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コロナ禍における格差

【コロナ禍によってあらわになった日本人の構造的な「リスク格差」。それは「家族形成格差」「希望格差」さらに少子化の加速に結びつくのではないか】

山田 昌弘(中央大学教授)

 昨年から世界的に深刻化したコロナ禍によって、様々な格差が顕在化、そして、拡大していると言われている。今回のコロナ禍は、罹患するという健康被害だけでなく、感染防止のための行動制限によって、世界経済は大打撃を受けている。ただ、その打撃の影響は一様ではない。全体として落ち込む中、ほとんど影響を受けない業界、更に経済的にプラスとなった業界もある。一方、観光、旅行、航空、飲食、娯楽など相当のマイナスの影響を受けた業界は多い。そして、その経済的影響は、当該業界で働いていた人々の生活に直結している。

11①山田さん画像② 休業告知

中流社会日本の現実

 日本では、「人並みの生活」を送ることが、重要な課題である。もちろん、人並みの生活の中身は時代によって異なるだろう。ただ、現在は、ある程度の広さの住宅に住み、家電製品がそろい、スマホを持ち、地方であれば車があり、時々は外食やレジャーができ、子どもを育てていれば他の多くの子どもが持っているものは買い与えることができる生活である。
 日本社会では、「人並みの生活」を送ることができないことに対する「恥」の意識が強い。なぜなら、「人並の生活を送っていない」と周りから見なされると、馬鹿にされて、相手にされず、通常の生活から疎外されてしまうからである。現実的にも、スマホがないと一般的な仕事も友人つきあいもできない。地方であれば中古でも車がないと買い物もできないのである。
 だから、収入が少なくても、世間体を保つために、ある程度の身なりを整え、スマホを買って維持することが必要となる。日本では、統計データを見ると、相対的貧困率が先進国の中では高いにもかかわらず、表では明らかに貧困と思われる人は目につかない。しかし、表面的に同じような見た目の裏には、中流生活に余裕がある人と、ぎりぎりで中流の体面を保っている人が共存している。ぎりぎりで人並みの生活を保っている人は、狭い家とか安い食品でしのぐ等、他人の目に触れないところを節約ししのいでいる。つまり、日本社会の格差は、表面的な中流生活を成り立たせる基盤が強い人と、弱い人の格差となっている。
 例えば、大学生をみてみよう。ほとんどの大学生は、外見は似たようで、サークル活動や友人関係を楽しみながら、学校生活を送っているように見える。しかし、裕福な親の元で学費を払ってもらい、海外旅行によく行く学生もいれば、親から一切援助を受けず、奨学金を満額借り、アルバイトをかけもちしている学生まで、その経済基盤には大きな格差がある。しかし、病気や留年など、何か困り事が起こったときに、前者の学生は、その生活を続けられるが、後者の学生はすぐに生活困難に陥り、時には退学を余儀なくされるのだ。

