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ラジオの現在地とこれから

【多種多様なプレイヤーが乱立する音声コンテンツ市場。その現状を整理したうえで、今後ラジオが進むべき道、可能性を考察する】

塚越 健司(学習院大学非常勤講師)

 インターネットとSNSの登場により、メディアを取り巻く環境が大きく変化したと言われて久しい。無論、ラジオ業界にもインターネットの影響が波及し、今やラジオを含む「音声コンテンツ」市場は、その全体像を把握するのが困難なほど、多種多様なプレイヤーが存在する。

 本稿はまず、ラジオおよび、ラジオに限定されない「音声コンテンツ市場」の現状を確認する。その上で、現在のラジオ局を中心とした様々な試みを参照し、ラジオの今後のあり方について考えてみたい。

音声コンテンツ市場の今

 まず、音声コンテンツ市場をいくつかに分けてみよう。

①地上波ラジオ局

 ラジオは従来のAM/FMを軸とした放送に加え、IPサイマル放送として2010年にサービスを開始した「radiko」がある。radikoはスマホアプリとしても利用可能な他、全国の放送の聴取が可能な月額課金サービス「radikoプレミアム」も存在する。

 一方でラジオ局は、局独自、あるいは局同士の連携等による独自配信プラットフォームも立ち上げている。代表的なものとして、博報堂DYメディアパートナーズと民間ラジオ局が共同で展開するプラットフォーム「ラジオクラウド」や、Tokyo FMをはじめとしたJFN系列の「AuDee」。さらに、NHKが運営する「NHKネットラジオ らじる★らじる」等がある。

 このように、ラジオ局は既存の放送に限らず、自らプラットフォームを立ち上げている。また後述するように、ポッドキャストをはじめとした各種プラットフォームにコンテンツを配信することもある。

②巨大音声配信プラットフォーム

 地上波ラジオとは別に、近年はポッドキャストをはじめとして、音声コンテンツの配信プラットフォームが注目を浴びている。代表的な配信システムとして有名なポッドキャスト(podcast)は、元はipodとbroadcast(放送する)をかけ合わせた造語であり、音声配信を主とするシステムを指す。

 2000年代半ばから存在するポッドキャストだが、企業だけでなく一般ユーザーも配信可能なことから世界中に多くの配信者が存在し、近年はアメリカをはじめとして再注目されている。例えば、米『ニューヨーク・タイムズ』が配信するニュース解説プログラム「The Daily」は特に人気を誇っており、「聴くニュース」の需要が注目されている。

 ポッドキャストは登録を行えば様々なプラットフォームで聴取が可能であり、大手音声配信プラットフォームもポッドキャストに対応している。その一方、ポッドキャスト以外に独自コンテンツを配信するプラットフォームも増えている。

 音楽ストリーミングサービス大手の「Spotify」は、音楽配信やポッドキャストに加え、Spotifyオリジナルコンテンツとして独自の音声コンテンツを多数配信している。

 2019年には、ポッドキャスト制作スタジオ(米Gimlet Media)や、ポッドキャストの収録・編集・配信アプリを提供する企業(米Anchor)を買収している。その他、クリエイターの支援にも力を入れ、総額1億円を拠出したサポートプログラムを打ち出している

 また、「朝日新聞」とデジタル音声広告企業「オトナル」が、2021年12月にポッドキャストの利用実態を共同で調査したところ、ポッドキャストを聴く方法として、SpotifyがApple podcastを抜いてトップに選ばれている(34.9%)。こうしたことからも、Spotifyは音声プラットフォームとして地位を確立しつつあると言えるだろう。

 また、Amazonが手掛ける音楽ストリーミングサービス「Amazon Music」も、2020年にポッドキャストに対応。2021年8月には独自コンテンツとして、J-WAVEで20年放送が続いていたニュース情報ワイド番組『JAM THE WORLD』を引き継いだコンテンツ『JAM THE WORLD – UP CLOSE』の配信を開始。地上波で放送していた人気コンテンツをAmazonで配信する等、音声コンテンツ配信としては後発ながら、急速に力を入れつつある。

 Amazonはもうひとつ、聴く読書=音声読み上げサービス「Audible」を有している。2008年よりAmazonの傘下となったAudibleは、2015年に日本でもサービスを開始。プロのナレーターや声優、俳優が朗読する本をアプリで聴取できる月額会員制のサービスである。ビジネス書や小説を「聴く」という習慣が日本で定着する可能性も考えられる。

