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2023年度上半期ドラマ座談会後半(7月クール)

【2023年度上半期のドラマについて、メディア論を専門とする研究者、ドラマに強いフリーライター、新聞社学芸部の元放送担当記者の3名が語る。まんまとだまされたドラマとは】

影山 貴彦(同志社女子大学教授)
田幸 和歌子(フリーライター)
倉田 陶子(毎日新聞社)

「VIVANT」の巧妙な仕掛け

編集部 7月期のドラマについてお願いします。

影山 まず日曜劇場「VIVANT」(TBS)を語りましょう。

田幸 影山先生とご一緒させていただいているドラマの第一話だけを見て評価するweb企画で、最も評価が分かれた作品が「VIVANT」でした。

 日曜劇場と言えば「半沢直樹」(TBS・2013/2020)というぐらい、あのヒットを引きずってしまう面が、つくり手にもあるでしょうし、見る側にも期待がある一方、「半沢」はもういいという人もいて、難しい状態が続いていたと思うんです。

 その状況の中で、半沢チームが集まって、主役が堺雅人さん。内容も事前告知されない。始まってみると、最初は私たちの生活と全く接点のない遠い世界の話。モンゴルでのロケをがんがんやって、外国の人もいっぱい出てくる。

 そういった、豊富な海外ロケ、大量のエキストラによって生み出される絵的な豪華さ、圧巻な部分もあれば、物語の方は、最初は「何だこれ?」とズッコけるような部分もある。

 堺さんが演じている乃木はちょっとドジっ子過ぎない?と、盛大にSNSで突っ込ませておいて、実はものすごく切れ者であることが後にわかる。

 その切れ者である怖さ、すごさに圧倒され、痺れる一方、私生活では、悲惨な人生を歩んできた。だからこそ、生き抜くために別人格が生まれたという悲しみもあり、見えない要素がどんどん見えてくる。

 最初は壮大な世界観に、ああ、久しぶりにこういうのが見たかった、でも何か粗っぽいよねと笑って油断して見ていたのに、あっ、ここも計算だったんだ、こんなに緻密につくられてたんだと、毎度毎度驚かされました。

 それでいて視聴者が語りたくなる仕掛けも豊富でした。「考察」をはじめ、物まねをする人もいれば、ネタにする人もいて、絵も大量にSNSで描かれている。キャラクターの造形、物語のつくり方など、番組の中で完結させていない。視聴者が自分なりの解釈を持ち込んだり、物語をつくったり、補完して一緒に楽しむつくりになっている。

 豪華キャストを集めて、お金も投じた窮屈さのないエンタメのワクワク感を久しぶりに与えてくれたドラマでした。

倉田 スケール感や話の壮大さだけで引っ張るのではなく、ちゃんと乃木の過去、辛い背景だとか、お父さんが若い頃、どういう目に遭って、今テロ組織のリーダーになっているのかなど、背景もしっかり描かれています。

 考察班の皆さんも、すごく楽しんで考察してますよね。私はそこまで深く考察できず、SNSを見ながら、あっ、みんなそんなことに気づいていたのか、すごいなと、そっちの方にも驚いています。

 コロナもあって、ドラマに限らず、日本の物づくりの現場が大変な思いをして、窮屈にもなっていたと思います。そこから抜け出して、やりたいことをやって、つくりたいものをつくったら、こんなに面白いものができるという、物をつくる人たちへのメッセージにもなっていると思います。

影山 テレビドラマは捨てたもんじゃないぞというか、日本のテレビ、もっと言うと、日本の社会が、元気がなくなっている。元気を出していこうよという作り手の思いがひしひしと伝わってきました。テレビの存在感、存在意義みたいなものを示したと思います。

 それから、緊張と緩和です。桂枝雀さんがいつも「笑いは緊張の緩和です」と言われていました。僕は言いやすいから「緊張と緩和」と言ってるんですが、この作品や「半沢」がすばらしいのは、この緊張と緩和です。

 緊張だけだったらしんどい。ふっと緩和になるところ、二階堂さんと料理をつくったり、お赤飯を食べようみたいなシーンがある。「半沢」でも、妻の上戸彩さんのいる家に帰ってきたら、目尻をビャーッと下げてやわらかい感じになる。「半沢」は必ずあれを入れてましたね。だからこそ、あの緊張の引っ張りが効くんです。

