<シリーズ SDGsの実践者たち> 第4回 ツバル外相が海中からスーツ姿で訴えた危機
【このまま地球温暖化が進めば、ツバルの国土は「消失」する。環境問題が国家の存亡にすぐにも直結する島国の苦悩】
「調査情報デジタル」編集部
国連で2021年11月に開催された、気候変動枠組条約の第26回締約国会議「COP26」。会議では南太平洋の島国ツバルが公開した動画が話題になった。
動画はツバルのサイモン・コフェ外務大臣(トップ写真)が、海面上昇によって水没が懸念されるツバルの現状を淡々と説明し、気候変動への対策を訴える内容。ところが、スピーチの終盤、カメラがズームアウトすると、コフェ外相は海に浸かった状態でスピーチしていた。
この動画で各国のトップに訴えたかったことは何だったのか。ツバルの現状はどうなっているのか。ツバル政府に取材を申し込むと、コフェ外務大臣が回答してくれた。今回は、ツバルに迫る危機について考えてみたい。
スピーチした場所はかつて陸地だった
「私たちは気候変動と海面上昇の現実を生きています。明日を守るために、私たちはきょう、勇気ある代替行動を取らなければなりません」
スーツとネクタイ姿でスピーチ台の前に立ち、温暖化対策を訴えるサイモン・コフェ外務大臣。この動画を観た人は、最後の場面で驚く。ズームアウトによって映し出されたのは、海の中でスピーチをしているコフェ外務大臣の姿。ズボンの裾をまくりあげて、膝あたりまで海に浸かっている。
この動画を撮影した場所は、かつては陸地だった。海面上昇がツバルに影響を与えた象徴的な場所のひとつだとコフェ外務大臣は説明する。
「映像の中で、私の後ろに第二次世界大戦中にアメリカ軍が作ったコンクリート製の砲台が見えると思います。この砲台は陸地にあったのですが、海面上昇による土壌浸食のために、今では完全に海に囲まれました。
ここは気候変動が私たちに与えた影響を分かりやすく示した例です。かつて陸地があった場所には、もはや何もありません。現在、ツバルの首都フナフティの中心部の40%は、満潮時にはすでに海面下になっています」
【引き続き「気温が2度上昇するとツバルは沈没する」に続く】
「気温が2度上昇するとツバルは沈没する」
ツバルは南太平洋のポリネシア最西端にある9つの環礁島からなる国で、1978年に独立した。東京都品川区と同規模の面積に約1万2000人が暮らす。2019年現在、世界で4番目に人口が少ない国だ。土地は全体的に低く、最も高い場所でも海抜4.6メートルしかない。
ツバルが海面上昇の影響を受けやすい国として日本で注目され始めたのは、1997年12月に京都で開催された「COP3」からだろう。この時、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出削減を先進国に義務づけた、京都議定書が締結されたことで関心が高まった。
それから四半世紀が経過した今、海面上昇の影響はさらに大きくなっているとコフェ外務大臣は訴える。
「特に天候の変化が激しくなり、干ばつや、より強い熱帯低気圧が発生し、島の一部が消滅したケースもあります。土地や水の塩分濃度が上昇し、農作物に影響を与えていることも実感しています」
このまま地球温暖化が進めば、海面上昇によってツバルはいずれ沈む可能性がある。その懸念を受けて政府では、国土が水没したとしても国家を維持するための方策を本格的に検討しているという。
「多くの科学者が、COP26以降も気温の上昇が2度を超える道を歩んでいると言っています。もしも2度を超えたらツバルは本当に危険です。ツバルは沈みます。気候変動を抑える目標に対して行動を起こさなければ、ツバルは沈没し、私たちは土地を失います。
しかし、太平洋島嶼国として、また太平洋地域の一員として、私たちは気候変動や海面上昇の影響を受けながら、なすすべもなく傍観しているわけではありません。海面上昇によって国土が失われたとしても、国の主権と海上の境界線を維持できるよう、実際に行動を起こしています。
その結果、ツバルは“the Future Now project”を立ち上げました。気候変動によって国土が損なわれた場合でも、ツバルの国家権、主権、政府の行政枠組み、文化や遺産を保持するプロジェクトです。気候変動の最も悲惨な影響が現実のものになったとしても、主権国家として存続できるように、法的、デジタル的、外交的な解決策を検討しています」
ツバルだけで海面上昇を防ぐことはできない
ツバルの主な産業は農業と漁業で、生活は自給自足的な部分が多くを占める。国家財政の収入源は入漁料と、外国漁船への出稼ぎ船員らによる海外からの送金が中心だ。
その他に収入源になっているものに、ツバルに割り当てられているインターネットの国別ドメインコードの「.tv」がある。テレビを連想させるこのドメインを、アメリカのインターネット関連会社に貸与して使用料収入を得ている。
いずれにしても、ツバル国民の生活や経済活動から排出される温室効果ガスは、地球全体から考えればごくわずかしかない。他の国々に気候変動への理解を深めてもらう以外に、海面上昇を防ぐ手立てはないのだ。そのための行動が「COP26」での海の中からのスピーチだった。
「ツバルが気候変動の危機を遅らせようとしても、国際社会が直面している悪影響を覆すことはできません。必要なのは、国際社会全体で気候変動に対する意識と共感を高めることです。現在直面している危機を克服するために、他の国々が果たすべき役割を印象づけることが、私たちが気候変動や海面上昇の影響を遅らせることができる最善の方法なのでしょう」
日本は2020年10月に「2050年カーボンニュートラル宣言」を発表した。2050年までに脱炭素社会を実現し、温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを目標としている。しかし、その間にも温暖化は進む可能性がある。ツバルが日本に対して何を求めているのかを最後に聞いた。
「日本はツバルにとって非常に重要なパートナーです。日本が私たちのためにしてくれたことや、世界的な気候変動の影響を軽減するための行動に感謝しています。しかし、私たちは日本や全ての国に対して、石炭や化石燃料の使用がツバルや同じような国に与える影響に目を向けて、使用を一刻も早く止めるようにさらなる努力を求めます。
太平洋は、太平洋諸島諸国が持つ最も重要な資産の一つです。気候変動や、他のあらゆる汚染、環境への悪影響から太平洋を守るために努力しなければなりません。日本には気候変動対策の資金や方策、埋め立てのための資金調達でツバルを支援するなど、太平洋を守るために太平洋諸島諸国と協力し続けることを期待しています」
この記事に関するご意見等は下記にお寄せ下さい。
chousa@tbs-mri.co.jp