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2022年度下半期ドラマ座談会後半(1月クール)

【2022年度下半期のドラマについて、メディア論を専門とする研究者、ドラマに強いフリーライター、新聞社学芸部の放送担当記者の3名が語る。バカリズムの才気に感服】

影山 貴彦(同志社女子大学教授)
田幸 和歌子(フリーライター)
倉田 陶子(毎日新聞記者)

何をおいても「ブラッシュアップライフ」

編集部 1月期のドラマについてお話頂ければと思います。

影山 何と言ってもまずは「ブラッシュアップライフ」(日テレ・脚本:バカリズム)ですね。

田幸 見た瞬間に今期一番だと思いました。ドラマに求めるものはいろいろで「架空OL日記」(読売テレビ・2017・脚本:バカリズム)のような日常系あるあるを楽しみたい人もいれば、ストーリーを見たい、あるいはキャラクターを楽しみたい人もいます。でも、この作品は、バカリズムが書いてきた「架空OL日記」のような日常系あるあるかと思いきや、タイムリープという大きな構造を持っています。

 しかも、タイムリープというすごく大きな出来事が起きているのに、その結果やることは全然大きなことじゃない。次によりよく生まれ変わるための「徳」を積もうと日常のちまちましたことに手を出して、生まれ変わりの結果がちょっと変化するくらい。

 それでいて、担任教師の冤罪を防ぐために悪戦苦闘する変なスリルもあれば、日常系のクスクスや癒やしもあり、物語とストーリー展開の構造もしっかりしている。それぞれ違った楽しみ方をドラマに求める人がみんなここに吸い込まれるつくりになっていました。

 登場する音楽やアイテムといったカルチャーにしても、それぞれの時代の「ああ、これ使ってた」「これ懐かしい」というものをうまく盛り込んでいる。

 さらに、主演の安藤サクラがすばらしい。人生を何度か繰り返しているので、そこで起きることは、周りにとっては初めてでも、彼女にとっては既知の体験なんですね。「ああ、これ知ってる」という感じの。そういう場面で、一応お愛想程度にリアクションするけど、明らかに初見の印象ではない表情をする。そういう細かい芝居も楽しくて、やられたなと思いました。

倉田 人生が二周目でも三周目でも、大それたことをしない。ただ地道に徳を積んでいくというのは、よく考えれば、実は私たちの日常と一緒じゃないかと感じました。

 痴漢冤罪を防ぐのも、中学時代に嫌な目に遭わされた先生なんだから、見捨てても徳を捨てたことにならないと思うんですけど、すごく律儀に毎回助けるのを繰り返し見せられて、よりおかしみが増すというか、頑張ってと応援したくなります。

 センスがあるなと思ったのは、主人公が次に生まれ変わる生物として、グアテマラのオオアリクイ、インド洋のニジョウサバ、ムラサキウニといった、常人には思いつかない存在が出てくる。それだけでもおかしい。

影山 よかったです。彼の世界観に加えて、日常の積み重ねの大切さを描いている。これがやっぱりコロナを経た私たちに必要なのだと思います。

 「架空OL日記」での取りとめのない会話、それから「素敵な選TAXI」(関西テレビ・2014・脚本:バカリズムほか)での時を戻すという仕掛け、ここまでの関連はよく言われますが、もう一つ「世にも奇妙な物語」(フジテレビ)の1本に「来世不動産」という作品があります。

 これはバカリズムの処女作ではないかもしれませんが、ドラマを書き始めた時期のものです。この作品では、亡くなるのが高橋克実で、バカリズムは「ブラッシュアップライフ」と同様にあの世へ行く受付係なんです。そこでは、前世でのポイントのプラスマイナスによって、人間として生まれ変われるかが決まる。「ブラッシュアップライフ」では「徳」でしたが、このときはポイントで、最終的に高橋さんはセミになるんです。

 バカリズムは「来世不動産」でも「ブラッシュアップライフ」でも「人間に生まれ変わることが必ずしも幸せじゃないよ」と言っています。これは彼ならではの視点で「人間がよくて、あとはダメ」じゃないのは彼の優しさだし、観察眼の鋭さだと感じます。

 また俳優陣が思い切り楽しんで演じていますね。やっている人たちが楽しんでいるのは見る側に絶対伝わると僕は信じていて、ほんまに大笑いしながらやってるのがわかる。

田幸 人が死ぬ場面で笑うことは、まずないじゃないですか。でも、二周目の人生の終わり方は大爆笑、みたいな。あんなところで笑いをとるのはバカリズムしかあり得ない。

 あと、徳の積み方で、徳を積もうと思って行動すると、若干正論ばかりの面倒くさい人になっていくのが皮肉でおもしろかったですね。  

子役の活躍

田幸 安藤サクラに至るまでの子役もすばらしいですね。中学時代を演じている安原琉那は、朝ドラ「スカーレット」(2019~20)にも出ていて、ちょっと悟った感じの顔が非常にいいなと思います。