 それから、何かアラを探して突っ込むのが好きな視聴者はいます。そんなことはつくり手は全部わかっていて、あえてそれに突っ込ませて、これは面白いとか、これはないんじゃない?という形で話題が広がる。そうなったら、スタッフはもうしめしめで、つくり手なめんなよというところです。だから、突っ込みどころも含めて、すばらしいドラマだと思います。

まんまとだまされた「ハヤブサ消防団」

影山 他にいかがでしょう。

田幸 この7月期は、まさしくテレビドラマの復権、大豊作でした。ドラマを語る時、私はついついテレビ東京の深夜ドラマとNHKばかり挙げがちだったんですが、今期のすばらしいところは、民放がゴールデンプライムで看板として出してきたドラマが軒並み面白かったこと。これっていつ以来だろうというぐらい各局面白いです。

 その筆頭は「VIVANT」ですが「ハヤブサ消防団」(テレビ朝日)がすごいです。クセ者で達者なバイプレイヤーたちを集めて、みんなが怪しい。しかも思わせぶりで引っ張るのではなく、物語も緻密につくられている。原作で宗教が絡むことは知っていたんですが、その部分も逃げずに正面から描いています。

 その一方、おやじ連のワチャワチャが、わざとらしくない。ファンを萌えさせるためじゃなくて、日常のやりとりとして、普通のおやじの飲み会を見ているファミリー感があって、そこに癒されつつも、毎回鳥肌が立つような恐ろしい展開もある。

 このドラマは、最初こういうタイプの作品だと思っていなかった人が結構多かったですね。地方の消防団の熱い物語だと思っていた人が多い。池井戸ドラマということもあって、下町の人情物みたいなものかと思っていたのに、思いがけないおどろおどろしい物語で。池井戸さんの中でも珍しいサスペンス要素の強いものです。

 中でも中村倫也さんのお芝居の引き出しが多いので、彼がニコニコ御飯を食べていると、ホームドラマに見えたり、恋愛ドラマにも見える。キュンキュンする要素もある一方で、とにかく恐ろしい。ひょろひょろして、頼りなさそうで、大胆で、危なっかしいところ、鋭さもある。中村さんの幅の広さによって、このドラマがどうとでも見られるようにできている。そのあたりのキャスティングも完璧だと思います。

倉田 私もまんまとだまされました。でも、結局ミステリーも、人間をしっかり描いているからこそ、その中の謎が生きるわけで、犯罪を描くにしても、人を描かないと結局作品は面白くならない。人間を描いていれば、例え犯罪がささやかなものでも、ミステリーに深みが出るんだなと思いながら見ています。

影山 きょうはもうこれで押し通したろうという感じですが、この作品も緊張と緩和ですよ。中村さんの絶妙なユーモアですね。彼だけじゃなくて、山本耕史さんがいますから、あのコンビネーションがすばらしい。

 それから、芸能界的に言えば、川口春奈さんは「silent」(フジテレビ・2022)で一躍話題になりましたけど、よくぞ次の作品でこれを選んだなと。お見事やと思いました。

「彼女たちの犯罪」と「最高の教師」

田幸 あとは「彼女たちの犯罪」(読売テレビ)。キャストは、深川麻衣さん、石井杏奈さん、前田敦子さんの三人です。毎回見る角度によって物語も人物もまったく違って見えてくる。これは一気見したい系のドラマで、一回自分の記憶を全部なくして、もう一度最初から一気に見たいと思うくらいです。

倉田 深川さんも前田さんも、みんな普通の幸せを求めているんですが、求めている幸せはそれぞれ違う。深川さん演じる女性は不倫中で、その相手との結婚が幸せだと感じていますし、前田さん演じる女性は、医師の妻という勝ち組ポジションですけれど、籠の鳥状態が苦しくて、自由を求めている。結局、求める幸せは人それぞれ違うのだから、自分としての幸せを追求していけばいいという応援をもらった気持ちになりました。

 さらに、田幸さんがおっしゃったとおり、毎回毎回彼女たちのポジションがどんどん変わっていって、前田さんが実は全く別人なんじゃないかという疑惑まで出てきたり、ミステリー部分でも、それこそ考察しがいのあるドラマです。

田幸 あとは「最高の教師」(日本テレビ)。松岡茉優さんの抑えた悲しみ・怒りの演技もいいですし、第一話から芦田愛菜さんの圧倒的な長ゼリフの演技を出してくる本気度にもしびれました。オーディションで500人の中から選ばれた生徒もすごく上手ですし、せりふにも刺さるものが多い。

