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〈ラジオ 長寿番組の研究④〉RKBラジオ・林田スマさん 主婦からラジオ復帰の42年間

【全国のラジオ局には魅力あふれる長寿番組が多く存在する。第4回は、いったんは「寿退社」しながら復帰。RKBラジオの週末の顔となった林田スマさん】

 林田スマさんのラジオ番組を聴くと、癒されるし気持ちが落ち着くと感じるリスナーは多いに違いない。

 日曜日の午後8時、RKBラジオで放送されている「林田スマのサンデースイートショップ」は今年27年目を迎えた。林田スマさん初の冠ラジオ番組である。

 穏やかなオープニングメロディーに乗せ林田さんの声によるタイトルコールの後、ゆったりとしたテンポで季節などの身近な話題から始まる。そしてリスナーからのお便りの紹介、リクエスト曲へと進む。リクエスト曲もロックは決して選ばないんじゃないかというような番組のムードを感じる。

 『語り→お便り紹介→リクエスト曲』をワンブロックと見立てれば、それを実に心地の良いリズムで繰り返していく。決してアップテンポにはならない。リスナーは聴いている間に知らず知らずのうちに、一週間に溜め込んだ心の疲れを癒すことができる。そういう番組のように思う。

 「この番組には本当にいいお便りが来ます。私は人と人(お便りをくれた人とリスナー)がつながればいいなあと思いながらお便りを読んでいます。お便りをいただいた方の心の温度を測りながら、お互いの体温がつながればいいなあと思って放送しています」。林田さんがこの番組で心がけていることだという。

担当する番組は長寿番組ばかり

 林田さんの担当する長寿番組はこの「スイートショップ」だけではない。土曜日午後5時5分から放送されている「林田スマのお母さんにバンザイ」は今年24年目を迎える。

 毎週、ひとりのゲストからお母さんの思い出話を聞き、思い出に残る曲を放送する番組だ。放送時間は15分間。林田さんはこれまでに1200人を超えるゲストから母との思い出、受けた躾、叱られたこと、ほめられたこと、おふくろの味、忘れられないエピソードなどなど、それぞれのお母さん像を聞き出してきた。

 もともと林田さんは、お母さんの番組を放送したいと思ってきた。何歳になっても子どもの心の中にはお母さんとの出来事が残っているかもしれないということを伝えたかったからだという。

 そんな時に明太子の老舗「ふくや」の川原健会長(当時)とのめぐり合わせがあった。同じ高校の先輩だった。「世の中の役に立つ番組を作らんね。そういう番組を応援したい」と声がかかった時、林田さんはお母さんの番組への思いを切り出し、この番組は実現へと漕ぎつけていったのだった。

 ラジオ局の長寿番組を考える場合、スポンサーとの関係は大きい。地元に根付いた老舗企業と番組との関係は単にCMを出すだけの関係ではなく、深い紐帯と信頼感で支えられているように思う。ふくやはこの番組が15分間と短いため番組提供アナウンスのみとしCMを入れていない。少しでも良い放送になってもらいたいとの思いがある。長寿番組を考える場合に良きスポンサーは不可欠な存在なのではないだろうか。

 林田さんはこれまで紹介してきた二番組のほかに、日曜日の午後6時半からの15分番組「スマスマE-KIDS」 を放送しており、3本のレギュラー番組をかかえるRKBラジオ週末の顔だ。

 過去の番組でも「言葉の花束」は25年間続けた実績を持ち、担当する番組は次々と長寿番組になっていく。ご本人は「私はくそまじめな性格で、何事も流せない性分なんですよ。とにかく一生懸命、コツコツやってきただけなんですよ」と謙遜する。

 そんな林田さんが「お母さんにバンザイ」に強いこだわりを持つのは、林田さんのキャリアと無関係ではないように思える。

「寿退社」からのラジオ復帰

 林田スマさんは1967年にRKBに入社、その頃のラジオはちょうど深夜放送ブームが到来していた。林田さんは九州初の深夜ワイドラジオ番組である「ユー・アンド・ミー」でデビューを果たし、その後伝説のラジオ番組と語り継がれる「スマッシュ‼11」のアシスタントにも抜擢された。まさに順風満帆の門出だったはずなのだが、その後ほどなく寿退社してしまった。

 「その頃の私はクリスマスケーキ症候群でした。当時の女性は結婚適齢期が24歳とされ、25歳に子供を産むのがいいとされていました。結婚すれば幸せになれると誰もが思っていた時代です。私自身も本当にそう思っていました。番組を担当させていただいたものの実力不足で怖くなったこともありました。結局、力がなかったのかな。慌てて結婚した感じでした」(編集部注:クリスマスケーキ症候群は12月24日のクリスマスケーキが25日には半値で売り出されることになぞらえたもので、当時は25歳での結婚は遅いと考える風潮があった)と、林田さんは当時を振り返る。女性を取り巻く環境はそういう時代だった。

