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データからみえる今日の世相~不安は世に連れ、世は不安に連れ~

【昔も変わらぬ不安、今どきだからこその不安とは】

江利川 滋(TBS総合マーケティングラボ)

 明るく楽しい話題で原稿を書きたいと思いながらも、新型コロナの流行が第8波、どこまでいくのかロシアのウクライナ侵攻、インフレで物価高、闇バイトが起こす強盗事件など、目に飛び込むのは憂鬱な出来事ばかり。
 あれやこれやと、不安の種が尽きない毎日です。

 国語学者・中村明さんの『日本語 語感の辞典』(岩波書店、2010年、以下『辞典』)によると、「不安」とは「悪いことが起こりそうで安心できない」意味とのこと。
 似た言葉に「心配」がありますが、『辞典』によれば、不安よりも「具体的な悩みに多く用いる傾向が強い」そうです。
 裏を返せば、不安のほうが、やや抽象的な問題、あるいはより普遍的な問題について感じる気持ちといえるかもしれません。

 何となく使っている言葉でも、調べればちゃんとした説明があります。
 ちょっと面白くなってきたので、不安について他にどんな説明があるか調べてみると、心理学用語としての「不安」の説明はこんな感じでした。

 「日常生活の中で、漠然とした特定できない曖昧な脅威を察知したときに、自我の危機としてだれもが経験する心的反応であり、不確定性と無力感を伴う心理的状態」(『最新心理学事典』平凡社、2013年)

 ムムッ、難しい。「先行きが見通せず(不確定性)どうしていいかわからない(無力感)のでピンチ(危機)!」というところでしょうか……?

 言葉としての不安の「意味」を調べてきたので、今度は、人々が何を不安に思っているのか、その「実状」にデータで迫ってみます。

「地震」と「病気」はいつでも不安

 TBSテレビが毎年実施しているTBS総合嗜好調査では、1984年から「あなたが今、不安に思っていること」を尋ねています。
 あてはまるものをいくつでも選ぶ複数回答の調査項目で、最初は選択肢が30個でしたが、その時々で追加や削除の見直しもあり、最新調査(22年10月実施)では36個になりました。

 その質問の調査結果を、最新から5年ずつさかのぼって35年前(87年)まで、東京在住の13~59歳男女について集計し、それぞれの上位5つを示したのが次の横棒グラフです。

 集計結果を全体として眺めたとき、すべてのグラフでランクインしているのは「地震」と「病気」でした。地震大国・日本に暮らしていれば当然不安ですし、病気は誰でもかかるものなので、さもありなん。

 次いで、8つのグラフのうち6つに登場しているのが「老後の生活」。92年では23%の選択率が、02年~17年は3割程度に増加しています。
 この増加は、敗戦直後に生まれて日本の人口のボリュームゾーンを占める「団塊の世代」が90年代後半から50代にさしかかったので、老後を意識する人の数が増えたためではないか、と思われます。

 また、バブル経済崩壊後の90年代半ば以降、「失業・不況」もランクインが続いています。22年は順位が6番目だったのでグラフには入りませんでしたが、選択率は25%ありました。
 日本の「失われた30年」がこの結果に刻まれていると思いませんか?

 一方、「大気汚染・環境汚染」は80年代後半から3~4割程度の高い選択率だったのに、12年は16%、17年は13%、22年は12%と数字が減少してランク外へ。問題が解決したとは思えないのに、これはなぜ……?
 実は08年から「地球温暖化」という選択肢が別に追加されており、数字が分散してしまった可能性が大のようです。
 ちなみに地球温暖化の選択率は22年が23%で、グラフには描かれていないものの、4人に1人は気にしている問題です。

 「原発事故」は、東日本大震災が起きた11年に追加され、その時の選択率は実に45%。翌12年27%、13年34%としばらく高い値でしたが、徐々に減少して22年では8%。
 他の選択肢と数字を分け合っているとは考えにくいので、関心が薄れつつある模様。しかし、未解決の問題はまだ山積みなのですが……。

