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2022年度下半期ドラマ座談会前半(10月クール)

【2022年度下半期のドラマについて、メディア論を専門とする研究者、ドラマに強いフリーライター、新聞社学芸部の放送担当記者の3名が語る。圧倒的だった2つのドラマとは】

影山 貴彦(同志社女子大学教授)
田幸 和歌子(フリーライター)
倉田 陶子(毎日新聞記者)

胸に響いた「エルピス」のすごみ

編集部 10月期のドラマからお願いします。

影山 「エルピス」(関西テレビ)と「silent」(フジ)の二つはやっぱり欠かせません。

田幸 まず「エルピス」についていえば、なによりもテレビ局の闇、息苦しさを、そのテレビが描くというすごさを感じました。

 私はドキュメンタリーが好きで、「エルピス」を見たら「さよならテレビ」(東海テレビ・2018)とか「はりぼて」(富山チューリップテレビ・2017)とか、テレビでは描きにくいテレビの内側を描いたドキュメンタリーをまた見たくなりました。

 そうしたら東海テレビのドキュメンタリー制作の方が「『エルピス』にすごく励まされた。ずっと自分自身に刺さっている」とおっしゃっていたんです。報道でやれないこと、ドキュメンタリーでもなかなかやれないことを引き受けているのがドラマという部分もあって、そのドラマがさらにドキュメンタリーの人たちを勇気づけている。こういう相互関係を生んだ「エルピス」はすごい力を持っていたんだと感じました。

倉田 まずは冤罪事件ですよね。実際の事件を参考に、文献なども挙がっていましたが、足利事件や女性ジャーナリストレイプ事件を想起させる。ドラマを見ながら現実にも目を向けさせる、うまい仕掛けだと思いました。

 また、私がマスコミで働いていることもあり、報道に携わる人間の覚悟、「あなたは、知ったことをいかに読者や視聴者に伝えていくのですか」ということを突きつけられました。

 主人公は報道の一線にいますが、そこで忖度のようなことがあったり、自分のやりたいことができなかったりします。その時、組織内でいかに立ち回るか、やりたいことを実現するために周りをどう動かし、巻き込んで、やりたいものを世に出すか。その過程も、身につまされました。

田幸 ただ、最終回は賛否が割れるところがあって、本当にそれでよかったのか、それってテレビの敗北じゃない?とモヤッとするものはあります。

倉田 主人公たちにとっても、最終的に世に出せる部分と、出せない部分があって、最後に全てまるっとうまくおさまるわけではない、闇の部分も残しているのが、モヤモヤしつつも本当にリアルでした。

エンターテインメントで「冤罪」を描く意味

影山 エンターテインメントの枠を超えて、テレビでは実現しにくい冤罪というテーマを描いたのは大きいですが、私のかつてのテレビ局の同僚は「いやいや、冤罪のドキュメンタリーはあんな甘いもんじゃないで。だからエンターテインメントはな」と言うんです。業界内でも、エンターテインメントで育った僕のような人間は大絶賛なんですが、ドキュメンタリー、報道の方は「いやいや、あんな報道ないで」と言ったりする。

 その答えになるかわからないですけど、僕の教え子などは「冤罪って何?」というところから始まるわけです。そういう子たちは、ドキュメンタリーで描いたら最初から見ません。けれど、ドラマで長澤まさみ、眞栄田郷敦が出ていると「じゃ、見ようか」「冤罪って、こんなことがあったの?」「何とか事件って何?」みたいになるんです。

 その意味で、エンターテインメントの役割は大きい。デフォルメがあったり、足りない表現もあります。弁護士に内緒で映像を流して「そんなこと絶対あるかいな」と知り合いの弁護士も言っていましたけど、それも含めてエンターテインメントのすばらしさで、この意義は深かった。

 まず業界内で絶賛されて、業界外が後からついてきた感じですが、その点を辛辣におっしゃる方もいます。たしかに、業界内での評価に比べて、一般の方がもっと盛り上がってもよかったと思うんですが、意外と薄かったですね。

田幸 放送前は、スタッフなどの座組みから絶対注目と言われていたのに、蓋をあけてみたら、プロデューサーの佐野亜裕美さんの作品が好きだという人が意外と「エルピス」は見ていない。「大豆田とわ子と三人の元夫」(関西テレビ・2021、佐野プロデューサー)に夢中だった人たちが何で「エルピス」は見ないのか。やっぱり入りにくさを感じた人がいたのだと思います。

