議員のなり手不足問題の複雑性に関する一考察
佐藤 淳(青森大学教授・早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員)
なり手不足問題と地方議員の概況
急激な人口減少が進む中、様々な分野において、なり手不足の問題が発生している。特に、医療・介護分野、教員等の教育分野、後継者不足が深刻な農業分野、技術・研究分野においての、なり手不足、人材不足は、日本の未来に関わる深刻な問題だ。
そうした中、政治の分野、特に地方議員のなり手不足も、大きな問題である。地方議員には、地方自治体の政策決定に関わる役割、地域住民の代表としての役割、行政を監視する役割、政策提言等により地域の課題解決を担う役割があり、地域の発展や民主主義の実現には欠かせない。とりわけ地域に密着したサービスを担う基礎自治体の議会においては尚更だ。
ここで、基礎自治体の地方議員の概況を整理する(2021年7月現在、全国市議会議長会、全国町村議会議長会調べ)。先ず年齢別であるが、市区議会議員は、80代が1.0%、70代が20.1%、60代が35.4%、50代が23.6%、40代以下が19.9%と、60代以上が過半数を超える。町村議会議員は、80代が2.4%、70代が34.0%、60代が40.5%、50代が13.4%。40代以下が9.6%と、60代以上が75%を超える。
性別では、市区議会議員は、82.5%が男性、町村議会議員は88.3%が男性と、圧倒的に男性が多い。また、職業別では、市区議会は、議員専業が47.2%、農業、林業が10.5%、卸売・小売業が5.6%、サービス業が4.6%と続く。町村議会は、議員専業が23.6%、農業、林業が27.9%、建設業が6.4%、卸売・小売業が6.0%となっている。以上の様に、地方議会の議員構成は、地域住民の代表としての役割を果たすには、著しく多様性を欠いている。
次に、なり手不足の問題が顕著に表れる選挙の無投票についてである。2019年に行われた統一地方選挙。総務省選挙部の調査によると、選挙があった375町村議会の内、93議会(24.8%)が無投票となり過去最高の数字だった。うち8議会では立候補者数が定数割れとなっている。市区議会では、選挙があった314議会の内、11議会(3.5%)が無投票であった。町村議会のなり手不足の問題が、かなり深刻だ。
議員のなり手不足問題がもたらす影響は、代表者の固定化と、意思決定に多様な住民意見が反映されにくくなることである。そうしたことから、選挙が無投票になった議会を中心に、この問題に真剣に取り組む議会も増えてきている。
(※トップの画像は北海道河西郡芽室町議会での多様な議員のなり手を考える研修会)
議員のなり手不足問題の要因
2020年9月、総務省が取りまとめた、「地方議会・議員のあり方に関する研究会報告書」によると、議員のなり手不足の要因として、「立候補環境」、「時間的な要因」、「経済的な要因」、「身分に関する規定」の4つを上げている。
「立候補環境」としては、議員定数の削減と、立候補に伴う休暇保障制度が整備されていないこと。「時間的要因」とは、議員活動に要する時間が大きいこと、出産、育児、介護等が議会への欠席事由として認められていないこと。「経済的要因」とは、小規模市町村において議員報酬の水準が低く、専業で生計を維持出来ないこと。議員年金制度が廃止されたことで老後の生活に不安が残ること。「身分に関する規定」としては、議会運営の公正を保障する目的として、地方公共団体に対する請負人及びその支配人になれない、兼業・請負の禁止。他の議会の議員との兼職が出来ない、公務員が立候補出来ない等の兼職の禁止がある。
また、大正大学の江藤俊昭教授は、その著書『議員のなり手不足問題の深刻化を乗り越えて』において、議員のなり手不足の要因を、「魅力の減退」「条件の悪さ」「地域力の減退」「法制度の拘束」の4点に整理している。
「魅力の減退」としては、そもそもの政治への無関心、議会、議員に対するネガティブなイメージ、議会活動が不透明、不活発等を。「条件の悪さ」としては、議員報酬の低さ、議員定数削減による落選リスク、選挙費用の負担等を。「地域力の減退」としては、地域の少子化、人口減少の問題、コミュニティー活動の不活性化、青年団等、地域の若者の活動の不活発化等を。「法制度の拘束」とは、兼職・兼業禁止、25歳の被選挙権年齢、女性議員の支援制度(出産、育児等)の不足等を指摘している。
議員のなり手不足問題の複雑性
総務省の研究会の報告書、江藤先生の見解等を参考に、議員のなり手不足、新規の立候補者数に影響を与えると思われる変数を、思いつくままに、33個ピックアップしてみた。
「落選リスク」、「議会・議員への関心度」、「女性の社会参加度」、「周囲からの批判や誹謗中傷」、「仕事量に対する不安感」、「法制度の拘束」、「家族の理解度」、「地域の人口」、「議員定数」、「議員の新陳代謝」、「議員報酬」、「地域の保守性」、「変化への恐れ」、「議員の業務負担」、「議会のDX化」、「政治家の魅力・イメージ」、「議会・議員への評価」、「住民福祉の向上実感」、「議会の活性度」、「議員の多様性」、「議会への住民参加度」、「地方創生の進捗」、「自治体の財政状況」、「地域の開放度合い」、「地域活動の活性度」、「支援者、支援団体の力」、「選挙対策への不安」、「議会からのサポート」、「新しい情報量」、「議会運営の柔軟度」、「国への働き掛け」、「能力に対する不安」、「マスコミの報道姿勢」である。
「システム思考」という問題解決の方法論がある。複雑な状況下で変化にもっとも影響を与える構造を見極め、様々な要因のつながりと相互作用を理解することで、真の変化を創り出す為のアプローチである。