【引き続き「日本社会の構造的なリスク格差」に続く】

日本社会の構造的なリスク格差

 そして、現在人並みの生活を送っていても、将来収入が不足して、中流の体面を保てないことを恐れる。つまり、「人並みの生活」から転落することを避けようとする。しかし、様々な要因で、人々は中流生活から転落する可能性、つまり、リスクを負っている。
 日本社会では、転落リスクに関して大きな格差が存在している。コロナ禍が明らかにしたのは、その転落リスクの格差なのだ。
 おおざっぱに言えば、正規雇用者とその家族は、転落リスクは低い。しかし、自身が正規雇用者でなかったり、家族に正規雇用者がいないと転落リスクが高まる。家族の点からみれば、「標準的家族」を形成できているか、できていないかの格差である。標準的というのは、いわゆるサラリーマン男性が家計を支えている家族である。女性の立場から言えば、夫が正規雇用である家族であり、子どもの立場からみれば父が正規雇用である家族である。
 もちろん、正規雇用と言っても、名ばかり正社員という形で低収入の人もいれば、居心地悪いブラック企業で働く人もいる。正社員でない人、ここには、非正規雇用者だけでなく、自営業やフリーランスも含まれる。特に自営業の経済格差は大きく、一方の極には開業医や開業弁護士など高収入の人もいれば、零細小売り、零細飲食業もあるので、留意が必要である。
 一般的に言えば、日本社会においては、夫が正規雇用であるような家族は、中流生活から転落するリスクが低く、そうでない家族は転落リスクが高い。これは、社会保障制度や雇用慣行によって、正規雇用者とその家族の生活がある程度、守られているからである。まず、日本的雇用慣行によって、正規雇用者は解雇されにくいし、収入減少する可能性も低い。そして、例え会社が倒産しても、ある程度の期間は失業保険で補填される。病気になったときも、長期でなければある程度の給付金が出る。更に、公務員や多くの企業等の従業員には家族手当がつき、配偶者(妻)が出産した場合は様々な給付金が支給される。子育てに関しても、親が正規雇用の場合は、産休はもちろん、育児休業手当も貰えるし、妻が出産した場合は男性が育休を取ることが推奨され、相当額の手当が出る。つまり、出産、子育てを経済リスクとみなせば、正規雇用者とその家族は、多くのリスクから守られている。収入的にみても、夫が正規雇用であれば、妻は専業主婦でもパートでも一定の年収以下であれば、年金や健康保険料を払うことなく、その恩恵を受けられる。
 そして、日本では、正規雇用男性と結婚している女性も、転落リスクは低い。離婚リスクも高まっているが、日本では一方的離婚はできない。夫に収入があるのに、十分な慰謝料を貰えない場合は、離婚を拒否し続ければ、調停、裁判しかなく、当分の間はある程度保障される。出産、子育て中も夫の扶養であれば、相当の手当が支給されるわけである。
 一方、非正規雇用、自営業、フリーランスには、そのような恩恵はない。病気になり仕事ができなくなれば、非正規雇用であれば解雇され、自営業であれば収入が途絶える。失業保険も休業保険もないのである。本人が出産しても育児休業どころか、産休もない。配偶者が出産しても手当はない。夫が非正規、自営やフリーランスの妻には、何の特典もなく、自分が専業主婦で無収入だとしても、社会保険料を納めなければならない。
 このように、人生で出会う様々なリスクに関して、標準的家族(正規雇用者とその家族)の内側にいる人と、外側にいる人(家族の中に正規雇用者がいないもの)の間には、大きな落差がある。家族に正規雇用者がいれば、失業、病気、出産、子育てなどのリスクがあっても、中流生活から転落するリスクは低く、正規雇用者が家族にいなければ、収入減少から中流生活が困難になるリスクに晒されている。

11①山田さん画像③ネカフェ

 これは、高齢者でも同じである。正社員(公務員)として長期間勤めてきた人に対しては、退職後、それだけで中流の生活を維持することができる「厚生年金(公務員は共済年金)」が支給される。この年金は、リスクにとても強く、夫が亡くなった後も妻には比較的高額の遺族年金が支給される。一方、自営業者や非正規雇用者、フリーランスなどには、月6万円あまりの国民年金しか支給されない。ということは、働き続けなければ、十分な生活が送れない。
 ただ、リスクが起きないときは、その格差は顕在化しない。年齢が若い内は、時給換算すれば派遣や契約社員の方が収入が高いこともある。健康が許せば、アルバイトをかけもちすることも可能だ。日本は、外国人労働者を公には入れない国なので、慢性的に人手不足社会であるので、スキルの不要なアルバイトや非正規雇用の職は潤沢にある。高齢になっても、健康で働きさえすれば、それなりの収入を稼ぐことはできる。自営でもフリーランスでも、それなりの収入を得ることはできるし、仕事が少ない時はアルバイトで収入を補填することが可能だからだ。

コロナ禍が顕在化させたリスク格差

 この「リスク格差」が現実に大規模に顕在化したのが、今回のコロナ禍であった。
 特に今回のコロナ禍においては、行動制限によって、観光、飲食、航空、娯楽などの「サービス業」が打撃を受けている。これらの業界には、アルバイトなど非正規雇用者が多く雇用されているだけでなく、零細企業、自営業、個人事業が多い業界でもある。正社員であっても零細企業であれば、勤務先倒産や解雇される機会が増える。
 一人暮らしのもの、そして一家の稼ぎ手が、このような非正規雇用者や個人事業主であった場合、平時であってもリスクに弱い。病気などで仕事ができなくなった時には、制度的保障がないため、生活困難、つまりは、中流生活の維持ができなくなる。その場合は、「自己責任」という理屈で、従来、放置されてきたのである。つまり、病気になるのが悪い、運が悪いという理由で、政府が何らかの保障をすることはなかった。例えそれが、出産、子育てなど通常のライフコースに関わる事態であってもである。
 コロナ禍は、好況期では目立たなかった転落リスクを白日のもとに晒した。つまり、コロナ禍による収入低下を「自己責任」にすることはできない。だから、政府もこれらの人々に対する支援をせざるを得なかったのである。個人に対しては一人あたり10万円の給付金が一回支給された。事業者には持続化給付金が支給されるようになったが、これらの給付はあくまで一時的なもので、恒久的なものではない。
 むしろ、家族に正規雇用者がいない人々の生活の脆弱さを浮き彫りにしたともいえる。