 あと、「圧力だの、忖度だの、冤罪だの、こんなの現実にないだろう。いつの話だよ」みたいな。それこそドキュメンタリーを見ていると、現実のほうが笑っちゃうほどひどかったりするにもかかわらず、そこの温度差が視聴者との間に出た感じはありました。

倉田 冤罪を真正面から取り上げるという事前情報で、視聴者に対して難しい、ハードなものというイメージが植えつけられ過ぎたのかと思います。そういう硬派なものを受け付けにくい世の中なのかとは感じます。

影山 これは一つのテーマかと思うんですが、見る側が盛り上がらないとネット記事のニュアンスが変わってくるんです。「エルピス」の芯をついた記事でなく、長澤まさみがどうだとか、そっちばかりになる。ドラマの内容をもっと書けよと思うんだけど、そうするとページビューが稼げないから、「エルピス」の本来の魅力を語らない。

田幸 まさにです。私、佐野さんにインタビューさせて頂いて、興味深いお話をたくさんお聞きして、その記事も多くの方に読んで頂いたんです。でも、コメントを見ると、載っている長澤さんの写真に目が行っちゃうとか、結局、ウェブ記事ってそういう感じがどうしても多いんだと若干うんざりもしながら……。

影山 メディアの使命として、アンチ権力、権力の番人、その部分は、エンターテインメントであれジャーナリズムであれ必要ですけど、今はそこがあまりしっかり機能していないし、受け手もあまりそれを求めていない。

 もう一つ言うと、テレビ業界の闇というか、あまりスポットを当てないネガティブな面をクローズアップしたのがすばらしいと業界内で評価された一方で、「自分たちの業界をさげすんだ表現をするな」という声もあったようです。

 ある女性の元アナウンサーが「エルピス」の業界内の描写を見て「少し前の私を見ているようだ」とおっしゃったんです。だから、業界内でそんなことはないということはなく、僕の経験でもそれに近いことはあったし、今もある程度はあるでしょう。

 メディア業界はそういう部分が圧倒的に遅れています。ジェンダー的なことも一生懸命追いつこうとしていますが、そういう意識が薄い当事者たちが「あんなこと言うな」となるんでしょう。

編集部 冤罪というテーマとは別に、様々な登場人物の「人間ドラマ」という面ではいかがでしょう。
 
影山 大事な要素だと思います。僕はあの村井プロデューサーが大好きになって、皆さんも大絶賛だったけど、彼もセクハラプロデューサーですからね。

田幸 そうそう。

影山 完全にいいやつはいないんだという、その代表格みたいでした。

田幸 ヒロインが一番グラグラしているという点が、生々しくて新しいと感じました。どうしてもヒロインは美しく、強く描きたくなるんですけど「真ん中にいる人が一番変節するじゃん」というね。それが人間臭かった。

影山 最終回で鈴木亮平に結局丸め込まれたやんかというモヤモヤ感も、まあ、ありかと。

田幸 鈴木さんのあのずるさは、「でも、わかる」という女性が多いんです。ああいう人に惹かれるという心理も含めて。

「silent」の巧みなドラマづくり

影山 次の作品に行きましょう。

田幸 「silent」は、正直こんなに盛り上がると思っていなかったんですけど、同時にたくさんのインタビュー記事が上がったり、TVerの再生数が数字でガンと出たり、戦略的に世間を巻き込むのが非常にうまかった。もちろん作品のよさもありますけど、盛り上げ方のうまさ、これがかつてすごく上手だったフジテレビが復活したという感じがしました。

 特に、脚本の生方美久さんはまだ20代で、しかも、フジテレビヤングシナリオ大賞をとった後、いきなりプライム帯の連ドラを書かせる。この判断も思い切ったもので、なおかつ、それが当たったということが今後のドラマづくりにとって大きいです。

 あと、今はどうしても「ながら見」が多いのですが、このドラマは、しっかり画面を凝視しないとついていけない。音もすごく少なくて、静かなピアノの劇伴が流れるぐらい。手話で表現する部分が字幕で出ることもあって、しっかり見ていないと見逃してしまうことだらけ。映画館で見るような集中の仕方を、スマホやテレビとの向き合い方の中でさせた、このつくり方はうまいと思いました。

倉田 一回見ただけでは全てを受け取れないんですね。例えば、手話の動きに注目していると役者さんの表情を見逃したり。私は一話につき最低二回は見ました。そういう人は私以外にもいて、それがTVerの再生回数にもつながったのかと、推測ですけれどそう思います。

