<シリーズ SDGsの実践者たち>   第1回 パラリンピック開会式のステージアドバイザー・栗栖良依さん
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<シリーズ SDGsの実践者たち>   第1回 パラリンピック開会式のステージアドバイザー・栗栖良依さん

調査情報デジタル
【SDGsが目指す「誰一人置き去りにしない」世界。その世界を象徴したのが東京パラリンピックの開会式だった】

「調査情報デジタル」編集部

 SDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)は、国際社会が共通して抱える課題を17の目標として掲げ、2030年までの解決を目指している。課題のテーマは貧困・格差の解消から地球環境、生活に関わることまで幅広い。

 SDGsが目指すのは「誰一人置き去りにしない」世界。それを具現化したパフォーマンスが、2021年8月に東京から世界に向けて発信された。東京2020パラリンピックの開会式だ。プロのダンサーらとともに、公募で選ばれた障害のある人が75人出演。「片翼の小さな飛行機」が飛び立っていくまでのストーリーが、多様性と調和を体現しながら描かれた。

 この開会式の仕掛け人が、ステージアドバイザーを務めた栗栖良依さん。障害のある人のパフォーマンスを支援できる存在として、2016年のリオデジャネイロパラリンピックの旗引き継ぎ式に続いて、東京2020パラリンピックの開閉会式を支えた。栗栖さんは「どんなに重い障害があっても、本人が出たいのであればパラリンピックに参加できる状態を作りたかった」と話す。

 シリーズ「SDGsの実践者たち」では、SDGsが実践されている現場を通して、2030年に見えてくる景色について考える。1回目はパラリンピックの開会式をどのように作り上げたのかを栗栖さんに聞いた。

※トップの画像は開会式当日本番前の栗栖良依さん(左)と「片翼の小さな飛行機」を演じた和合由依さん

【引き続き「障害のあるパフォーマー75人が出演したパラ開会式」に続く】

障害のあるパフォーマー75人が出演したパラ開会式

 東京2020パラリンピックが開幕した2021年8月24日夜。国立競技場にプロジェクションマッピングによって「パラ・エアポート」が浮かび上がった。エアポートに風が起きると、パラリンピックシンボルのアギトスが登場し、選手たちが次々と入場した。

 選手の入場行進の後、多くのパフォーマーたちによって展開されたのが、片翼の小さな飛行機の物語だ。様々な飛行機が自由に空を飛ぶ中、片翼の小さな飛行機が飛ぶことを諦めて、一旦逃げ出してしまう。すると、エアポートの外で、見たこともない派手な乗り物たちが楽しそうにパフォーマンスしているところに出会う。

 片翼の小さな飛行機は派手な乗り物たちから勇気をもらって「パラ・エアポート」に戻り、暗闇の中でみんなが作り出してくれた光の滑走路を走り、ついに空へと飛び立つ。このストーリーが幕を閉じると、太陽のダンサーが聖火を呼び込み、聖火台に点火される。これがパラリンピックの開会式の核となったパフォーマンスだ。

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パラリンピック開会式「片翼の小さな飛行機」の物語

 開会式に出演したキャストは、プラカードを持つ人、アシスタント、ボランティアを含めて700人に及ぶ。このうちパフォーマンスにはプロのダンサーらのほか、約2000組、5000人以上の中から公募で選ばれた障害のある人たち75人が参加した。障害のあるなしに関わらず、全てのキャストが力をあわせて開会式を完成させた。東京2020大会のテーマでもある「多様性と調和」を、パラリンピックの開会式は見事に体現した。

「公募で可能性のある人を発掘したかった」

 この式典を支えたのが、ステージアドバイザーの栗栖良依さん。栗栖さんはNPO法人スローレーベルの理事長を務め、障害の有無に関わらないメンバーによるものづくりやアート活動を展開。14年、17年、20年には横浜市で“障害者”と“多様な分野のプロフェッショナル”による現代アートの国際展「ヨコハマ・パラトリエンナーレ」を開催したほか、ソーシャルサーカス「SLOW CIRCUS PROJECT」などを主宰している。

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「ヨコハマ・パラトリエンナーレ2020」に参加したアーティスト

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SLOW CIRCUS PROJECT『T∞KY∞~虫のいい話~』公開ゲネプロ

