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「日本版DBS」で子どもを守る

【性犯罪歴のある者が、子どもに関わる職業や役割につくことを防止する「日本版DBS」。どのような仕組みで、どのような課題、展望があるのか】

飛田 桂 (NPO法人子ども支援センターつなっぐ代表理事、弁護士)


「日本版DBS」の意義

 日本版DBS法案が、国会に提出される見込みです。犯罪歴照会期間が、刑法に規定された刑の消滅期間より長期になるという報道もあります。日本版DBSが導入される経緯と、導入にあたって注意すべき点について確認したいと思います。

 日本版DBSは、英国などの諸外国における制度を参考にした社会における仕組みです。性犯罪歴のある者が、子どもにかかわる職業や活動に従事することを防止することにより、新たな子どもの被害を防止します。

 英国では、DBS(Disclosure and Barring Service、前歴開示・前歴者就業制限機構)が就業禁止リストを管理し、ボランティアを含む全ての子どもにかかわる職種を対象として、一定の前科・前歴のある者や通報された者が就業できない仕組みを導入しています。この仕組みが参考にされているため、日本版DBSとよばれています。

 こういった、子どもの被害防止のための政策は、諸外国において、疫学的研究や実証研究などに裏打ちされながら、広範囲にわたって実施されています。特に、大きな転換のきっかけとなったのは、米国で1995年から1997年にかけて実施された研究です。

 子どもが幼少期に、暴力や虐待などトラウマとなるような体験(Adverse Childhood Experiences、ACE体験)をすると、思春期や成人期になって、慢性的な健康問題、精神疾患、薬物使用問題につながることが発表されました。その後も、子どもに対する暴力等による国家的損失の大きさ等が研究発表され、米国や英国をはじめ、諸外国では、政策の力点を、予防と対応におくようになり、子どもを守るための政策が次々に実施されるようになりました。

 DBSも、子どもを守る政策の一つであって、英国でも他の政策(被害児童中心でトラウマの視点に基づいた刑事政策など)と組み合わさって実効的に利用されているものです。他の政策も順次検討して導入していくことで、より効果を発揮できます。

 また、DBS自体は、後述するように、営業/職業選択の自由を事実上一定程度制約します。子どもを守る政策を実施することは社会の当然の責任としても、性犯罪歴がある者に対する過度な制約とはならないように注意する必要があり、また、目的に見合った機能を実際に発揮できているかを継続的に確認する必要があります。

日本版DBSと職業選択の自由について

 憲法は、国民に対して、職業選択の自由を保障しています。医師法や国家公務員法が前科等による資格制限を定めているのと同様に、もし仮に、日本版DBSが、法律によって一定の職種に就くことを禁じていれば、直接的に憲法上の権利を制約していることとなります。

 この点、日本版DBSは、対象事業者が、雇用の際に、応募者本人の同意をとって政府の性犯罪歴システムで応募者の性犯罪歴の有無や種類などを確認し、適切な措置を講じるという仕組みになる予定です。

 犯罪歴がある者が一定の職種に就くことを禁ずるものではなく、対象事業者に確認義務を規定する法律ですので、職業選択の自由が直接制約されるものではありません。また、昨今、従業員の逮捕報道などにより被る事業者側の被害は看過しがたいほど大きく、事業者が性犯罪歴を有する者を採用しなくてすむよう情報開示を受けられるという利益もあります。

 一方で、対象事業者に対して一定の義務が課されることや、性犯罪歴があると子どもにかかわる職種に事実上就けなくなることからは、営業/職業選択の自由を一定程度制約するとも考えられます。もちろん、公共の福祉による制限自体は許されますが、子どもの性被害を防止する等の目的のために、合理的かつ相当な制約であることが必要です。

 英国では、DBS導入から8年程度経過した2020年に、加害者更生の観点から、加害者が未成年時に受けた警告等の処分歴については、DBSの対象から外しています。日本においても、継続的に、より子どもの性被害防止の目的にかない、かつ、営業/職業選択の自由を過度に制限しない運用方法を検討することが重要です。

 現在の報道によると、日本版DBSにおいて犯罪歴照会が可能となる期間は、刑法に規定される刑の消滅期間よりも長期となる予定です。後述するように、現在の日本では、子どもへの性加害に対して刑事罰が科されることが稀であることを考慮すると、照会可能期間が刑法より長期となることには合理的な理由があるといえるでしょう。

 一方で、日本において今後法制度の変更があり、子どもへの性加害に対して適切に刑事罰が科され、日本版DBSリストが加害者を十分に捕捉できるようになった際には、再検討の余地があるかもしれません。

 より注意が必要なのは、憲法13条に基づくプライバシーの問題です。日本版DBSは本人の同意をとることを条件にしていることから直接的には権利の制約はないところですが、前科前歴が個人情報保護法でいう要配慮個人情報にあたる高度のプライバシーに該当することから、立法後の運用にあたっては特に注意が必要といえます。