③国内音声配信プラットフォーム

 海外の巨大プラットフォーム以外にも、企業や芸能人、クリエイターや一般ユーザーの発信も可能とする国内の音声配信プラットフォームも人気を博している。各プラットフォームの詳細は省き、代表的なものを列挙すれば、
Voicy」(2016年~)
Spoon」(韓国発2016年~、日本語版は2018年~)
Radiotalk」(2017年~)
Stand.fm」(2018年~)
等が挙げられる。国内には他にも多くのプラットフォームがあり、海外のものを含めれば枚挙に暇がない。

 ちなみに、上述した読書読み上げサービスは他に、「audiobook.jp」がオーディオブック配信を行っている。他にも、元サッカー選手の本田圭佑がCEOを務める「Now Do」と、インターネットスポーツメディアの運営会社が2020年から共同で開始した「NowVoice」は、アスリートを中心とした、著名人による音声配信プラットフォームである。

④その他(音声SNS等)

 その他、注目すべき特色のある音声サービスについても紹介したい。

 まず、音声分野で2021年に話題となった音声SNS「Clubhouse」は、多くの読者の記憶に残るものであろう。Clubhouseは、SNSのような気軽な発言が音声で可能になるとして一躍話題になったが、その後は思うようには普及しなかった。とはいえ、Clubhouseによって注目された「リアルタイム音声チャット」機能は、Twitterが同様の機能を有する「Spaces」を実装することで、一定の影響力を持つことになった。

 もうひとつ紹介したいのは、2021年にアメリカで注目された「Podz」というアプリである。Podzの特徴は、ポッドキャストから重要だと思われる部分を人工知能が抜き出して紹介する「音声ニュースフィード」の仕組みを構築した点にある。

 音声(聴覚)情報は視覚情報と異なり、ひと目で全体像を掴むこと、つまり一覧性を持たない。意味ある情報であっても、音声(聴覚)情報はすべて聞かなければ意味を理解できないため、長時間のコンテンツは敬遠される傾向にある。故に、重要な部分を自動的に抽出するPodzの機能は、ユーザーのコンテンツへの接触ハードルを下げることになる。

 Podzはその後、2021年6月に約5000万ドルでSpotify買収されている。2022年3月には、SpotifyがPodzの機能を利用し、ユーザーの好みに合ったポッドキャストを発見する機能をテストしているとの報道もある。原稿執筆時点ではこうした機能がどうなったのか定かではないが、Podzの技術は音声広告等の分野でも活用が期待される。

 以上、ラジオに限らない様々な音声サービスを紹介したが、とりわけ2010年代の後半以降は、実に多くの音声サービスが市場に登場した。当然、各プラットフォームにはそれぞれの特徴があり、現在の音声コンテンツ市場は、それらが群雄割拠する時代と言えるだろう。

ラジオの現在

 上述のように、音声コンテンツ市場は様々なプラットフォームが多岐に渡って展開している。これだけ幅広く音声コンテンツが生産・消費される中で、以下ではラジオ業界の現在の取り組みを検討したい。

 まず、先に示したように、ラジオは既存のAM/FM放送、およびradikoが主要な手段となる他、独自プラットフォームを展開する局もある。

 その一方で、ラジオ局はポッドキャストを中心に、各プラットフォームに対してコンテンツの配信も行っている。ポッドキャスト黎明期から数多くのコンテンツを配信していたTBSラジオは一時期ポッドキャストから撤退していたが、昨今は再度ポッドキャストへのコンテンツ配信をはじめている

 ポッドキャスト等への配信を進める一方、ラジオ局には何十年と積み重ねてきた放送のアーカイブが大量に存在する。

 これを強みとして2022年6月、ニッポン放送は放送開始から55年となる名物番組「オールナイトニッポン」シリーズのサブスクリプションサービス、「オールナイトニッポンJAM」を開始。スマホアプリを通して、月額500円で2000年以降の各番組のマスター音源が聴取可能である

