見出し画像

<シリーズ SDGsの実践者たち> 第19回 大学発ベンチャーが食品ロス100%で育てる食用コオロギ

【将来的な食糧危機の解決策として注目される昆虫食。徳島大学発の先進的な取り組みをリポートする】

「調査情報デジタル」編集部

廃校の教室に並んだケースの中には…

 ここは徳島県美馬市にある、小学校と幼稚園の廃校。中に入ると、教室には収納ケースがびっしりと並べられている。その数は300近い。

 ケースには日付が貼られている。中にいるのは無数のコオロギだった。最近の日付が貼られたケースほど、中にいるコオロギは小さい。

 同じように多数のケースが並ぶ教室が7から8つほどある。コオロギが鳴く音はほとんど聞こえない静かな空間で、清潔に保たれている。

 この廃校は徳島大学発のベンチャー企業、グリラスの美馬ファーム。食用コオロギの研究開発や飼育に加えて、食品原料への加工、商品開発、販売まで一貫して行っている。

グリラス美馬ファーム(徳島県美馬市)

 グリラスは現在、徳島県内に2つのファームと1つの研究所を持つ。コオロギはパウダーに加工して食品の原料にする。その生産量は年間約5トン。グリラスではパウダーを使ったさまざまな食品を開発していて、「C.TRIA」のブランドを冠したプロテインバーなどは、オンラインストアや一部のコンビニエンスストア、ドラッグストアなどで販売されている。

「C.TRIA」ブランドの商品

 それ以外にもエキスを、だし調味料として商品化しているほか、乾燥コオロギや冷凍コオロギなどを大手食品メーカーなどに納入する。2023年中には新たなファームも稼働させる予定で、今後も生産拡大が見込まれている。

徳島大学の30年以上の研究から誕生

 グリラスが生産しているのはフタホシコオロギという品種で、学術名は「Gryllus bimaculatus」。その中でも、徳島大学が30年以上前から研究してきた、目が白いアルビノの系統を使用している。

 元々昆虫の擬態について研究をしていた徳島大学では、最初はハナカマキリの餌としてフタホシコオロギの飼育をはじめ、そこからコオロギについても研究を進めてきた。

 ところが、2016年に生物資源産業学部を新設する際、コオロギの研究を続けることについて暗雲が立ちこめる。当時助教だったグリラスの代表取締役CEOの渡邉崇人さんは次のように振り返る。

渡邉崇人グリラス代表取締役CEO、徳島大学バイオイノベーション研究所講師

 「外部に研究費を申請しても、『コオロギの基礎研究が何の役に立つのわからない』という答えが返ってきて、なかなか予算が取れませんでした。このままでは研究が縮小するのは間違いなかったので、実際に社会の役に立つところを見せていく必要がありました。

 これまでの研究によって貢献できることを検討した結果、たどり着いたのが栄養豊かなコオロギを人の食用に活用することでした。そこで2016年からコオロギを食用にする応用の研究を始めました」

 徳島大学が始めた食用コオロギの研究には、大企業から地元の小さな商店まで多くの企業が興味を持った。それでも、なかなか商品化には至らなかったという。

 「新規事業を考える担当の方は面白いと言ってくれるのですが、社内コンペに提案しても必ずどこかの段階で止まってしまい、採用されませんでした。これはなかなか厳しいなと感じて、この状況を解決するには自分がやらないと駄目だと思い、2019年に起業しました」

 渡邉さんが起業の準備をするタイミングで、無印良品を展開する良品計画から商品開発の話が持ちこまれる。コオロギをパウダーにしてせんべいに練り込んだ「コオロギせんべい」が、無印良品で商品化された。現在は「コオロギチョコ」もある。グリラスでも自社商品を開発して、創業以来順調に生産量を拡大してきた。

