データからみえる今日の世相~1975年の「日本沈没」
【「日本沈没」は1974~75年にもテレビドラマ化されている。その時と現在では世相はどのように違うのか、そして共通点は】
江利川 滋(TBS総合マーケティングラボ)
TBSテレビ日曜夜9時のドラマ枠『日曜劇場』では、10月10日から『日本沈没―希望のひと―』がスタート。初回視聴率は15.8%(世帯平均、ビデオリサーチ調べ・関東地区、以下同様)と好発進でした。
原作は日本SF界の巨匠・小松左京氏(1931-2011)が1973年に発表した小説で、テレビドラマ化はこれが2度目。
実は最初のドラマもTBS制作で、1974年10月6日から翌75年3月30日にかけて日曜夜8時に放送していました。視聴率は初回が21.3%、全26回のシリーズ平均が12.2%と、こちらも好調でした。
最初にテレビで日本が沈没した約半世紀前。その頃、人々はどんな社会に生き、何を思っていたのか。当時の調査データから探ってみました。
【引き続き「1975年、日本沈没。その時、世相は・・・」に続く】
1975年、日本沈没。その時、世相は・・・
ドラマ『日本沈没』が後半にさしかかった1975年。それは、現在まで毎年実施されているTBS総合嗜好調査の第1回が行われた年でした(注1)。
今でもその原データが手元にあり、当時と現在(最新は2020年実施分)を見比べられます。例えば以下の図は「気になること」の集計結果です。
全く同じ項目ではないですが、1975年は日常身辺と社会全般の関心事、2020年は「不安に思っていること」を集計してみました。
1975年当時の最大関心事は公私ともに「物価高」でした。
73年、時の田中角栄内閣が掲げた日本列島改造論の影響で不動産ブームが起き地価が高騰。同じ年に第一次オイルショックで原油価格も高騰して、翌74年は「狂乱物価」といわれる状態に。
全国消費者物価指数は73年が前年の11.7%増、74年は何と24.5%増。この物価高は生活を直撃して、さぞ苦しかっただろうと思います。
1975年の社会全般の関心事は第2位の「公害」に続いて、「地震・異常天候」が第3位でした。
戦後の高度経済成長が輝きを失い、公害という負の影が色濃くなった頃。74年の5月に震度5の伊豆半島沖地震が、7月にドラマ『岸辺のアルバム』のモデルとなった多摩川水害が発生し、天変地異も切実な関心事でした。
一方、2020年で最も不安だったのは、言うまでもなく「新型コロナ」。生活への直撃ぶりは昔の物価高と同様、あるいはそれ以上かも知れません。
それに続く「地震」も東日本大震災を経験した身にはリアルな不安です。
こうしてみると、2つのテレビドラマ『日本沈没』の放送時には、物価高や新型コロナでそれまでの生活の見直しが余儀なくされ、地震や自然災害の脅威が身近、という世相の共通点が見られるようです。
まさに世も末、日本沈没を絵空事と笑い飛ばせない感じでしょうか。
「気になること」では1975年当時と現在の共通点を感じましたが、2つの時代の違いが見えてくる別の切り口が「好きな言葉・嫌いな言葉」です。
TBS総合嗜好調査には、他所の調査では見られないユニークな質問がいくつもありますが、「好きな言葉・嫌いな言葉」はその最たるものです。
80個前後の言葉をそれぞれ好きか嫌いか尋ねる質問で、毎年取り上げる言葉を少しずつ変えています。そのため、第1回調査と現在ではかなりの入れ替わりがあり、そこから時代の気分が見えてきます(注2)。
1975年の好きな言葉には「手づくり」「ふるさと」「城下町」「縁日」と、古き良き日本といった風情の言葉が上位に並んでいます。
当時は旧国鉄(現JR)の個人旅行促進キャンペーン「ディスカバー・ジャパン」(1970~76年)の真っ最中。当時の好きな言葉は「日本を発見し、自分自身を再発見する」というこのキャンペーンと見事に符合しています。
一方、1975年の嫌いな言葉には「つけまつげ」「女性の喫煙」「ウーマン・リブ」など、女性に関わるものが多く見られます。「女らしさ」が好きな言葉の第3位というのも目を引くところ。
当時はいわゆる「女らしさ」が好まれ、美容や喫煙、思想・行動などでの女性の振る舞いや自己主張が否定的にとらえられたことがうかがえます。
女性、そしてジェンダーの現状は当時より大きく変わりつつあると思いますが、世界の中で日本はまだまだ遅れているという指摘もあります。
物価高、新型コロナ、天変地異に進まない性の多様性受容。いろいろなことに閉塞感を感じる中、『日本沈没』がこれまでの日常の見直しを強く思う気持ちに寄り添ってくれるのかも知れません。
注1:TBS総合嗜好調査は現在、東京地区と阪神地区の13~74歳男女が対象(2020年調査では東京地区1,284名・阪神地区662名)ですが、第1回調査は東京地区で18~59歳男女505名に実施されました。両者を比較するために、ここでは2020年の東京地区データを18~59歳945人で再集計しました。
注2:1975年の第1回調査では77個、2020年の第46回調査では84個の言葉を取り上げました。質問の仕方も、第1回では各々の言葉について「どちらかといえば好き」「どちらともいえない」「どちらかといえばきらい」「この事柄は知らない」という選択肢から1つ選ぶ形式でした。一方、現在は全ての言葉の中から「好きな言葉」「嫌いな言葉」をそれぞれいくつでも選ぶ形式になっています。
<執筆者略歴>
江利川 滋(えりかわ・しげる)
1968年生。1996年TBS入社。
視聴率データ分析や生活者調査に長く従事。テレビ営業も経験しつつ、現在は総合マーケティングラボに在籍。
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