能登半島地震で広がった「インプ稼ぎ」とメディアの役割
平 和博(桜美林大学リベラルアーツ学群教授)
はじめに
能登半島地震をめぐるソーシャルメディアの情報の混乱では、これまでのフェイクニュース(偽情報・誤情報)拡散とは異なる特徴があった。収益目的と見られる、コピー投稿が押し寄せたことだ。「インプ稼ぎ」と呼ばれ、ソーシャルメディアの新たな問題になっている。情報空間の汚染を食い止めるには、ソーシャルメディアの対策強化に加えて、メディアの後押しも必要だ。
フェイクニュースをコピーし拡散
2024年元日の午後6時19分、能登半島地震の発生から約2時間後に、X(旧ツイッター)で津波が街を飲み込む動画が拡散した。投稿にはこう書かれていた。
「津波到達になった瞬間NHKのアナウンサーがすごい怒鳴ってる! 危機感の伝わってくるアナウンスなので北陸新潟能登半島の方逃げてください」。投稿には「#石川県」「#緊急地震速報」「#地震」「#震度7」「#津波」「#SOS」などのハッシュタグがついていた。
投稿は注目を集め、インプレッション(表示数)は317万回を超えた。ただ、発信したアカウントのプロフィールはアラビア語で書かれ、その他の投稿も多くはアラビア語だ。そして上記の投稿の文言をXの検索機能で調べてみると、先行する投稿をコピー&ペーストし、再投稿したもののようだった。
さらに、津波の動画は能登半島地震のものではなく、2011年3月11日の東日本大震災の際、岩手県宮古市で撮影された津波被害の動画だった。つまりこれは能登半島地震に便乗して、過去の動画を流用し、他の投稿をコピー&ペーストしてつくったフェイク投稿だった。
投稿には返信の形で「デマ」「フェイク」などとする多数のコメントが寄せられた。その中に、「インプ稼ぎ」との指摘もあった。
「インプ稼ぎ」とは、多数の表示数を獲得することを目的に、他の投稿のコピー&ペーストやフェイクニュースなどの低品質の投稿を行うことを指す。そのような行為を繰り返すアカウントは「インプレゾンビ」と呼ばれている。
同様の「インプ稼ぎ」と見られる投稿は、この「津波動画」投稿をさらにコピー&ペーストする形で、次々に広がっていった。上記の投稿の2時間後には、同じ動画、同じ文言の投稿を、居住地が「バーレーン」だというアラビア語のアカウントが投稿した。こちらの表示数は73万回を超える。パキスタンやインドで使われるウルドゥー語などのアカウントでも、同じ「津波動画」投稿が見られた。
地震発生後、Xの急増キーワードを示すトレンド欄にも「インプ稼ぎ」が登場。「インプ稼ぎ」に言及した投稿は、翌朝にかけて5万件を超えた。
Ⅹの「広告収益分配」導入
「インプ稼ぎ」にユーザーが押し寄せる理由として指摘されるのが、Ⅹが2023年7月(日本では8月)に導入した「広告収益分配」の仕組みだ。
これは、表示数の多い投稿に返信の形で広告を掲載し、その広告収入を分配するという仕組みだ。その対象になるには、アカウントに青いチェックマークが表示されている課金ユーザー(月額980円)で、フォロワーが500人以上、過去3カ月の投稿の総表示数が500万回以上という条件を満たす必要がある。
制度の趣旨は、Xへのコンテンツ投稿に、収益のインセンティブを設けるというもののようだ。だが、現実に起きているのは、コピー&ペーストなどによる低品質コンテンツの増殖だ。
能登半島地震をきっかけに、それが日本でも顕在化した。「インプ稼ぎ」の標的となったのは、「津波動画」だけではなかった。架空の住所からの「救助要請」や、詐欺の疑いもある「寄付要請」などが、アラビア語やウルドゥー語などのアカウントによって、コピー&ペーストで再投稿された。
多くの表示数を集めた「津波動画」などのフェイク投稿には、誰もが知る日本企業の広告が掲載された。これらはプログラマティック広告と呼ばれ、掲載は自動化されている。広告主企業が掲載先を個別に選んでいるわけではないが、広告料は「インプ稼ぎ」をするユーザーたちの手にわたり、結果的にそれを後押しすることになる。
「インプ稼ぎ」のユーザーたちは、能登半島地震の翌日に羽田空港で起きた日本航空機と海上保安庁機の衝突事故でも、同じようにコピー&ペーストの投稿を繰り返していた。
命がかかった災害や事故に便乗し、金儲けの手立てとする「悲劇の現金化」と呼ぶべき状況だ。
世界規模で広がる
能登半島地震での「津波動画」の偽情報が拡散したのは、日本国内だけではなかった。各国メディアやファクトチェック団体の調べによると、レバノンやイラク、ヨルダンといった中東、さらにインドやカンボジア、台湾、英国、ドイツ、スペイン、米国などでも、東日本大震災の動画や画像を使ったフェイク投稿の拡散が確認されたという。