ただただ癒された「ばらかもん」

田幸 一方、ただただ癒されたい、そういうドラマもあっていいよねと思ったのが「ばらかもん」(フジテレビ)です。原作はもっと笑いがたっぷりで、キャラも濃いんですけど、それに比べると、笑いより雄大な自然とほのぼの。その中で、見本のような字を書いていた書家の杉野遥亮さんが、人との触れ合いを通して人間的にも成長していく物語。

 小手先のテクニックに頼らず、ど真ん中を堂々と行く、ゆったりした時間の流れるドラマって、実は近年少ない気がします。杉野さんが主人公にぴったりはまっていることも含めて、こういうドラマは、いつの時期も一枠は欲しいと思います。

「初恋、ざらり」が描いたもの

倉田 あと挙げたいのが「初恋、ざらり」(テレビ東京)。主人公のカップル(小野花梨、風間俊介)がいて、女性に軽い知的障害がある設定です。軽い知的障害は見た目ではわからないだけに、こんな生きづらさを抱えているんだと理解が深まりました。

 ただ、そういう真面目な部分もあるんですけれど、障害が大変という部分だけをフィーチャーせず、カップルの日常とか、恋愛とか、普通に生きている人として描いているところがいいなと思っています。

 今まで知的障害の方が主人公の作品をあまり見たことがないんですが、ドラマなどに出てくると、描き方がステレオタイプというか、知的障害があるイコール子どもの心を持ったピュアな存在、のような描き方が多かった気がします。この作品を見ると、ドラマでの描き方、表現の仕方がすごく多様化していて、時代に合わせた描き方を現場も意識しているんだろうな、そういう制作の背景まで気になる作品でした。

影山 風間君のご両親のリアクションもリアルでよかったですね。きれい事で終わらせていない、子を思うがゆえのリアクション。小野さんの母親の若村麻由美さんからも、娘を思う気持ちがよく伝わりました。

倉田 若村さんつながりでいうと「この素晴らしき世界」(フジテレビ)。芸能事務所、芸能界の常識が一般の社会とは全然違うということがかいま見えて、面白いなと思いながら見ています。

「18/40」を「18/40/60」に?

影山 お二人と違うところを言っておくと「18/40~ふたりなら夢も恋も~」、とってもいいドラマです。

 福原遥さん演じる女性が高校三年生で予想外の妊娠をして、彼はどこかへ行っちゃう。その状況で深田恭子さんと出会う。シスターフッドと言うらしいですね。友人でもなく恋人でもなく、その二人が共同生活をしながら、支え合うのが核としてある。

 「18/40」ですけど、僕の希望としては「18/40/60」まで入れてほしい。

田幸 面白いですね。

影山 福原さんの父親役の安田顕さんにすごく感情移入してるんです。僕も娘の親ですから、こんな娘がおったら、ウワーッてなりますよ。だから、感情移入がどこからでもできる作品です。

 若い人たちが対象と言いながら、それぞれの世代が見られる。深田さんの母親役の片平なぎささんに感情移入する方もいるでしょう。すぐれたドラマは、それぞれの役柄に血が通っていて、どこにでも感情移入できる、そういうところがうまくいっていると思います。

「転職の魔王様」は身につまされる?

影山 「転職の魔王様」(カンテレ)も頑張っています。ただこれも最初に離脱する人がいるんですね。ネットでよく見ましたけど、身につまされる。自分が就職した時代を思い出す。転職したときのことを思い出す。つら過ぎる。見ない。その辺に恵まれなさがあったかなと思いながら、楽しく見ています。

倉田 私も新聞社に入る前は保険会社で働いていて、転職経験者なんです。なので、身につまされるかな、しんどかったら見るのをやめようと思って見始めたんですけど、その感じは全然なかったです。

 私はマスコミで働きたいという思いがあって転職活動していたんですけど、働きながらだとうまくいかなくて、前の会社をやめて転職活動したんです。その時にこんなエージェントがいてくれたらよかったなと思いながら、若い頃の私に教えてあげたい感じです。

 このドラマを見て、こういう転職の知識を得ておくのは、組織で働く上で絶対必要なことだと思います。行き詰まったときに、その会社だけしか居場所がないということは絶対あり得ないので、もっと身軽に転職できるんだ、そういうメッセージが、何となく優しい感じがました。