 制作側の意図にまんまとハマったのかもしれませんが、まんまとひっかかっても全然いいと思えるクオリティの高さ、同じ作品を二度見ても楽しめる、そういう点でもすばらしかった。

影山 「ながら見」をさせない、倍速でなく、しっかり画面を凝視させるという形で、今割と当たり前になっているテレビの見方に抗い、もともとのテレビドラマの魅力に回帰しているといえますね。

 僕はいい年してミーハーで、用もないのにドラマの舞台になった世田谷代田駅で降り、こんなに小さい駅なんやと改めて思いました。そこで目撃したのは、お母さんと娘、セーラー服を着た同級生、圧倒的に女性でしたけど、ドラマをきっかけに、乗降者数の本当に少ない駅に世代を超えた人が集まって笑顔で写真を撮っている。テレビドラマはまだまだ捨てたもんじゃないと、うれしくなりました。

田幸 すごく上手につくったなと思うのが、「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」(フジ・2016)を手がけたプロデューサーの村瀬健さんが「30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい」(テレ東・2020)の風間太樹監督を引っ張ってきて、なおかつ、音楽は「いつ恋」の得田真裕さんで、監督の一人にも「いつ恋」の髙野舞さんが入っている。だから「いつ恋」を好きな人たちが、パッと見た絵づくりや音で「あっ、『いつ恋』ワールド」と感じたといううまさがある。

 しかも、「いつ恋」の脚本家である坂元裕二さんを好きな人が「これって坂元作品じゃない?」と思うようなつくり方をする一方、坂元さんの作品が独立したワールドになり過ぎて、たとえば「初恋の悪魔」(日テレ・2022)があんなによかったのに脱落した人がいました。そういう、一見さんお断りの完璧な世界観に入り込めない人でも入りやすかった。坂元ワールドの香りも漂わせつつ、一見さんを取り込んだところがうまくて、作戦勝ちだと思います。

影山 生方さんは坂元ワールドを見事に引き継いでいますが、彼女自身の世界観ももちろんしっかりあって、彼女から出るセリフは本当に生々しくてよかった。

 ドラマは時代に寄り添いますから、コロナ禍では「silent」みたいなドラマが一番響いたのかもしれません。やっぱり最後に頼りになるのは、人と人とのつながり、ピュアな愛情だというのが視聴者に響いたのかな。

倉田 コロナ禍で、日常をいつもどおりに過ごす尊さにみんな気づいたと思うんです。「silent」はすごく日常感が漂う作品で、視聴者の共感を生みやすかったですね。私も、「あっ、あるある」と思うことがたくさんありました。

 例えば、主人公が実家から帰るとき、母親に大量の料理を持たされるんです。荷物が増えて帰ってくるって、うちもまさにそうなんです。うちの親も毎回料理を大量につくるから、帰りはスーツケースが重いみたいな、何げない共感がこの作品にはすごくある。日常生活のあるあるがちりばめられていて、日常の大切さに気づいたコロナ禍ではそこが刺さったのかと思います。

贅沢だった「拾われた男」

影山 10月期でほかにお挙げいただけますか。

田幸 「拾われた男」(NHK・2022)はよかったです。ドラマに欲しい色味がみんな入っていました。続きがどうなるのか全然見えなくて、キラキラの青春物かと思ったら、思いがけないサクセスストーリーになって、草彅剛さんが出てきてからは、またガラッと別のドラマになって、最終的にホームドラマだと。いろんな要素が入っていて、その都度いろんな楽しみ方ができる。どこを抜いても、それぞれ別の作品にできるものを一本でやった贅沢さを感じました。

影山 脚本を書いた足立紳さんが「このドラマに関しては本当に楽しかったです」とおっしゃっていました。脚本家が書き切って楽しかったと言うのは、なかなかないです。それぐらい満足のいく、会心のできだったということでしょう。足立さんが今度お書きになる朝ドラ「ブギウギ」も大いに期待したいと思います。

「鎌倉殿の13人」で感情をゆすぶられる

田幸 「鎌倉殿の13人」(NHK)は、三谷幸喜さんの最高傑作かもしれません。牧歌的なホームドラマとして始まって、大河ドラマとしては珍しいなと思っていると、どんどん悲惨で重々しくなっていく。

 すごいなと思うのは、ほのぼのとしたあったかいシーンの直後にどん底に落としたり、ギャグで笑わせた直後にゾッとさせたり、見ている側の感情の起伏が物すごく激しい。そして、最終的にやっぱりホームドラマに戻っていくという点も含めて、今の三谷さんじゃないと書けない作品で、さすがだと思いました。