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リスク格差が少子化を加速させる

 そして、このリスク格差の顕在化は、家族形成に影響を与えている。
 結婚、そして、出産は、当事者の生活状況を大きく変えるイベントである。今は、結婚直後の三世代同居はほとんどなくなり、結婚すれば原則二人で生活をしていく。その時に、ある程度の収入がなければ中流生活を維持できない。また、出産は、子育てにかかる経済負担が増えるだけでなく、主たる養育者、多くの場合女性の仕事に影響する。
 日本では、若年未婚者の大多数(女性約8割、男性約7割)が親同居未婚者である。中高年の父親は正規雇用が多いので、親と同居していれば、本人が正規雇用でなくても中流生活が送れる。しかし、結婚して二人で生活を始めようとすると、将来の生活が不安である。日本では、それゆえに結婚する人が減り、そして、今回のコロナ禍で、その不安が増幅された。
 2020年の出生数は、多くはコロナ禍前の妊娠にも関わらず、2019年に比べ、2万人以上減少した。更に、今年(2021年)は、出生数は更に減少すると見込まれ、1-8月の速報値でも、2020年に比べ約4%も減少している。
 婚姻数は、2020年の3月以降大幅に減少した。昨年の減少幅は、約14%に達した。もちろん、感染の不安から結婚式ができないために延期したカップルもあるが、収入が不安定になったために、結婚生活を始めることができないカップルも多いと推測される。


表・人口動態統計による2018-2020年の婚姻数、出生数の変化
          2020年         2019年        2018年
 出生数  84万0832人    86万5239人    91万8400人
 婚姻数  52万5490組    59万9007組    58万6481組

家族形成格差、そして、希望格差

 このように、仕事形態によるリスク格差は、家族形成格差に結びつく。それが、目に見える物になったのが、このコロナ禍であった。つまり、従来型の家族(正規雇用者が一人でもいる家族)を作れる人と、そこからこぼれる人に分かれていく。作れる人は、中流生活を形成、維持する見込みが高いが、作れない人は、中流生活から転落するリスクが高い。そのリスクを切実に感じた若者は、結婚や出産を控える。その結果、少子化が加速した。
 コロナ終息後、経済が回復して、非正規雇用者や自営業者、フリーランスの収入も徐々に回復していくだろう。しかし、一度、リスクが顕在化し中流から転落した経験があったり、そのような人々を見聞きすると、また、「何かが起こった時に」中流転落リスクが起きるのではないかという不安が強まる。ますます、結婚や出産を控える人が増え、日本の少子化は加速するのではないかと心配している。
 私は、2004年、『希望格差社会』という本を書き、そこで、「努力が報われると思う人」と「努力が報われない、しても無駄だ」と思う人に分裂していると論じた。これは、中流生活が形成でき、維持できると期待して努力する人と、いくら努力しても自力で中流生活を形成、維持することができないと考える人への分裂となって現れている。
 雇用や家族形態によらない社会保障制度構築の必要性が求められている。

<執筆者略歴>
山田 昌弘(やまだ・まさひろ)
 中央大学文学部教授
 1957年東京生まれ、1981年東京大学文学部卒。1986年同大学院社会学研究科博士課程退学。東京学芸大学教授を経て、2008年より中央大学文学部教授。男女共同参画行政に長く関わり、現在、内閣府・男女共同参画会議民間議員を務める。
 専門は家族社会学。愛情やお金を切り口として、親子・夫婦・恋人などの人間関係を社会学的に読み解く試みを行っている。「学卒後も基礎的生活条件を親に依存している未婚者」の実態や意識について分析した著書『パラサイト・シングルの時代』(ちくま新書、1999年)は話題を呼んだ。1990年代後半から日本社会が変質し、多くの若者から希望が失われていく状況を『希望格差社会』(ちくま文庫)と名づけ、格差社会論の先鞭をつけた。結婚活動、略して「婚活」の造語者でもある。
 著書は『少子社会日本』(岩波新書)『「婚活」時代』(共著・ディスカヴァー21)『女性活躍後進国ニッポン』(岩波ブックレット)『モテる構造』(ちくま新書)『家族難民』(朝日文庫)など多数。近著に『新型格差社会』(朝日新書)。読売新聞人生案内回答者を2008年より続けている。

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