影山 ちゃんと救いがある作品になっているので、ちょっとかじっただけで離脱するのは……。

倉田 もったいないですね。

影山 何かを聞きかじっただけということでいうと、教え子に聞いた話ですが、自分が面白いと思って見ていたドラマでも、ネットで評判が悪いと、私の見方が間違っているんだといって、見るのをやめる人がいるらしいです。そんなことない。自分を信じろと言いたい。

 本来、自分だけが知っているとか、自分は人と違う考えを持っているというのは優越感だと思うんですが、それを不安に思うというのは、これからの授業をどうしようという感じです。他にいかがですか。

若者の会話の新鮮なリアル感

田幸 「わたしの一番最悪なともだち」(NHK)。主人公には、いつも自分よりちょっと前を行く、憧れであり、目の上のたんこぶのような友人がいるんです。主人公は就職活動がうまくいっていなくて、最後の、しかも本命の会社へ出す経歴書に、そのうらやましい友人のプロフィールを書いて合格してしまうんです。

 主演の蒔田彩珠さんは、こじらせて、嫉妬とか黒い感情とかで悩んで、でも、真面目で一生懸命みたいな役をやらせたら、今トップクラスだなと。

影山 本当にうまいですね。私も大好きです。

田幸 脚本の兵藤るりさんは、主人公たちと同年代で、大学を卒業して3~4年ぐらいの女性です。そのせいか会話のやりとりに、若い子のリアルな新鮮さがものすごくあって、例えば「ポテトチップスをやたらおいしいと感じるとき、たいてい私は疲れてる」みたいな。

影山 ありましたね。覚えてます。

田幸 わかるわかるみたいな、女性のリアル。そういう自分ではあまり気づいていない感情を、具体的なアイテムを使って、うまく言語化してくれる。今後楽しみな脚本家として注目したいと思います。憧れられている髙石あかりさんも、魅力的で今後楽しみです。

影山 大御所の脚本家が書こうと思っても書けない、せりふ回しというか、印象深いせりふというか、グサッと刺さるわけではないけれど、ふだん着をまとったせりふ展開がいいですね。

「やさしい猫」が与える<きっかけ>

影山 もう一作挙げると「やさしい猫」(NHK)でしょうか。ジャーナリスティックな目線を強くお持ちの方が特に見られたかもしれませんけど、入管ですね。オーバーステイの話です。

 主人公を演じるのはオミラ・シャクティという方ですが、これが初めてのお芝居。それと優香さん、この二人が結ばれて、幸せな結婚生活が始まるかと思ったら、オーバーステイで拘束される。裁判で勝って、再び幸せをという話です。

 見る人によっては甘い、現実はもっと厳しいと言われるでしょうが、これはいつも言うんですが、ドラマをきっかけとして現実の問題を指し示すという意味はすごくあると思うんです。「初恋、ざらり」もそうです。

 現実社会で生きている人は、それぞれ他に抱えていることが多くあります。しかしそんな中でも、エンターテインメントだから、フィクションだからこそ、その人たちに考えるきっかけを提供できる可能性があると思うんです。

 だからこういったドラマは、NHKじゃないと、なかなか難しいテーマでしたし、よくぞ制作してくれたと思います。いいドラマだったと評価したいと思います。

脚本家がすごかった「らんまん」

影山 朝ドラ「らんまん」はどうですか。

倉田 浜辺美波さん演じる奥さんが、こんないい奥さんが本当にいたのか、いないよねというぐらいいい奥さんで、現代の目線で見ると良妻賢母過ぎて、逆に鼻につくかなと思うんです。

影山 なるほど。勉強になります。

倉田 現代の女性にあんなことを求められたら、本当に困ると思うんです。でも、あの時代で、旦那さんの好きなことを応援すると決めて、そのために自分はこんな仕事をしようとか、チャレンジしていく姿もかっこいいと思いながら、私は見ています。

田幸 脚本家さんの力がすごい。あれだけたくさんのキャラクターを書き込んで、しかも九十年以上生きた人をモデルにしているのに、要らない人が全然いない。ゲストで出てきて、その後二度と出ない役をネットでは「倉庫行き」とか言いますけど、半年間描く朝ドラでは結構ありがちな倉庫キャラもいない。あれだけの人数を、縦軸、横軸で紡いでいく手腕がすごい。