倉田 私、日本史が苦手だったこともあって、大河ドラマを一年間見通した経験がほぼないんです。その私が「鎌倉殿」にはハマりました。

 なぜ大河ドラマを敬遠していたかというと、結局、武士が権力闘争で殺し合ってるだけじゃんという思い込みがずっとあったんです。そして「鎌倉殿」もそのとおりなんです。子どもだろうが女だろうが、権力闘争であっさり殺していく。でも、その背景にはちゃんとストーリーがあって、人物がしっかり描かれているので、ただの権力闘争じゃない、物語なんだということで「鎌倉殿」を初めて受け入れることができました。

 今の時代とは価値観も倫理観も違うので、単純には比べられないですが、ウクライナのニュースを見るときに、人命の軽さが「鎌倉殿」と重なるというか、当時あっさり殺されてしまった子どもたちのように、今も現実に命を奪われている人がいることに気づかされる。たまたまのタイミングですけれど、現実に目を向けるきっかけにもなりました。

 最終回のラストは、何回見ても泣けるんです。最後は姉と弟で、政子の存在が本当に偉大だったなと。私も弟がいるので、特に政子に感情移入しながら見ていたんですけど、「最後に政子にこのシーンをつくってくれて、三谷さん、本当にありがとう」というくらい、大河ドラマの魅力を教えてくれたと感じています。

「作りたい女と食べたい女」の丁寧なつくり方

田幸 あとは、NHKの「作りたい女と食べたい女」。LGBTQの作品が増えている中でも女性同士の関係を扱った作品は少なくて、しかも、それをドンと出すのではなく、途中までそういう作品に全然見えない。

 ただ料理をつくるのが好きなだけなのに「いい奥さんになるよ」と言われたり、女性というだけでご飯の量を勝手に減らされたりする。そういうモヤモヤから始まって、後に自分自身の思いに気づいていくという人間の心理描写が繊細でした。

 これは新しいな、と思ったのは、当事者の方たちの取材をかなりしていることです。複数の目を通しているからこそ、当事者の方が見て不愉快にならない、優しい、丁寧なつくり方をしている。

 「大奥」や「エルピス」でもインティマシー・コーディネーターが入って性描写が丁寧に監修されていて、ドラマのつくり方が全方位に配慮した丁寧で繊細なものになっている傾向を感じます。

倉田 この作品は、自分の常識を相手に押しつけるつもりはなくても、世の中全体がそうなっていることに気づかせてくれます。私自身も、思い込みで人に何か押しつけていることもあるだろうし、そういう自分を省みる機会になりました。

「クロサギ」と「アトムの童」

影山 あとは「クロサギ」(TBS)がよかった。やっぱり「クロサギ」というと2006年版の山下智久さんだし、背後に控える大物は山﨑努さん、というのがあったので、三浦友和さんはあれだけの役者さんですが、序盤は甘かったように思いました。

 でも、これも時代に合わせた変化かなと。山﨑努風にやるのは、令和に合わないのかなと僕の中で翻訳をしていたら、ちゃんと終盤で三浦さんが見せてくれた。当初は、何でこの時期にリメーク?と思わなくもなかったですけれど、トータルとして、時代背景をちゃんと意識してリニューアルさせて、でも変わらないところは変わらないという見応えもありました。
 
 「アトムの童(こ)」(TBS)はゲーム業界を描いて、でも日曜劇場だから「下町ロケット」(TBS・2015、18、19)的なんですね。あの枠はそうなので、やっぱり日曜劇場でゲーム業界を描くのは……。最終的には浪花節に持っていくわけですから、それならゲーム業界じゃなくてもよかったんちゃうかと。ゲーム大好きなコアなファンは「実際のゲーム業界はこんなんじゃない」となるから、日曜劇場は日曜劇場らしくズドンとやったほうがよかったように思います。悪かったとまでは言いませんが。

田幸 あっちもこっちも狙ったことで難しさが出ちゃったと感じます。山﨑賢人さんと松下洸平さんのBL的ストーリーを楽しんでいる人、オダギリジョーさんのビジュアルを楽しんでいる人、その三人を愛でたいファンは確実にいたんです。ただ、いつもの日曜劇場を見たい人にとっては「何でゲーム業界?」というのがあって、伝統ある枠だからこそ、ターゲットの絞り込みが難しいと感じました。

