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フェイクニュース拡散、コロナワクチン接種への影響とメディアの役割とは

【新型コロナ禍におけるフェイクニュースは命にかかわる問題である。フェイクニュース拡散とワクチン接種率は明らかに関連している。有効な対策と、そのときメディアが担うべき役割は何か】

平 和博(桜美林大学リベラルアーツ学群教授)

 新型コロナ禍において、フェイクニュース(偽情報・誤情報)の拡散は、命や健康に直接かかわる深刻な問題となった。焦点は、感染対策の柱とされてきたワクチン接種への、フェイクニュースの影響だ。これまでの研究から、フェイクニュースの広がりは、ワクチン接種率低下との相関関係が認められている。ネット上の情報環境の汚染が、現実社会の感染対策の障害になる。社会が新型コロナとの共存を強いられる中で、フェイクニュースによる情報汚染を可視化し、実効性のある対策を進める取り組みは、重要度を増している。そのために、メディアの果たすべき役割も大きい。

フェイクニュースとワクチン接種率

 新型コロナワクチンの4回目の接種が、60歳以上の人などを対象に5月25日から始まった。政府のまとめ(5月24日現在)では、国内での新型コロナワクチンの2回接種率は80.5%に上るが、3回目となると接種率は57.9%にとどまる。

 厚生労働省は、「新型コロナワクチン(mRNAワクチン) 注意が必要な誤情報(2021年10月8日版)」として、ワクチン接種にまつわる10件の主なフェイクニュースをまとめている。「接種により遺伝子(染色体)に変化を生じさせる」「接種が原因で多くの方が亡くなっている」といったものから、「不妊症の原因」「流産の原因」「不正出血や月経不順が起こる」など、いずれも根拠のないものばかりだ。それでも、命と健康にかかわる情報であれば、真偽によらず不安を抱く人々もいる。

 国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)の研究プロジェクト「Innovation Nippon」は2022年4月13日、筆者も有識者会議メンバーとして参加した報告書「わが国における偽・誤情報の実態の把握と社会的対処の検討―政治・コロナワクチン等の偽・誤情報の実証分析―」を発表している。報告書の調査(2月実施、1万9,989人対象)によると、「コロナワクチンを打つと不妊になる」とのフェイクニュースへの接触率は17.7%。このうち「誤った情報・根拠不明情報だと思う」との回答が65.1%を占め、「正しい情報だと思う」は6.3%にとどまったが、「わからない・どちらともいえない」も28.6%と一定の割合を占めていた。ワクチン接種を含む新型コロナに関する正しい情報の浸透とフェイクニュースの排除は、なお必要とされている。

相関関係を確認

 英インペリアル・カレッジ・ロンドン、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院などの研究チームが2021年2月に「ネイチャー・ヒューマン・ビヘイビア」で発表した調査によると、新型コロナワクチンに関するネット上の誤った情報に接することで、ワクチン接種への意思の低下傾向が見られた、という。

 調査は2020年9月、英国と米国で計8,001人を対象に実施した。それによると、新型コロナワクチンに関する「接種がDNAを変える」などの誤った情報に接したところ、英国で6.2ポイント、米国で6.4ポイント、ワクチン接種を受けるとする回答の低下が確認された。

 さらに、米インディアナ大学の研究チームが2022年4月、「サイエンティフィック・リポーツ」に発表した調査では、ツイッターのデータを使い、フェイクニュースとワクチン接種の関連を分析している。

 研究チームは、2021年1月から3月にかけてのワクチン関連のツイート5,500万件、全米50州に居住する167万人のユーザーデータなどを基に、フェイクニュースの拡散とワクチン接種率、さらに接種延期や接種拒否を含むワクチン忌避率の関係を分析した。その結果、フェイクニュースの拡散の上昇と、ワクチン接種率の低下、およびワクチン忌避率の上昇との相関関係が確認できたとしている。

 フェイクニュースによる情報汚染とワクチン接種の躊躇は関連している、ということだ。

拡散の構造と対策

 ソーシャルメディアで拡散する反ワクチンのコンテンツの65%は、わずか12の個人に行き着く――英NPO「デジタルヘイト対策センター(CCDH)」は2021年3月に発表したレポート「ディスインフォメーション・ダズン」の中で、そう指摘している。

 レポートでは、同年2月から3月半ばにかけてフェイスブック、ツイッターで共有された81万2,000件の反ワクチンの投稿の65%の発信元が、12のアカウントによるものだったと述べている。その上で、フェイスブック、ツイッターが発信元のアカウントに十分な対策を取っていないと批判した。

 新型コロナのフェイクニュース拡散に対して、ソーシャルメディアはどのような対策を取ってきたのか。ツイッターは、月ごとの対策状況を逐次公開している。それによると、2020年1月からこれまでに、ユーザーからの申し立てを受けて対処したアカウントの総数は1,170万件、停止(凍結)したアカウントは4,110件、削除したコンテンツは7万2,062件に上る。

 フェイスブックも2021年8月、「デジタルヘイト対策センター」の主張は誤解を与えるとし、これに反論する形で、新型コロナとワクチンのフェイクニュース対策を公表した 。それによれば、感染の大流行以来、3,000件を超すアカウントとフェイスブックページ、フェイスブックグループを削除し、2,000万件以上のコンテンツを削除した、という。

 だがこれらの対策は、十分なものとは受け止められていないようだ。米国のジョー・バイデン大統領は同年7月16日、報道陣から「新型コロナの誤情報について、フェイスブックのようなプラットフォームへのメッセージを」と問われ、「人々の命を奪っている」と激しい言葉で指弾した。後に釈明したものの、ソーシャルメディアの対応への不満がにじむコメントだった。

