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テレビの概念を変える~TVerの挑戦~(前編)

【株式会社TVerの前社長がつづるTVerの歩み。新しい配信サービスとして定着したTVerはどのように生まれ、どのような困難を乗り越えて今に至ったか】

龍宝 正峰(TVer取締役会長)

 2015年にスタートしたTVerは、それから5年後の2020年の7月に、サービスを自主的に推進するために運営体制を大きく変更しました。在京5社が協力して、自分たち主導の配信プラットフォームを運営していこうという発想で、それまで運営を委託していた株式会社プレゼントキャストに資本を注入、社名も「株式会社TVer」に改称して、新たな挑戦を始めました。

 今回、その様子をまとめてみないかと言われました。せっかくの機会ですので、まだまだこれからも変革は続くという段階ではありますが、当事者としてどのような考えで臨んでいたか、そして、今後どうしていきたいのかという事を備忘的にまとめることにしました。

 配信というビジネス環境が激変する中、しかもコロナ禍での体制変更で思惑通りに進捗しない状況の2年間を振り返ることで、読者の皆様に改めてTVerのことを理解していただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

TVerの誕生まで

 まず、今回の挑戦を振り返る前に、TVerの立ち上げのところから振り返らせてください。時間は2014年頃に遡ります。

 この頃、放送局周辺では①若年層のテレビ離れ、②広告主のインターネットシフト、③全録機の普及、④外資動画配信事業社の日本進出、⑤NHKの常時同時配信のスタート、⑥違法配信サービスが跋扈、等のテレビを取り巻く複合的な課題に速やかに対応しないといけないという危機感が高まってきました。

 そこで、在京5社の各局からメンバーが集まり、対応策の検討を始めようという話になりました。放送の殻に閉じこもるだけでなく、通信事業者や広告会社、調査会社、配信ベンダーなど様々なジャンルの人に話を聞き、海外のトレンドも学び、テレビ番組をより多くの人に見てもらうためにどうするべきか、という事を議論しました。

 その結果、若い人がもっとテレビ番組に接触できる機会を作るために無料で広告付きの配信プラットフォームを立ち上げること、しかも、ユーザーが使いやすいように5社が協調することが必要だという結論になり、TVerが生み出されることとなりました。

 この後すぐにNetflix・Amazonなどの外資のサービスが上陸し、一気にユーザーを増やしたことを考えると、放送局としてまさに瀬戸際の時期でスタートできたのだと思います。これより遅かったら、放送局が結束した施策はできず、各局は個別に外資のプレイヤーと連携するほか方法がなかったかもしれません。

 この時に一番問題となったのが、全録機の普及による「テレビCMスキップ」の問題でした。全録機が市場に出回ると、視聴者はCMを飛ばすようになってしまう。民放のビジネスモデルが崩壊するという危機感は強く、そこからインターネット上でコンテンツを届けるサービスが必要不可欠ということになりました。欧米と異なり、日本国内では「テレビは無料」という概念が強いので、そのころ主流だった有料サービスよりも普及は早いだろうという考えもありました。

 広告会社にも相談し、ビジネスの可能性も模索しました。広告主がインターネットでの動画広告に興味を持ち始めた頃で、インターネット技術が進化して、動画コンテンツの配信がスムーズになり、広告メディアとしても注目されつつありました。

 しかし、ネット上の動画コンテンツはまさに玉石混交。広告主が安心して広告を展開できるプラットフォームはほとんど見当たらず、広告会社としても安心・安全な動画コンテンツが何としても欲しいという状況でした。放送コンテンツをネット上で展開することに対するニーズはかなりあるはずという意見が多く、勇気づけられました。

 ただ、無料で展開することによる地上波に及ぼす影響への不安の声も多かったことも確かです。権利者や実際の番組制作者、さらにはローカル局のことを考えると、推進するメンバーとしても及び腰だったことは否めません。

 日本テレビが単体でいち早くトライアルを始めていたものの、展開可能なコンテンツの数も限られ、ビジネスとしての将来性は全く見えていない状況でした。始めないと後手を踏むという思いと始まった後の影響が怖いという思いが、議論していたメンバーの中に混在していました。

 各局の社内もポジションによって考え方が異なる状況で、意見の統一は難航しそうな状況でした。このように、先行き不透明ではありましたが、結論としては、まず始めよう、そしてその反響をみて対策を講じようとなり、スタートを切ることとなりました。