環境への負荷が低く、飼育がしやすい

 食用コオロギのメリットはいくつもある。まずは栄養が豊かなこと。フタホシコオロギから作った「グリラスパウダー」のタンパク質含有率は約76.3%で、一般的にタンパク質が多いとイメージされている鶏肉の26.3%を大きく上回る。ビタミンやミネラルも豊富で、食物繊維を多く含むことから腸内環境が良くなるといった研究結果もある。

 次に環境への負荷が低いこと。タンパク質の生成に必要な餌や水の量は畜産に比べるとはるかに少量で、温室効果ガスの排出量も少なくなる。

 飼育のしやすさも大きなメリットだ。コオロギは8度の脱皮を経て成虫になるが、収穫するのは8度目の脱皮直前。羽が生える前に収穫するので、どこかに飛んでいくことはない。羽が生えていない方が、不純物が混ざらず味も良いという。

脱皮で白くなったフタホシコオロギ

 また、アルビノを掛け合わせた個体だけを飼育しているので、万が一、外から目の黒いコオロギが混入して交配しても、すぐわかるようになっている。

 フタホシコオロギは熱帯のコオロギで、温度を上げれば早く育つ。ファームの室温を30度に設定することで、卵からコオロギが生まれて30日で収穫できるようにしている。トレーサビリティを徹底した、品質の良いコオロギが生産されているのだ。

食品ロス100%の餌で飼育する

 グリラスが進めているのは、栄養源の確保だけではない。食品廃棄物からコオロギの餌を作ることで、食品ロス100%の餌で飼育している。使っているのは、通常は廃棄されている小麦のブラン(ふすまとも呼ばれる小麦の表皮)などの清潔で均質な食品ロスだ。

食品ロス100%で作った餌

 農林水産省によると、2020年度に日本国内で発生した食品廃棄物の量は522万トン。食品関連事業者から排出された、事業系の食品ロスが半分以上を占めている。トマトや大豆などの場合、実は食べても葉や茎を食べないなど、野菜には食用になっていない部分がたくさんあるのだ。

 「捨てられている部分にも栄養素があります。それをコオロギがタンパク質に置き換えることで、食料を有効に使うことができます。日本は食料をたくさん輸入して、たくさん捨てている国です。コオロギにとって効率の良い餌を開発することで、この状況を少しでも変えていきたいですね」

 グリラスではさらに、コオロギの糞を肥料にしていて、ファームの近隣の農家で実際に使用されている。循環型の食料生産を実現しているのだ。

 2013年には、国連食糧機関が報告書を発表した。今後30年で世界の人口が97億人まで増加することが見込まれ、タンパク質危機が起きると予想。途上国のタンパク質不足の解決策として、昆虫食を推奨している。グリラスでは将来的には自社のシステムや技術を提供して、途上国支援にも乗り出したい考えだ。

食用コオロギに対する心理的抵抗感を下げる

 グリラスの食用コオロギはさまざまな商品に活用されている。教育現場からも注目され、去年11月以降は徳島県内の高校との取り組みとして、給食の選べるおかずにコオロギパウダーを使用する試みも行われた。

 ただ、実施から数か月が経ったあとに、高校とは関係のない人たちによって昆虫食を批判する声がSNSなどに広がり、学校やグリラスに抗議があった。強制的に食べさせたかのような、事実と異なった批判が中心だった。

 グリラスは面白半分で昆虫食を提案しているわけではない。大学発のベンチャーとして、タンパク質の確保と食品ロスの削減を目的に、環境に優しく味の良いコオロギを飼育する。技術提供によって、国内外で生産者を増やしていくことも視野に入れている。食用コオロギを世の中に広めることが、グリラスの目指す未来だ。

 「コオロギが心理的抵抗感がある食材だと言うことは重々承知しています。ハードルの高さは、まだまだ変わっていないですね。だからこそ、パウダーにして、ゆっくり進めているところです。

 私たちの強みは高度なノウハウです。アップサイクルされたタンパク質を世に出していくとともに、売れる市場を作り上げることができるように、今後も取り組んでいきます」

この記事に関するご意見等は下記にお寄せ下さい。
chousa@tbs-mri.co.jp