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「くじ引き民主主義」が民主主義を救う?

選挙による議会制民主主義が行き詰まる中、「くじ引き民主主義」がさらなる注目を集め、実例も増えている。「くじ引き民主主義」とはどういうもので、その優位性はどこにあるのか】

吉田 徹(同志社大学政策学部教授)


民主主義の機能不全

 民主主義が機能不全に陥っていると診断されてから久しい。イギリスのEU離脱、アメリカのトランプ当選、各国での極右勢力の伸張といった衝撃的なものから、低投票率や政治不信、政党離れなど、深刻かつ持続的なものもある。

 機能不全の背景にあるのは、社会の個人化、中間結社の衰退、経済社会のグローバル化、デジタル社会の到来など、様々な要因が挙げられている¹。政治家や政党、中央政府、議会といった民主主義を形づくる重要なアクターが信頼を失い、各国民主主義の質が劣化していることは、各種調査からもみてとれる²。

 2010年代以降はまた、先進諸国でポピュリズム政治が吹き荒れた時代だったが、ポピュリズムの本質が反エリートを意味するのだとすれば、民主主義を危機に陥らせているのはポピュリズムではなく、民主主義の危機がポピュリズムを呼び込んでいると解した方が適切である³。

「くじ引き民主主義」とは?

 ポピュリスト政治家やポピュリズム政治ほど耳目を引かないせいか、さほど注目されないものの、民主主義の機能不全は2010年代から新たな民主主義の実践を生むようになった。それが「くじ引き民主主義」である⁴。

 くじ引き民主主義は、欧米では「ロト(くじ)クラシー」や「抽選制による民主主義」、「市民会議」、学術では「ミニ・パブリックス」などと呼称される。簡単に言えば、選挙を通じて代議士を選ぶのではなく、くじによって代議士を選び、共同体にかかわる意思決定を下してもらうという方法だ。

 正確に言えば、市民の中からでたらめに選ぶのではなく、基本的には世論調査と同じく、無作為二段階抽出を行い、その都市や国の母集団の属性(性別、年齢、居住地、職業など)を持った議員団を選ぶというものだ。

 荒唐無稽に聞こえるかもしれないが、2020年にOECD(経済協力開発機構)がまとめた所によれば、この種のくじ引き民主主義は90年代から多くみられるようになり、さらに2010年代に入ってから爆発的に増えていることがわかる(下図参照)⁵。換言すれば、民主主義の機能不全に対して、足元では既存の代議制民主主義とは異なる形での民主主義の潜在力を発揮するための実践が行われているのである。

 OECDの分類に基づけば、くじ引き民主主義は、1. 政策課題に対する市民からの提言、2. 政策課題に対して市民からの意見の聴取、3. 政策に対する評価、4. 常設型議会の4つにわけることができ、欧米日で公的・民間の関与を問わず、多様な形で実施されている。

憲法改正もくじ引きで

 くじ引き民主主義の中には1970年代から西ドイツ(当時)の都市計画などで用いられてきた「計画細胞」などもあるが、近年でもっとも大々的な形で用いられたのは、アイルランドの憲法改正、さらに英仏での気候市民会議の例だ。

 アイルランドでは2013年からの憲法改正のプロセスに国会議員34名に加えて66名の一般有権者が無作為抽出によって選出され、既存の議会と協働して憲法改正案を練り、同案が2015年に国民投票によって認められた。こうした無作為抽出による市民議員と議会議員との協働による憲法改正は、政権交代でもって撤回されることになったものの、アイスランドでも行われている⁶。

 またフランスでは、環境税引き上げに端を発する2018年末の「黄色いベスト運動」を受け、翌年に抽選で選ばれた議員150名による「気候市民会議」が5つの分科会に分かれて約半年にわたって開催され、大統領に149項目にわたる提言を出した。これを受け、マクロン大統領は、3つを除いて、これら提言を法律へと転換することを約束した。

 類似の試みは現在でも続けられており、2022年から23年にかけて185名が参加する「終末医療に関する市民会議」が開催され、一連の提言をまとめた。なお、同国ではパリ市が常設の市民会議を設け、既存の市議会と協働して法案作成に携わるようにもなっている。常設型の市民会議は、ベルギーの自治体である東ベルギーに次ぐ二番目の事例だ。

 気候変動問題は、一般市民の行動変容や意識改革なくしては成し遂げられず、他方で採用されるべき政策は多方面にのぼるため、社会の合意形成が不可欠な領域である⁷。こうしたことから、2019年にはやはりイギリスでも下院の委員会主催という形で気候市民会議が実施され、抽選からなる110名の一般市民が討議して提言している。