 さらに幼少期の永尾柚乃。表情の引き出しが多い。6歳でどうしてこんな表情ができるんだろうと思わせます。せりふのないところの表情もいいですし、長ぜりふもこなす。すごい子ですね。

倉田 幼稚園の先生にストレートに「不倫はやめて」と言うせりふ、すごかったですよね。長々と(笑)。

影山 笑いましたね。あれはまさかの展開でした。

倉田 子役として、理解したうえであのせりふを言っているのか。気持ちはすごくこもっていて、とうとうとしゃべるから、理解しているようだけれど、年齢的に不倫のことがそんなにわかるかなと思ったりして。

影山 見ている側は「あの子、全部わかってる顔してる」と思いますよね。

田幸 やっぱり三回目の人生となると幼少期から違うな、と思ってしまうんですよ。

影山 今回のやり直し人生でも、前の人生での親友たちとまた親友になってほしいですよね。

倉田 シール交換のときに親友の二人が主人公に忖度したところは、すごく悲しいけど、女子特有の気遣いがあらわれていて、バカリズムさんは何でこんなに女子心がわかるんだろうと思いました。

「星降る夜に」が描いたコミュニケーション

編集部 他の作品はいかがでしょう。

田幸 「星降る夜に」(テレ朝)がよかったです。最初は「silent」(フジ)と設定がかぶって残念という評判から始まったんですよね。(ともに主要な登場人物の聴覚に障碍がある)

 そして、第一話を見たら、初対面なのにいきなりキスシーンがあって、しかも、ソロキャンプに行っている女性にキスってどうなのよと。昨今の防犯的な意味も含めて、ちょっともったいないなという印象でした。

 でも、あの大石静が書いているわけで「silent」とかぶって残念というだけにはならないだろうと思って、続けて見ると、やはり「silent」とはまた全然別の描き方をしている。

 すばらしいと思ったのが、北村匠海と千葉雄大が手話のやりとりをしているのを、トイレから帰ってきた吉高由里子が見るシーンで、吉高さんがすごくいい表情をするんです。二人のコミュニケーションは自分にだけわからない。でも、その二人の間では当たり前に会話が成立している。だから、まるで外国に来たみたいだったという言い方をしている。

 北村さんが演じる人物は、耳が聞こえないことをずっと気に病んでいるのではない、非常に魅力ある人です。彼と話したいから、吉高さんは手話を一生懸命覚える。ひきこもっていた千葉さんも、彼が遺品整理の仕事に真摯に取り組む姿に影響を受け、自分もその仕事をしたいと考えて手話を覚えていく。

 北村さんが演じる人物は、耳が聞こえず、音としての会話ができないからこそ、誰よりもしっかり人とコミュニケーションをとります。言葉で伝える温度が、聞こえる人とは全然違う。相手に察してもらおうという甘えもなければ、空気を読み合うことも不得手。

 ちゃんと言葉で伝えようとするからこそ、海外に行っても誰とでも仲よくなれる。伝わらないからこそ伝えようとする、その手段として手話を描いていて、当たり前ですけど、手話は一つの言語なんだと思わせてくれました。

 もちろん、美しい話ばかりではなく、耳が聞こえないから、彼女が悲鳴を上げても聞こえない、窓を割られても聞こえない。そういうつらさもあるのに、そればかりを描かないところが、とても希望の持てる作品でした。

影山 ある人に「『星降る夜に』は『silent』を後追いしたの?」と聞かれたから、「後追いではなく、たまたま同時期になったんよ。後追いでこれだけ近い時期に放送するのは無理や」と話していたんです。

 そうしたら「星降る夜に」のこの間の放送で「silent」でキーワードになっていた『コーンポタージュ』が出てきたんですよ。あれは「silent」を見て、つけ足したんですね。吉高由里子が「えっ、コーンポタージュ?」と、2回出てきた。意見が分かれるところでしょうが、それも含めてテレビドラマですね。

 それから、名手・大石静ですから、グッと見せるけれども、やわらかく軽いところは軽くて、男同士で何を真剣に話しているのかと思ったら、下ネタだった、みたいな。ああいう世界もいいじゃないですか。

 この二つのドラマ、放送順が逆だったら、また違った感じになっただろうと思います。

丁寧に作られていた「リバーサルオーケストラ」

田幸 あとは「リバーサルオーケストラ」(日テレ)。最初はどうしてもオケを描く名作『のだめカンタービレ』(フジ・2006)があるだけに、二番煎じではないかと思う人もいましたが、ドラマ好きの間でじわじわと高評価が伝播していきました。SNSなどで発信する動画から見える「中の人」たちの仲の良さも魅力の一つでした。

