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2022年の放送界

【ウクライナ戦争、安倍元首相銃撃、旧統一教会問題などの出来事や、広告市場の変化、NHKのインターネット展開など、2022年の放送界を音好宏上智大学教授が振り返る】

音 好宏(上智大学教授)

 2022年の放送界を振り返る時期になった。

 この1年を象徴する出来事として、まず思い浮かぶのは、何といっても、2月のロシア軍によるウクライナ侵攻だろう。ロシア軍は、一気にウクライナ全土で空爆。首都キーウに向け軍を進めた。

 ウクライナは、第二次大戦以降、戦場となったことのない土地であり、長らく平和な市民の暮らしが営まれてきた生活空間が、突然、軍事侵攻で破壊される様子は、衝撃的である。

 各局は、派遣していた記者の安全確保のため、戦地から記者を撤退させるが、SNS時代らしく、あの手この手を使って、地元の住民と関係を結び、現地の様子を伝えてもらおうとしていた。このような取材手法は、ウクライナ侵攻直後の現地からの報道の1つの特色と言えるのかも知れない。

 ただ、侵攻直後の2月下旬には、TBS「報道特集」の金平茂紀キャスターがルーマニアからウクライナ入りする一方、3月にはテレビ朝日「報道ステーション」の大越健介キャスターが、ウクライナ避難民が最も入国している隣国のポーランドに飛び、生レポートをしていた。

 ロシア軍のキーウ侵攻が失敗に終わり、前線の後退以降、日本のメディアは、次々と記者を現地に戻すのだが、ウクライナ在住の民間人によるSNSの発信などで構成する現地報告よりも、プロのジャーナリストによるレポートの説得力と信頼性が、再確認されたのではなかろうか。

 他方で、この軍事侵攻は、第二次大戦後の国際秩序を揺るがしかねない衝撃的なニュースである。それゆえに、日本政府も西側諸国に歩調を合わせ、ロシアへの経済制裁に早々に参加した。その反動もあって、円安・物価高が私たちの市民生活を直撃することになる。生活用品の値上げのニュースが断続的に報じられたのも、今年のテレビニュースの特色と言えよう。

ウクライナと日本の有事

 さて、ロシア軍のウクライナ侵攻を受け、北東アジアの安全保障に結びつけた発言を繰り返す保守系政治家のテレビ露出が増えたのも今年の特色ではないか。安倍晋三元首相の「台湾有事は日本の有事」との発言は、その象徴といえる。

 今年は、1972年に沖縄が復帰してから50年目にあたる。国内で唯一の地上戦となった沖縄戦、そして、27年にわたる異民族支配という歴史的な痛みを背負った沖縄が、復帰から半世紀を経ても、沖縄の米軍基地負担は軽減されていない。そればかりか、沖縄の民意が繰り返し示されても、日本政府は辺野古の基地建設計画を見直そうとしない。その沖縄に、いま、「台湾有事の最前線」という新たな負荷が押しつけられようとしている。

 地元沖縄のテレビ局は、「水どぅ宝」(OTV)、「ウムイつむぐ~着物が語る”やんばる”の戦」(RBC)、「君が見つめたあの日のあとに~高校生の沖縄復帰50年」(NHK沖縄)、「命ぬ水~映し出された沖縄の50年」(琉球朝日)といった、沖縄の現状を訴えたドキュメンタリーを制作・放送し、ギャラクシー賞など、テレビ番組アワードでも高く評価されたが、全国的な露出の機会は決して多くなかった。

 ウクライナでの戦闘が長期化するなか、国内では、知床遊覧船沈没事故(4月23日)や2019年に発生した山梨キャンプ場女児失踪事件で行方不明だった女児の遺体が発見される(5月14日)と、各局は集中して報道。在京局と地元局との連携の悪さも含め、その取材手法には、過剰取材、メディアスクラムとの批判も起こった。「ウクライナ疲れに対するテレビ局の安易な反動」とする批判の声もあった。

