暮らす子どもは11.4人であったのに対し、職を持つ保護者の世帯で暮らす子どもは1.1人だったのである(以上については、金澤ますみほか編『学校という場の可能性を追究する11の物語』明石書店、2021年、第9章を参照されたい)。
コロナ禍においても、経済的に苦しい家庭の子どもの自殺増加が顕著である。表3には2020年と2017年-19年の3年平均の子ども(5-14歳)の自殺者数を世帯類型別に比較した結果を示した。有職世帯で暮らす子どもの自殺は21人増加し、無職の世帯では9人増えている。人数では有職世帯の方が多いが、重要なのは変化率である。有職世帯では30.4%の増加に対し、無職の世帯では実に83.9%の増加を示している。自殺者数が大きいとはいえないので、過大な評価は避けるべきだが、統計上は保護者が無職の世帯で暮らす子どもの自殺増加が著しい。残念ながら、15歳以上の子どもについては世帯類型別に自殺者数が公表されていない。そのためデータを示すことができないが、おそらく同様の傾向が示されているのではないだろうか。
コロナ禍は社会に存在するさまざまな格差を露わにしている。これまで論じてきた男女の格差もその一例である。そしてまた、子どもたちの間に厳然と存在する命の格差もまた、コロナ禍は浮き彫りにしているのかもしれない。
<執筆者略歴>
平野 孝典(ひらの・たかのり)
1985年兵庫県生まれ。立命館大学産業社会学部卒。大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程単位修得退学。
桃山学院大学社会学部専任講師を経て、2020年より現職。
社会調査データの分析をもとに自殺問題について研究。
主な著作に『いまを生きるための社会学』(共編著、丸善、2021年)、『社会学で描く現代社会のスケッチ』(共編著、みらい、2019年)、『新自殺論--自己イメージから自殺を読み解く社会学』(共著、青弓社、2020年)など。
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