 栗栖さんは高校生だった1994年、冬季リレハンメルオリンピックを見て、オリンピックの開閉会式を創る夢を抱く。国内外で学び、活動していたが、10年に骨肉腫の一種である悪性繊維性組織球腫を発症し、右下肢機能を失う。翌11年にスローレーベルを設立。12年のロンドン大会でパラリンピックと出会い、16年のリオデジャネイロ大会の旗引き継ぎ式ではステージアドバイザーとして関わった。

 東京2020の開閉会式演出チームには、18年の結成当時からクリエイティブディレクターとして参加。ところが、コロナ禍で大会の1年延期が決まり、組織委員会は簡素化などの観点から新たな体制を構築するとして、20年12月に演出チームを解散した。栗栖さんは解散後もステージアドバイザーとして残り、一旦は白紙になった式典を、演出のウォーリー木下さんと演出・総合振付の森山開次さんらとともに作り上げてきた。

 栗栖さんが当初からこだわったのが、出演するキャストを公募することだった。その思いを次のように語る。

 「出演者を決める際によくある方法は、主催者側や演出家が知っている人や、メディアで活躍している人を一方的にキャスティングすることです。でも、私が知らないところに可能性のある人がきっとたくさんいると思いました。そういう人を発掘できるこんな大きなチャンスは他にはないだろうと思い、絶対にオーディションをやりたいとお願いして、やらせていただきました」

 公募は2019年12月に新聞広告で告知。いろいろな障害や病気があるなどの事情を抱えた人も、積極的に申し込んでもらえるように呼びかけた。その結果、全国から5000人もの応募が寄せられた。書類と映像審査で絞り込んだ上で対面での選考を進めたが、新型コロナウイルスの感染拡大で20年3月の時点で選考はストップ。さらに大会の1年延期が決まり、約1年間オーディションができない状態になった。

「オーディションが再開できたのは、今年2月からです。対面ではできなかったのでリモートで再開しました。2月以降のオーディションで選ばれたのが、片翼の小さな飛行機を演じた和合由依さんでした」

多様性と調和はプロセスでしか生み出せない

 和合由依さんは13歳の中学2年生。公募に申し込んできた時はまだ小学生だった。オーディションが再開されてから初めて面談したとき、栗栖さんは「彼女ならやりきれる」と 確信したという。

 「申し込んできたときの映像ではまだ幼かったのですが、一番成長する時期なので、面談の時には大きくなっていました。受け答えもはっきりして、しっかりしている子でした。大変なリハーサルを乗り越えて本番に立ってもらわないといけないので、途中で投げ出さずにやり切れるかどうかが重要です。彼女ならやってくれるだろうと信頼して推しました。

 彼女は電動車椅子のユーザーですが、パフォーマンスは手動の車椅子で行うので、自分でフィジカルなトレーニングを重ねて鍛えていました。一緒に稽古をしたプロの役者やダンサーからもいろいろと学んで吸収し、自分にできる表現を追求したと話しています。素人の子がチャレンジして、努力して、あそこまでできる可能性を示したことは大きな意味があったと思います」

 開会式には和合さんだけでなく、様々な障害のある人が出演した。重度の心身障害のある人も多く、脳性麻痺で言葉を喋ることができないキャストが空中パフォーマンスに挑戦した。最初は体のコンディションを知るところから始めて、ワークショップを重ねてそれぞれに合ったパフォーマンスを考えていく方法で、本番まで積み上げてきた。

 「他のキャストもそれぞれすごく頑張りました。見てほしかったのは、キャスト一人ひとりの魅力に加えて、みんなが築き上げてきた関係性です。東京2020大会全体のテーマでもある『多様性と調和』は、プロセスによって生み出されるものだからです。

 多くの広告やメディアでは、健常者が作り上げたところに、最後だけ車椅子の人をキャスティングして多様性と調和を描いたと言いがちですが、それでは伝わらないと思います。稽古やリハーサルによって築かれてきた関係性が、本番でもそのまま発揮できれば、テレビの画面でも多様性と調和のメッセージが伝わると考えました」

パフォーマンスを実現する「伴奏者」たち

 しかし、単に障害のある人とない人を一緒に集めただけでは、これだけ規模の大きなパフォーマンスはできないだろう。実現できた大きな要因は、栗栖さんがスローレーベルの活動の中で生み出した、アカンパニストとアクセスコーディーネーターの存在があったからだ。

 アカンパニストは伴奏者という意味。アクセスコーディネーターは様々なバリアを取り除き、物理的に安全な場を作る存在だ。どちらも心理的・身体的に安全な環境を作るためのスペシャリストで、多様な価値観や言語の違いがあっても、参加者同士が対等で、フラットな輪が作れるように行動する。

