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2023年の放送界回顧

【ジャニーズをめぐる動きや、放送法解釈問題、ウクライナ戦争取材など、さまざまなことがあった2023年の放送界を振り返る】

音 好宏(上智大学教授)

はじめに

 2023年も師走を迎えた。今年も放送界では様々なことが起こった。

 特に、故ジャニー喜多川氏の性加害問題では、「メディアの沈黙」が被害の拡大/長期化を招いたとして放送界への批判が高まり、この問題は年末まで燻り続けた。

 この1年の放送界の出来事を振り返る本稿では、「ジャニーズ問題と放送の信頼性」、「経営環境の変化」、「放送行政と制度改革」、「放送番組とその展開」の4点に絞って、この1年を回顧してみたい。

ジャニーズ問題で揺れた放送界

 3月にBBCが放送したドキュメンタリー「J-POPの捕食者」をきっかけに、ジャニーズ事務所の創業者・故ジャニー喜多川氏の性加害問題が浮上。性被害を受けたとする当事者が証言したこともあって、各メディアが一斉に報ずることになった。

 故ジャニー喜多川氏の性加害を認めたジャニーズ事務所が設けた外部有識者によって構成された再発防止特別チームが、「メディアの沈黙」が被害の拡大・長期化を招いたとして、メディアの責任を指摘。ジャニーズ事務所の所属タレントを多数出演させてきた在京テレビ局に対して、これまでの姿勢を指摘する批判が高まり、人権意識や性被害に対する意識の高まりが指摘されるなかで、各局の姿勢が問われることになる。

 そのようななか、9月、NHKが「クローズアップ現代」で検証番組を放送したのを皮切りに、10月以降、NTVが夕方ニュース「news every.」内で、BS-TBSが「報道1930」で、TBSが「報道特集」で、それぞれ社内調査を踏まえた検証を放送。フジテレビ、テレビ東京、テレビ朝日が特別番組枠で、検証番組を放送した。加えてTBSは、前述の2番組とは別に、弁護士など第三者を加えた調査委員会を設置して社内調査を実施。11月26日の自己検証番組「TBSレビュー」で放送するとともに、その内容をホームページで公開した。

 故ジャニー喜多川氏の性加害問題に対するテレビ局の対応については、問題が顕在化した当初から、テレビ局の横並び意識の強さが指摘されていた。これらの検証番組についても、各局のこれまでの同事務所との関係に照らし合わせて、扱わなかった事項の存在を理由に、検証不足を指摘する声も少なくない。

 また、この検証番組の放送をもって「禊ぎ」が済んだような姿勢と非難する声もある。検証番組で示される放送局の謝罪の姿に溜飲を下げ、次の局の検証番組に、より深く頭を下げることを求める批評家たちの姿もあるようだが、今回の故ジャニー喜多川氏の性加害問題を踏まえ、放送局にとってより重要なのは、人権デュー・ディリジェンスの実施など、その人権意識を具体的にどう高めていくかの道筋を示すこと、そして、それらの不断の努力のなかで、放送に対する信頼の回復をはたしていくことにある。

 ただ今年も、BPOから放送倫理違反が指摘された事案があった。今年5月にNHK『ニュースウオッチ9』で放送した新型コロナワクチン接種後に亡くなった人の遺族の発言を、コロナ感染により亡くなったかのように扱ったことが判明。

 12月、BPO放送倫理検証委員会は、この事案に対し、視聴者を誤認させる不適切な伝え方を行ったことは、放送倫理基本綱領やNHKの放送ガイドラインに反しているとし、放送倫理違反があったと判断した。

 次項で見るように、インターネット上での放送系サービスは、年々拡大を続けている。そのようなメディア環境の変化のなかで、既存の放送サービスの特長は、提供される番組・情報の信頼性・安定性であろう。その意味でも、放送への信頼を揺るがす事案への対応は、放送のプレゼンスに関わるのである。

放送局経営の環境

 先に触れたように、インターネットの普及に伴うSNSやOTTの伸張など、メディア環境の変化のなかで、放送局を取り巻く経営環境は、年々厳しさを増しているとの声は多い。

 2023年2月に電通が発表した「日本の広告費 2022」によると、日本の総広告費は、過去最高の7兆1021億円(前年比104.4%)。インターネット広告が変わらず好調で、3兆912億円(前年比114.3%)と広告費全体を牽引する姿が浮き彫りとなった。

 他方で、新聞、雑誌、ラジオ、テレビのいわゆる「4マス広告」の総計は、2兆3985億円(前年比97.7%)となり、インターネットとの乖離が、一層、顕著となった。4マス広告を媒体別に見ると、新聞広告が3697億円(前年比96.9%)、雑誌広告が1140億円(前年比93.1%)、ラジオ広告が1129億円(前年比102.1%)、テレビメディア広告が1兆8019億円(前年比98.0%)と、ラジオを除き、前年比マイナスを記録したと発表された。