日本におけるくじ引き民主主義

 もちろん、こうした大規模なものに限らずとも、欧州や日本の各自治体では、気候変動に関するくじ引き民主主義が盛んに行われている。

 日本に限っていえば、札幌市、川崎市、武蔵野市、江戸川区、所沢市、つくば市などで類似の試みがすでに着手されている。長野基氏の調査研究によれば、東京都内の自治体の4割で何らかの形での市民討議会が実施されているという⁸。

 実は日本でのくじ引き民主主義の経験は決して目新しいものではない。2012年には、当時の民主党政権の支援もあり、慶應義塾大学の主催で「エネルギー・環境の選択肢に関する討論型世論調査」という市民会議が開催され、長期的な脱原発が提案された。また事業仕分けで有名な一般社団法人「構想日本」も、2013年頃から「住民協議会」という形で、くじ引き民主主義による街づくりや行政計画を実践している⁹。

 もっとも、日本におけるくじ引き民主主義の実践は行政や議会の側のコミットメント、すなわち提言がどのように、どの程度まで公共政策に反映されるのかが必ずしも明確ではないという欠点を抱えているのが現状である。

増発の理由 

 さて、このように洋の東西を問わず、くじ引き民主主義が増発しているのには、民主主義の機能不全とも関わる、3つの構造的な理由がある。

 ひとつは、既存の選挙を通じた民主主義の限界だ。いうまでもなく、選挙に基づく議会制民主主義は、任期内でしか活動や立法行為が行えない。ゆえに、かかわる政党は選挙で勝利できるような争点を優先し、環境問題や格差問題など、中長期にわたって対処すべき課題に有意に対処できないという限界を抱えることになる。

 こうすると政策的実効性が損なわれ、政策的実効性がないがゆえに有権者から既存の政党や政治家が不信をかうという、悪循環から脱せない。よって、既存の「集計(頭数の多さ)」に拠らない民主主義による政策的な正当性が求められるようになってきたという理由がある。

 次には、政策的課題の複雑さがある。気候変動対策に象徴的だが、多くの政策的課題はトレードオフの関係にある。

 例えば、排出ガスを減らすために原子力発電は有効かもしれないが、放射線リスクをゼロにすることはできない。また、電気自動車は普及されなければならないが、製造業雇用喪失のリスクや半導体のサプライチェーンリスクを抱えることになる。さらに、炭素税導入で人々の行動変容を促すことはできるかもしれないが、家計負担を増やすことになる。

 簡単にいえば、国境を越えてグローバルに広がる問題であればあるほど、その政策課題は相互連関的であるゆえに「リスク」が増えることになる¹⁰。

 そうした唯一正しい「政策的解」がない状況にあっても地域や国で集合的意思決定を下さなければならないだとすれば、ステークホルダーが納得すること以外に「政策的解」を導き出す手段はない。少なくとも既存の知識体系が必ずしも有効でないような政策課題に対しては、いわば素人の下す結論と専門家が下す結論との間には、経験的にも、理論的にも、有意な差は出てこないという知見も提出されるようになっている¹¹。

 最後には、現代社会においては、倫理や価値観をめぐる対立が分断の種となっているという事情がある。

 アメリカにおける妊娠中絶問題、欧州での終末ケア、あるいは最近の日本におけるLGBTQ+などにまつわる論争など、成熟社会にあっては、選択肢が限定される経済社会政策よりも、人々の生き方やライフ・スタイルなどにまつわる論点が訴求力を持つようになっている。

 ただし、一定程度の政策的合理性を持ち、また価値や財の分配を通じて合意が調達可能な経済社会政策と異なって、こうした「生(サブ)政治」や「アイデンティティ政治」において、社会で広範な意見の一致を見出すことは難しい。そして国民投票や選挙でもって多数派を形成して、一方の価値を社会の価値としてしまえば、分断はさらに深まることになる。

 そうであれば、多数派を生み出す集計による民主主義ではなく、平等な市民の間のコンセンサス作りでもって、妥協点を見出すしかなくなる。そのためにくじ引き民主主義は、打ってつけのツールとして機能することが期待されるのである。

 くじ引き民主主義は、政治学でいえば「熟議民主主義」の系譜につらなる¹²。これは、民主主義が持つ正当性を多数派にではなく、民主主義社会を構成する当事者間の熟慮を経た討議に求める政治理論である。

 近年のドイツやスペインの事例の如く、多くの先進国では、選挙を通じた議会多数派形成が困難になっており、さらに政治の分極化によって与党であっても急進的な方針が採用されることがある。集計(選挙)民主主義が有効に機能しないのであれば、異なる民主主義が採用されなければならないのだ。

