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「グリーンスローモビリティ」がもたらす新しい「移動」の可能性

【注目を集めつつある「グリーンスローモビリティ」。その特性、メリットと課題は何か。その進化の先に新しい日本社会のかたちが見えてくる】

三重野 真代(東京大学公共政策大学院交通・観光政策研究ユニット特任准教授)


そもそも「グリーンスローモビリティ」とは何か

 グリーンスローモビリティ。お聞きになったことのある方はいるだろうか。海外から来たようなこの単語。私が国土交通省の課長補佐時代に、日本中に広まってほしいと願いを込めて創作した単語である。(冒頭の画像は日光グリーンスローモビリティ)

 グリーンスローモビリティ(以下「グリスロ」という。)は、国土交通省の定義によると「時速20km未満で公道を走ることができる電動車を活用した小さな移動サービスで、その車両も含めた総称」となっている。

 ゴルフカートのような猫バスのような、普通の車とは「ちょっと違う」乗り物。その特長は①Green、②Slow、③Small、④Safety、⑤Openの5つであるが、最大の特徴は「時速20km未満」という「低速」である。時速20km未満とは、マラソン選手の速度である。

 低速になると移動距離は必然的に「短距離」になる。日本社会は「いかに速達性を上げて、長距離移動を実現するか」が追及すべき最上の価値だった。今もこの価値観の延長線上で、リニア中央新幹線の導入が進められている。

 グリスロは馬車のようで、19世紀に時を戻したかのような乗り物だ。また、4人以上の“乗り合い”移動サービスを提供するグリスロは、電動キックボードやシェアバイクのような、個人が自由に移動できる「パーソナルモビリティ」とも異なる。

 昨今のトレンドから逆行したグリスロ。「歩くこともできる距離に、わざわざ人と一緒に遅い乗り物に乗る人がいるのか?」。そう。いたのだ。それもたくさん。古くて新しい。昭和リバイバルならぬ、19世紀リバイバル。馬車のような人力車のようなグリスロが、今、この令和の21世紀で最先端となっている。

そのニーズと活用方法

 「グリーンスローモビリティ」という言葉は2018年に誕生した。それからはや6年。コロナ禍が3年近くあったにもかかわらず、グリスロは、北は北海道、南は沖縄までの全国130か所以上で走行実績があり、本格導入地域は40地域近くに達する。

 グリスロの活用方法は、既存の公共交通ネットワークの補完的役割として、路線バスのバス停や駅から目的地までの「短距離」の「地区内交通」である。それは生活交通として住民の足になる場合もあれば、観光地内の観光客の足となる場合もある。

 グリスロは、どのような場所にニーズがあったのだろうか。「田舎では使われても、東京のような都会では使われないのでは?」。よく聞かれる質問だ。答えは「否」だ。都内でも、豊島区の池袋駅周辺、町田市の住宅団地、葛飾区の住宅地、杉並区の荻窪駅周辺でも走っている。これは、人口構成ではなく、都内でもどこでもある、日本の特徴的な道路構造が、グリスロの誕生を待ちわびていたことを示唆している。

 最も望まれた場所は、「19世紀までに形成された地区」、つまり、20世紀の主流移動手段となった、「自動車」の走行を前提とせずに形成された地区、である。

 このような地区の多くは、道路幅が4.4メートル以下で、センターラインもなければ歩道もない。スピードを出して自動車が走ると、歩行者は道の端で小さく待つような狭隘な道。このような地区が、実は日本には数多くある。伝統的建造物群保存地区を始めとする歴史的地区、温泉地、田舎の集落、離島などだ。

 グリスロの走行地域に、鞆の浦や石見銀山、日光や登別温泉など歴史的エリアや観光地が多い理由は、このためだ。東京の細街路の多い密集エリアも同様のため、葛飾区や杉並区でもグリスロが必要とされる。タイパや時間短縮という概念が生まれる前から暮らしが営まれているレトロな地区では、むしろノスタルジックでゆっくりな乗り物が好まれるのかもしれない。

登別温泉グリーンスローモビリティ「オニスロ」
石見銀山グリーンスローモビリティ「ぎんざんカート」

 グリスロがレトロ地区でのみ活用されているかというと、そうではない。戦後に開発されたエリアにも、グリスロのニーズはある。戦後開発エリアでのグリスロの特徴は、「地区が広大で、拠点間・施設間が歩くには少し遠い場合の移動手段」だ。具体的には、駅前の中心市街地や住宅団地。駅からお店や公園まで、大規模住宅団地の家から銀行までのほんの数百メートルから2km程度。

 身体が健康なら、散歩として歩けていた。しかし、人間の歩行環境は多様だ。高齢者で歩行速度が遅くなったら?買い物帰り、重たい荷物を持っていたら?子どもと一緒の時は?車いすや杖の人は? 短距離でも「歩きたくない」人たちのニーズがある。多様な移動選択肢は、多様な人々を幸福にする。

富山市グリスロ実証実験

 中心市街地ではお店側からもニーズがある。商店・施設側としても、距離のために客足が遠のくより、補完する移動手段ができるほうが有難いし、お店の前を定期的にかわいい乗り物が走っている光景は張り合いがでるものだ。

 鳥取県倉吉市では、グリスロが走るたびに、通りに出て手を振ってくれるお店の方もいた。最近では、商店街の車両通行禁止エリアで、歩行者に危険を感じさせないグリスロに走行許可を特別に出し、お店の玄関口まで連れて行ってくれる事例も増えている。