 結局、結婚後は夫の転勤で9年間東京での専業主婦に専念した。転機が訪れたのは、夫の東京転勤が終わり福岡に戻ったことだった。RKBでの寿退社前のキャリアは3年9か月しかなかったが、ラジオ時代にできた人とのご縁は切れず、チャンスは再び訪れた。

伝説のプロデューサー野見山実さんとのご縁

 林田さんをかつて人気ラジオ番組「スマッシュ‼11」に抜擢してくれたプロデューサーから声を掛けられた。「もう一回、ラジオ番組に出てみないか」とのオファーだった。

 声を掛けたのは野見山実さんだ。井上陽水など数多くのアーティストを発掘した伝説のプロデューサーである。素人時代の井上陽水が「スマッシュ‼11」に録音テープを持ち込んだ時にその才能を見出し、世に送り出した話は有名だ。この時代のラジオ番組がニューミュージックのスターたちを育て上げたケースは、長寿番組の研究①のIBCラジオでも紹介した。ラジオの果たした役割は実に大きかった。

 林田さんに話を戻す。林田さんは野見山さんからのオファーをきっかけに、5時間のワイド番組「土曜ワイドラジオ九州」でラジオへの復帰を果たす。コンビを組んだのは、人気アナウンサー中村基樹さんだった。

 「野見山さんからお声を掛けていただいたときは本当にうれしかったし、中村基樹さんがいてくれるので安心してできました。あの時が33歳でしたから、今年はフリーアナウンサー歴42年になりますかね」。結局、この番組は11年間も続くことになった。

 RKB時代の人とのつながりがラジオ復帰の道を開いたのは間違いない。しかし何より復帰を後押ししたのはご自身の気持ちだったのではないだろうか。

 林田さんは見知らぬ東京での専業主婦時代9年間の心の変化を自著にこう記している。

 「それほど憧れていた専業主婦の生活は、私には向いていませんでした。そして、そのことに気づいたのは比較的早い時期だったのです。…ある日、みそ汁のだしを取り終えた昆布を見て、何だか自分と重なって涙があふれました。」(『母のことば、母のこころ』より)。

 林田さんが主婦時代に感じた何か満たされない思いは、夫とともに転勤から福岡に戻ったとき、新たな一歩を踏み出す力へと変わっていったのだと思う。そこには、相談できる仲間、いつも応援してくれる母親や家族がいた。出産、育児、そして職場復帰、林田さんが母親とはどうあるべきかについて以前にも増して深く考えるようになったのは想像に難くない。

母とは何かを問い続ける

 長寿番組となった「サンデースイートショップ」と「お母さんにバンザイ」の放送が始まるのは、90年代の後半である。林田さんはサラリーマンでいえば管理職になる年齢に差し掛かっていた。若い頃は寿退社に疑問を持たず、東京での孤独な育児の日々にも耐えた。それが当たり前だと受け止めていたのだが、時代は変わろうとしていた。

 男女共同参画社会基本法が施行され、国が男女平等を推進することになったのは99年。林田さんに期待される役割も増えた。

 「お母さんにバンザイ」を始める2年前の96年のこと。福岡県大野城市のまどかぴあ女性センターの所長に就任した。大野城市は九州の中でもいち早く女性問題への取組みを始めた自治体であり、所長として林田さんは女性問題の解決、男女共同参画社会の実現に向けた企画や事業を展開していった。啓発や再就職などのほかに自らの体験をもとにした講座も立ち上げた。自分が東京での慣れない育児で感じたような孤独の日々を送っている母親への精神的な支援を目指す無料講座だ。

 2004年には、かつて九州大学の受験に失敗し納得できなかったこともあって、自分のために九州大学大学院人間環境学府修士課程に入学、見事修了している。修士論文のテーマは「戦後史における母親像の変遷」である。この論文はかつて良妻賢母を夢見た自らを冷静に見つめ直しながら、母親だけではない生き方、ジェンダー論、増える女性就労などといった観点から母親像の変遷について考察したものだ。

 林田さんは人生の折り返し地点にさしかかる頃に、「林田スマのサンデースイートショップ」、「林田スマのお母さんにバンザイ」を始めた。それと前後して女性センターの所長として活動し、九州大学の大学院で学び直しをした。そのことがご自身の視野や幅を広げることになり、長寿番組を続けていく力になってきたのは確かなことだろう。敬服に値することだと思う。

<林田スマさんプロフィール>
1947年福岡県嘉穂郡生まれ。68年にRKB毎日放送に入社。71年に結婚のため退社。9年間の専業主婦生活を経て、80年からフリーのアナウンサーとしてラジオに復帰。96年から「大野城まどかぴあ女性センター」(現・男女平等推進センター)所長、2009年からは「大野城まどかぴあ」館長に就任。2004年に3月に九州大学大学院人間環境学府修士課程修了。

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