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台湾有事「戦う覚悟」  無傷で済むはずがない

【台湾有事をめぐる「戦う覚悟」発言。では、「戦う」事態となった時に、日本ではいったい何が起きるのか?無傷で済むはずがない。】

半田 滋 (防衛ジャーナリスト)


安全保障をめぐる麻生発言

 台湾を訪問し、「戦う覚悟」と発言した麻生太郎自民党副総裁は、岸田文雄首相が行った9月の内閣改造・自民党役員人事で副総裁を続投した。おとがめなしどころか、後述するが発言は政権の意向を反映していたというのだ。

 内閣には5人の女性議員が入ったものの、副大臣、政務官54人の中に女性はゼロ。派閥均衡を図り、来年秋の自民党総裁選で再選を確実にするための「内向きの内閣改造」「権力固めだ」と批判され、内閣支持率の回復にはつながらなかった。

 再任された麻生氏は9月24日、福岡市で講演した。岸田政権が昨年暮れに改定し、「反撃(敵基地攻撃)能力の保有」を盛り込んだ安保関連3文書への対応をめぐり、公明党の山口那津男代表ら幹部を名指しして「一番動かなかった、がんだった」と批判した。

 放言・失言は麻生氏の御家芸とはいえ、「がん」はない。名指しされた山口氏は「評価は控えたい」とスルーし、やはり批判された北側一雄副代表は「事実誤認ではないか」と述べるにとどめ、公明党からの反発はなかった。

 公明党は2021年10月の衆院選挙で候補者を立てた9選挙区で全員が当選。そのうち6選挙区が大阪と兵庫だ。この6選挙区に大阪を地盤とする日本維新の会が次の衆院選挙で新人を立候補させると発表した。公明党が誇る「常勝関西」とはいえ、自民党の選挙協力がなければ当選はおぼつかない。

 麻生発言は、そうした政治状況を見極めて政策のブレーキ役を務めてきた公明党にショック療法を施す一方で、政権への接近が目立つ国民民主党に誘い水を向けるという一石二鳥を狙った老獪な政治家ならではの仕掛けといえる。

 とはいえ、安全保障政策をめぐる麻生発言は、首を傾げることが多い。「戦う覚悟」発言をみてみよう。

 発言は台湾を訪問中の8月8日、国際フォーラムでの講演で飛び出した。自民党副総裁が台湾を訪問したのは初めて。政府ではなく党を代表する立場だが、元首相でもあり、国交断絶後の台湾を訪問した意味は重い。

 麻生発言は以下の通りだ。
「最も大事なことは、台湾海峡を含むこの地域で戦争を起こさせないことだ」「今ほど日本、台湾、アメリカをはじめとした有志の国々に非常に強い抑止力を機能させる覚悟が求められている時代はないのではないか。戦う覚悟です。いざとなったら、台湾の防衛のために防衛力を使う」

 この発言について、麻生氏に同行した鈴木馨祐自民党政調副会長はBS番組で「個人の発言ではなく、 政府内を含め、調整をした結果だ」と明かした。

 麻生発言のうち、台湾海峡の平和と安定の重要性を訴えたまでは政府の公式見解と変わりない。南西諸島の要塞化を進める岸田政権ならば「抑止力を機能させる」までは調整したかもしれないが、「戦う覚悟」は政府公認なのか。

 ニュース映像を見ると、麻生氏が原稿を読んでいるのは「覚悟が求められている時代ではないのか」まで。「戦う覚悟です」以降は原稿に目を落とすことなく、正面を見すえて語っている。用意した原稿から離れ、自身の考えを表明したようにみえる。

 麻生氏といえば、13年7月29日、憲法改正をめぐるシンポジウムに出席して「ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていた。誰も気づかないで変わった。あの手口に学んだらどうかね」と発言し、3日後に撤回した。17年8月29日には、派閥研修会で「結果が大事だ。何百万人も殺しちゃったヒトラーは、いくら動機が正しくてもダメなんだ」と述べ、翌日にやはり発言を撤回している。

 撤回した以上、失言を認めた形になっているが、本音だから繰り返すのだろう。

存立危機事態と敵基地攻撃能力

 麻生氏は、台湾有事に関連して「戦う覚悟」発言より前の21年7月6日、副総理兼財務相として講演し、「台湾で大きな問題が起きると、間違いなく『存立危機事態』に関係してくると言っても全くおかしくない。日米で一緒に台湾を防衛しなければならない」と述べている。

 この発言からわかるのは、安全保障政策の変質ぶりである。本来、日本は憲法の規定から国外で起きる戦争に参戦できない。その一方で「存立危機事態」は安全保障関連法で容認された集団的自衛権を行使できる唯一の要件である。「密接な関係にある他国」に対する武力攻撃の発生が日本の存立を脅かすならば存立危機事態と認定し、攻撃を受けている他国を守るために海外で武力行使できるとした。