「舞いあがれ!」にみる〈チーム制〉の課題

編集部 「舞いあがれ!」(NHK)はどうですか。

倉田 桑原亮子さんの脚本が第一週からすご過ぎて、朝ドラで一番というぐらいハマって見始めました。まず、ヒロイン像の設定にすごく共感しました。いわゆる明るく元気で、何の憂いもなく進んでいくヒロインではない。引っ込み思案なところもありながら、でも、ちゃんと自分の夢を見つけて、その夢に向かって進んでいく。そして、それを支える家族がしっかり描かれていて、つかみは最高でした。

 ですが、脚本家がかわった段階、なにわバードマン編と航空学校編で、どちらも似たような青春群像劇になってしまったなと感じて、一瞬、心が離れかけました。ですけれど、やっぱり単純にパイロットにはなれないんだというところからまた物語にグイッと引き込まれました。

 特に東大阪のねじ工場は、大阪に住んでいると、東大阪ってまさにこんな感じだというのがリアルに伝わってくる。お好み焼き屋に集うおっちゃんたちとか、温かい人たちもいるけど、ちょっと言葉がきついみたいなところも、ああ、こんな感じだというのもあって、ハマり直しました。

影山 そのあたりから、また桑原さんですもんね。

倉田 そうです。結局、私は桑原さんが好きなんだということに落ちつくので、桑原さん推しで応援していこうと思っています。

田幸 おっしゃったように、桑原さんの脚本が繊細ですばらしい。ヒロイン至上主義でもなければ、ヒロインの周りだけを描くのでもない。工場のおばちゃんとか職人さんとか、一人一人が、キャラクターや役割だけでなく、ちゃんと生きている。人物造形に深みがあって、モブが全然いない。何て丁寧な作品なんだろうと思います。

 一方で、航空学校編で急に来たドタバタっぷりについていけませんでした。しかも、朝ドラは演出家も週ごとにかわるので、桑原さんのところは全体に落ちついたトーンですけど、別の脚本家さんになって、さらに別の演出家ということになると、すごいドタバタをやったりするんです。

 朝ドラは一週五話、それを半年間描くのはすごく大変なので、脚本のチーム制は今後の定番になるとは思います。でも、この作品を見る限り、航空学校編のときだけ主人公がすごく自分本位になっていたり、同じ人間を描いているはずなのに、まったく別の人物に見えてしまうのは、トータルとしてどうなのか。そこのコントロールの難しさを感じました。今後もこういうチーム制でやっていくからこそ、同じ人間は少なくとも同じ感じに見えたほうがいい。

 あるいは、航空学校編のように全く別のトーンで描くのであれば、視点を別の人にしてしまうのも一つのやり方かと思います。例えば「エルピス」では、同じものを描いていても、恵那目線の回があれば、拓朗目線の回があったり、同じことをやっていても、別の人の目線であれば違うものに見えてくる。そういう形で描いてもいいのかなと。

 桑原さんの脚本がすばらしいだけに、チーム脚本のつなぎについて、検討の余地ありと思わせた作品でした。

影山 僕も、昼の帯ドラマのアシスタントディレクターをやったことがありますが、あの時だけには絶対戻りたくない。それぐらい帯ドラマってしんどいんです。そういうこともあって、NHKも、月~土放送が月~金放送になり、脚本家もチーム制になったんですね。とはいいながら、「舞いあがれ!」に関しては、やっぱり桑原さんに全部書いてほしい。

 脚本を何人かで書くのは今始まったことじゃなくて、昔からあります。今でも語り継がれる「傷だらけの天使」(日テレ・1974)などは、市川森一さんの脚本ということになっていますが、何人も書いています。でも、ショーケンとか水谷豊さんのキャラが強烈過ぎて、別にそれで破綻を起こさない。

 ただ、「舞いあがれ!」みたいにきっちり紡いでいくドラマは、理想は一人で書き切ってほしい。見る者があっちへ行ったりこっちへ行ったり、「別のドラマですか」みたいになるのは決していいことじゃないし、主人公のキャラが変わってもうてるやんとなりかねません。そこは工夫してほしい。

