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<シリーズ SDGsの実践者たち> 第7回    小さな集落が挑戦した地熱の活用

【純国産エネルギーを使って、電力が安定供給できる地熱発電。しかし日本で活用できているとは言い難い。その課題はどこにあるのか。一方、小規模地熱発電で成功している集落もある。成功の秘訣は】

「調査情報デジタル」編集部

 熊本県の最北端、阿蘇山の外輪山外側に位置する小国町は、九州でも有数の温泉地の一つ。この町の北部、涌蓋山の麓にわずか30世帯のわいた地区がある。

 集落を訪れると、あちこちから噴気が上がっている。自噴する地熱の蒸気だ。温泉施設を経営する後藤幸夫さんは、以前は集落の至るところで突然蒸気の穴が開いていたと話す。

 「粘土質の場所から自然に湧き出すので、うちの子どもも穴に落ち込んだことがあります。危険と隣り合わせの場所なんですよ。この景観を安全に観光化できるようにと考えて、公園として整備しました」

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わいた地区の「岳の湯大地獄」

 集落の中心部には、大きな噴気を見ることができる大地獄公園「岳の湯大地獄」が整備され、周辺には温泉施設や旅館などがある。地熱を利用した山菜おこわや、しいたけ饅頭が販売されているほか、農業用ハウスでは地熱でパクチーやスイートバジルなどが栽培されている。

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地熱を利用して栽培されるバジル

 公園の整備や産業の創出は、住民が自ら立ち上げた事業によって財源を作りだしてきた。その事業は、日本で初めて住民組織が運営する地熱発電所だ。

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発電所から噴き上がる蒸気


大規模開発の頓挫から発想を転換

 わいた地熱発電所は、地区の全30世帯が出資している合同会社わいた会から委託されたふるさと熱電が、約15億円をかけて建設。2015年から運転を開始した。

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わいた地熱発電所

 管理業務もふるさと熱電に委託。年間約6億円の売電収入のうち、8割をふるさと熱電に業務委託費として支払い、2割を社員の配当として分配するとともに、地域の活性化に活用している。事業を始めるにあたっての融資を受ける手続きも、ふるさと熱電が行った。運営にあたって、各世帯の負担はほとんどない状態だ。

 発電所は苦い経験の反省から生み出されたものでもある。わいた地区では1980年代後半から、大手ディベロッパーが大規模地熱発電所の建設を計画し、噴気試験などを実施していた。

 この開発をめぐり、地区の住民は温泉供給などへの影響を危惧した慎重派と、賛成派に二分した。噴気試験で地域への影響が出た一方で、大手ディベロッパーが影響に対する補償はしない姿勢を崩さなかったことから、2002年に計画は白紙になり、住民同士の対立だけが残った。

 それでも豊富な地熱資源を守りながら、地域の活性化に生かしたいと考える人は多かった。そこで小規模発電の研究を始め、2011年に26世帯が出資してわいた会が設立された。

 後藤さんはわいた会の2代目代表社員を務める。当時のことを次のように振り返る。

 「大規模開発の計画がなくなったあと、高齢化が進み、若い世代の人々が集落から出ていく流れを止められませんでした。何とか地熱を活用できないかと考えたのが、小規模の発電所です。地域に影響を及ぼさない範囲で計画し、それぞれの泉源の状態をモニタリングできるようにしました。2015年から運転を始めて、慎重だった方々の理解も得られて、全世帯が出資する形ができました」

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地熱資源量は世界第3位だが使われず

 再生エネルギーの一つである地熱は、原料を輸入する必要がない純国産エネルギーで、安定して発電できるメリットがある。わいた地熱発電所の年間稼働率も92%と安定している。

 しかも、日本列島は火山帯に属することで、豊富な地熱資源量があるとされている。その量は2347万kWで、世界第3位の規模だ。

 ところが、実際の発電設備容量は年間約60万kW。日本国内の電源構成に占める割合は、2020年の時点でわずか0.3%でしかない。太陽光がこの10年間で2倍の8.9%にまで伸びたのとは対照的だ。
 
 経済産業省が策定している長期エネルギー受給見通し、いわゆるエネルギーミックスでは2030年に150万kWを目標にしているが、達成の道筋は見えていない。

 小規模の地熱発電所を建設しようという動きは全国各地で増えている。しかし、実現できているのは事業者が私有地に建設したものが中心で、地域ぐるみで開発した例は一部の温泉地であるものの、わいた会のように全住民で進めたケースは他にはない。

小規模地熱発電の課題はコストと制度

 地熱発電を実現するために地域住民全員の同意が必要なのは言うまでもないが、他にもハードルはある。一つがコストの高さだ。

 地熱発電所は高額な初期費用がかかる。わいた会では当初、利益はほんのわずかしか出ない覚悟で計画をスタートさせたという。

 「地熱は井戸を一本掘るためにも数億円がかかり、それでうまくいくとは限りません。発電所のプラントの建設費もかかります。当初は融資の返済や、ふるさと熱電に委託費を支払った残りは、よくても売り上げの3%くらいにしかならないと考えていました」

 すると、わいた会を2011年1月に設立した直後、エネルギー政策に大きな変化が起きた。2011年3月の東日本大震災を受けて、再生可能エネルギー電力の固定価格買取制度(FIT)が始まったのだ。

 「FITによって地熱発電の買い取り価格は、1kWあたり約10円から、4倍の40円に引き上げられました。この制度がなければ、おそらく成り立っていなかったでしょう。買い取り価格は15年間固定ですので、この間に子や孫が戻ってきても収入が得られるように、発電の利益で仕事を作ろうと取り組んでいるところです」

 もう一つの課題は、送電網の確保だ。わいた会では現在第2発電所の建設を計画し、すでに熱源も確保している。しかし、送電網を増設する許可が出ないため、発電所の建設に踏み切ることができないでいる。

 「山間部はもともと送電網が脆弱です。FITの適用を申請するには送電網を確保しなければならないのですが、電力会社から簡単には許可が得られない上、許可を得られるとしても莫大なコストを負担しなければならなくなります。この点は国に改善してもらうしかないと考えています」

 送電網の不足は地熱に限らず、他の再生可能エネルギーも抱えている問題だ。国から委託を受けた電力会社の判断に左右されるため、住民や事業者の思い通りに進んでいない面がある。

 それでも地熱は太陽光などに比べて安定供給が可能で、火山帯に偏在しているものの、資源は豊富にある。住民の同意があり、制度が整っていれば、小さな地域の暮らしや産業が小規模な地熱発電で成り立つことを、わいた地区は証明している。地熱を活用する方策は、まだまだあるはずだ。

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