古き革袋に新しき酒を

 もちろん、くじ引き民主主義であればこそ、その運用や制度設計には慎重でなければならない。

 いずれの場合でも、課題に対する事前の情報の提供、専門家によるインプット、十分な討議時間、ファシリテーターの配置などに配慮しなければならないし、一般市民に参加してもらうのである限り、場合によっては名目的な報酬も支払う必要がある。くじ引き民主主義の潜在力を過不足なく発揮するためには、入念な制度的・組織的準備が欠かせない。

 それでも、くじ引き民主主義は、民主主義において何ら奇異なものではない。歴史を紐解けば、古代アテネや中世のイタリア都市国家などでも、くじ引き民主主義は統治のための正当な手段として用いられてきたことを想起すべきだろう。日本でも、裁判員制度のように、くじで選ばれた人間が判決に加わるようになったが、大きな混乱が起きているわけでもない。

 歴史を辿れば、現代の議会制民主主義は王政に対する貴族政治を原型としている。その議会制民主主義が行き詰まりを見せているのであれば、異なる民主主義の系譜を手繰り寄せ、民主主義をリバイバルするしかない。

 日本でも『日本ミニ・パブリックス研究フォーラム』¹³や『気候民主主義の日本における可能性と課題に関する研究』¹⁴などをプラットフォームとして、少なくない研究者がその実践の研究調査や理論的提言を行っている。中には、参議院をくじ引きによる議会とすべきというような提言もある¹⁵。ここから得られた考察や知見をいかに実践へと移していくべきかの段階に差し掛かっているように思える。

 民主主義が、その他の多くの政治様式と同じように、問題含みなのは明らかだ。しかし、民主主義の美徳のひとつは、共同体での集合的な意思決定を含め、様々なトライ・アンド・エラーを可能とする点にある。そして、他国や現下での実践をみる限り、くじ引き民主主義は、さらに活用されるだけの価値があるはずである。

¹ ヤシャ・モンク『民主主義を救え!』(吉田徹訳)岩波書店、2019年。
² Economist Intelligence Unit,$${Democracy}$$$${Index}$$$${2022}$$.$${Frontline}$$$${democracy}$$$${and}$$$${the}$$$${battle}$$$${for}$$$${Ukraine}$$;V-Dem Institute,$${Democracy}$$$${Report}$$$${2022.}$$$${Autocratization}$$$${Changing}$$$${Nature?}$$。
³ カス・ミュデ、クリストル・ロビラ・カルトワッセル『ポピュリズム』(永井・高山訳)、白水社、2018年。
⁴ 吉田徹『くじ引き民主主義』光文社新書、2021年。
⁵ OECD『世界に学ぶミニ・パブリックス』(日本ミニ・パブリックス研究フォーラム訳)、学芸出版社、2023年。
⁶ 塩田潤『危機の時代の市民と政党-アイスランドのラディカル・デモクラシー』明石書店、2023年。
⁷ 三上直之『気候民主主義』岩波書店、2022年。
⁸ 長野基「無作為抽出型市民参加のローカライゼーション:東京都内自治体での取り組みから」『計画行政』45巻4号。
⁹ 伊藤伸『あなたも当たるかもしれない、『くじ引き民主主義』の時代へ』朝陽会、2021年。
¹⁰ ウルリッヒ・ベック『世界リスク社会』、法政大学出版局、2014年。
¹¹ 坂井亮太『民主主義を数理で擁護する』勁草書房、2022年、山口晃人「ロトクラシー」『政治思想研究』第20号。
¹² Landemore, Helene, $${Open}$$$${Democracy,}$$ Princeton University Press, 2020。
¹³ https://jrfminipublics.wixsite.com/mysite
¹⁴ https://citizensassembly.jp/project/cd_kaken
¹⁵ 「参院議員はくじ引きで=「多様性ある国会への切り札」政治学者の提案」『朝日新聞』2022年7月1日朝刊。

<執筆者略歴>
吉田 徹(よしだ・とおる)
慶應義塾法学部卒業。東京大学総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。北海道大学法学研究科/公共政策大学院教授を経て2020年より現職。フランス国立社会科学高等研究院・日仏財団リサーチ・アソシエート。著書に『アフター・リベラル』(講談社現代新書、2020年)、『感情の政治学』(講談社選書メチエ、2014年)、『ポピュリズムを考える』(NHKブックス、2011年)、共著に『Liberty 2.0』(弘文堂、2023年)、『民意のはかり方』(法律文化社、2018年)など。

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