 大量のアーカイブという強みと、日本でも定着したサブスクリプションというサービス形式を活かした方法であろう。

 さらに、当然のことながらラジオ局の強みとして、これまで多くの番組を制作してきたことで培われてきた技術が挙げられる。音声配信が手軽となり、一般ユーザーもスマホひとつから収録・配信が可能になり、そのゆるさが人気を得るケースも当然ある。一方、数が増えれば、当然そのクオリティも問われる。新興音声企業がどれだけ設備を整えようとも、音声コンテンツ制作の現場では、積み重ねられた技術が必要となる。

 例えばTBSラジオは、高音質の音声ドラマ「AudioMovie®」を2019年から開始。これまでに培われてきたプロの技術を駆使するとともに、音声を効果的に配置するための方法論を、「AudioMovie® Code」としてクリエイター向けに公開している。高クオリティの音声コンテンツの制作は、ラジオ局の強みであろう。

 また、ラジオ局が他の配信プラットフォームと連携してコンテンツ制作を担当することもある。

 Spotifyで独占配信されているオリジナルポッドキャスト番組『BATMAN 葬られた真実』は、米国版のオリジナル脚本をもとに、日本を含む8カ国でローカライズ化され配信されている。その日本語版の制作を担当したのはニッポン放送であり、ラジオ局が様々な形でプラットフォーマーと組んでいる。

 プロが制作する音声コンテンツという意味では、文化放送も興味深い取り組みを行っている。

 昨今流行りのASMRコンテンツを、「文化放送ASMR特番」として放送している。ノルウェーのテレビ局で実際に放送され話題となった焚き火を流すだけの映像を参考に、2019年に焚き火の音声を独自に制作・放送してから、現在も定期的に様々な番組を放送している。

 こうして、現在のラジオ局は独自の試みを含め、様々に試行錯誤を行っていると言えるだろう。

終わりに〜ラジオの未来

 本稿で紹介してきた通り、音声コンテンツ業界は急速な勢いでその規模を拡大している。それ故、相対的にラジオ局がこれまで有してきたプレゼンスは低下してきていると言わざるを得ないだろう。

 一方、先に論じたように、ラジオ業界は既存の放送だけでなく、プラットフォーマーとの連携や独自コンテンツの制作など、放送局としての面だけでなく、多岐にわたるコンテンツ制作を行っている。アメリカでは、ラジオはマルチメディア企業に進化するとの声があるように、ラジオが関わり得る事柄は多くあるように思われる。

 例えば、ラジオ(音声コンテンツ)を取り巻く技術環境の変化も、考慮すべき点であろう。アメリカでは2022年2月〜4月の調査で、18歳以上のスマートスピーカーの所有率が35%となっている。日本でも、MMD研究所の2021年10月の調査によれば、所有率は21.6%となっている。今後も所有率の増加が見込まれており、音声配信コンテンツに触れる機会は増えるだろう。

 また、音にまつわる技術発展にも、関心を寄せるべきだろう。例えば、音の広がりを意識して再生される「立体音響」と呼ばれる技術の研究・開発が進んでいる。基本的にヘッドホンを前提にするものの、音を360度、様々な方向から聴取すること等が可能なもので、これまでの音体験を拡張するだけでなく、スマホとの連動によって、音声案内やエンタメ分野での活躍が期待されている。

 すでにAppleは「空間オーディオ」という名前で、一部のサービスを開始している。現在はAirPods Pro 等の高性能なヘッドホンが必要になるが、技術発展に伴う将来の低価格化を考慮すれば、ラジオ局が新たな音の楽しみをビジネス化するチャンスはあるだろう(同様の試みとしてソニーも「360 Reality Audio」の名前でサービスを開始している)。なぜならば、すでに述べたとおり、音声コンテンツ制作のノウハウを、誰よりも有しているのはラジオ局だからである。

 もちろん、ラジオの未来に関しては、広告やマーケティング等、課題もあるだろう。とはいえ、音声市場が拡大する中、技術と環境の変化に対応することで、ラジオの未来も様々に開かれているように思われる。

<執筆者略歴>
塚越 健司(つかごし・けんじ)
 1984年生まれ。学習院大学、拓殖大学等非常勤講師。朝日新聞論壇委員。専門は情報社会学。単著に『ニュースで読み解くネット社会の歩き方』(出版芸術社)、『ハクティビズムとは何か』(ソフトバンク新書)。その他共著多数。その他メディア出演、記事寄稿等多数。

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