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選挙権年齢の引き下げは若年層の政治関心を高めたのか

【選挙権年齢の引き下げは、若年層の政治関心を高め、投票率を向上させるための処方箋として期待された。しかし実際の効果はどうだったのか】

善教 将大(関西学院大学教授)

公選法改正による選挙権年齢の引き下げ

 2015年6月17日の参議院本会議において、選挙権年齢を18歳以上へ引き下げる改正公職選挙法が全会一致で可決され、成立した。

 これにより2016年の参院選から、高校生を含む18歳以上の人が投票できるようになった。今や多くの若者が18歳の段階で投票参加を経験している。小中高生を対象とする主権者教育の機会も、以前と比べると明らかに増えている(塩沢, 2018)。

引き下げの若年層に対する影響は?

 選挙権年齢の引き下げは、若年層の政治意識や行動にどのような影響を与えたのか。

 2016年参院選から6年以上が経過した。既に多くの制度改革の効果に関する知見が報告されているだろう、と思う人がいても不思議ではない。しかし、結論を先取りしていえば、選挙権年齢の引き下げによって何がどのように変わったかは、それほど明らかではない。

 理論的な観点からいえば、選挙権年齢の引き下げが若年層の政治関心や投票率を押し上げる可能性はある。

 まず、習慣投票(habitual voting)の理論に基づけば、一度投票に参加した人は、次の選挙でも参加する傾向が強くなる。くわえて、政治に関する基本的な姿勢や態度は、人格形成期における様々な学習過程を通じて形成される。政治的社会化(political socialization)過程における学習経験の影響は大きく、早い段階で投票参加を経験するほど、この習慣が根付く可能性は高くなる。

 18歳という比較的早い段階で政治や選挙に関わる機会を持つことが重要だという主張には、一定の理論的根拠がある。

 とはいえ理論と実態は別である。選挙権年齢の引き下げの効果については、アメリカやヨーロッパで既に多くの実証分析に基づく知見が蓄積されている。

 その中には、初回投票の押し上げ(First-time voting boost)効果を示唆するものもあるが (Zeglovits and Aichholzer, 2014)、若年層の政治意識や政治知識量に有意な影響を与えないことを明らかにするものもある(Bergh, 2013; Rosenqvist, 2020; Stiers et al., 2021)。肯定、否定両者の知見があり、共通見解が存在するわけではない。

日本の場合の分析

 日本ではどうだろうか。たとえば井田(2019)は、2016年参院選と2017年衆院選の都道府県別の投票率を用いた分析から、選挙権年齢の引き下げが若年層の投票率を向上させたとはいえないことを指摘している。前田・塩沢(2019)も、2017年衆院選では19歳の投票率が下落していたことを指摘しており、この点は井田(2019)と整合的である。

 Horiuchi et al. (2021) は、選挙権年齢引き下げの効果を回帰不連続デザインで推定し、その結果、投票意欲や政治関心に統計的に有意な影響を与えていないことを明らかにした。

 ここで、筆者らが行った分析結果も紹介したい。

 筆者は2019年参院選後に、秦正樹氏(京都府立大)と共に、Lineアプリケーションを利用している全国の17歳から22歳までの若年層2000人を対象とする意識調査を実施した。

 Horiuchi et al. (2021) と同様に回帰不連続デザインで、選挙権年齢引き下げが政治関心などに与える影響を分析した。筆者らは、選挙権年齢引き下げの短期的効果と長期的効果の両者を推定しており、この点は先行研究にはない特徴である。

 下記図は、投票義務感と政治関心に対する選挙権年齢引き下げの短期的および長期的効果について推定した結果を整理したものだ。

 図中の丸印は、選挙権年齢引き下げの効果(局所平均処置効果)の点推定値である。「効果の大きさ」のようなものだと解釈すればよい。丸印から上下に伸びている棒は推定値の95%信頼区間である。これが0値の破線に重なっている場合、選挙権年齢引き下げの効果があるといえないことになる。

 この図は、選挙権年齢の引き下げは短期的にも長期的にも、政治関心などを押し上げる効果があるとはいえないことを明らかにしている。

 長期的効果の95%信頼区間はどちらも0値に重なっている。2016年に選挙権を得ることの効果は有意ではないということだ。

 短期的効果の結果を見ると、政治関心については押し上げるどころか逆にその低下をもたらした可能性があることを示唆する。選挙権年齢を引き下げたことにより政治関心が低下したのであれば、それは問題だろう。

