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コロナ禍のテレビドラマ制作

【コロナの脅威の中、テレビドラマスタッフはどのように戦ったか。彼らを支えたものは?現役若手ディレクターのレポート。】

小牧桜(TBSドラマディレクター)

撮影現場から消えていく医療監修者

 2019年12月、新型コロナウイルスが世界で騒がれ始めた頃、私は1月期・金曜ドラマ『病室で念仏を唱えないでください』のスタッフとして働いていた。救命救急医が主人公のドラマ。当然、医療指導の先生方と関わることは多くあり、撮影および準備の為に打ち合わせする中で、当時あまり実態の掴めていなかったこの不穏な感染症が「これ以上流行らないといいですね」と会話していたことが思い出される。
 その後、新型コロナウイルスは国内にも猛威を振るうこととなり、監修の先生方は多忙を極め、ダイヤモンド・プリンセス号のクラスター感染対策に出向かれたり、救命の現場に戻られたりと、ロケの帯同は段々と難しくなっていった。いよいよロケーション先の病院も患者の受け入れで撮影困難かというギリギリの所で、このドラマはクランクアップを迎えることとなる。打ち上げも無く、キャスト・スタッフ共に三々五々となる中で、これからいったいドラマ作りはどうなってしまうのだろうかという漠然とした不安を抱いていた。

スタッフルームから人が消え、不安と悩みが。

 そしてその3週間後、日本で初めての緊急事態宣言が発令され、私たちの“日常”は消えてしまった。TBS全体として、不要不急の出社に制限がかかり、スタッフルームからは人が消えた。火曜ドラマ『おカネの切れ目は恋のはじまり』のチーフAD(アシスタントディレクター)として準備にあたっていた時だった。
 プロデューサーから“Zoom”や“Meet”という聞きなれないアプリケーションを教わり、初めてリモート会議というものを演出部で開いた。それまで毎日スタッフルームの同じ机の同じシマで一緒に働いてきた演出部チームはバラバラになり、必要最低限短時間の会合に加え、毎朝リモートでの近況報告を続けながら、お互いの進み具合を確認していくこととなった。
 初めてのやり方には戸惑いを多く感じ、更にウイルスの猛威は同僚たちを不安にさせた。宣言後1週間が過ぎる頃には、なんとなく一人でいることが皆落ち着かなくなり、昼食時もリモートを繋げっぱなしにして他愛のない会話をするなど、なるべく”いつも“のようなコミュニケーションを意識しながら、各々籠りきりの生活を過ごした。
 正直に言えば、皆こんな時期に、こんな時に、コロナ禍でドラマを作る意味とは何だろうと、悩んでいた。ただ、世の中に、そして自分たちに“いつも通りの当たり前”を取り戻すことは必要なのではないかと、仕事に取り組んでいたように思う。色々な準備が思うように進まず、先行きの見えない毎日が不安で仕方がなかったが、それでもやりづらいリモートでの確認作業などに対し、きちんと時間を割いて、まずは率先してやってみようと対応してくださった、東仲プロデューサーや平野監督には本当に感謝したい。

困難な状況下での前進

 宣言が明けると、クランク・インの日は本格的に定まることとなり、前例のない撮影準備が始まることとなった。全スタッフ努力をしてくれたが、衣裳リースやロケーションハンティングは困難を極め、撮影場所はなかなか決まりにくくなった。それまで当たり前のようにスタッフ全員が集まっていた打ち合わせは全てがリモート会議に成り代わり、集まるスタッフは、最低限のセクションチーフだけ。「おはようございます」という監督の声に対する40数名のレスポンスは無くなり、代わりに大型モニタにタイル状に並んだ苗字の表示がずらりと壁になって挨拶をした。
 最初は監督の一人舞台のような光景に、レスポンスのないことのなんと寂しいことかと、悲しく思っていたものだが、次第に少しずつスタッフもリモート慣れしていき、発言の際にはビデオをONにしたり、ホスト側も各々が喋りやすいようにあえて名指しで意見を求めるなど、リモートに「いつものパターン」や「当たり前」が生まれてきた。集団が個人として分断された分、逆に相手のことを知ろうとする気持ちも生まれ、普段あまり意見を言わない人が意見を言ったりする機会も生まれてきたのは発見だった。
 また、すでに撮影を進めていたドラマ『半沢直樹』のチームからヒアリングしながら、定期的な換気・マスクやフェイスシールドの着用・消毒スプレーの配布・Wi-Fiを利用した送り返しモニタシステム(撮影した映像をほぼリアルタイムに自分たちのスマートフォンで見ることができるシステム)による密の軽減など、新しい撮影の仕方を学び、細部にわたるまで自分たちのチームに合った形を模索した。その上で、番組向けの新型コロナウイルス対策ルールを作り配布、スタッフ・キャストにも声がけをして検温をお願いしたりと、消毒ぐらいしか有効な対策が明確でない中で、常に自分たちにとって、機動力・手間・安全性のバランスを模索していった。

 もちろん、いくら準備していたとしても、いざ撮影を始めると難しいものもたくさんあった。ドライ(現場リハーサル)の際にマスクでは表情が見えない為にフェイスシールドに変えたり、密を避ける為にビブスを配布し現場への人数制限を行うも、夏の高温のロケでは脱がざるをえなくなったりした。「ルールは少しずつ緩和していきたい」と元々は考えていたが、コロナは収束に向かうどころか撮影期間中も猛威を振るうこととなり、感染者数の多い時期には更にルールを厳しくし、それぞれ首から消毒スプレーをかけて、目に見えるところで除菌をしたり、少ないスタッフをさらに少なくしたり、自分たちがきちんと感染防止に気を付けているということを周囲からも見てとれるよう工夫した。
 私自身も現場指揮をとることはほとんどなくなり、その代わり準備班として動くようになった。現場に行かない寂しさも、まるで手を抜いているように見られるのではないかという不安もあったが、感染者が出た際に、全員が濃厚接触者として潰れるわけにはいかないと、感染対策のために一部割り切った部分もあったように思う。別のドラマでは、現場班と準備班を完全に分け、一切接触を断つまでに徹底したチームもあったと聞く。

感染者ゼロ

 個人個人の持つ不安の度合いはまちまちだったが、新型コロナウイルスが常に自分たちの近くに存在するということを意識して仕事することが重要だと考え、大変な撮影の後など互いに労いあいたい時も、お疲れ様でしたと帰宅し、自分たちを律した。何が正しかったのかは未だにわからないが、『おカネの切れ目が恋のはじまり』も、その後担当した『この恋あたためますか』も、クランクアップまでキャスト・スタッフ共に一人も感染者を出さなかったことは、きちんと皆が努力した結果だと信じたい。

4②コロナとドラマ「リコカツ」画像

 2021年3月現在、私は二度目の緊急事態宣言の中、金曜ドラマ『リコカツ』の撮影に臨んでいる。ロケーション先などで苦しむことも多々あるが、スタッフも、キャストも、また世間も含めて、少しずつニューノーマルに向けて進み始めているように思う。新型コロナウイルスが、たとえ撲滅することは難しくとも、せめていつか風邪のように日々に溶け込んでくれることを祈っている。今日も、ドラマで“日常”を取り戻せるよう、我々は働いている。

<執筆者略歴>
小牧桜(こまき・さくら)
2012年TBS入社。「99.9」「GOOD WIFE」「凪のお暇」等でアシスタントディレクターを経験し、2017年「3人のパパ」で監督デビュー。「この恋あたためますか」でゴールデンプライム帯の監督デビュー。2021年4月ドラマ「リコカツ」を撮影中。