データからみえる今日の世相~松本零士さんのメッセージ
江利川 滋(TBS総合マーケティングラボ)
今年(2023年)2月13日、『宇宙戦艦ヤマト』や『銀河鉄道999』など、数多くのSF漫画・アニメを手がけて一大ブームを巻き起こした漫画家の松本零士さんが亡くなりました。85歳でした。
『ヤマト』は74年のテレビアニメ放送から、『999』は77年の漫画連載から始まりました。今年55歳になる筆者は、ちょうど小学生のときにこれらに接した、いわゆる「直撃世代」です。
夏休みに外で遊んでいても、テレビの『ヤマト』再放送は見逃せなくて飛んで帰ったり、イラストの『ヤマト』と同じに見えるよう前方が極端に大きい「デフォルメ・ディスプレイ・モデル」なるプラモデルを作ったり。
『999』では、漫画を連載していた『週刊少年キング』(少年画報社)の銀河鉄道無期限パス(定期券)プレゼントに応募して、見事ゲットできたのが忘れられません。そのパスは今も実家のどこかにあるはず……。
思い出は尽きませんが、なかでも強く印象に残っているのは、松本さんの描くメカのカッコよさです。訃報に接して、自分もいつか、こんなカッコいいメカに乗りたいと憧れた子ども時代を懐かしく思い出しました。
そんなオジサンの昔話はともかく、『ヤマト』と『999』の人気は今どうなっているのか、その軌跡をデータでたどってみたいと思います。
男性は『ヤマト』人気が優位、女性は『999』
TBSテレビが毎年行っているTBS総合嗜好調査では、1976年から「好きな漫画・劇画」を尋ねています。あてはまるものをいくつでも選んでもらう複数回答形式の質問です。
その質問の選択肢に『ヤマト』が初めて加わったのが78年。翌79年はいったん外れたものの、選択肢に『999』も加わった80年に復活。以降は最新調査(22年10月実施)まで、一貫して両者とも選択肢に含まれています。
そうした『ヤマト』と『999』の好感度を、東京在住13~59歳について男女別に集計してみた結果が、次の折れ線グラフです。
最初に『ヤマト』人気を調べた78年は、前年にテレビ放映版を再編集した映画が劇場公開され、続編がテレビと映画でそれぞれ公開された年。
まさにブームのまっただ中で、好感度は男性が32%、女性でも25%という人気ぶり。年代別では、10代の男性で67%・女性で61%、20代では男女とも25%と、いかに『ヤマト』が当時の若者、特に10代に支持されたかがうかがわれます。
その後、『ヤマト』は80年代から90年代前半にかけて、男性で2割、女性で1割程度の人気を維持。
同じ頃、『999』は男性より女性で人気が高い傾向が見られ、93年には男性の好感度15%に対し、女性では21%を記録しています。
このあたり、戦争・戦闘が主題の『ヤマト』と、旅や人々との出会い・別れがテーマの『999』とで、自ずと好みが分かれたのでしょうか。
その後、90年代から2010年代にかけて、男性の『ヤマト』『999』人気は15%程度となり、ここ最近は1割前後で推移。女性では『ヤマト』が00年代頃、『999』も10年代頃から、それぞれ人気が1割を割り込んでいます。
X世代が好きな『ヤマト』と『999』
70年代のブームまっただ中では、男女10代に6割の支持を得た『ヤマト』。しかし、最新データ(22年)だと、男女10代の好感度は3%に激減。
一方、直撃世代の50代は最新データでも『ヤマト』12%、『999』13%と、まだまだ根強い人気がうかがえます。
こうしてみると『ヤマト』や『999』が好きなのは直撃世代だけなのか、という気もしてきます。
そうなのかどうかをデータで確認するために、「コーホート分析」を行ってみました。
コーホート(cohort、コウホート、コホートとも言います)とは、「共通の特徴を持った集団」のことですが、ここでは同じ時期に生まれた「世代」を指しています。
そしてコーホート分析は、長期間に及ぶデータ(長期時系列データ)の変動を「年齢」「時代」「コーホート」の3つの効果に分解して、どの効果がどれくらい、どのようにデータの変動に影響したかを示します(注1)。
以下では、作品ごとに男女を分けて、合計で4つの分析を行いました。3つの効果ごとにその結果をまとめたのが次の折れ線グラフです。
いずれも、グラフの上に行くほど好感度を高める(下に行くほど低める)ように作用していることを表しています。
例えば、女性の『ヤマト』人気は年齢効果で35歳以降に高まるものの、時代効果でだんだん減る傾向があるなど、それぞれに興味深い動きを見つけることもできます。
しかし、3つのグラフを全体として眺めると、年齢効果や時代効果に比べて、コーホート効果のグラフで上下の振れ幅が大きいことが分かります。
これは「ある世代では非常に好感度が高いが、別の世代では非常に低い」という意味ですが、3つの効果のうちコーホート効果が特に大きいことの表れでもあります(注2)。
コーホート効果のグラフでは、大体60~70年代生まれの世代で『ヤマト』や『999』の人気が非常に高いことが見て取れます。ちょうど「X世代」に相当し、筆者もその一員です。
それに続く80~90年代前半の「Y世代」では人気が下降するものの、90年代後半生まれの女性や00年代前半生まれの男性といった「Z世代」では、再び人気が盛り返している模様です(注3)。
松本さんの人気は、直撃したX世代からその子どものZ世代へと、親子の間で受け継がれているのかも知れません。
戦場漫画のメッセージは届いているか
ここまでずっと『ヤマト』と『999』を取り上げてきましたが、松本さんは『戦場まんがシリーズ』や『ザ・コクピット』シリーズといった戦争が題材の漫画も数多く手がけています。
松本さんの戦場漫画では、多くのメカ(兵器)とともに、志を抱きながら戦場で懸命に闘い命を落とす若者への哀悼の思いが描かれています。
そこには自らの戦争体験を繰り返し語ったという元軍人の松本さんの父の言葉が根底にあるようです(23年2月26日放送『サンデーモーニング』)。
「人は生きるために生まれてくる、死ぬために生まれてくる命はないぞ」「戦争は人間を鬼にするんだ、二度とやってはいかん」というその言葉。
メカのカッコよさに目を奪われていた子ども時代の筆者には浅い理解しかありませんでしたが、大人になって昨今の世界情勢を思うと、心に染みるものがあります。
しかし、そんな松本さんのメッセージを知ってか知らずか、TBS総合嗜好調査の最新データで『ヤマト』や『999』のファン(116名)とそれ以外の人(1164名)を比べると、「軍備をいま以上に増強すべきだと思う」人の割合は前者が48%で、後者の38%より10ポイント高い値でした(注4)。
同様に『ヤマト』『999』ファンでは、「外国の軍隊が日本に攻めてくるおそれはかなりあると思う」という意見に50%、「どちらかといえば、現行憲法を改めることに賛成」に53%が同意しています(それ以外の人ではそれぞれ43%と38%)。
これだけで何かを断ずることはできませんが、松本漫画のファンのうちでも『ヤマト』や『999』のファンにおいて、戦争の回避よりは準備に意識がある様子に注意が必要な気がします。
メカにあこがれて戦争の実状を知らない世代が何かやらかさないように、その一員である筆者も心して、松本さんのメッセージをかみしめたいと思います。
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