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子ども、若者の自殺

【児童生徒の自殺が増え続けている。自殺報道について、メディアが注意、反省すべき点はどこか。そして自殺防止に向けてメディアの果たしうる役割は】

髙橋 聡美(一般社団法人 髙橋聡美研究室代表)


子ども・若者の自殺の現状

 2006年に自殺対策基本法が成立し、3万人台だった自殺者数は2万人台に減少し一定の効果があったと評価できる。一方で、若者の自殺は横ばい傾向で、とりわけ自殺対策基本法が改正された2016年以降は児童生徒の自殺者が増え続けている。10~30代の死因の第1位は自殺で、国際的に見ても、若者の死因順位の1位が自殺となっているのはG7の中で日本だけだ。

 さらに、コロナ禍で若者と女性の自殺が急増し2022年の児童生徒の自殺者数は514人と過去最悪となった。

 人が自殺に至るまでには複数の問題を抱えているとされているが、実は子ども・若者の自殺の約3分の1は原因・動機が「不詳」となっている。なぜ、自殺したのか原因の調査さえできていないのである。原因がわからない状態で効果的な自殺対策ができるとは思えない。

自殺の急増とメディア

 厚生労働大臣指定法人いのち支える自殺対策推進センター(以下自殺対策推進センター)は2020年、若者の自殺増加の要因として「著名人の自殺及び自殺報道の影響」を挙げている。確かに、コロナ禍で若者に人気の俳優や芸人の自殺が相次いだ。

 自殺報道の影響をウェルテル効果と言う。自殺が大きく報道されたり、自殺の記事が手に入りやすい地域ほど自殺率が上がり、その影響は若年層が受けやすく、後追い自殺や誘発自殺を引き起こすことがエビデンスとして明らかになっている。

 わが国でも1986年(昭和61年)に人気アイドルが自殺し、遺体の映像がテレビに映し出されるなど過激な報道がなされた。この時、若者の自殺が前年より245人増加している。

 若者の自殺の急増について自殺対策推進センターの分析が正しいなら、わが国は30数年前にウェルテル効果をすでに経験しているにも関わらず、その教訓を生かせなかったということになる。「コロナ禍での自殺の増加は自殺報道の影響だ」という自殺対策推進センターの分析はウェルテル効果を知りつつ自殺を食い止めることのできなかった者たちの言い訳である。

 WHOは「自殺対策を推進するためにマスメディア関係者に行ってもらいたい基礎知識」の中で、やってはならないこととして「目立つように配置しない」「過度に繰り返さない」「センセーショナルに表現しない」「自殺に用いた手段・発生した場所を詳細に伝えない」「自殺の方法を詳しく報道しない」などを挙げている。

 これらのガイドラインはあくまでも指針であって、法的拘束力はなく報道の自由が守られている。昨今の自殺報道はかなり自主規制され、報道の最後には相談先も紹介されるなど、様々な配慮がなされている。

 しかし、今年起きた歌舞伎役者一家の死亡報道がそうであるように、連日、長時間にわたり番組で取り上げ、場所や手段を詳細に報じているものもある。(なお、この一連の報道に関しては日本自殺予防学会が自殺報道に関する緊急提言を出している)

 繰り返し視聴することにより視聴者への心理的侵襲は大きいものになる。手段や場所を報じると、もともと希死念慮のあった人は「この場所(方法)なら死ねる」という思考に至る。このように自殺報道は、心理的ダメージを与えるだけではなく、自殺行動を助長するリスクを伴う。

原因不詳の自殺の解明

 子どもの自殺の原因はいじめであると思っている大人は多い。しかし、子ども・若者の自殺の3人に1人は自殺の原因が「不詳」である。若者の自殺対策を重要課題とすると言いつつ、国は自殺の原因解明については非常に消極的である。

