「起きること」を伝える~豪雨災害を教訓として~
西川 亜也子(熊本放送報道部 部長)
2020年7月、球磨川の氾濫
あの晩は、今まで経験したことのないような猛烈な雨が降っていました。2020年7月3日から4日にかけて熊本県南部を襲った豪雨。県南にある実家に帰省していた私は、急激に水かさを増す川の様子に危機感を覚え、浸水が始まった近所の様子をスマートフォンで撮影し始めました。町の中で土砂崩れが相次ぎ3人が行方不明という事態。夜が明け始め、改めて会社に連絡をとって愕然としました。球磨川の氾濫でした。(トップ画像は球磨川氾濫で救助を待つ住民)
「災害に備える報道」を考える
熊本県内で関連死を含め67人が亡くなった豪雨災害から一年も経たない頃、防災・減災を専門に研究されている東京大学の松尾一郎客員教授が訪ねてこられました。「災害に備えるための情報共有や報道について一緒に考えませんか」
2021年5月、九州地方整備局や熊本県、球磨川流域の市町村、熊本気象台、在熊放送局などでつくる「危機感共有と命を守る災害報道連携会議」(座長・東京大学大学院 松尾一郎客員教授)が発足しました。
報道連携会議では「どのように伝えたら住民に早めに避難してもらえるのか、危機感を共有できるのか」をテーマに、今では広く認知されるようになった線状降水帯など気象・防災に関する知識や伝わりやすいアナウンスの文言について、週に一度リモートでワークショップを重ねました。
「今まで大丈夫だったから」「自分だけは避難しなくても大丈夫」人は災害が目の前に迫っていても「正常バイアス」が働くことはよく知られています。10年前の九州北部豪雨、6年前の熊本地震と大きな災害を経験してもなお、県内の避難率は上らないままでした。
それには、報道の仕方や取り組みにも課題があったのではないか。予想しなかった線状降水帯が発生したとは言え豪雨前日の避難の呼びかけは十分だったのか・・。今回、松尾氏に投げてもらったボールはひとつのチャンス。未曽有の経験をした球磨川流域の人たちと一緒に早期避難のモデルケースをつくり減災につなげることは、ひとつの償いにもなるとも思いました。
様々な経験を重ねて得たもの
会議発足後は実際の大雨や台風が訓練の場になりました。まさに試行錯誤の連続です。大雨や台風の接近が予想される時には、事前に臨時会を開き、気象台の今後の予測や市町村がいつ頃「高齢者等避難」を出し、避難所を開設するかという情報などを共有しました。
被害状況や避難情報についてもメンバーのメーリングリストを活用することで、報道から市町村への問い合わせを最小限にとどめ、効率化しました。
こうした災害対応での連携を積み重ねることで得られた一番の大きな成果は、私たち報道機関の意識が「起こったこと」ではなく「起きること」に警鐘を鳴らすようシフトしたことです。
例えば、災害時に流れるテレビ画面のL字の活用について。これまでは土砂災害警戒情報などを目安に始めていました。しかし、大雨に関しては大抵、真夜中から未明に土砂災害警戒情報が出ることが多く、住民が避難を躊躇する理由のひとつになっていました。しかし現在は大きな被害が予想されるときは、高齢者や体が不自由な人が安全に避難できる明るい時間帯にL字をスタートし、事前避難を促すようになりました。
ここには、民放ならではの編成上のハードルもありましたが全国的に大規模な災害が相次ぎ「減災」への流れが強くなってきたことも後押ししました。
また避難することへの心理的なハードルを下げたいと、梅雨時期から台風時期にかけては、NHKと熊本の民放4社が合同で「命を守るために 逃げるスイッチ、オン!」を合言葉に、早期に住民の自主的な避難を呼びかけるキャンペーンも実施しました。期間中には各局で災害への備えについて特集することで若手記者への継承にもつながったようです。
そして今年9月、過去最大級とみられる台風14号が九州に接近し久しぶりに緊張が走りました。最接近前日の夕方にL字を開始(ホームページもL字と連動した災害対応の仕様に変更)球磨川流域への降雨で 1995年以来という上流の市房ダムの緊急放流が行われましたが、3時間前にダム管理者から共有された「緊急放流の可能性」の情報をL字やNEWS DIGで発信することで下流域の人たちの避難に十分な時間を確保できたと思います。
さらに今回は台風が鹿児島に上陸した直後に九州ブロックで中継を交えた台風特番を放送しウェブで配信したことで九州外の地域への備えにもつながったのではないかと思います。
台風後に市町村が実施したアンケートでは「空振りでも避難してよかった」という声が多く聞かれるようになってきました。かつては「大げさに騒ぐな」と言われがちだった災害報道への論調にも少し変化が見え始めたのかなと期待します。「避難に空振りなし」。
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