データからみえる今日の世相~土用丑の日、うなぎの日~
江利川 滋(TBS総合マーケティングラボ)
この原稿を書いている6月末、東京はまだ梅雨明け前。しかし梅雨の晴れ間には最高気温が30℃を超え、今年の酷暑を予感させます。
夏本番ともなると、暑さで夏バテが心配。ここは一つ、精のつくものでも奮発するか、で思いつくのが「うなぎのかば焼き」。
昔から「土用(どよう)の丑(うし)の日」といって、7月後半にうなぎを食べるとよいとされる日があります(注1)。
「土用」とは立春、立夏、立秋、立冬の直前約18日間を指し、「丑の日」は日にちに干支(えと)の十二支をあてはめたとき丑にあたる日です。そのため、本来は季節ごとに土用丑の日がありますが、現在では、夏にうなぎのかば焼きを売るためのキャッチコピーとして定着。
「うなぎを食べて夏痩せ防止」は万葉集の歌にもありますが(注2)、今のようなかば焼きは江戸時代に定着したようです。また、土用丑の日にうなぎを食べるのは江戸の才人・平賀源内発案というのが有名ですが、「丑の日に“う”のつく物を食べる風習」による等、諸説ある模様。
昔は安かった!今は半世紀前の5倍
うなぎのかば焼きでイメージするのは「値段が高い」こと。総務省のデータでは、100グラムあたりの価格は「狂乱物価」の70年代前半に急上昇し、90年代にいったん下がるものの、04年以降まさに「うなぎ登り」。
消費者物価指数だと、70年代は他の物価も高かったので急上昇に見えないですが(とはいえ80年の指数は70年の倍)、00年代から10年代前半の増加が激しく、15年あたりでは70年の5倍程度の高騰ぶりです。
うなぎのかば焼きは昔から高級品だと思っていましたが、はっきり高くなったのは21世紀になってから、というのは意外でした。
かば焼き人気は老高若低
そんなうなぎのかば焼きは人気もうなぎ登りと思いきや、そうでもないことがJNNデータバンクの調査結果で示されています(注3)。
「好きな食べ物」の選択肢の中にある「かば焼き(うなぎ)」について、年代別の選択率推移を集計したのが次の折れ線グラフです。
ところどころでデータが無かったり、06年以降は「かば焼き(うなぎ等)」と表記が微妙に変わったりしていますが、大きく見ると80年代いっぱいまでは5割程度の好意度で世代差も比較的少ない印象です。
しかし90年代以降は、世代間の差が徐々に拡大。ここ10年くらいでは、年配層が引き続き半数近い好意度を維持する一方で、若年層の好意度が明確に下がっています。
50代半ばの筆者からすると、うなぎのかば焼き人気が下がるなんて、ちょっと信じられない話。
暑い夏の昼に店に入ったら、まずは瓶ビール。う巻きやら肝焼きやらを摘まんだところで、うな重の登場。大きくふっくらしたかば焼きを甘辛いタレの染みたご飯とほお張れば極楽。肝吸いでさっぱり締めくくり……。
書いているだけで食べに行きたくなってしまいます。
さすがに10代に昼ビールの愉しみは早いですが、若い人はおいしいうなぎのかば焼きを食べたことがないのかも。やっぱり高いからかなあ……?
若者は、かば焼きよりも肉が好き
最新のJNNデータバンク調査(22年11月実施)では、「好きな食べ物」質問に36個の選択肢があります。
それらと年代との関係を見渡して見ようと、コレスポンデンス分析の結果をまとめたのが次の散布図です(注4)。
図を見ると、右から左に向かって年齢が上がっていくことがわかります。また、この図では「同じような選ばれ方の項目」や「その項目の選択率が相対的に高い年代」が、原点から見て同じ方向に位置するようになります。
我らが「かば焼き(うなぎ等)」は横軸(第1軸)の左端に、「煮魚」「焼き魚」「野菜の煮物」等と一緒に、60代や50代と同じ方向にあります。
ぱっと見に中高年は、さっぱり味付けた和食好みの趣でしょうか。
とはいえ、筆者も属する50代の近辺をよく見ると、「中華そば」「シューマイ」「ぎょうざ」「冷し中華」など、町中華メニューがずらり。やっぱり、ビールを飲みながら手軽に摘まむものが好きなんですかね。
一方、右側に位置する若年層と距離が近い食べ物は「ステーキ・ローストビーフ」「ピザ」「やき肉料理」「ハンバーグ」「ローストチキン・フライドチキン」等々。
こちらは、油で炒めてスパイスを効かせ、タンパク質をガンガン摂取するような肉料理のオンパレードという感じ。
こうして見てくると、食の欧米化、ファミリーレストランや宅配など比較的手軽で安価な外食産業の発達など、戦後日本の食の変化が散布図からもうかがえる気がします。
若年層からすると、安くておいしいものが色々ある今、うなぎのかば焼きは高嶺の花に過ぎるのかも知れません。食べれば絶対好きになると思うのですが、もしかして本当に一度も食べたことがなく、どんな物か知らないので好きになりようがないのかも……?
そういえば、かば焼きの食材であるニホンウナギは、生息環境の変化や稚魚の乱獲などから減少が著しく、2014年に国際自然保護連合から絶滅危惧種に指定されました。
希少な食資源で値段が上がり、ますます庶民には手が出にくくなり、かば焼きを知らない子どもたちが増えていく。需要が減るからさらに出回らなくなって希少に……、というのはさすがに考え過ぎでしょうか。
今年の夏もうなぎのかば焼きで乗り切りたいところですが、はてさて、どうなることやら。
この記事に関するご意見等は下記にお寄せ下さい。
chousa@tbs-mri.co.jp