<シリーズ SDGsの実践者たち> 第21回 農業高校の生徒が研究した「ZEROマイプラ」
「調査情報デジタル」編集部
カエルの卵だと思っていたら……
全国の水田では田植えの時期を迎えている。宮城県名取市の宮城県農業高等学校でも、5月中旬に約6ヘクタールの水田で田植えを終えた。
水田を囲む畦を見ると、直径5ミリほどの白くて丸い殻のようなものが土に混ざっている。田植え前に水を張って、土の表面を平らにする代掻きをすると、毎年土の中から出てくるものだ。
教員も、生徒も、カエルの卵の殻だと思っていた。おそらく、多くの農家もそう思っているのではないだろうか。ところが、これはカエルの卵ではなかった。
最初に生徒が疑問を持ったのは、2019年の春に実施した海岸掃除のときだった。宮城県農業高校は2011年の東日本大震災で、津波によって校舎を流された。以後、毎年被災地のゴミ拾いをしている。その海岸で見つけたのが、この白くて丸い殻だった。
カエルの卵が、海にまで流れ出ているのはおかしい――疑問に思った生徒が調べたところ、この殻はプラスチックであることが判明。それも、毎年水田に撒いている肥料をコーティングしているプラスチックの殻だった。代掻きのあとには水田の水を一度抜く。その際に、川から海へと流れ出ていたのだ。
全国の水田からペットボトル6億本分が流出?
この事実に気付いた生徒らが、実態の解明に乗り出した。宮城県農業高校は1885(明治18)年に創立された国内最古の農業高校で、農業科、園芸科、農業機械科、食品化学科、生活科と幅広い学科を持つ。
プラスチック量の調査を担当したのは、農業科3年生で作物部門のリーダーの河東田彩花さん。「先輩が楽しそうに活動していたから」と、入学後すぐに農業経営者クラブに入部。先輩から話を聞いて、水田からプラスチックが流出している問題を初めて知った。
「プラスチックでコーティングされた肥料は、昔から広く使われているものです。ゆっくり肥料が溶け出すことで追肥をする必要がなくなるので、農家の負担が軽くなるメリットがあります。その一方で、プラスチックの殻が川から海へと流れ出ることで、魚が餌と勘違いして食べてしまうかもしれないと思いました」
河東田さんは水田から流出するプラスチックの量を研究した。学校の水田では10アールあたり40キロの肥料を使っている。同じ肥料を水に浸けて、人工的に温度を調節して肥料を溶かし、計量器を使ってプラスチックの殻を1粒ずつ正確に数えた。その数は予想を超えたものだったという。
「10アールあたりのプラスチックの殻は、14万5600粒ありました。これは、500ミリリットルのペットボトルに換算すると60本分です。学校の水田6ヘクタールに当てはめて計算すると、3600本分になります。学校の水田だけでこれだけのプラスチックが出ていることに驚きました」
国内では約140万ヘクタールの水田があり、そのうちの約7割でプラスチックでコーティングされた肥料が使われているとの推計がある。約100万ヘクタールとして計算すると、ペットボトル約6億本分のプラスチックが水田に捨てられていることになるのだ。
プラスチックを使わない肥料を開発
もちろん、これは肥料メーカーや農家が悪いわけではない。プラスチックでコーティングされた肥料は、肥料メーカーが農家の負担を少しでも軽くしようと考えて開発し、長年使われているものだ。ただ、2015年に国際社会共通の目標としてSDGsが掲げられたことで、海に廃棄されるプラスチックを減らすことは重要な課題となった。
そこで、農業経営者クラブと農業科作物部門の生徒たちは、プラスチックでコーティングしなくても追肥の負担を減らすことができる肥料がないか、肥料メーカーの協力のもとで研究を始めた。研究の結果、代替肥料として候補に上がったのがウレアホルムだった。
ウレアホルムは、合成樹脂などの原料として使われる気体のホルムアルデヒドと尿素を合成した物質で、野菜など園芸用の肥料として使われている。プラスチックでコーティングした場合と同じように、ゆっくり溶け出して肥料としての効果が長く続く。
ただ、分解には酸素からエネルギーを得て生育する細菌の働きが必要となるため、水中では肥料として溶け出す時間が長くなるか、もしくは効果が出ない可能性があると従来から言われていた。
それでも試してみなければわからないと、2019年と2020年に学校の水田でウレアホルムでの栽培実験を実施。稲の生育状況から収穫量、稲や葉の長さ、食味まで調べた。その結果、収穫量も食味も従来の肥料よりも良い結果が出て、プラスチックを使わない分肥料のコストも下がることがわかったのだ。
ただ、ウレアホルムが水田の肥料として使えることは、この時点で学校関係者以外は誰も知らない。そこで、先輩とともに研究発表を始めたのが河東田さんだった。
「ウレアホルムを水田で使うことは、まったく知られていませんでした。肥料として使えることと、水田のプラスチックの問題を全国の人に知ってもらおうと考えて、さまざまな大会に出場して研究を発表しました」
宮城県農業高校は高校生を対象にした多くの大会で全国大会へと進出し、相次いで最高賞を受賞する。環境保全などに配慮する活動の発表会「エシカル甲子園」では、最優秀賞の内閣特命担当大臣賞と厚生労働大臣賞を受賞。日本学校農業クラブ全国大会では最優秀賞の農林水産大臣賞を受賞した。
日本政策金融公庫が主催する高校生ビジネスグランプリでも、プラスチックの廃棄物を出さない肥料を実用化する「#ZEROマイプラ」と名付けたプランを発表。3000件を超える応募の中からグランプリを獲得した。
こうした受賞によって、ウレアホルムによる水田肥料の知名度は上がった。研究成果は国会にも資料として提出され、JA全農、全国複合肥料工業会、日本肥料アンモニア協会は、プラスチックでコーティングした肥料の使用を2030年度までにゼロにする方針を2022年1月に発表した。生徒たちの発見と研究の成果が、国を動かした形だ。
「大人から見たら、高校生は何もできないとか、良くないことをするといった偏見があるかもしれません。でも、ZEROマイプラの研究によって、私たち高校生でも国を変えることができると実感しました。高校生もすごいことができると知ってもらいたいですね」(河東田さん)
農業で環境のためにできることはたくさんある
ウレアホルムの肥料は去年商品化された。ただ、現状では宮城県の気候にあわせて開発されているので、全国で使われるためにはさらなる研究が必要になる。
その一環として、宮城県農業高校では今年5月に田植えをした水田で新たな挑戦を始めた。食品会社の協力を得て、ウレアホルム肥料をゼラチンでコーティングした肥料を試作し、実際に使い始めている。
さらに、学校の水田では、雑草だけを刈り取る除草機を全国の農業高校で初めて導入し、除草剤を使わない稲作も始めた。農業の分野で環境のためにできることはたくさんあると河東田さんは感じている。
「環境問題は農業と関係ないと思っていましたが、実は密接に関わっていることを知って驚きました。環境にとっても、農家にとっても、消費者にとってもいい方向になるように、これからも研究していきたいですね」
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