 このような状況でしたので、各所に配慮した準備作業となりました。そして、この時に「キャッチアップ」という単語ができました。

 この言葉は現在TVer社の取締役を務めている須賀氏が、「リアルタイムで番組が見られなかった時に、このサービスで番組をキャッチアップしてもらって、またリアルタイムに戻ってきてもらう」という意味で作ったものです。権利者や制作者、ローカル局にも配慮したネーミングでした。

 無料でクオリティの高い映像を配信することで違法配信に対抗することにも大きな意味があり、ビジネスというよりは、地上波放送に回帰させるサービスとしてスタートする意識が強くありました。

 このように、最初に挙げた複数の課題の中で、特に②広告主のネットシフト、③全録機の普及、⑥違法配信サービスが跋扈、などの課題解決ができると考え、そのような説明を繰り返すことで各局社内の理解を得たうえで、無料広告付き配信を放送局同士の協調事業として進めることとなりました。

2015年10月 TVerサービススタート

 サービスの開始にあたり、システム開発・サービス運営を依頼したのが、電通をはじめとする広告会社4社と在京5社が出資しているプレゼントキャスト社でした。

 そもそも、放送局由来のコンテンツをネットビジネスに持っていくために共同で作った会社です。筆頭株主だった電通からも強いアピールがあり、サービス運営の依頼をすることになりました。

 サービスのネーミングや立ち上がりのキャンペーンについては、プレゼントキャスト社の株主である広告会社4社にコンペを行いました。広告会社からは様々な面白いアイデアが出されましたが、放送局が進めるプラットフォームだからこその王道サービスだとアピールすべきというネーミングの「TV Player」(短縮形として「TVer」)と、キャッチアップを全面に出して、若年層にフィットするフランクなネーミングの「ケチャップTV」の2つが最終候補として残りました。(「TV Player」は商標登録されていたので「TVer」を候補に採用)。

 今では笑い話でしかありませんが、「TVer」をGoogleで検索すると最初にtver(トベリ)というロシアの町が出てくる、これだとユーザーが探しにくいのではないかという意見もありました。ロシアの地方都市よりも検索されないならサービスをやめてしまえばいい、などと意見を交わしたほど手探りの状況でした。

 結果、やはり放送局が行う「王道」のサービスという意気込みがメンバーに刺さり、「TVer」が採用されることとなりました。「ケチャップTV」もパンチがあって、一部のメンバーからは強い押しもありました。もし「ケチャップTV」を採用していたら、より若年層に刺さったサービスになっていたんでしょうか。できるなら、それも試してみたかった思いもあります。

 そして2015年10月26日、TVerは立ち上がりました。この日は、在京5社全社の報道番組でサービスのローンチの報道を大々的に放送しました。各局からアナウンサーが集まり、局を超えて協力する体制、というアピールもしました。

 今考えると、身内感たっぷりの企画だったかもしれませんが、民放5社が揃ってやる、王道のサービスのスタートという事をアピールしたいと考えました。5社のアナウンサーが同じ画面でサービスをアピールする、それだけでドキドキする瞬間でした。アナウンサーが勢ぞろいしたスポットCM素材も制作し、各局で相当数放送されました。

 このように、華々しいスタートではありましたが、実はどの程度の人に見ていただけるか想定できておらず、半年で100万ダウンロード位の獲得を目指していました。

 ところが、想定に反し、一気にユーザーが増えることになります。20日ほどであっという間に最初の目標値だった100万ダウンロードをクリア。その後も順調にユーザーを増やしていき、サービスの認知も高くなっていったのは、皆様もご存じの通りです。

 それだけ、インターネット上での放送コンテンツの配信に対する世の中のニーズは高かったのだと思います。わずか50番組しかないサービスではありましたが、ちょうどこの時放送が始まったTBSの「下町ロケット」の視聴をきっかけに、TVerはまさに「ロケットスタート」を切ることができました。

2019年、自主自立が可能な体制の検討

 当初は順調にユーザーを増やしていったTVerですが、3年ほどして配信コンテンツが毎週300番組まで増えたところで、少し踊り場的な状況になってきました。

 何より広告収入が増加しませんでした。広告会社は安心・安全な動画コンテンツが少ない中、サービスが安定したら絶対に広告メディアとして重要視されるという見解だったのですが、YouTubeを中心にネット動画広告市場が順調に拡大している中、民放キャッチアップの売り上げはさほど増えていきません。

 そのうちに、配信可能なコンテンツはある程度揃い、これからどのようにサービスを成長させるのか、そしてマネタイズするのかということを、放送局が本腰を入れて取り組まねばならない状況になって来たのです。そこで、当時のプレゼントキャスト社の非常勤会長を筆頭に、自分が幹事役となり、各局の担当者と共に半年以上に渡って議論を行いました。