 もちろん放送局側も、自社の番組をネット上でも積極的に展開しつつある。民放局では、広告ビジネスのモデルを維持しつつ、ネット上に市場を拡張していくことが求められる。そのプラットフォームとして、民放が開発したのがradikoであり、TVerである。その成長から、両プラットフォームともに、民放事業の次世代を支える次世代のサービスとなることが期待されつつある。ただし、エリア制限のあるradikoと異なり、TVerにはエリア制限がない。

 2015年にサービスを開始した民放公式ポータルTVerに象徴されるように、民放の地上波/衛星波で放送した番組を、1週間に限ってネット上でアクセス可能とした。TVerで提供される番組内でのCMは、放送波で提供される番組CMとは非連動であり、新たなCM枠の創出を意味する。

 2023年6月、民放公式テレビ番組配信サービス「TVer(ティーバー)」を展開するTVer社は、TVerサービスの5月の月間動画再生数が前年同月比約1.8倍の3億5877万回、月間ユーザー数が2800万MUB(月間ユニークブラウザ数)となり、過去最多を記録したと発表している。TVer は、その直前の3月に、月間動画再生数が3億回を突破したことを発表しており、わずか2カ月で記録を更新したことになる。

 ただ、TVerでは、ローカル民放局が制作した番組も展開しているものの、やはり何といっても、アクセス数の多いのは、在京局の番組。特にドラマである。そのことからすると、これまで地上民放ネットワークに、その番組供給と配分金を依存してきたローカル局にとっては、TVerは痛し痒しの存在とも言える。

 ネットの伸張は、既存の民放ネットワークをも揺るがしかねない状況にあることは確かで、その意味でも、ローカル民放局の経営環境は厳しいと言わざるを得ない。

 そのようなこともあって、民放ネットワークのありようと、それを支える資本関係に関しては、総務省の「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」などで、議論が続けられてきた。それらの議論を受けて、この春には、改正放送法・電波法が国会で成立した。

 これまでは、地域性を保つため、関東・中京・近畿圏以外では、道県単位で放送局ごとに異なる番組を流すことが原則であったが、この改正により、県域の異なる複数のローカル放送局で、終日同じ番組を放送でき、また、放送局ごとに置いている設備を共用できるようになった。他方で、認定放送持株会社制度についても改正が行われ、認定放送持株会社にぶら下げることの出来る局数の制限も撤廃された。

 これにより、在京キー局を中心とした民放ネットワークの強化が図られたことになる。

 この制度改正について、「ネットワーク加盟局は一心同体で、来たるべきCTV(=コネクテッドTV)時代に向けた布陣」と語るキー局の担当者がいる一方で、「将来、配分金の縮小があっても、抵抗出来なくなる」と語るローカル局のネットワーク担当者も少なくない。SNSやOTTを含む、ネット上での動画コンテンツの流通の伸張は、既存の放送事業者のなかでも、特にローカル局の経営に、ボディーブローのように効きつつあると言えよう。

 他方で、受信料制度によりその収益構造が比較的安定をしているNHKにおいても、メディア環境の変化を踏まえて、ネット上でのサービスの位置付けをより強固なものにシフトしようとしてきた。

 その一連の動きがより顕著となったのが今年と言える。総務省の「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」などで、NHKのネットサービスを本来業務と位置づけることが方向性としてはまとめられたものの、新聞業界などからの強い反発もあり、その条件整備にかかる議論が続いている。この件は、来年以降に持ち越されることは必至である。

放送法解釈問題

 今年の放送法制に関する議論として記録しておかなくてはならないのが、政治的公平を定めた放送法4条の解釈に関する議論である。

 安倍政権下の2015年に、「極端な場合は、一番組でも政治的公平を確保しているとは認められない」と、当時の高市早苗総務大臣が、放送法4条のそれまでの解釈「一つの番組ではなく、その放送局の番組全体を見て判断する必要がある」を見直す答弁をした。

 今年3月、小西洋之立憲民主党議員が、この高市総務大臣の解釈見直し発言の背景に、当時の首相補佐官の総務省側への強硬な働きかけがあったことを示す行政文書を公表した。

 この総務省行政文書には、放送法解釈を巡る首相秘書官と総務省との生々しいやり取りが記されていた。この行政文書の公表を受け、高市早苗経済安全保障担当大臣は、テレビ中継の入る予算委員会で「文書は捏造だ」と主張。「(事実なら)職を辞する」とまで発言し、国会では、高市氏の出処進退の方が焦点となっていった。

 もともとの問題の焦点であった「放送法解釈」はというと、立憲・小西議員は、国会の論戦の場を、放送政策を扱う総務委員会ではなく、3月17日の参議院・外交防衛委員会で仕掛けた。小西議員の質問に、総務省山碕審議官は、政治的に偏った「一つの番組」が放送されたとしても「全体を見て判断する」と答弁。「一つの番組でも、政治的公平性を確保していなければ放送法違反」とする当時の高市答弁を「事実上撤回」したことなる。

 この外交防衛委員会の模様を唯一報じたのは、3月24日付の朝日新聞社説だが、同社説は、総務省側が「高市答弁を事実上修正した」と解説した。これで解釈は元に戻ったと見るべきだろう。