「システム思考」のツールに、「ループ図」というものがある。因果関係を単純な原因、結果として線形に考えるのではなく、因果関係をループ、動的な社会システムとして捉える思考ツールだ。新規の立候補者数に影響を与える33の変数を「ループ図」にしたのが、次の図だ。
一目見てお分かりの通り、この問題は、原因が相互に複雑に入り組んでいる。例えば、新規の立候補者数が少ないと、議会の活性度が下がり、議会・議員の評価が下がり、議員定数削減の圧力により、議員定数を減らしてしまい、落選リスクが高まる為、新規立候補者が益々減る。
地域の保守性が高いと、女性の参加度が下がり、周囲からの批判、誹謗中傷が増え、議員の新陳代謝も進まず、新規の立候補者が増えない。地域活動の活性度が低いと、支援者・支援団体の力もなく、選挙対策に対する不安が高まり、新規の立候補者が出てこない等が、負のループとして考えられる。
変数の一つである、「議員報酬」について。岩手県北上市議会では、議員のなり手不足対策として、議会内外での市民を巻き込んだ議論の結果、2020年に議員報酬を5万円引き上げることを決め、35万1千円から40万1千円にした。しかし、その後の市議会議員選挙は定数26に対して立候補26(内新人6)で無投票であった。議員報酬を上げればそれで解決という単純なものではない。
筆者自身、議員のなり手不足対策の王道だと考える、議会の活性度が上がり、住民福祉の実感が高まり、議会・議員への評価が高まり、政治家の魅力が増し、新規の立候補者が増える、議会活性化ループも、それぞれの影響に遅れが発生することもあり、直ぐに成果は出ない。
早稲田大学マニフェスト研究所が実施する「議会改革度調査2021」の議会改革度ランキングで、総合全国3位の岩手県奥州市議会は、2022年の選挙が定数28に対して立候補28(内新人8)で無投票。また、5位の宮城県柴田町議会は、2021年の選挙が定数18に対して立候補18(内新人4)で無投票であった。これほど左様に、議員のなり手不足の問題は、複雑で手強い問題である。
議員のなり手不足問題の解決に向けての取り組み
手強い問題だからと言って、手をこまねいている訳にはいかない。レバレッジ(小さな力で大きなものを動かす)を意識しながらも、やれることから、先ずやってみることが重要になる。なり手不足に限らず、議会・議員への関心を高める為に、議会が主体的に行っている全国の議会の取り組みを紹介する。
岩手県久慈市議会では、市内在住の高校生と議員との意見交換会を開催している。岩手県北上市議会では、市内の希望する中学校に出向き、中学生との意見交換会を実施している。茨城県取手市議会では、市内の中学校で、市政について考える探求学習の出前授業と、その成果発表の場としての模擬議会を行っている。
長野県伊那市議会では、市内の中学生がキャリアを考えるイベントに議会のブースを出展し、中学生に議会、議員の仕事を伝えている。また、岐阜県可児市議会では、建設予定の子育て拠点施設の活用法をテーマに、若い女性に集まってもらい「ママさん議会」を実施し、女性の声を市政に取り入れる工夫をしている。
こうした主権者教育の取り組みは、成果が出るまでには時間が掛かるが、地方自治が「民主主義の学校」であることからも、重要な取り組みだ。
なり手不足に直接的な成果を上げている取り組みもある。長野県飯綱町議会では、開かれた議会と議会活動への町民参加を広げる為に始めた「政策サポーター制度」の参加者の中から、議員と一緒に政策作りをしたことで、町政への関心が高まり、立候補者が現れている。
また、北海道浦幌町議会では、議会主催で、立候補を考えている町民向けに、議会制度、議員活動、町政の仕組み、選挙について等、全5回の個人個別研修会を実施し、その参加者の中から立候補者が出ている。
「適応を必要とする問題」としての議員のなり手不足問題
ハーバードケネディスクールのロナルドハイフェッツ教授は、著書『最前線のリーダーシップ』の中で、組織や社会が抱える問題を、「技術的な問題」と「適応を必要とする問題」の二つに分類している。
「技術的な問題」は、既存の知識を適用することで解決することが出来るもの。そして、誰か上に立つ人、権威ある人が解決するもの。一方、「適応を必要とする問題」は、その道の権威でも専門家でも、既存の手段では解決出来ないもの。組織や地域社会の至る所で、実験的な取り組み、新たな発見、そしてそれに基づく行動の修正が必要なものだ。
解決の担い手は、問題を抱える人達自身で、価値観、考え方、日々の行動を見直さなければならず、解決の難易度は極めて高い。議員のなり手不足の問題も、「適応を必要とする問題」だ。
議員のなり手不足に関連して、住民にも「思い込み」が沢山ある。政治家は優秀でなければならない。地方議員に立候補するには、専門的な知識や経験が必要だ。選挙に関する知識やお金が必要だ。政治家の家系でなければ立候補出来ない。逆に、政治の世界は汚い。政治家は自分のことしか考えていない。報酬も少なく仕事として魅力的ではない。等々である。政治家のみならず、住民も含めて、議員のなり手不足問題に関わる関係者が、「思い込み」を手放すことが必要になる。
この問題に一番主体的に関わらなければならない、地方議員にも、大きな「思い込み」がある。自分の選挙のことを考えると、新しい立候補者が沢山出るよりも、選挙にならない、無投票になった方が良い。そんな本音である。解決の担い手であるべき地方議員それぞれが、「自分が議員のなり手不足問題の一部だとしたら、何に取り組まなければならないか?」。この「問い」に真摯に向き合うことでしか、この問題は解決しない。
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