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<シリーズ SDGsの実践者たち> 第5回 脱炭素に挑戦する日本初の「純木造高層ビル」

【これまでの常識では考えられなかった純木造の高層ビルが完成しつつある。環境に対して多くのメリットがあるといわれるが、その具体的な内容は】

「調査情報デジタル」編集部

 官公庁やオフィスビルが立ち並ぶ、神奈川県横浜市中区。この一角にコンクリートや鉄を使わない、日本で初めての「純木造高層ビル」が姿を現した。一眼見て木造だとわかる建物が、ガラスとアルミの建具に覆われている。ビルは地下1階、地上11階建て。大林組が自社の研修施設として建設しているもので、2022年3月の完成を目指している。

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 通常のビルは構造体に鉄骨やコンクリートを使用するが、このビルでは国産のカラマツを中心に、一部外国産も使用して柱や梁などの構造体全てを木材で作っている。柱と梁を一体化するために、金物を使わないユニットを新たに開発した。柱や梁の表面に張られた板や床には、国産のスギを使っている。鉄を使用しているのはエレベーターのシャフトや設備架台くらいだ。

 全体で使用している木材の量は、約2000立方メートル。そのうち構造体の部分が1700立方メートルを占める。国土交通省によると、1年間に国内の公共建築物で使われる木材の量は、2019年で約5300立方メートル。その使用量の3分の1以上が、このビルだけで使われたことになる。

 その結果として、脱炭素に大きく貢献している。建物に使われた木材が吸収した二酸化炭素は、約1300トンにのぼる。これは3.6ヘクタールもの広さの杉林が、50年間で吸収する炭素量に相当する。

 また、建設から解体までのライフサイクルで発生する二酸化炭素量も、大幅に削減される。大林組では建物のCO2排出量等を見える化するソフトウェア「One Click LCA」を使用して、鉄骨造と比べて約半分、RC造(鉄筋コンクリート造)との比較では約4分の1にまで削減されると算出。その先には木材のリサイクルなども視野に入れる。SDGsのアクションとして、世界的にも注目される建物となっている。

「今できる最大のチャレンジ」

 大林組が純木造高層ビルの建設に取り組んだきっかけは、2017年に研修所の建て替え計画が持ち上がったときだった。コストを考えれば木造と鉄骨のハイブリッド構造が現実的だったが、2018年1月、これまでどこも取り組んだことがない純木造で建てると決めた。その大きな理由を、木造・木質化建築プロジェクト・チームで建築設計を担当する伊藤翔担当課長は次のように説明する。

 「弊社ではObayashi Sustainability Vision 2050を掲げて、2050年に循環型社会を実現するためにあるべき姿を想定して、そこからバックキャスティングでアクションプランを決めています。いずれは鉄やコンクリートが選択されない時代が来るかもしれません。その時には、資源を循環させるサーキュラーコンストラクションによって新たなビジネスが生まれると考えました。その将来を見据えた中で、今できる最大のチャレンジとして、純木造に舵を切りました」

 しかし、純木造と決めたものの、技術的な課題は山積していた。ひとつは耐火性能基準をクリアすること。建築基準法では、1時間の耐火性能で建てられるのは4階まで、2時間だと14階までと定められている。3時間以上の耐火性能があれば、国内では制限なく高層ビルを建てることができるが、3時間耐火仕様が適用されたケースはこれまでなかった。

 耐火のために使用したのが、柱となる木材を石膏ボードで囲み、その上で表面を木材で囲む「オメガウッド(耐火)」。石膏ボードで燃え止まることで、柱に延焼することなく自然に鎮火する。大林組では木質構造部材の研究や製造を行っている山形県の企業のシェルターから技術供与を受けて開発していた。

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 しかし、こうした部材を組み合わせてビルを建てる技術は、ゼロから考えなければならなかった。構造設計担当の辻󠄀靖彦部長は、複数の技術を新たに開発して実現にこぎつけたと振り返る。

 「柱と梁の接合部の強度を確保することが、最大の難関でした。接合ロッドと接着剤を併用して木材を接合するGIR工法と、昔からある貫という工法を組み合わせて実験したところ、ある程度の剛性を確認できたことで前に進みました。それで開発したのが、金属を介さない『剛接合仕口ユニット』です。

 また、研修所は宿泊施設も備えているので遮音も課題でした。床の音を低減する『板ばね遮音システム』なども新たに開発しました。これらの技術によって耐震性を確保するとともに、1階部分は3時間、2階以上は法律で要求される耐火性能を実現しました」

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建物を支える剛接合仕口ユニット 大林組ホームページより 2021年11月

コスト面では課題も「大きな一歩」

 多くの新技術を生み出すことで、日本初の純木造高層ビルは実現へと進みだした。建設現場にはあらかじめ加工された木材が運び込まれ、組み立てられた。1フロアの組立には当初10日くらいかかると見られていたが、実際は7日間でできた。これはRC造よりも早い。

 現場で監督にあたっている大林組OYP横浜工事事務所の吉井潔副所長は、建設現場の環境も大きく改善されていると話す。

 「コンクリートの場合は埃や粉塵が出ますが、木材だけだと全く出ません。現場はきれいな環境が保たれて、作業員は木の香りがする中で作業ができます。また、鉄骨を溶接する必要がないほか、コンクリートのミキサー車も外構工事に来るだけですので、騒音もかなり軽減されています。市街地での工事ですので、周辺の皆さんにも迷惑をかけずに建てることができるのもメリットですね」

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 環境面ではいいことづくしの純木造高層ビルだが、一般的なビルに比べれば、現時点ではコストは割高となっており、普及には課題もある。

 現在ゼネコンや住宅メーカー各社は、それぞれ木造中高層ビルの開発や建設を進めている。今後競争が進み、需要が喚起されれば、コストと性能のバランスが取れてくる可能性がある。耐火性能などの規制緩和と技術開発などが同時に進めば、もっと木造のビルを建てやすくなるだろう。

 大林組では木造を普及させることは「すべての人を幸福にする価値ある空間・サービスの提供」にも繋がると位置づけている。さらに、老齢化している国内の多くの森林に伐採と植栽のサイクルを取り戻すなど、サプライチェーンも含めたサステナビリティの実現も期待されている。純木造高層ビルは、2050年のあるべき姿に近づくための大きな一歩と言えるだろう。

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