 2006年~2016年、自殺の原因を探求するための「心理学的剖検」の研究が厚生労働省の研究費で進められてきた。2016年に自殺対策基本法が改正となり、なぜかこの研究費は突如打ち切りとなった。以降、わが国では効果的な自殺の原因の解明研究は行われていない。

 一方で、自殺の原因を追究するために学校や警察からの聴取は強化されている。

 先日、ある中学生の自殺があった。その翌日、警察が学校に入り、自殺した生徒の親友数名に事情聴取をした。この時、学校はどのように在校生に生徒の死を説明するか、熟慮の最中で当該生徒の死を在校生にまだ知らせていない段階であった。

 授業中、いきなり警察に呼び出され、聴取を受けた生徒らは、警察から親友の死を知らされ、最後は「このことは誰にもいわないように」と口止めをされた。事情聴取を受けた生徒の中にはショックのあまりしばらく学校に来られなかった子もいる。

 自殺の原因を明確にしない限り、効果的な自殺対策は立案できない。しかし、原因を模索するための聴取は、精神科医や遺族支援者など、遺族心理に詳しい専門家が倫理的枠組みをつくり、遺族にとって安心安全な場の中で行われるべきである。

若者の自殺対策の現状

(1)進まない自殺予防教育

 2016年の自殺対策基本法改正以降「自殺予防教育・SOSの出し方教育」が行われることとなった。これは各自治体・教育委員会で計画を立てて行うこととなっており、国からはカリキュラムもテキストも提示されておらず、講師の派遣もされていない。自殺予防教育をどの学年にどのような内容で行えばいいのか、学校現場は未だ暗中模索である。

 また、SOSを出すことだけを強調し、肝心のSOSの受け止め体制は不十分だ。SOSを出しても、受け止めてくれる人がいない限りその教育は自殺の阻止につながらない。

(2)SOSの受け止め

 「心に悩みのある人はここに連絡してください」と、報道などでも多く目にするようになった。若者・生徒も、死にたいと思っている子どもたちも、「いのちの電話」や「チャイルドライン」などに相談をしている。

 筆者自身、相談の受け手の研修もしているので、これらの団体がどれだけの努力と研鑽を積んでいるかは重々承知している。この深刻な活動のほとんどはボランティアによって行われている。わが国の「死にたい」と思う人たちへの最後の砦はボランティアの善意の搾取で成り立っているといってもよい。

 学校の教員たちも、科目・部活の担当、生活・進路指導、保護者対応と多忙を極め、その上に子どものカウンセリングも抱え込んでいる。結果、昨年の教職員の精神疾患による病気休暇は過去最悪となった。

 「いのちの電話」や「チャイルドライン」のように匿名で相談できる場は大切である。しかし、まずは子どもの身近なところで顔を見て相談できるスクールカウンセラー(SC)ら専門家を配置すべきである。

 実際、名古屋市ではすべての中学校にSCを常勤で配置しており、子どもの話を聴くだけではなく、生徒の対応に困った教員もSCのサポートを受けており、一定の成果を見せている。

メディアへの期待

(1)自殺の原因究明の在りかた

 前述のように、自殺の原因を探るための研究「心理学的剖検」は何の説明もなく突如として打ち切られた。これによってわが国の自殺対策は大きく後退し、若者・子どもの自殺の多くは「原因不詳」のまま放置されている。

 まずは、なぜ、この大事な研究が打ち切りになったのかをしっかりと調べ、心理学的剖検をやらないにしても、それ以外の方法で、いかにして自殺の原因を解明していくつもりなのか国の姿勢をしっかりと報じて欲しい。原因がわからないまま対策を立てた結果、子ども・若者の自殺は増えているという現状をしっかりと検証する必要がある。

(2)ウェルテル効果の抑制

 国民の「知る権利」を守ることは民主主義の根幹をなすもので、報道や取材の規制を安易にするべきではない。しかし、自殺報道によって自殺が誘発されるなら、その報道は国民の命を脅かすものであり有害報道であると考えるべきであろう。また、故人やご遺族の望まない報道は、プライバシーの侵害であり、親族でもない国民が自殺の詳細を知ることを正当化できるような公益はないと私は考える。