 また、植物や印刷の話など、かなり難しい話が出てくるんですけど、それをただ説明するのではなく、人間の営みと絡めてエモい物語に盛り込んでつくり上げる。その手腕もすごい。

 脚本の長田育恵さんはもともと演劇畑の方で、NHKドラマの単独脚本では全5回の作品を書いたくらいで、長い連ドラを書いたことがないんです。民放の連ドラを山ほど書いている人でも、朝ドラはちょっと違って、半年の中で、中だるみや尻すぼみがあったり、尺をもてあましたりしがちなのに、そういうことが全くなく描き切れる筆力が長田さんにはあった。それほど数多くないドラマを見てそれを見抜いた制作統括の松川博敬さん、お見事と思います。

田幸 そして神木隆之介さんが、あれだけ天才の役なのに嫌われない。天真爛漫で人たらし。神木さんにしか演じられない役でした。なおかつ、稼いでくれて、支えてくれる完璧な奥さんがいるけれど、実はきついんじゃないかと思うところもあります。あれだけ自分のことを一途に信じ続けられたら、リタイアできないですよね。生涯かけて図鑑をつくるよねと言われちゃうと、もう後戻りできない。

影山 重たいかもしれませんね。

田幸 その真っすぐな信じる力、妄想力に突き動かされて、エネルギーになる一方、実は主人公が背負わされた重い盟約みたいなものも感じさせられる。脇役一人一人がそれぞれの花を咲かせていく様を愛情たっぷりに描いた豊かな作品でした。

影山 長田さんの脚本に尽きますね。最近のドラマに共通するんですけど、このシーンはすごくいいけれど、あれっ、他のところは何かちょっと手抜いているのかな、大したことないなというのが散見されます。でも、一分一秒たりとも目が離せない、すきがないというドラマがやっぱり名作として語り継がれると思うんです。「らんまん」はそういう作品だと感じます。

「どうする家康」に見る主人公の覚醒

影山 大河ドラマ「どうする家康」については。

倉田 最初のころ家康があまりに弱々し過ぎて、これまで描かれなかった家康像を追求し過ぎたかなとか、トリッキーな家康を描こうとし過ぎたかなとか、冷めた目で見ていたんですけれど、妻子の死や、厳しい戦いを乗り越えて人間的に成長していく、その過程で武将としての非情な決断を見せるようになってきたあたりから面白くなってきました。

 戦国時代は人の命が今よりも軽く扱われていたと思いますし、シビアなその辺のところをもっと描いてほしいと期待しながら見ています。

田幸 エピソードによって、この回はすごく面白いんだけど、この回は全く史実に関係ないし、一話まるまる要らないんじゃないかと思うときがあります。

影山 同感です。

田幸 面白い回がすごく面白いだけに、もったいないな、そこを使わないでもうちょっと他の部分を描いてくれればよかったなと思うところは正直あります。

 ただ、妻子を失うところがクライマックスになってしまわないか心配していたんですが、妻子を失った後、家康は覚醒しましたね。悲しみを抑えながら、えびすくいを踊るあたりで、松本潤さんが演じる意味があったんだと感じました。松本潤さんには実は悲哀がすごく似合う気がします。
 
影山 今の社会がある意味戦争に向かっていると言う方もいますけれど、家康という人のこれからの描き方として、江戸の長きにわたって戦をなくしたという才覚が一番大きいわけです。その下地をつくった。戦をやめよう、平和が一番だと。日本で、あれだけの長期間、戦争がなかったことはないわけで、NHKが、平和こそ一番大事というメッセージテーマを考えていたとするなら、やるやんみたいな感じがします。

コロナ禍とテレビドラマ

影山 もう一つ言いたいのは、長田さんの作品に「流行感冒」(NHK・2021)というドラマがあります。志賀直哉の同名の小説のドラマ化です。大正七年のスペイン風邪の流行がテーマの、言うたらコロナの原点のような小説で、それをドラマ化して本木雅弘さんが主人公をやった。これのすばらしさというか、よくぞと。

 今現在、コロナ禍を描いたこれぞという名作はまだありません。「世界は3で出来ている」(フジテレビ・2020)というドラマで、林遣都君が一人三役を演じ、コロナ禍の生活を描いてギャラクシー賞を取った。これまでの中ではこの作品がナンバーワンだと思いますが、令和の人々が経験したコロナ禍を大きなテーマにしたドラマを、これはテレビだからこそできることなので、ぜひやってほしいと痛切に思います。