 「アカンパニストはキャストの中にいながら常にサポートします。具合が悪くなったキャストがいれば、外に連れ出してアクセスコーディネーターに繋ぎます。中から安全を管理するのがアカンパニストで、外から安全を管理するのがアクセスコーディネーターですね。さらに、演出・振付をする人との三角形によって、安全を管理しながら作っていくのが、私たちが生み出したステージの作り方です。

 この方法によって医療ケアが必要な人でも、重い病気があっても、出たいと思う人は誰でも出演できる環境を人の力で実現しています。コロナ禍でそんな危険なことをやっていたのかと責任を問われるかもしれません。しかし、そういう状況の中でも、いつまでどれだけ生きているか分からない自分の命を、一生に一度の機会で使いたいと思う人がいるのは事実です。

 これまでパラリンピックは、軽度の障害者しか出ていないとか、エリートの障害者しか関われないとか言われてきました。開会式でその状況を変えることができたのではないかと考えています」

 今回参加したアカンパニストは12人。アクセスコーディネーターも10人と、決して多くはない。一方で、開会式に出演したプロのダンサーや、1200人に及ぶスタッフの約9割が、これまで障害のある人とステージを作り上げる経験がなかった。栗栖さんはダンサーたちに、パラリンピックの開会式の意義を次のように伝えたという。

 「普段の仕事では自分のことだけを考えて完璧に踊ればいいかもしれないけれど、自分の前や後、隣にはいろいろな事情を抱えながら舞台に立っている人たちがいるので、その人たちのことも考えながら踊ってくださいとお願いしました。みんなで完走することが成功で、誰一人取り残さないことが目標でした。

 支えるということは、健常者が何かをしてあげるのではなく、お互いを認め合って一緒にベストを尽くすことを意味します。それが多様性と調和であり、あの式典に限らず日常の中でも私たちが目指さなければならないコミュニティのあり方や、社会のあり方ではないでしょうか」

10年後の理想像を見せることができた

 東京パラリンピックの開閉会式では、多様なバックグラウンドを持つキャストが一体となったパフォーマンスを見せた。コロナ禍で一旦白紙になり、体制も変わった中で、半年足らずで完成したステージを栗栖さんは「奇跡」と表現する。

 「障害のある人にとって、野外で夜にパフォーマンスすること自体大変なことです。働いて自立している人であれば夜でも遊べますが、福祉施設に通っている人は夜に外出することはありません。しかも、開閉会式は雨が降っても実施されます。本番で心理的、環境的なバリアをどう取り除くかをかなり研究してきました。

 本当に事故もなく、無事に終わって良かったとホッとしているのが正直なところです。開閉会式を見た人は、なんでこんなことができるのだろうと思ったかもしれません。日本でもこういう世界が実現できるという、10年後の理想像を見せることができたのではないでしょうか」

 栗栖さんはパラリンピックの開閉会式を、社会を変えるきっかけにしたいと考えていた。スローレーベルの活動はSDGsが掲げる17の目標で言えば、目標3「すべての人に健康と福祉を」、目標4「質の高い教育をみんなに」、目標5「ジェンダー平等を実現しよう」、目標10「人や国の不平等をなくそう」、目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」など、様々な項目に当てはまる。パラリンピックの開閉会式の経験を生かして、今後どのような活動を進めていきたいのかを最後に聞いた。

 「開閉会式で皆さんに見てもらった世界が、スタンダードになっていかなければいけないと思っています。そのためには、やはりエンターテインメントの世界を変えていきたい。文化・芸術の世界では多様性を受け入れた作品をプロデュースする人が増えてきていますが、メジャーなエンターテインメントに関してはまだまだと思います。

 学園ドラマを例に挙げると、アメリカやイギリスのドラマであれば、当たり前のように車椅子や聴覚障害がある生徒が、その生徒たちの物語ではなくても混ざって存在しています。でも、日本だとまだ、主役でない限り車椅子の生徒が存在するドラマはないですよね。

 エンターテインメントの景色が変わっていくことによって、日常の景色に違和感がなくなり、日常の景色が変わっていくことがあると思います。そこに働きかけていく活動を、今回のパラリンピックの経験をもとに、これからも続けていきたいですね」

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ソーシャルサーカスのリサーチでアルゼンチンのスラム街を訪れた栗栖さん


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