安倍元首相銃撃事件とテレビ

 7月10日に投開票が行われた第26回参議院議員選挙は、任期通りで行けば、その後の3年間は国政選挙がないこともあって、岸田政権にとっては、今後の安定的な政治運営が出来ることになるかが決まる選挙でもあった。選挙は、マスメディアの事前予想の通り、自民党が安定多数を獲得することになるのだが、この選挙運動期間も終盤に迫った7月8日、奈良・近鉄大和西大寺駅付近で応援演説を行っていた安倍晋三元首相が銃撃され、死亡するという衝撃的な事件が発生する。

 テレビ各局は、この事件発生を受けて緊急特番を組み、事件の概要と安倍氏の足跡を繰り返し伝えることとなる。安倍元首相の突然の死、それも白昼の銃撃による死が、集中豪雨的に報じられたことが、参院選の選挙結果に影響を与えたことは否定できないだろう。

 この衝撃的なニュースが伝えられた直後、この銃撃を「民主主義に対する挑戦」と喧伝したメディアもあったが、後述するように、その犯行動機に思想的な背景はなかった。しかし、この事件を報ずる際に「民主主義」が持ち出されたことで、凶弾に倒れた安倍元首相を弔うことと、投票行動の共鳴がなかったとは言えない。各メディアとも、事前の情勢分析で与党の勝利は予想していたが、選挙結果は、その予想を上回る結果となった。

 10日夜の各局の開票特番においても、安倍元首相の死に多くの時間が割かれることになる。一部の局の開票特番では、安倍元首相の業績を長々と解説するメインコメンテーターや、喪服を思わせる衣装でスタジオ出演する元国会議員がいるなど、開票結果の解説よりも「元首相の死」を語ることに力が入るコメンテーターがいたことも確かだ。与党圧勝という開票結果が早々に覗えたこともあって、開票特番の制作者たちも、これらのコメンテーターの振る舞いを容認していたように思える。

 さて、岸田政権は、早々に安倍元首相の国葬を9月27日に日本武道館で執り行うことを閣議決定した。その決定過程における法的根拠の曖昧さに加え、安倍元首相の銃撃犯の犯行理由が、政治に対する思想的なテロというよりは、統一教会の霊感商法によって家族が崩壊したことに対する恨みからだったことが明らかになったことで、統一教会と自民党議員、特に安倍元首相が率いた清和会所属の議員との濃厚な関係に注目が集まっていく。

 統一教会と政治家、特に安倍派議員との関係が明らかになるにつれ、「国葬反対」の声は高まりを見せていく。テレビ局を含む大手メディアの世論調査では、軒並み国葬反対が容認を上回る結果が報じられた。

統一教会問題とテレビ

 この統一教会による霊感商法などの被害は、1990年代に芸能人や著名なスポーツ選手なども巻き込んで大きく報じられたが、その後、教会の名称変更が認められたことなどもあって、報道は下火となった経緯がある。今回、安倍元首相の銃撃事件を契機に、報道機関の取材や野党の追及などを通じて、統一教会による選挙支援におもねる政治家との関係が明らかになるとともに、信者家族への多額の献金強要の実態に再び光があたることになる。

 当初、統一教会問題の報道には、テレビ局や報道・情報番組によって温度差があったものの、調査報道でその実態を明らかにしたケースも多い。統一教会と政治家との歪な関係は、国政のみならず地方政治の場でも浮上。特に富山・チューリップテレビによる統一教会と知事との癒着を追及した調査報道は、高く評価されることとなった。

 安倍元首相銃撃事件を契機に、次々と明らかになった統一教会と自民党議員との関係や、統一教会による献金強要の被害救済に対して、岸田政権の対応は決して素早いものだったとは言えない。円安、物価高への対応のもたつき、不祥事による閣僚の相次ぐ辞任などとも相まって、岸田政権の支持率は下がっていく。

 そのようなこともあって、政府の強い要請のもと、NHKは10月に中期経営計画の見直しを発表。この見直しでは、当初予定していた衛星契約のみならず、地上契約の受信料の値下げをも含んだものとなった。このような政府の要請を受け入れざるを得なかった背景には、後述するように、NHKのネット戦略があることは確かだ。