 最新データでは、今どき最も不安なのは「物価上昇」、そして「感染症(新型コロナ、SARSなど)」。これが一時的な関心事で収まるのか、いつまでも続くのかは本当に気になるところです。

若者はコロナ、働き盛りは経済、年配は環境が不安

 ここまで5年ごとのデータで、「不安に思っていること」の変遷を見てきました。
 今度は最新データ(22年)を詳しく検討してみて、「今、誰が何を不安に思っているのか」に迫ってみたいと思います。

 ずっとデータを紹介してきたTBS総合嗜好調査ですが、当初は調査対象者の年齢は59歳が上限でした。しかし、高齢化する「団塊の世代」を追いかけて、現在は74歳まで調査対象に含めています。
 先に示した横棒グラフは、昔と比べるために最近のデータも59歳までで集計しましたが、ここからの分析では74歳まで含めて、年齢と性別による傾向の違いを検討してみます。

 最新データでは不安の選択肢が36個あると言いましたが、あまり選ばれないマイナーな項目を含めるとメインの傾向が見えにくくなります。
 そこで、回答者全体の選択率が10%以上の20項目に絞って、「どの性年代の人々が特にどれを不安に思っているか」ということを1枚の散布図に表す「コレスポンデンス分析」を行ってみました(注)。

 散布図では「同じような選ばれ方の項目」や「その項目の選択率が高い性年代」が近くに集まります。また、多くの性年代で選択率が高い項目は原点のそばに位置し、特定の性年代で選ばれがちな項目は原点から見てその性年代と同じ方向に位置します。

 そのような見方で図を眺めると、原点近くにある「火災」は割と誰でも不安に思っていることがわかります。同様に「地震」や「戦争」、「国内の政治・政権」なども、どの層でも気にしているようです。

 図を細かく見ると、左上に位置する男女10代が「犯罪」や「感染症」など、直接身に降りかかる危険を強く警戒している様子。

 一方、左下の20~30代や40~50代の男性は「仕事・事業」や「失業・不況」、「家計の赤字・借金」、「増税」、「物価上昇」など経済やビジネス関連が気に掛かっている模様。

 右下に目を転じると、女性40~50代や男性60~70代が「老後の生活」や「病気」など身の回りの不安が気になるようです。「原発事故」や「エネルギー問題」も、生活のインフラに関わる問題として捉えているのでは。

 その上方、右上にいる女性60~70代が不安に思っているのは「地球温暖化」や「大気汚染・環境汚染」。同年代の男性のように、もっと身の回りの不安との関連が高いのではないかと想像していましたが、見識を感じさせる結果となりました。

 冒頭で「悪いことが起こりそうで安心できない」のが不安だ、と紹介しました。将来の危険に備えるのは当然大切なのですが、常に悪いことの可能性ばかり考えているのは精神衛生上よろしくありません。

 むしろ、良いことが起こる可能性に意識的に目を向けて過ごすのが、今どきはよさそうです。そういえば、昔の歌に「いつでも夢を」というのもありました。

 ちなみに『辞典』によると、「夢」は「多くは『期待』や『希望』よりも実現が難しい場合に使う」、「希望」は「実現の可能性が『期待』より小さく『夢』より大きい感じがある」とのこと。

 いつでも抱くのは「夢」か「希望」か、はたまた「期待」ぐらいかは、みなさんのお好みでどうぞ。

注:コレスポンデンス分析は、1つのクロス集計表について、表頭項目と表側項目の相関が最も大きくなるよう、それぞれに適切な重みを付ける(そうした重みを見つける)分析です。その重みの値を座標値にして各項目の散布図を描き、クロス集計結果を視覚的に表します。今回は表側に性別(男性/女性)と年代(10代/20~30代/40~50代/60~70代)を組み合わせた8グループ、表頭に「不安」選択肢20個が並び、各セルにはグループごとの項目選択率(行%)が入ったクロス集計表を作成して分析しました。

<執筆者略歴>
江利川 滋(えりかわ・しげる)
1968年生。1996年TBS入社。
視聴率データ分析や生活者調査に長く従事。テレビ営業も経験しつつ、現在は総合マーケティングラボに在籍。

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