規制の動き

 新型コロナ関連を含めたフェイクニュースの広がりに対しては、法的な規制の動きもある。欧州連合(EU)では、フェイクニュース対策の新法案「デジタルサービス法(DSA)」が4月23日、欧州理事会と欧州議会の間で基本合意され、検討は最終段階に入っている。

 同法案は、違法コンテンツ排除に焦点を当てる。域内でサービスを行うすべてのプラットフォームが対象となるが、主な照準は、域内ユーザーが4,500万人以上の「超大規模オンライン・プラットフォーム」、すなわちGAFAと呼ばれる米巨大IT企業だ。これらの企業について、フェイクニュース対策の透明性と説明責任を強化し、取り組み状況についての外部監査実施と公表などを義務づける。違反に対しては、最大で世界の総売上高の6%の制裁金を科すことができる。2021年の総売上高が2,576億ドル(約33兆円)のアルファベット(グーグル)の場合、6%の制裁金は155億ドル(約2兆円)に上る。

 EUでは、「デジタルサービス法案」に先行して、ドイツが2017年からヘイトスピーチやフェイクニュースの対策法として24時間以内の削除規定などを含む「ネットワーク執行法(NetzDG)」を施行している。だが国連人権委員会は2021年11月、同法について、表現の自由への萎縮効果の懸念があると指摘した 。

 国連人権委が指摘するように、フェイクニュース対策で懸念されるのは、表現の自由への影響だ。萎縮効果を及ぼさずに適切な対策を進めるためには、法規制によらない形での取り組みの強化が求められる。

ファクトチェックとリテラシー

 フェイクニュース対策について、日本では総務省の有識者会議「プラットフォームサービスに関する研究会」が2020年2月にまとめた「最終報告書」において、表現の自由の萎縮効果への懸念などから、「まずはプラットフォーム事業者を始めとする民間部門における関係者による自主的な取組を基本とした対策を進めていくことが適当である」と整理されている 。また2021年9月の「中間とりまとめ」でも、「多様なステークホルダーによる協力関係の構築」など、法規制によらない対策を提示している 。

 これらの報告書で指摘されたのは、プラットフォームの対応の強化と透明性、説明責任の確保、ファクトチェックの推進、リテラシーの向上、などの点だ。ただ、それぞれに一長一短がある。プラットフォームの対応強化は、表現の自由とのバランスが求められ、フェイクニュースがゼロになることは考えにくい。ファクトチェックには手間と時間がかかる一方、フェイクニュースと同様の規模とスピードで拡散することはまずない。また、社会にリテラシーが浸透するには、啓発の体制づくりが必要な上に、相応の年月を見込む必要がある。フェイクニュース対策には、これらの取り組みを連携させた多面的なアプローチが必要となる。

メディアが担う役割

 ファクトチェックの推進とリテラシーの啓発においては、メディアも重要な役割を担っている。

 米デューク大学の調査では、世界で活動中のファクトチェック団体は356(5月25日現在)。このうち、日本で登録されているのは普及啓発に取り組むNPO「ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)」、毎日新聞、NPOメディア「インファクト」の3団体だ。米国で71団体、韓国で11団体が登録されている。また、国際連携組織「国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)」から認証を受けたファクトチェック団体は世界で101あり、この中にはワシントン・ポスト、USAトゥデイ、ロイター通信、ル・モンドなどの大手メディアも含まれている。現時点で、日本の認証団体はない。

 ファクトチェックは、言わばフェイクニュースによる情報汚染を可視化していく取り組みだ。そしてマスメディアには、情報の検証についての専門的なノウハウの積み重ねと研修機能がある。情報の確かさの見極め方、信頼される情報のまとめ方や伝え方。それらの知見は各メディアに膨大な蓄積があり、ソーシャルメディア時代に改めてその重要性が増している。それらをファクトチェックの実践に生かし、読者・視聴者のリテラシーの向上につなげていくことは、メディアに対する信頼向上の後押しにもなる。

 フェイクニュースによる情報汚染の標的は、新型コロナワクチンだけではない。ロシアによるウクライナ侵攻をめぐる情報戦においても、情報汚染はさらなる広がりを見せている。ソーシャルメディア時代にレジリエント(強靭)な社会をつくり上げるには、フェイクニュース対策は避けては通れない課題だ。

<執筆者略歴>
平 和博(たいら・かずひろ)
桜美林大学リベラルアーツ学群教授(メディア・ジャーナリズム)、ジャーナリスト
早稲田大学卒業後、1986年、朝日新聞社入社。横浜支局、北海道報道部、社会部、シリコンバレー(サンノゼ)駐在、科学グループデスク、編集委員、IT専門記者(デジタルウオッチャー)などを担当。2019年4月から現職。著書には『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(2019年)、『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』(2017年)、『朝日新聞記者のネット情報活用術』(2012年、いずれも朝日新書)、訳書として『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』(2011年)、『ブログ 世界を変える個人メディア』(2005年、いずれもダン・ギルモア著、朝日新聞出版)、共著として『メディア産業論 デジタル変革期のイノベーションとどう向き合うか』(2020年、ミネルヴァ書房)、『メディアは誰のものか――「本と新聞の大学」講義録』(2019年、集英社新書)、『メディア・イノベーションの衝撃―爆発するパーソナル・コンテンツと溶解する新聞型ビジネス』(2007年、日本評論社)がある。個人ブログ「新聞紙学的」。

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