 ただ、役所としては、高市氏の顔も立てないといけない。総務省は、2015年も、今回も、「解釈変更はしていない」との答弁を繰り返している。2015年当時、安倍政権下でこの問題を仕掛けた首相補佐官も、政治家として安倍元首相の後ろ盾を欲していた高市氏も、政治主導で「解釈変更」に舵を切ったわけだが、総務省側がこの解釈変更を受け入れていたかは、また別の話でもある。いずれにしても、今年起こった放送行政にかかる出来事としては記録に残すべき内容と言えよう。

2023年の放送番組とその展開

 2022年2月に始まったロシア軍によるウクライナへの軍事侵攻は、NATO加盟国を中心とした西側諸国によるウクライナへの支援がなされているものの、いまだ停戦には至っていない。その間、ウクライナ国内では、軍事衝突が続き、ウクライナの民間人を含む、多くの犠牲を生み続けている。ウクライナ国内には、各国のメディアが取材陣を送り、戦場となっているウクライナの惨状を全世界に発信し続けている。

 昨年2月のロシア軍の侵攻直後から、日本の放送局のなかには、キャスターを含め、ウクライナに取材陣を派遣する局もあったが、戦闘が長期化するなかで、その取材対応には、各社によりずいぶんと差が生じているようだ。

 朝日新聞、NHK、TBSなど、現地に記者を積極的、継続的に投入し、現場からのレポートを重視するメディアがある一方で、記者の派遣には決して積極的とは言えないメディアも見られるようになってきた。

 加えて今年10月、イスラム組織ハマスがイスラエルに大規模な奇襲攻撃を行い、一般住民を人質として連れ去った。すかさずイスラエル軍は、ハマスが拠点とするガザ地区への激しい空爆と地上侵攻を開始した。イスラエル軍のカザ地区の民間人を巻き込んだ攻撃は、世界の非難を集めることになる。

 紛争勃発後、ジャーナリストたちがカザ地区に入ることは難しく、日本の放送局の取材陣も、カザ地区国境沿いまで行って、その状況を報ずることは出来たが、戦闘状態となったカザ地区の様子は、同地区から脱出できた人たちの証言を流すのがやっとだった。戦場取材の難しさを見せつけられた1年でもあった。

 また今年は、スポーツが盛り上がった年だった。

 3月のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)では、見応えのある好ゲームのなかで日本代表チームが勝ち抜き、優勝を手に入れた。加えて、大谷翔平選手の活躍に日本の視聴者は胸躍らせた。8月から9月にかけて沖縄などで行われた「FIBAバスケットボールワールドカップ2023」でも、9~10月にフランスで開催された「ラグビーワールドカップ2023」でも、日本代表チームは善戦。

 加えて、プロ野球も阪神が18年ぶりのリーク優勝。日本シリーズでもオリックスに競り勝ち優勝を掴んだ。その間、阪神・岡田監督は、選手が優勝を意識しすぎないために優勝を「あれ(ARE)」と呼び、それがテレビで繰り返し紹介されると、流行語となった。

 テレビのメディアパワーの凋落を指摘する向きもあるが、スポーツコンテンツの訴求力を見せつける好カードが、テレビで放送されることで、裾野を広げていったことは確かである。スポーツとテレビ放送の親和性を感じさせる1年であった。

 他方で、ドラマも話題作、力作揃いだった。そのなかでも話題をさらったのは、秋にTBS日曜劇場枠で放送された「VIVANT」であろう。あえて事前宣伝を控えたものの、その期待感と、ハリウッド映画のようなスケール感の大きなドラマ展開は、視聴者を引きつけ、放送後のSNS上での読み解きを含め、ある種のムーブメントを作った。制作にかかる予算規模も破格とのことで、CTV時代を意識した新たなコンテンツ戦略を感ずるものであった。

 最後に今年のドラマについて、個人的に高く評価した作品を3本紹介させていただきたい。

 「フェンス」(WOWOW)は、理不尽な差別を受ける沖縄に生まれた少女の物語。野木亜紀子さんの脚本が光っていた。「ガラパゴス」(NHK-BS/NHK総合)は、身元不明死体が、実は企業の闇を知ってしまうことで殺害されてしまった非正規雇用の青年で、その殺人事件を追うことで、現代日本の非正規雇用、派遣労働の問題を問うた作品。満島真之介さんの演技が光っていた。

 「何曜日に生まれたの」(朝日放送テレビ)は、10年のコモリビト(引きこもり)期間を経て、漫画のモデルにさせられた主人公が、高校の同級生たちとのわだかまりを乗り越えていく物語。脚本・野島伸司さんらしい物語。いずれの3作品も現在の日本社会の生きづらさ、閉塞感がその背景にある。その空気が伝わってくるところに共感をもった。

 来年も、時代を映すテレビであって欲しい。

<執筆者略歴>
音 好宏(おと・よしひろ)
上智大学新聞学科・教授
1961生。民放連研究所所員、コロンビア大学客員研究員などを経て、
2007年より現職。衆議院総務調査室客員研究員、NPO法人放送批評懇談会理事長などを務める。専門は、メディア論、情報社会論。著書に、「放送メディアの現代的展開」、「総合的戦略論ハンドブック」などがある。

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