 もちろん筆者らの分析にも限界はある。引き続き、日本の選挙権年齢引き下げが若年層の意識や行動に与えた影響を明らかにすべく、実証分析を積み重ねていく必要はある。

 しかし、ここまでの議論を踏まえるなら、日本における選挙権年齢の引き下げが若年層の政治意識や行動に肯定的な影響を与えたとは考えにくい。したがって、主題である問いへの解答を述べるなら、それは「No」ということになる。

答えが「No」であるならば必要なものは何か 

 周知の通り、若年層の政治関心は高くなく投票率も低い。この傾向に拍車がかかれば、「持てる人はより参加し、持たざる人はより参加しない」という参加の格差がさらに拡大することとなろう。

 選挙権年齢の引き下げは、その処方箋の一つとなることが期待されていた。しかし実際にはそうはならなかった。「早い段階から政治や選挙に関与できる機会を設ける」ことが課題の解決にあたり有効といえるかは、改めて検討しなければならないだろう。

 では何が必要か。ヴォートマッチングを典型とする投票支援システム(voting advice application, VAA)の利用促進は、その1つである。VAAの利用が投票率の向上に資することは、メタ分析の結果からも明らかにされている(Munzert and Ramirez-Ruiz, 2021)。
 
 くわえて参加コストの高い不在者投票制度の見直しも課題だろう。

 若年層の投票率の低さは、何も意識だけが原因ではない。制度的要因が投票参加のコストを増大させており、その結果棄権者が増える側面もある。「意識改革」だけでなく、いかに参加のコストを抑制するかという視点も、若年層の低投票率問題を考える際に必要ではないだろうか。


参考文献
Bergh, Johannes (2013) “Does voting rights affect the political maturity of 16- and 17-year-olds? Findings from the 2011 Norwegian voting-age trial.” Electoral Studies 32(1): 90-100.
Horiuchi, Yusaku, Hiroto Katsumata and Ethan Woodard (2021) “Young Citizens’ Civic Engagement and Civic Attitudes: A Regression Discontinuity Analysis.” Political Behavior (Online).
井田正道 (2019)「18歳選挙権導入と若年層の投票率」『政経論叢』87(5・6): 637-656。
前田涼太・塩沢健一 (2019)「18歳選挙権をめぐる課題と若者の投票率・政治意識:国政選挙における都道府県別の投票率および世論調査データをもとに」『地域学論集:鳥取大学地域学部紀要』15(3): 63-83。
Munzert, Simon and Sebastian Ramirez-Ruiz (2021) “Meta-Analysis of the Effects of Voting Advice Applications.” Political Communication 38(6): 691-706.
Rosenqvist, Olof (2020) “Rising to the Occasion? Youth Political Knowledge and the Voting Age.” British Journal of Political Science 50(2): 781-792.
塩沢健一 (2018) 「『18歳選挙権』導入の効果と今後:地方レベルにおける住民投票の経験を踏まえて」三船毅編『政治的空間における有権者・政党・政策』中央大学出版部。
Stiers, Dieter, Marc Hooghe and Ruth Dassonneville (2021) “Voting at 16: Does lowering the voting age lead to more political engagement? Evidence from a quasi-experiment in the city of Ghent (Belgium).” Political Science Research and Methods 9(4): 849-856. 
Zeglovits, Eva and Julian Aichholzer (2014) “Are People More Inclined to Vote at 16 than at 18? Evidence for the First-Time Voting Boost Among 16- to 25-Year-Olds in Austria.” Journal of Elections, Public Opinion and Parties 24(3): 351-361. 

<執筆者略歴>
善教 将大(ぜんきょう・まさひろ)
関西学院大学教授。専門は政治学(政治意識論、政治行動論、政治学方法論)

1982年生まれ。
2006年立命館大学政策科学部政策科学科卒業。
2008年同志社大学大学院総合政策科学研究科博士課程前期課程修了。
2011年立命館大学大学院政策科学研究科博士課程後期課程修了。博士(政策科学)。
2013年東北大学国際高等研究教育機構学際科学フロンティア研究所特別研究員(助教・任期有り常勤職2014年まで)
2014年 関西学院大学法学部助教
2016年 関西学院大学法学部准教授
2017年 カリフォルニア大学アーバイン校デモクラシー研究センター客員研究員
2021年 関西学院大学法学部教授

著書に『日本における政治への信頼と不信』(木鐸社、2013)『維新支持の分析:ポピュリズムか、有権者の合理性か』(有斐閣、2018)『大阪の選択:なぜ都構想は再び否決されたのか』(有斐閣、2021)など。

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