 作品はすごく丁寧につくられていて、一人一人のキャラクターが魅力的です。驚いたのは、アクシデントでバイオリンから遠ざかっていた主人公の天才バイオリニストが第一話でいきなり復帰するんです。本当だったら、復帰させるまでにたくさん時間を使いそうなのに、第一話で仲間に加わる。

 でもそのおかげで、それぞれの仲間が抱える問題がすぐに見えてきます。オケの人たちはプロなのに、家族に趣味でやっていると思われている人もいます。娘が受験生なのに親が学校に来ないことで「趣味を優先している」と言われたり。プロでやる意味、プロの社会人として、ただ音楽を楽しむだけでは済まない面を描いています。

倉田 私はクラシック音楽の取材も担当していて、オーケストラの方ともよくお会いするんですが、現場の方は「オーケストラのことをすごくよくわかって描いてくれている」とおっしゃっています。

 もちろんドラマなので、日本の音楽レベルからいって、プロのオーケストラがあんなに下手なわけはないんですけど、天才バイオリニストの門脇麦が入り、田中圭演じる海外帰りの指揮者が入り、みんなで一緒に音楽を奏でる喜びに気づいていく。

 オーケストラの人って、別にソリストになれなかったからオーケストラに入るわけじゃなくて、誰かと一緒に音楽を奏でる喜びから離れられなくてオーケストラにいるんです。そこをきちんと描いている。

 あと、音自体はもちろん差しかえなんですが、例えば門脇さんのバイオリンの指使いとか、周りのメンバーも含めてすごくしっかり音楽的指導を受けていて、それがちゃんと身についている。門脇さん、本当に弾いているんじゃないか、と思わせるレベルです。ここまで丁寧につくっているのに、あまりバズっていないのが残念ですね。

影山 「リバーサルオーケストラ」は、いいドラマです。ただ、僕はなるべくリアルタイムでドラマを見るようにしているので、CMの挿入の仕方が見る側にとってあまり快くないのが気になりました。

 23時からの「zero」に直結させるためでしょうが、ずいぶん長いCMが入るんです。リアルタイムで見る視聴者が今どんだけおんねんという話ですが、やはりそこまで考えてつくってほしい。もちろんこれは制作だけの話じゃないですけど、それも含めてトータルでのドラマですから。

男女が逆転する二つの作品

田幸 あとは、「大奥」(NHK)と「ヒヤマケンタロウの妊娠」(テレ東)、両方とも男女逆転劇です。しかも「大奥」に関しては、これまでドラマや映画で何度も描かれてきたのに、今期やってみたら今までとは全然反応が違っていました。

 男女の役割が逆転するとどうなるか考えてドラマを作ると、現実世界が抱える問題とまったく同じものが立ち現れるんです。

 「ヒヤマケンタロウ」でも、妊娠した斎藤工にたいして上野樹里が「認知する、産んでもいいよ」と言う。キャリアがストップするのは嫌だから自分では産みたくない、けれど相手が産んでくれるなら子どもを持ってもいい、という感覚は多くの働く女性にあると思います。

 そして、男女が逆転すると責任感も逆転する。妊娠を機に責任が逆転して、男性側が無責任な上野さんを責めるやりとりがあったり、「役割」が背負う性質、性格を、両方の作品で見比べるとおもしろいと思います。

倉田 私は「大奥」の原作が大好きで、変なつくり方をしたら許さないぞぐらいの気持ちでしたが、まずキャスティングが見事でした。第一話で吉宗を演じた冨永愛は、完全に吉宗様というビジュアルで、お芝居もキリッとしたかっこよさ。冨永さん自身のキャラクターとも相まって一気に原作ファンを納得させ、引き込んでいきました。

 男女の役割が逆転して女将軍が権力を持つ中でも、妊娠・出産は引き続き女性が担わなければいけない。そこで生まれるしんどさは、同じ女性としてすごく心が痛い。結局、女は跡継ぎを産むためだけの道具なのかという、大昔の価値観だけど、今も一部に根強く残っている価値観を改めて突きつけられた気がします。

 LGBTQ+に対する差別発言を見ていると、そういう価値観の持ち主全員にこのドラマを見てほしいと思います。私自身もそうかもしれませんが、口では簡単に「多様性」と言えますが、実際にどういう状況で、どういう苦しみの中で生きているのかを感じられるドラマだと思います。

 もう一つ言うと、原作が19巻もあるので、はしょっている部分が結構あったんです。でもその、はしょった部分を森下佳子さんの脚本がうまくフォローしているんですね。もちろん実力のある方なので、当たり前といえば当たり前ですが、原作を知らない、初めて見る方にとってもすごく理解しやすいストーリーになっていると思いました。