 では、台湾は「密接な関係にある他国」だろうか。1972年の日中国交正常化にあたり、日中両政府が調印した共同声明の中で、日本政府は「台湾を中国領土の一部」と主張する中国の立場を「十分理解し、尊重」するとした。半世紀後の今も政府は台湾を国とはみていない。

 麻生氏が演説の中で台湾を独立国のようにみなし、「密接な関係にある他国」との前提に立って存立危機事態を主張したのは二重に間違っている。老獪な麻生氏のことだ、あえて言ったのかもしれない。

 憲法に基づく「専守防衛」とは、海外で武力行使をしないことはもちろん、例え自国が侵略された場合であっても必要最小限度の武力しか行使しないことをいう。その規範が第二次安倍政権で制定された安全保障関連法によってちゃぶ台返しされた。法律が憲法を覆す「法の下克上」である。

 全国22カ所の裁判所で25件の違憲訴訟が提起され、原告側証人として出廷した元内閣法制局長官や憲法学者らは「違憲の法律」と指弾した。これまで裁判所は「具体的な権利侵害がない」として原告敗訴を言い渡しているが、憲法判断から逃げ続けている。

 話を戻そう。麻生氏の台湾訪問は台湾側からの要請で実現し、滞在中に蔡英文総統、頼清徳副総統と会談した。昨年12月には自民党の萩生田光一政調会長、世耕弘成参院幹事長が相次いで訪台し、やはり蔡、頼両氏と会談している。

 来年1月に総統選挙を控え、頼氏がトップの民進党は米国とのパイプを強調する一方、日本の保守政治家や自衛隊OBを招いて盛んにシンポジウムを開き、日本との密接ぶりをアピールする。民進党やライバルの国民党、民衆党の候補者も来日して自民党の有力政治家と面会し、日本との距離の近さを競い合う。

 台湾有事になれば、軍事力に劣る台湾が単独で中国に勝つのは難しい。米国を味方に付ける以外に方法はない。日本まで取り込むのは米国、日本、台湾が結束すれば、中国に対する強い抑止力になると考えるためで、特に日本に期待するのは台湾有事が勃発した際の米軍への基地使用許可である。

 米軍が日本の基地を戦闘作戦行動に使用できなければ、出撃拠点を失い、参戦を見送るかもしれない。そうなれば台湾はやすやすと中国によって統一される。だから日本を引き寄せることは死活的に重要なのだ。

 中国側からみれば、米軍が日本から自由に出撃する状況を許したまま台湾を屈服させることは不可能に近い。中国軍は在日米軍基地や自衛隊基地ばかりでなく、飛行場や港湾といったインフラを攻撃せざるを得ず、日本は莫大なコストを払うことになる。

 「台湾有事は日本有事」と断定したのは安倍晋三元首相だった。21年12月1日にあった台湾に関するシンポジウムで「尖閣諸島や与那国島は、台湾から離れていない。台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事でもある」と述べた。

 現代の戦争では隣接する国で戦争が起きても巻き込まれなかった例は珍しくない。安倍氏の言葉を正確に言い換えるならば、台湾に近い沖縄には米軍基地が集中しており、米国が台湾有事に関わればその基地が攻撃されて日本有事に発展する、と言わなければならない。

 基地が攻撃されなくても米軍の損耗を存立危機事態と認定して自衛隊が参戦すれば、反撃されてやはり日本有事になる。台湾有事が日本有事に発展するのは「米国が参戦する場合」であることがわかる。

 そして岸田政権が決めた「敵基地攻撃能力の保有」は米国の戦争に日本が参戦するハードルを思い切り下げた。

 安全保障関連法は海外派兵を可能にしたものの、「専守防衛」のタガがはめられたままの自衛隊に長射程のミサイルは一発もなく、保有できるのは防御的兵器に限定されていた。米国の戦争に参戦したとしても足手まといになりかねなかったが、敵基地攻撃を解禁したことにより長射程のミサイル保有と運用を可能にした。攻撃的兵器を持つ米軍と足並みが揃い、自衛隊は「米軍の二軍」として貢献できるようになった。

 「安倍政権の安全保障関連法」と「岸田政権の敵基地攻撃」が重なって化学反応を起こし、もはや憲法9条は存在するだけの脱け殻になったといえる。

 運用面をみると、自衛隊は長年にわたる専守防衛の制約から攻めてくる敵を撃退する訓練しかしていない。攻撃は想定しておらず、他国のどこに基地があるのか正確な地点を知る術さえない。偵察衛星を導入したり、ヒューミントと呼ばれるスパイを養成したりするには巨額の費用と長い時間がかかる。

 では、どのように攻撃を仕掛けるのか。安保関連3文書のうち国家防衛戦略は「我が国の反撃能力については、情報収集を含め、日米共同でその能力を効果的に発揮する協力体制を構築する」とした。解決策は日米一体化だというのだ。