『日本版DBSは初犯に無効』という課題

 日本版DBSは、既に被害にあった子どもがいることを前提とする制度です。特に、日本版では、英国とは異なり、有罪判決がなされた場合である「前科」に限定される予定となっていますので、繰り返し子どもに対して性加害をしていて、通報歴や逮捕歴が多数あっても、起訴されて性犯罪等の有罪判決を受けなければ、対象とはなりません。日本版DBS自体は、前科のない「初犯」に無効なのです。

 「こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者会議」の報告書でも、日本版DBS(性犯罪歴の確認をする仕組み)だけではなく、付随する仕組みが予定されています。

 付随する仕組みとは、対象義務者に対して、子どもの安全を確保する「法律上の」責務を負わせ、①子どもに対する性犯罪・性暴力の影響等についての理解を深めさせるための教員等に対する研修、②子どもに対する性犯罪・性暴力を防止するための体制整備、③早期に被害を発見するための窓口の設置といった安全措置を求めるものになる予定です。

 このうち、②が初犯防止の要となります。保育園児のように、性被害予防教育をしても、まだ年齢・発達的に被害に気づくことが困難な子どもたちにとっては、防犯カメラを設置するなどの物理的な体制を整備することが必須といえます。自己防衛が可能な子どもたちであっても、指導者など支配的・優越的地位にある者が、閉鎖的な環境で継続的にかかわる場合も同様です。

 また、子どもに対する性加害が、グルーミング(手なづけ)などから始まることからすると、性加害になる前のグルーミング段階で介入することが初犯防止に役立ちます。①や③によって、性被害になる前の「超」初期段階で介入することが、初犯防止となるのです。

 一方で、現在、児童相談所と警察とが協同して調査/捜査し、重篤な刑事事件になることが少なくない保護者からの性加害ですら、真偽不明になることが多く、関係機関が対応に苦慮しています。調査/捜査権限のない各事業者が、行き詰まってしまうことが予測されます。

 日本版DBSに付随する安全措置が導入されても、その後の対応が整備されなければ、やはり「初犯」を防ぐことができず、子どもの被害を防止するという目的が達成できないのです。どんな対応が整備されるべきでしょうか。

日本版DBS以外の仕組み 

 そもそも、子どもに対する性犯罪等を予防するためには、性犯罪歴等を確認する際に用いられる日本版DBS対象者リストが、加害者を適切に捕捉していることが大前提になります。

 しかし、子どもに対する性加害の多くは、加害者の供述と子どもの供述しか証拠がなく、加害者には黙秘権がありますから、実質的には子どもの供述しか証拠がありません。

 日本には、子どもに対する加害を適切に処罰対象とするための特別な法律規定がなく、司法取引もありませんから、逮捕や起訴されるのはごく一部に限られます。現在の日本の状況下では、どうしても対象者を十分に捕捉したリストにはならないのです。

 諸外国では、子どもに対する性加害者に刑罰を科すことができるよう、様々な工夫をこらしています。子どもに対する(性)犯罪について、虐待罪のようなものを創設するなど、子どもに特化した法律を規定したり、罰則付きの通告義務を創設して早期発見を強く促したりもしています。

 日本版DBSが、より有効に機能するためには、こういった、子どもに対して加害行為をする者を捕捉するための仕組みをつくることが急務です。

 また、刑罰を適切に課すという観点に加え、「初犯に無効」という課題を解決するためにも、超初期段階における対応方法を整備する必要があります。

 諸外国では、刑事事件になるか児童相談所対応事案になるかも不明な時点で、通告があればすぐに行政側でトリアージを行い、親権者の同意がなくても、中立的な専門家が司法面接によって子どもの供述を確保し、また、医師が子どもに系統的全身診察を実施して、数少ない証拠を正確に確保するといった仕組み(CACモデル)もあります。子どもから話を聞き終わると、即座に、警察や児童相談所が、関係者から話を聞き取るなど、協同して捜査/調査を開始します。

 日本版DBSが有効に機能して、真の意味で子どもたちの安全を図るためには、こういった諸外国における取り組みを速やかに導入するなどして、子どもに対して暴力や性行為をする者を捕捉するための仕組みをつくることが重要です。そのことが、初犯に無効という日本版DBSの課題解決にも役立つこととなります。

今後の展望

 日本版DBSが導入されたとしても、日本社会においてどのように子どもを守るかを、正しい知識をもとに、冷静かつ建設的に議論し、継続的に検討していくことが重要です。

 国や社会において、子どもの性被害防止に本気で取り組むのであれば、日本版DBSの議論を性被害に限定することなく、子どもの被害全般について防止する視点で議論をしていく必要があります。

 特に、子どもの被害が疑われた場合には、親権者の同意がなくても、被害について診察・聴き取りが実施され、その後の調査/捜査をしていく仕組みづくりは急務であり必須です。

 子どもの被害が、闇に葬られてしまう一番の原因は、近くの大人にあるからです。

<執筆者略歴>
飛田 桂(ひだ・けい)
弁護士、NPO法人子ども支援センターつなっぐ代表理事
東京都立大学法学部、首都大学東京法科大学院卒
2022年、飛田桂法律事務所開所
NPO法人神奈川子ども未来ファンド理事、川崎市人権オンブズパーソン、
早稲田大学社会安全政策研究所招聘研究員、公益財団法人あすのば監事

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