 もちろん、自殺で亡くなった人のことを全く報じず、「なかった」かのようにすることは、自殺への偏見の助長にもつながるため、自殺を禁句にするという方向性も誤りであると私は考えている。

 事実を報じ、敬意をもって故人を悼む。それ以上の憶測や、他人が知る必要のない興味本位な報道は故人やご遺族を傷つけ、受け手側の心を傷つける。

 今一度、前述のWHOのガイドラインに立ち戻り、何が必要な情報なのか、公益となるのかを見極めていく必要がある。

(3)パパゲーノ現象への期待

 報道は自殺を誘発することもあるが、自殺を食い止める力(パパゲーノ現象)も持ち合わせている。

 WHOの手引きでは報道に際してやるべきことも記している。「どこに支援を求めるかについて正しい情報提供をすること」「自殺についての迷信を拡大しないように啓発を行うこと」「ストレスや自殺念慮への対処法や支援を受ける方法について報道すること」「自殺により遺された家族や友人にインタビューをする時は慎重を期すること」などである。

 普段から、ストレスの対処法や、自殺の要因となる悩み事・生きづらさのサポートの紹介などを積極的にすることが大切である。報道はそもそも人の命と生活を守るセイフティネットである。

(4)自殺予防の媒体として

 わが国は若者の自殺率の高い国である。この汚名を晴らす結果をもたらすために、報道は必要不可欠な自殺予防ツールである。専門書を読まなくても講演会に足を運ばずとも、報道によりあらゆる人たちにメンタルヘルスの啓発が可能となる。

 自殺報道はこの数十年でかなり改善されたことは間違いない。昭和にあった自殺報道のような過激な報道もないしご遺族への配慮もある。一方で、WHOのガイドラインが守られていない報道もあり、改善の余地もある。

 報道は人の気持ちを不安にさせることもあるが、安心させる力もある。自殺を予防するための知識を与えることもできる。報道は自殺を防止するための大きな力であると私は確信している。

 子ども・若者の自殺の現状を報じるだけではなく、どのような対策が取られ、何が出来ていないか、自殺対策への評価も報道し、よりよい道を見いだせたらと思う。一人でも多くの命が救われることを願ってやまない。

<執筆者略歴>
髙橋 聡美(たかはし・さとみ)
博士(医学)
中央大学人文科学研究所 客員研究員 
一般社団法人 髙橋聡美研究室 代表
BPO(放送倫理・番組向上機構)委員
 
鹿児島県出身、自衛隊中央病院高等看護学校卒
国立精神・神経センター国府台病院 精神科病棟・心療内科病棟で看護師としてメンタルへルスに長年関わる
2003年~2005年 スウェーデンでメンタルヘルス制度について調査
帰国後、宮城大学 看護学部 県内の自殺予防活動に着手
2012年 つくば国際大学精神看護学教授
2014年 防衛医科大学校 医学教育部 教授

《自殺対策活動》
2005年、自殺予防活動に取り組むと同時に自殺の遺族のわかちあいの会を主宰。また、全国に先駆けて自死遺児の支援にも乗り出し、2010年12月に仙台で遺児のケアプログラムを開始したところ、3月後に震災に見舞われる。震災後は、震災遺族・震災遺児を含む遺族ケアに奔走
2012年より、死別体験だけではなくいじめや虐待、離別、自殺といった「生きづらさ」への全人的支援をテーマに自殺予防教育やグリーフプログラム運営を行う
2016年より全国で自殺予防教育の授業および教員研修を行う
2018年 南さつま市自殺対策策定委員長
全国の市町村の自殺対策策定スーパーバイズを行うと同時に小中学校、高校で自殺予防教育の授業を行っている

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chousa@tbs-mri.co.jp


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