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最先端のVFX技術、バーチャルプロダクションとは

【従来に比べ、飛躍的に進化したVFX(ビジュアルエフェクツ~視覚効果)技術であるバーチャルプロダクション。実際に映像制作の第一線で活躍するプロが解説する】

青木 貴則(株式会社TBSアクト デザイン本部CGセンター未来技術推進部)


VFXの世界を変えるバーチャルプロダクション

 バーチャルプロダクション(以下、VP)は、既存のクロマキー合成に代わり巨大なLEDスクリーンに映し出されたCGや映像を背景に撮影することを基本とした画期的な合成技法である。

 もう少し詳しく言うと、いままでの合成は、背景にグリーンスクリーンを置いて撮影し、グリーンの部分にCGや映像をハメ込む作業であった。

 それに対し、グリーンスクリーンの代わりにLEDスクリーンを置いて、そこにハメ込む映像を流しながら撮影することで、合成作業を撮影現場でやってしまおうという技術だ。

 カメラを通して合成結果を即座に確認できるため、実写撮影と同じ感覚で合成映像を作り上げることができる。また、クロマキー合成が苦手としていた反射や背景映像の透過・屈折といった表現も比較的容易に実現でき、合成映像のクオリティを向上できることから、新しい撮影・合成技術として様々な映画やドラマの撮影現場で導入されている。

 2019年スター・ウォーズの初の実写ドラマ「マンダロリアン」シーズン1で採用されたことをきっかけにVFX業界からの注目を浴び、世界の映画、ドラマ制作スタジオで導入が進んでいる。

 LEDが使われる以前にも、大型モニターやプロジェクターで映し出した映像を背景に撮影するスクリーンプロセスと呼ばれる手法は度々行われていたが、スクリーンの巨大化が難しいことや輝度(光量)の確保に問題があった。

 それが、LEDの高輝度化、高精細化によって状況が一気に変わった。既存の技術の問題を見事克服し、実写と遜色のない背景映像がLEDスクリーンで撮影可能になったのだ。

 また、Unreal Engine などのゲームエンジンの台頭は業界に大きなインパクトを与えた。フォトリアルなCGを制作でき、映像制作からVPにいたるまで豊富な機能を備えていながらも、映像制作などのノンゲーム分野の利用に関してはソフトの使用料が一切かからないからだ。

 このようなバックグラウンドに加え、以下のような撮影現場でのメリットが注目され、瞬く間に世界のVFX業界に浸透して行くこととなった。

・監督や技術・美術スタッフが同じ映像を見ながら合成映像を現場調整できる
・天候、時間帯を自由に切り替えながら効率よく撮影できる
・反射、屈折などのクロマキーでは難しい表現が比較的容易に実現可能
・高輝度化により、LEDスクリーンを照明効果として利用できる
・ロケ時に発生する危険を回避できる(事故予防効果)
・移動が少ないので俳優やスタッフの体力を温存できる
・背景映像が見えているため、演技がしやすい
・安心感があるため、芝居に集中できる
・ロケが減ることによる排出ガス削減効果(SDGs)

海外のVPスタジオの現状

 この技術をいち早く映像制作に取り入れたのがアメリカ・ハリウッドである。先述の「マンダロリアン」ではILM(Industrial Light & Magic)がCGコンテンツを作成し、シーンの半数以上でVPが使われている。

 ハリウッドの作品は日本の映画やドラマと比べると予算額が遥かに大きく、VFXにかける比率も高い。そのため、VFXのためにVPスタジオを作ったとしても、数本の作品をこなすだけでスタジオ建設費用を回収できる。

 これらの環境が後押しとなり、グリーンバックスタジオからVPスタジオへの転換や新規のスタジオ開設が相次ぎ、2022年時点で50以上のVPスタジオが開設されているとのことである。

 近年、数々のヒット作を生み出している隣国の韓国では、映像コンテンツ産業への期待の高まりから、国内外からの巨額な投資が行われている。「パラサイト」や「キングダム」、「イカゲーム」などのヒット作ではVFXが多用されており、原作(脚本)の世界観を支えることに大いに貢献したといえる。

 ハリウッドと同様に、作品のクオリティを上げるにはVFXが欠かせなくなってきたことから、VFX分野の成長と共にVPスタジオの開設が相次ぎ、2023年時点で30以上ものスタジオが開設されている。Netflix は、韓国の映画・ドラマ製作に今後4年間で25億ドル(約3,500億円)の投資を行っていく事を発表した。韓国がこれまで築き上げてきた信頼と今後への期待の高さが伺える内容と言えよう。

 これに比べて、日本の作品は国内向けの作品が多いため映画・ドラマの制作予算が限られている。また、VFXの予算もさほど多くないことからVPの導入が遅れてきた。2023年現在でも国内のVPスタジオは10ヶ所程度、さらに映画・ドラマクオリティが出せるスタジオとなると片手程の数に減ってしまう。

日本の現状

 日本では2020年にヒビノとソニーPCLがVPスタジオを開設したのを皮切りに、映画、Netflix のオリジナルドラマ、NHKの大河ドラマ、CM、MVなど、数は多くないが広い分野で採用されてきている。

 NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では国内放送局初のVPとして注目され、今期の「どうする家康」でも積極的に利用されている。国内で最もVPを使っているのがNHKの大河ドラマであり、国内における先駆者的な存在と言える。

 民放では、「マイファミリー(TBS)」、「アトムの童(TBS)」、「ペンディングトレイン(TBS)」、「ラストマン(TBS)」、「ブラッシュアップライフ(日テレ)」、「王様戦隊キングオージャー(テレ朝/東映)」、「ひとひらの初恋(テレ東)」で使われており、徐々にではあるが民放ドラマでの活用も拡大してきている。

 日本でVPを行う場合に問題となるのが、やはり予算である。映画やドラマも国内向けの作品となるケースが多いため、VPの予算を確保するのがまだまだ難しい。

 制作予算もVFXの予算もそれほど多くない状況の中で、VPを使ったVFXを行うのはなかなか勇気がいる。特にドラマの場合は、VPカットが少ないとクロマキー合成よりもかなり割高になることから、使用にあたっては慎重にならざるを得ない状況である。

 VPに関する技術者不足も導入が遅れている原因の一つである。VPは「LEDに映像を映して撮影するだけ」と思われがちだが、クロマキーよりもハイクオリティな合成映像を作るには、映像技術とCGの両方に精通したVFXスーパーバイザーが必要である。国内ではそのような人材が極端に少ないのが現状であり、人材育成が喫緊の課題と言える。

日本のVFX/VPの今後について

 VPスタジオの導入では韓国が進んではいるものの、ハイクオリティなVP撮影が常に行われているかというと、実はそうでもないと感じている。

 昨年の冬に、韓国のVPスタジオを数ヶ所訪問させて頂き意見交換をさせてもらったが、確かにハードウェア面は充実しているが、実際にやっていることは想定の範囲内であり、技術面で日本と大きく差があるとは感じなかった。

 しかし、ほとんどのスタジオで映像に関する学科を卒業した20代~30代前半の若手が現場を取り仕切っているため、彼らの成長とともに技術力の向上も期待できる。

 日本でも、CGや映像を専門とする大学や専門学校はひと昔前から比べるとかなり増えている。しかし、多くの人がゲーム会社を就職先として希望しており、映像会社に就職する割合は低く、将来の日本のVFX業界を担う若手人材が不足しているのが現状である。

 日本の映像産業も、映画やドラマだけでなく、Netflix などのOTTコンテンツの比率を高め、世界をターゲットにした作品作りができれば状況は変わってくる可能性は十分にあると考えている。

 TBSグループのTHE SEVEN が Netflix と戦略的パートナーシップを締結し、オリジナル実写作品を世界190ヵ国に独占配信を行っていく事が決まったが、当然ながら世界基準のクオリティが求められてくるため、VFXのレベルも世界で通用するクオリティを目指していかねばならない。

 日本のコンテンツは、原作の魅力を余すことなく映像化する事ができれば、世界的ヒットを生み出せる力は十分にあると感じている。そのためにも、VFXやVPにもっと力を注ぎ、クオリティを高める努力を続けていかなければならない。

 ヒット作を生み出すことができれば、韓国同様にVFX/VPスタジオも増え、よりハイクオリティなVFXを効率良く生み出す環境が整ってくる。また、若手クリエーターやエンジニアもゲーム業界だけでなく映像業界を目指す人が増えてくるなどの好循環を生み出すことが期待できるのではないだろうか。

 ここで、ソニーPCLとTYOが共同制作した「drive」を紹介したい。この作品は、スピード感溢れるカーチェイスのシーンをVPだけで撮り切っている実践的なデモコンテンツである。

 いままでのカーチェイス撮影では、車外は道路での実写撮影、車内はグリーンバック合成かVPであったが、この作品では全てVPで撮影されている。CGやVFXが使われている部分もあるが、全てソニーPCLの清澄白河BASEで撮影されており、道路での撮影は一切行われていない。今までの常識を覆し、VPのポテンシャルを引き上げた作品と言えるであろう。

同業者と産学官連携

 日本の作品をヒットさせるためには、企画力、脚本力の強化が必要なのは当然ではあるが、それを支えるVFX技術向上も欠かせない要素であることはこれまでにも述べてきた。

 特にVPは国内のスタジオで撮影時に行われることから、他のVFXカットのように海外に制作を委託することができない。そのため、VPのクオリティをいかに上げるかが作品のクオリティを左右する。

 VP分野で韓国や世界に遅れをとっている日本としては、国内の業者間で横の繋がりを構築し、産学官で連携をとりながら業界全体のレベルアップを図る必要があると考えている。それが実現すれば、日本のVFX/VPレベルを韓国のレベルに近づけることは十分可能であるし、近い将来に追い付き、追い抜くことも不可能ではないであろう。

 日本の映像コンテンツ産業を盛り上げていくためにも、官民一体となった取り組みがいまこそ必要であると考えている。

<執筆者略歴>
青木 貴則(あおき・たかのり)
映像制作会社、フリーランスを経て、TBSアクト(旧赤坂グラフィックスアート)に入社。
Unreal Engine, TouchDesigner, Ableton, C++, Python, JavaScript などを使ったリアルタイムCG制作、システム開発をメインに活動。

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chousa@tbs-mri.co.jp


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