Xの広告収益分配を背景としたフェイク投稿の氾濫が国際的に指摘されたのは、2023年10月に始まったイスラエルとハマスの軍事衝突だった。この軍事衝突を巡っては、ソーシャルメディア投稿を「武器」として使う情報戦の側面もあり、生成AIによるフェイク画像を含む膨大な投稿の氾濫が報じられている。
それらに便乗してフェイク投稿などで表示数を獲得し、広告収入を得ようとする事例が多数見られたという。そして、実際に多くの広告が掲載されていた。
米ウェブ評価サイト「ニュースガード」が2023年11月、イスラエル・ハマス衝突に関して誤解を招く投稿30件を調査したところ、世界的な大手企業のほか、NPOや教育機関、政府など合わせて200件の広告が掲載されていたという。
X上でのフェイク投稿の氾濫を受け、欧州連合(EU)は12月、プラットフォーム企業の違法有害コンテンツへの対処義務を定めた「デジタルサービス法(DSA)」に基づく調査開始を発表している。同法では、違反が認定されれば最大でグローバルな売上高の6%に当たる巨額の制裁金が科される可能性がある。
広告収益分配とフェイク投稿氾濫への批判が高まる中で、Xのオーナー、イーロン・マスク氏は10月末、「コミュニティノート」が表示された投稿は、広告収益分配の対象から除外する、と表明している。
「コミュニティノート」は、疑わしい投稿に対して、ボランティアユーザーが背景情報を追加できる機能だ。冒頭の317万回の表示数を集めた「津波動画」には、投稿から1時間40分後、それが東日本大震災の動画であることを指摘する「コミュニティノート」が送信されている。
そのためか、表示数は多いが広告は1件も掲載されていない。だが、その他の「津波動画」のコピー&ペースト投稿には「コミュニティノート」は表示されておらず、大手を含む日本企業による複数の広告が掲載され続けている。
Xの説明によると、「コミュニティノート」は、疑わしい画像か動画にいったん表示されると、それらと一致する他の投稿にも自動的に表示されるという。だが、その仕組みはうまく機能していないようだ。
なお続く「インプ稼ぎ」
能登半島地震でのフェイク投稿の拡散を受け、日本政府も対策強化を掲げている。
岸田文雄首相は、地震発生翌日の記者会見で、「被害状況などについての悪質な虚偽情報の流布は、決して許されるものではありません」と述べ、総務省も各プラットフォームに対応を要請した。総務省の有識者会議「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」は、新たな作業部会を設置し、議論を続けている。
東京大学准教授、澁谷遊野氏らは、同検討会の2月27日の会合に、能登半島地震に関する230万件のX投稿などを対象とした調査結果を報告した。それによると、Xへの投稿全体の83.2%は日本語使用者と推定されるユーザーによる投稿だったが、コピー&ペーストによる投稿(54パターン3,938件)では、91.9%が日本語以外のユーザーと見られるという。
「インプ稼ぎ」の動きは、能登半島地震で収まったわけではない。
「鳥山明氏に続いて、TARAKOさんも…まる子どうなるんだ...」。3月8日に明らかになった「Dr.スランプ」「ドラゴンボール」の漫画家、鳥山明さんの死去のニュースに続いて、翌9日に人気アニメ「ちびまる子ちゃん」の主人公役の声優、TARAKOさん死去のニュースを受け、Xではそんな投稿が広がった。
だがこの投稿も、コピー&ペーストの再投稿で拡散していた。それぞれのプロフィールを見ると、アラビア語やヒンディー語などの外国語の記載が目立った。その一つ、約190万回の表示数を集めた投稿には、5件の日本企業の広告が掲載されていた。
ソーシャルメディアの責務とメディアの役割
Xの利用規約では、能登半島地震のような自然災害や、イスラエルとハマスのような軍事衝突などに便乗した「悲劇の現金化」を禁じている。その利用規約が機能していないようだ。
すでにグローバルな社会インフラとなったソーシャルメディアのチェックは、政府だけではなく、メディアの重要な役割でもある。情報空間の汚染は、情報そのものへの信頼を損ね、メディアの基盤も浸食しかねない。
ソーシャルメディアには、まずは自社利用規約に基づく適切なコンテンツ管理が求められる。メディアはそれを後押しし、情報空間の汚染に歯止めをかける必要がある。
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