期待の大きかった「ジャパニーズスタイル」

編集部 話題になった「ジャパニーズスタイル」(テレ朝)はいかがでしたか。

影山 コラムに書く気満々だったけど、一話で離脱してしまいました。離脱したものは書いたり語ったりしたらダメですからね。田幸さん、いかがでしたか。

田幸 私も見る前は書く気満々で、これは間違いないでしょうと。この役者、この脚本家で、この試み、こういうのをずっと見たかったんだと思っていましたけど、なんかこういうんじゃないと思ってしまって。即興劇を見たいと思っていたんですけど、わざわざ笑い声をかぶせたり、コントみたいで、思っていた感じと違いました。

倉田 私も、言いにくいんですが、好きで見ていたというより、新しい工夫を見届けようと思って見ていました。なので、笑いをかぶせたりとか余計なことをせずに素のまま見せてくれれば、あのキャスト、スタッフだから、もっとおもしろいものが見られたんじゃないかな、惜しいなという気持ちです。

印象に残った俳優

編集部 10月期で印象に残った俳優さんはいかがでしょう。

影山 僕は、「舞いあがれ!」の八木莉可子さん。配信の「First Love」(2022)で満島ひかりさんの高校時代を演じて、そのときから存在感があってすごいなと思っていました。ピュアな感じで、長澤まさみさんの再来というか、ああいう清純さ、ストレートさを感じます。

田幸 私も八木さんと思っていました。ポジション的には当て馬キャラですけど、彼女が出た数話だけでこんなにみんな荒れるかというぐらい、視聴者の心をつかみまくっている。あの生々しさはすごい。

 見ている人が彼女に言いたいことがいっぱいあるのは、どこか身近にああいう人がいるからだと思います。純粋だからこそ真っすぐに突っ走っちゃう。そういうひとりよがりな時期が自分にもあったかもしれないし、周りにもいたかもしれないと思わせる。スラッとしているのに、何かコンプレックスを抱えていそうな姿勢とか、すごく上手でつかまれまくっています。彼女が出てくると、目を奪われる感じがします。

影山 まだ21歳ですってね。

田幸 すごく可能性を感じます。

 あとは、「作りたい女と食べたい女」の西野恵未さん。演技仕事は初だそうですが、原作とあまりにそっくりで、ナチュラルで、実際にこういう人なんじゃないかとしか思えない、作品からそのまま抜け出てきたような素朴さと信頼感。あの空気はすごい。彼女の次の作品を早く見たいです。

倉田 あと、「エルピス」でセクハラプロデューサーの村井を演じた岡部たかしさん。「あなたのブツが、ここに」(NHK・2022)の運送会社の社長役で失礼ながら初めて認識して、おもしろい役者さんだなと思っていたら「エルピス」にすごい役で登場されました。

 ジャーナリズムを捨てたかと思っていた村井があれだけ熱いものを持っていて、最終回では眞栄田郷敦さんと一緒にジャーナリストとしてやっていく姿が描かれる。そこまでの変遷を演じた岡部さんがすごくかっこよく見えて、今まで存在を知らなかったのが悔しいぐらいです。遅まきながら、これから注目していきたいです。

田幸 1月期の「リバーサルオーケストラ」(日テレ)にも出られていますよね。

倉田 だからうれしいんです。

影山 「エルピス」でいえば眞栄田さんは、ドラマを通して本当に成長しましたよね。中盤では、第一回よりもめちゃめちゃうまくなっている。

田幸 彼自身がドキュメンタリーみたいでした。本当に頼りないボンボンから、目の色も変わって、この人危ないと思うぐらいに。もう完全にあの世界の住人になっていたと感じました。

編集部 では引き続き、1月期のドラマについてお願いします。

(後半へ続く~4月3日公開予定)

<座談会参加者紹介>

影山 貴彦(かげやま・たかひこ)
同志社女子大学メディア創造学科教授 コラムニスト
毎日放送(MBS)プロデューサーを経て現職
朝日放送ラジオ番組審議会委員長
日本笑い学会理事、ギャラクシー賞テレビ部門委員
著書に「テレビドラマでわかる平成社会風俗史」、「テレビのゆくえ」など

田幸 和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経て、フリーランスのライターに。役者など著名人インタビューを雑誌、web媒体で行うほか、『日経XWoman ARIA』での連載ほか、テレビ関連のコラムを執筆。Yahoo!のエンタメ個人オーサー・公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)、『脚本家・野木亜紀子の時代』(共著/blueprint)など。

倉田 陶子(くらた・とうこ)
2005年、毎日新聞入社。千葉支局、東京本社生活報道部などを経て、現在、大阪本社学芸部で放送・映画・音楽を担当。

 <この座談会は2023年2月16日に行われたものです> 

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chousa@tbs-mri.co.jp


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