 何でそんなことを言うかというと、今日、絶対言いたかったんですが、今期の隠れMVPは「あまちゃん」(NHK・2013)だと思うんです。BSで再放送中ですが、僕は海外に行っていて肝心なところを見られなかったので、昨日、東日本大震災のところからまとめて見たんですけど、泣いちゃったんです。

 最初に放送された2013年には、泣くまでいってない。それはきっと僕たちの頭と体が震災という現実を消化し切れてないというか、まだ現在進行形だったのかもしれません。それを振り返って俯瞰したときに、クドカンの震災後の描き方たるや、十年たってなおさら胸を打たれました。

 ドラマは「今」を描きますけど、書物と一緒で、何年かたって見直すと、新たなことを得ることがあるんです。再放送ですけれど、僕は「あまちゃん」はMVPの一角に入れたいと思います。

エンタメだからできること

田幸 私もひとつだけ。「やさしい猫」と「初恋、ざらり」についてです。二作とも非常に良い作品ですが、同時にどちらにも批判の声が結構ありました。

 多いのが「見てないけど」という意見で、例えば「やさしい猫」については、NHKが不法滞在を勧めるのかという批判がものすごく多かった。SNSでもネットの掲示板でもそればかり書き込まれて、そこに大量の「いいね」がつくことに疲弊してしまいました。

 「初恋、ざらり」も、軽度知的障害を、しかも性を絡めて描くことに対する批判があり、これがセカンドレイプに当たるんだという指摘もありました。主題はそこではないにしても、傷つく人がいるという批判を見て、エンタメの難しさを考えさせられた二作品でした。

倉田 知的障害を描いたり、入管問題を描いたり、エンタメの世界と報道の世界はやはり違うじゃないですか。報道の人が取り上げたら、それは社会問題としての提起ですけど、それをもっとやわらかく人の心に届くように落とし込むのがエンタメですよね。そこすらも拒否されてしまうと、そういった問題に対して考えるきっかけを作る流れすらなくなってしまう。悲しいことだと思います。

注目の俳優

影山 注目している俳優さんについてはいかがですか。

田幸 「ユマニテ」という芸能事務所があるんですけど、ここの役者さんは安藤サクラさんを筆頭に、すごく上手な方が多いです。もともと「ユマニテ」の実力のある人が、ドラマの脇を締めていたんですが、ここのところ、彼らが真ん中に来始めている傾向がすごくうれしいと思います。蒔田彩珠さんとか、青木柚さんとか、「やさしい猫」で娘役をやっていた伊東蒼さんとか。この人うまいなと思う人が、みんなユマニテなんです。

倉田 やはり小野花梨さんを挙げたいと思います。「初恋、ざらり」での演技に、すごく心がこもっていて、こっちをいらつかせるような演技も含め、準備をしっかりされて臨んだんだなというのが伝わってきて、今後に注目したいです。

影山 僕からは、ドラマとしても挙げたかったんですが、「こっち向いてよ向井くん」(日本テレビ)が、ええオッサンで、本年60歳ですけど、実は一番好きなドラマなんです。

 赤楚衛二さんが演じる主人公の向井くんは、イケメンだけど、何年も恋愛してなくて、いろいろこじらせてしまっている。その感じがよくて、赤楚君はやっぱりイジイジしている役がいいです。母性本能をくすぐるというのはこういうことかと。これからさらにいい役者になってくれそうです。

 <この座談会は2023年9月12日に行われたものです> 

<座談会参加者>

影山 貴彦(かげやま・たかひこ)
同志社女子大学メディア創造学科教授 コラムニスト
毎日放送(MBS)プロデューサーを経て現職
朝日放送ラジオ番組審議会委員長
日本笑い学会理事、ギャラクシー賞テレビ部門委員
著書に「テレビドラマでわかる平成社会風俗史」、「テレビのゆくえ」など

田幸 和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経て、フリーランスのライターに。役者など著名人インタビューを雑誌、web媒体で行うほか、『日経XWoman ARIA』での連載ほか、テレビ関連のコラムを執筆。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)、『脚本家・野木亜紀子の時代』(共著/blueprint)など。

倉田 陶子(くらた・とうこ)
2005年、毎日新聞入社。千葉支局、成田支局、東京本社政治部、生活報道部を経て、大阪本社学芸部で放送・映画・音楽を担当。2023年5月から東京本社デジタル編集本部デジタル編成グループ副部長。

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