パラリンピックとテレビ~東京大会で変化した「生中継」と「伝え方」
【パラリンピックに関するテレビ放送は、東京2020から劇的に変わった。生中継が圧倒的に増え、伝え方そのものも変化した。その背景と、充実した放送がもたらしたものは】
田中 圭太郎(ジャーナリスト)
1年延期で開催された東京2020パラリンピックは、開会式と12日間の日程を終えて、9月5日に閉幕した。無観客開催ながら、テレビで初めてパラリンピックを観て、その面白さを知った人も多かったのではないだろうか。今回は地上波で生中継された時間が過去の大会に比べて圧倒的に長かった。また、放送局による伝え方が変わったという指摘もある。東京開催でパラリンピックのテレビ放送がどのように変化したのかをみていきたい。
パラリンピック最終日、陸上マラソン中間地点の銀座四丁目交差点
【引き続き「ゴールデンタイムで初の生中継」に続く】
ゴールデンタイムでの生中継は初
実は今回の東京2020パラリンピックでは、ゴールデンタイムで日本の放送史上初の生中継が行われた。NHK総合ではアメリカに惜しくも決勝で敗れたものの、初のメダルを銀メダルで飾った車いすバスケットボールや、競泳、陸上が放送された。Eテレではボッチャの個人決勝が中継され、杉村英孝選手が金メダルを獲得した瞬間を生で観ることができた。
パラリンピックの放送権は、NHKが2018年冬季の平昌大会から、2024年夏季のパリ大会まで持つ。自国開催の今回は、過去最長の放送時間を構えた。生中継と録画中継、関連番組を含めると、総合とEテレで約200時間、BS1とBS4K・8Kも合わせると500時間を超える放送を展開した。オリンピックと同様に無観客開催となり、競技を観戦する手段は放送だけに限られたものの、解説を聴くことができて、選手の表情まで分かるテレビでの放送が、競技を楽しむことに大きく寄与したと考えられる。
また、放送権を持っていない民間放送各局も、ゴールデンタイムではないものの、史上初めて競技を生中継した。日本テレビ系、フジテレビ系、TBS系が車いすバスケットボール、テレビ朝日系が水泳、テレビ東京系が卓球を放送。日本民間放送連盟は「契約内容に関する事項につきましてはお答えできません」と詳細は明かしていないが、サブライセンスを取得して生中継や競技のハイライト放送に取り組んだ。
一方、ラジオでは、NHKラジオ第一が視覚障害のある選手が出場するブラインドサッカー、陸上、水泳などを重点的に生中継していた。
5人制サッカー会場の青海アーバンスポーツパーク
長野パラリンピックでも生中継はなかった
今回初めて競技を観た人が多いと考えられるのは、裏を返せば過去のパラリンピックでは競技を生中継で観る機会がほとんどなかったからだ。当時の新聞のテレビ欄を調べれば、オリンピックに比べてパラリンピックの放送時間がいかに少なかったかが分かる。
1964年に開催された夏季大会の東京パラリンピックは、まだ日本国内で障害のある人がスポーツをする状況にはなく、大会の存在自体知られていなかった。テレビでの放送はNHKだけで、開会式と閉会式のほか、車いすバスケットボールの日本対イギリス戦の1試合のみが総合で生中継された。その後しばらくパラリンピックがテレビで放送されることはなかった。
日本でパラリンピックの名称が知られるきっかけになったのは、1998年に開催された冬季大会の長野パラリンピックだろう。各新聞は冬季大会日本人初の金メダルを夕刊の1面で伝えた。しかし、テレビで競技の生中継は放送されなかった。あくまでニュースやスポーツニュース、ハイライトを伝える番組の中で扱われただけだった。
本格的な生中継はリオ大会から
パラリンピックの夏季大会で過去最も観客を集め、盛り上がったと言われているのが2012年のロンドン大会。しかし、この時も地上波はNHKがEテレで開会式と閉会式を生中継しただけで、1日1回45分間のハイライト番組を総合で午後に、Eテレで夜に再放送していた。
競技の生中継をしない流れが変わったのは、東京2020オリンピック・パラリンピックの開催が2013年に決定してからだ。NHKは2016年の夏季リオデジャネイロ大会から初めて総合で生中継を始めた。ただ、時差があるため中継は午前3時・4時台から午前中の時間帯にかけてがほとんどだった。連日午後10時台からハイライト番組を放送し一部生中継も交えたが、多くの人が競技を観る機会になったとは言いがたい。
それでも、関連番組を含めると、各局の番組でパラリンピックが扱われた時間は飛躍的に増加した。パラリンピックに関する放送時間を正確な数字で把握する調査は、ヤマハ発動機スポーツ振興財団が2016年度から実施している。この調査によると、パラリンピック関連のNHKと民放各局を合わせた放送時間は、2008年の北京大会に比べリオデジャネイロ大会では約4倍に伸びた。
2年後の2018年、時差がない韓国で開催された冬季の平昌大会では、NHKが総合で午後の時間帯に競技を生中継した。しかし、やはり地上波ではゴールデンタイムやプライムタイムの生中継はなかった。ヤマハ発動機スポーツ振興財団が実施した別の調査では、リオデジャネイロ大会を経て、東京大会が近づいた平昌大会でも、パラリンピックの選手の知名度にほとんど変化がないことが浮き彫りになっている。
平昌パラリンピックのパラ・アイスホッケー会場に列を作る人々(2018年3月)
変化したのは中継時間の長さと伝え方~「感動ポルノ」からの卒業
このようにパラリンピックの競技の生中継を観る機会は限られていたが、自国開催の東京2020で一変した。これまでとは比べものにならないほど生中継の時間が増えて、団体から個人まで日本選手団の活躍を観ることができて、競技の魅力を楽しむことができた。
過去の調査を担当してきた笹川スポーツ財団スポーツ政策研究所の小淵和也政策ディレクターは、生中継の時間が長くなったことに加えて、各局の伝え方がこれまでの大会とは大きく変わったと指摘する。
「これまでメディアでは、パラリンピックの選手には身体的・社会的ハンディがあるというストーリーで扱うケースが多かったので、今回もそうなるのかなと思いながら観ていました。それが、そういう扱いはゼロではないものの、ほとんどありませんでした。
多くがパラリンピックをスポーツとして中継し、選手のアスリート性にフォーカスした放送内容でした。パラリンピックの伝え方が『感動ポルノ』から卒業して、スポーツとしてのポジションを確立する機会になったと感じています。
伝え方が変わったことで、視聴者もスポーツとして楽しむことができたと思います。半年後には冬季の北京大会、3年後には夏季のパリ大会があるほか、各競技の世界大会も開催されます。各局が継続的に世界大会を放送して、興味や楽しさをつないでいくことが、今後重要になってくるのではないでしょうか」
パラリンピックはオリンピックとサッカーワールドカップに次ぐ、世界で3番目に観客動員数が多い国際スポーツ大会に成長している。しかし、これまで日本ではその魅力が十分に伝わっていなかった。それが、東京での開催によってスポーツとしての魅力が理解され始めた。無観客開催の中でその原動力になったのは、間違いなくテレビの力だったと言えるだろう。
<執筆者略歴>
田中 圭太郎(たなか・けいたろう)
ジャーナリスト・ライター。1973年生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業、大分放送に入社。報道部、東京支社営業部を経て2016年からフリーランス。雑誌・Webで大学をめぐる問題、教育、経済、社会問題、パラリンピック、大相撲など幅広いジャンルで執筆している。著書は『パラリンピックと日本 知られざる60年史』(集英社)。
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