倉吉市グリスロ実証実験

グリスロが人気を集める二つの理由

 しかし、昨今の公共交通の苦戦状況を聞いていると、「グリスロに乗車する人はそんなにいるものなのか」と疑問が生じるかもしれない。グリスロもすべての地域でうまくいっているわけではないが、歓迎されている地域、新規需要を創出した地域もある。その違いは何か。人間として感じる楽しさの本質、“おしゃべり”、と、“五感の発動”だ。

 グリスロは車両幅が小さいため、隣の人との距離が狭く、また電動のため車内が静かで“おしゃべり”しやすい環境にある。このため、乗客同士、または運転手と乗客の間で会話が弾みやすい構造だ。運転手不足は問題となっているが、グリスロ運転手への立候補者の話を各所で聞く。給料ではない。人間として働く喜びの源泉である、「人からの感謝と信頼」、を乗客との会話の中から得られるためだ。

富山市グリスロ実証実験

 また、オープンの車両構造は、“五感”で味わう楽しさを与えてくれる。心地よい風、目に入る風景、草花の香り、コロッケの香り、鳥の声や滝の音。窓を閉め切った快適な密閉空間ではひそめていた五感で、地域を感じることができる。遊園地の乗り物のほとんどはオープンで設計されているが、それは五感で感じられる楽しさには金銭を払うほどの体験価値があるからだ。

 グリスロが人気のもう1つの理由は、「私たちのグリスロ」にしやすいからだ。名前を公募したり、アイコンを作成したり、歌を作ったり、クッションをつくったり、車内をデコレートしたり、子どもたちの絵でデザインされたり、ドライバーがサンタの格好をしたり。グリスロが地域の乗り物だから、1人1人のアイデアや力を結集して発現する“舞台装置”にもなれる。

 グリスロ協議会を地域で作り、地域の様々な人に関わってもらい、企画を実現しながら、まちとグリスロの両方を育てる。そのような取組も宮崎市や豊島区などで行われている。

 乗車中も企画中も、多様な人が関わりやすいグリスロは「高いソーシャルキャピタル効果がある」と指摘する研究成果もある。グリスロは人とのつながりを強くする“コミュニケーション装置“ともいえるだろう。

今後の課題は何か

 しかし、グリスロにも課題はある。

 1つは、運行体制だ。グリスロが変わった乗り物だからと言って、免許や有償事業の法令基準が緩和されるわけではない。ただし、グリスロは電動×低速のため、高齢のドライバーでも安全に運転できる点を、通常車両と比較したメリットとして言及しておきたい。

 このため、地域が運行を担う場合にも何からの地域運行主体の設立が必要だ。これが難しい地域も多い。そして、ドライバーがボランティアで人件費が少ないとしても、満員で運行された場合でも運賃収入だけでは賄えないので、寄付金や協賛金を集める必要がある。ただし、グリスロは電動車のため、SDGsの観点から寄付可能と考える企業が一定数おり、通常の公共交通より幅広い事業者から寄付を集めやすい利点がある。

 前述した通り、地区の人たちと一緒に、移動手段以上の価値を街に生み出す“社会装置“としてのグリスロの活用方策をワクワクと企画・実現する体制の構築が重要だ。

 2点目が、車両の問題だ。燃料電池を積み、1台1台手作りで、生産メーカーも少なくベンチャーが多い等を理由に、グリスロの車両価格はガソリン車と比較すると高額だ。現在、国からの補助金も一部あるものの、ガソリン車と同程度の高い安全基準が求められるため、新規参入が進まず、車両メーカー数が増えない点も、価格が下がらない原因だ。

 加えて、グリスロの認知が十分広がっておらず、量産体制を整えられない問題もある。まだどうしてもグリスロを“車”として捉え、車と同程度の快適性を求める既成概念から抜けられない日本人が多い。

 車の快適性や速達性、効率性を求めるならば、車を活用したほうが良いだろう。手間暇かかっても、車とは異なる新しい楽しさで街をつくりたい。暮らしに人との関わり場所をつくりたい。そういう人々の想いと地区の環境が相まって、初めてグリスロはその価値を発揮する。
 
 最後に、忘れてはいけないグリスロの能力は「自動運転」である。永平寺をはじめ、これまで日本で行われてきた公道の自動運転車両の多くはグリスロと名乗ってはいないが、その車両はグリスロだ。高速道路ではなく一般道の自動運転は、電動かつ低速車両であるグリスロの活用が現実解となっている。

 重厚長大。効率性を重視して、大きく成長を遂げていたように見えた日本経済も転換点を過ぎ、下り坂だ。筆者は40代だが「豊かさとは何か」という問いを子どもの頃から抱いていた。

 今、次なる精神的支柱や哲学を見失っている日本社会において、高度経済成長の対極にあった「ゆっくり」にこそ答えがあるのではないか。私にはそんな気がしてならない。電動は気候変動問題にも対応できるし、ゆっくりは多様性も包摂性も体現する概念だ。日本人、そんなに急いでどこへ行く。スローペースはマイペース。ゆっくりのグリスロが、日本の進む道をほのかに照らし始めている。

<執筆者略歴>
三重野 真代(みえの・まよ)
2003年、国土交通省入省
2008年、観光庁観光資源課専門官
2011年、ロンドンスクールオブエコノミクス(都市政策修士)
同年、国土交通省国土政策局総務課課長補佐
2014年、京都市産業観光局観光MICE推進室MICE戦略推進担当部長
2017年、国土交通省総合政策局環境政策課課長補佐
2019年、復興庁企画官(観光担当)
2021年より現職

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