コロナ禍と放送局の経営環境悪化

 放送事業を取り巻く環境は、厳しさを増している。

 2020年1月に、国内で最初の新型コロナウイルスの感染者が発見されて以来、コロナウイルスの流行は、私たちの社会生活の多方面に制限をもたらした。それから、3年の時間が経過しようとしているが、日本では、いまだにマスクをつけた生活が続いている。ただ、ワクチン接種の進行などもあって、徐々にもとの生活行動に戻りつつあるのも確かだ。

 この間、コロナ禍によってメディア利用行動も大きく変化したことが指摘されている。2020年、テレワークやオンライン授業などにより、在宅時間の急増でテレビ接触時間が増えたものの、行動制限が緩和されるにつれ、テレビ接触時間量は、コロナ前に戻っていった。この間、日本のマクロ経済は大打撃を受けたこともあり、広告市場は縮小。経済活動が徐々に回復していくなかで、広告市場を牽引することとなったのは、インターネット広告だった。

 2022年春に電通が発表した「2021年 日本の広告費」では、インターネット広告(2兆7,052億円:前年比121.4%)が、新聞、テレビ(衛星含む)、ラジオ、雑誌のいわゆる4マス広告の合計(2兆4,538億円:前年比108.9%)を上回った。2019年にインターネット広告がテレビ広告を抜いたわけだが、コロナ禍による景気低迷を経て、広告市場の主役は、インターネット広告に完全に移行したとも言える。

 急速な成長が見通せない日本経済、そして、今後、より一層進むとされる少子高齢化が進むなかにあって、特に経営環境の悪化が予想されるのがローカル民放局である。

 2021年11月、総務省は「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」を設置して、放送制度の抜本的な検討を開始。同検討会がまず手をつけたのが、このローカル民放局の経営問題で、2022年6月に出された中間とりまとめでは、ローカル民放局の救済を目的に、マスメディア集中排除原則の緩和策が示された。他方において、地理的な条件不利地域での中継局を、ブロードバンド等によるインターネット網で代替する案も検討されている。

NHKのインターネット展開

 他方において総務省は、2022年9月に同検討会の下に、「公共放送ワーキンググループ」を設置。NHKのインターネット活用のあり方等について議論を始めた。その射程にあるのは、NHKのオンラインサービスを本来業務に位置づけるのか、また、位置づけるとするとその財源と受信料との関係をどのように考えるのかといった問題である。

 NHKとしては、当然、本来業務に加えていきたいわけだが、新聞や民放業界から「民業圧迫」という反発の声が上がるのは必至である。NHK改革にあたっては、インターネット展開については、NHK組織のスリム化、健全化とセットで進めることが求められてきた。NHKとしても、その実績を示す必要もあり、前述の中期経営計画の見直しにおいて、地上契約も含む受信料の値下げが示されたのである。この議論の過程においてNHKは、政治との妥協も求められることになるであろう。

 2023年は、日本でテレビ放送がスタートして70年目を迎える年である。

 年明け早々には、放送局を取り巻く経営環境の変化を受けて、認定放送持株会社が支配することが出来る地域数の制限撤廃や、放送対象地域の隣接・非隣接に関わらず兼営・支配を認めるといった制度改正が本格的に検討されることになろう。また、NHKのインターネット展開についても、インターネット上で放送と同様のサービスが提供出来る状況が生まれているなかで、公共放送の存在意義といった本質的な問題も含め、議論されていくことになろう。

 そのことを考え合わせると、2022年の放送界は、70年という節目に向かって、その変化の予兆を強く感じさせた1年であったとも言えるのではないか。

<執筆者略歴>
音 好宏(おと・よしひろ)
上智大学新聞学科・教授
1961生。民放連研究所所員、コロンビア大学客員研究員などを経て、
2007年より現職。衆議院総務調査室客員研究員、NPO法人放送批評懇談会理事長などを務める。専門は、メディア論、情報社会論。著書に、「放送メディアの現代的展開」、「総合的戦略論ハンドブック」などがある。

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