 外征軍である米軍は高い情報収集能力を持ち、自衛隊の情報不足を補うことができる。その性能を熟知する米軍からの命令で、米政府から大量に購入する巡航ミサイル「トマホーク」を自衛隊が発射する日がいずれ来るのだろう。

日本が無傷で済むはずがない

 今年1月、米国のシンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」は中国軍が26年に台湾へ上陸作戦を実行すると想定した図上演習の報告書を公表した。

 報告書は、当然のように日本の基地からの米軍出撃を前提にしている。もう一点、重要なのは米軍が中国本土を攻撃する場合であってもその対象は、飛行場や港湾といった一部の出撃拠点にとどまることだ。主な攻撃対象は主戦場となる台湾海峡の中国軍艦艇や飛来する航空機に限定され、その意味では「専守防衛」に近い戦い方をしている。

 CSISは「核保有国の領土を攻撃すれば、核のエスカレーションを警戒しなければならない」とし、中国本土を攻撃できない場合の戦争計画も策定しておくべきだと勧告している。

 ここで日本の現状を振り返ってみよう。岸田政権は敵基地攻撃を解禁した。攻撃能力を持てば、相手国がひるんで日本は安全になるというが、中国は軍事力に劣る自衛隊を恐れるだろうか。世界最強の米軍でさえ、避けたい中国への攻撃に踏み切り、日本が無傷で済むはずがない。絶望的な「平和ボケ」である。

 CSISの報告書が示唆しているのは、米中の戦争で両国が相手国の国土を攻撃することはほとんどなく、中国の目の前にある日本だけが壊滅的な被害を受けるという理不尽さである。

 日本が米国に在日米軍基地からの出撃を認めないとすれば、どうだろうか。米国は参戦を見送り、中国は台湾を併合できるかもしれない。そうなれば日米安全保障条約は米国によって一方的に破棄されるか、日本防衛義務が形骸化され、日本は必要に迫られる形で異次元の軍事力増強に向かうだろう。

 安保条約の破棄が嫌ならば、基地の自由使用を認め、日本全土が壊滅的打撃を受けることを了とするのか。まさに究極の選択である。

 そこまで追い詰められることがないよう、日本は米中衝突を回避する方法を考えなければならない。政府はシェルター設置など南西諸島の要塞化を進め、住民避難の訓練を始めている。自助努力が好きな国柄だが、一人ひとりの努力で安全な避難などできるはずがない。台湾有事に備えるのではなく、台湾有事は避けなければならない。

 いずこの国の政治家も我田引水なのだろう。台湾の世論を味方に付けて選挙を有利に運びたい蔡政権と中国を牽制したい日本の保守勢力が同床異夢の中で手を結ぶ。抑止力は効果的に機能するとは限らない。抑止が破れた場合の壊滅的被害を想像すれば、麻生発言は軽率に過ぎる。迷惑でしかない。

<執筆者略歴>
半田滋(はんだ・しげる)
  1955年(昭和30)年栃木県宇都宮市生まれ。防衛ジャーナリスト。元東京新聞論説兼編集委員。獨協大学非常勤講師。法政大学兼任講師。海上保安庁政策アドバイザー。
 下野新聞社を経て、91年中日新聞社入社、東京新聞編集局社会部記者を経て、2007年8月より編集委員。11年1月より論説委員兼務。1993年防衛庁防衛研究所特別課程修了。92年より防衛庁取材を担当し、米国、ロシア、韓国、カンボジア、イラクなど海外取材の経験豊富。防衛政策や自衛隊、米軍の活動について、新聞や月刊誌に論考を多数発表している。04年中国が東シナ海の日中中間線付近に建設を開始した春暁ガス田群をスクープした。07年、東京新聞・中日新聞連載の「新防人考」で第13回平和・協同ジャーナリスト基金賞(大賞)を受賞。
 著書に、「台湾侵攻に巻き込まれる日本 安倍政治の『後継者』、岸田首相の敵基地攻撃と防衛費倍増の真実」(あけび書房)、「戦争と平和の船、ナッチャン」(講談社)、「変貌する日本の安全保障」(弓立社)、「安保法制下で進む! 先制攻撃できる自衛隊―新防衛大綱・中期防がもたらすもの」(あけび書房)、「検証 自衛隊・南スーダンPKO-融解するシビリアン・コントロール」(岩波書店)、「『北朝鮮の脅威』のカラクリ」(岩波ブックレット)、「零戦パイロットからの遺言-原田要が空から見た戦争」(講談社)、「日本は戦争をするのか-集団的自衛権と自衛隊」(岩波新書)、「僕たちの国の自衛隊に21の質問」(講談社)、「集団的自衛権のトリックと安倍改憲」(高文研)、「改憲と国防」(共著、旬報社)、「防衛融解 指針なき日本の安全保障」(旬報社)、「『戦地』派遣 変わる自衛隊」(岩波新書)=09年度日本ジャーナリスト会議(JCJ)賞受賞、「自衛隊vs北朝鮮」(新潮新書)、「闘えない軍隊」(講談社+α新書)、などがある。

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