 この頃のTVerは、放送局の合議制だったため、新しい施策をスピード感もって進めることができていませんでした。また、プロモーションなどのグロースに使える予算も少なく機動的とはいいがたい状況でした。さらに、そもそものキャッチアップという表現がそうだったように、地上放送への棄損になるのではないかという懸念が残っていた事も問題でした。

 これらの要素をどう解決するか、という事がこの時の議論の中心となりました。そもそもTVerでは何をやりたかったのか?それができているのか?最初に掲げた放送を取り巻く課題解決に本当に役だっているのか、など2015年当時の議論に一回立ち戻って、様々な議論をしました。

 そして、メンバーとしての結論は、これまでの「放送に回帰させるためのサービス」から「放送とは別の視点でマネタイズするサービス」に変えないといけないタイミングだという事でした。

 そして、それを放送局の幹部だけでなく制作者も含めた現場全体に認識させることが必要だということになりました。放送局が本腰を入れてこれらの課題解決に取り組むという事を放送局の社内にしっかりアピールしないと行き詰まってしまうという判断です。

 その実現のために、放送局が全面的な支援を行う事を前提に、プレゼントキャスト社に資本や人財を注入し、自主自立的にサービスのグロースを推進できる会社にしようという提言をまとめました。

 放送局が本気でこの事業に取り組むという姿勢をはっきりさせるために、新しい体制を組もうという事です。外資の事業者を中心に凄まじいスピードで状況が変化していく中、さらにスピード感をもって事業を推進していかないと取り残されるという危機感があり、放送局の社内外に対しての象徴的なメッセージが必要と考えました。

 この新しい体制の大きな柱が、自主自立の会社にするためにコストセンターではなくプロフィットセンターにするということでした。

 これまで放送局のみが、配信在庫のセールスを行っていたのですが、その在庫の一部をTVer社でもセールス可能なスキームを作り、その収益をもとにサービスのグロースにつながる施策を進めていく企業にしていくというものです。

 しかし、この時期の議論ではそのスキームについての整理ができず、具体的な検討は新体制になってからという事になりました。この議論は結局2020年度末まで続くことになりました。

 個人的には、最初のステップを踏み出せたこのタイミングで、若いチームにバトンタッチするつもりでした。ただ、放送局が増資をする判断材料としての事業計画の立案と「誰を新会社の社長にするか」の2点が自分達の仕事として残っていました。

 この「誰を」というのは大問題です。事業計画は出席しているメンバーと議論できますが、それこそ「誰を」に関しては決め方に見当がつきません。検討チームとしては、若い経営体制で進めるべきという考えだったので、外部のリーダーの招聘も含めて40代の社長を選びたいという提案までを行いました。

 ただ、実は、もうその頃には自分が社長になる方向で決まっていたようです。そういうことは本人が一番疎いというのは事実で、電通の幹部の方との会食の中で、当時の民放連会長とTBSテレビ社長の会合があり、自分が社長に決まったらしい、と聞くという、放送局にありがちな展開で、その後実際にTBSテレビの社長から出向の内示を受けることとなりました。

 40代を中心にした体制を構築すべき、と言っていた中で理想的な体制ではありませんでしたが、最初は放送局とのコミュニケーションが困難な状況もあると思われ、50代後半の自分が社長を務めることも仕方ないと思いました。断る選択肢もなく、快く受けさせていただくこととなりました。

 今、この2年を振り返ると、この時に他の人にお願いしなくて良かったと思っています。かなり混乱した2年になってしまい、最初は自分が責任を取って一歩目を歩みだす必要があったのだと思います。

 このような議論を経て、2020年の7月に新体制はスタートしました。その話は次回にさせていただきますが、激動の2年でした。。。。

(後編に続く)
〈後編は9月5日公開予定〉

<執筆者略歴>
龍宝 正峰(りゅうほう・まさみね)
1987年株式会社東京放送入社。テレビ営業を約25年経験して、2013年、編成局コンテンツ戦略部長時代にTVerの立ち上げにTBSの担当者として参画。
2018年東京放送ホールディングス取締役兼TBSテレビ取締役営業局長。
2020年東京放送ホールディングス特任執行役員及び、株式会社TVerの代表取締役社長に就任。
2022年TVer代表取締役社長を退任し取締役会長に就任すると同時に、TBSテレビ取締役総合編成本部長として帰任。(現職)

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chousa@tbs-mri.co.jp


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