「今夜すきやきだよ」のLGBTQ+描写

倉田 もう一つ「今夜すきやきだよ」(テレ東)を挙げたいです。友人同士の女性二人が同居する話で、蓮佛美沙子演じるあいこは、彼氏がいて、仕事はバリバリできるが家事は苦手。

 一方、トリンドル玲奈演じるともこは、絵本作家で、収入的にはちょっと厳しい。料理が得意で、世間でいうところの家庭的な女性だけれど、人に恋心を抱かないアロマンティックという役柄です。

 高橋一生と岸井ゆきのが演じた「恋せぬふたり」(NHK・2022)は、日本のテレビドラマでアロマンティックを正面から描いた、おそらく初めての作品だと思いますが、今回、このともこもアロマンティックです。

 それぞれ性的指向は違うけれど、同居して、家事が苦手な部分と経済的に厳しい部分を補い合って暮らす姿がすごく自然に見えます。二人はパートナーでもないし、もちろん婚姻関係でもない。はたから見たら女友達が同居しているだけに見えるけれど、その生活をのぞき込むと、人と人が支え合って生きる美しさみたいなものが見える。しかも、気負わずナチュラルに暮らしていて「私たち、こうやって二人で助け合ってます」といった頑張ってます感がないんです。こういう生き方もあっていいなと思わせてくれる。

 今あいこには彼氏がいるので、その人と結婚となったとき、新たな人生のステージが生まれると思いますが、この二人だったら、人生の転換点もうまく乗り越えるんじゃないかと思わせる、優しさにあふれたドラマです。

影山 僕もセクシュアルマイノリティ的な側面ばかりをクローズアップし過ぎていないところが好きで、社会全体が抱える様々な事象のあくまで一つとして描いている。LGBTQ+の描き方がドラマにおいても変わってきている、いい例だと思います。

幽霊登場

影山 僕からは「100万回言えばよかった」(TBS)と「6秒間の軌跡」(テレ朝)。どちらも亡くなった人が幽霊になって出てくる話です。

 「100万回言えばよかった」は、脚本が名手・安達奈緒子さんですから、単なるラブストーリーではなく、ミステリーの要素もしっかり入っている。僕は松山ケンイチが大好きなんですけど、彼がキーマンになっているところが、よくひねっているというか、実にうまいところだと思います。

 「silent」と「星降る夜に」ではないけれど、プロの業界人が同じぐらい高いレベルで仕事をしていたら、どうしてもある程度同じ企画が出てきます。だから今回、二つとも幽霊が素材なのは、今の社会を映し出している気がします。

 「6秒間の軌跡」で言うと、あまり演技力を高く評価されていない向きもある本田翼を、彼女の良さを引き出すかたちでうまく使っています。彼女が気の毒なのは、このシーンでこの顔、というのがうまくいかない時があるんですね。その点今回は相手が幽霊なので、その曖昧な感じがうまいこと転がっている気がします。高橋一生の名演も光っています。

「大河ドラマが生まれた日」のもつ意義

影山 単発の「大河ドラマが生まれた日」(NHK)の話もしたいですね。

田幸 それはもうぜひ。

影山 僕は、大学受験の日本史で苦労したトラウマで、大河ドラマから距離を置いてますけれど、大上段に構えていない、大河ドラマができるまでを描いたストーリーは、脚本の金子茂樹さんならではのもので、すばらしかったです。

 生田斗真を使ったのも大成功でしたし、そこに阿部サダヲを絡め、何と中井貴一を上司にして、現実では彼の父親である「佐田啓二を呼んでこい」とか言わせるんですから、その辺のうまさ、おもしろさ。軽やかですけれど深みもあった。

 何より言いたいのは、自己満足という批判もあるかもしれませんが、過去形でなく「本来テレビは、人々に夢を与える、つらい思いをしている人をちょっと元気にさせる、いいものなんです」というメッセージがこの作品にはあるということです。「大河ドラマはすばらしいでしょう。NHKの財産なんでっせ」と持っていかなかったのがよかった。

田幸 私は、このドラマが作られる経緯を取材したんですが、このドラマ自体の生まれ方もドラマ的なんです。

 「ちりとてちん」(2007~08)のプロデューサーで、ドラマ部長も務めた遠藤理史さんがこの企画を立てたんですが、ご自身はNHK知財センターのセンター長なんです。そのポジションの方がまだドラマをつくるんだ、どんだけドラマが好きなの?と感じて、取材を依頼しました。

 きっかけは、テレビ70年史についての本の作成です。その仕事の中で遠藤さんが原稿を読んでいたら、大河ドラマのページがめちゃくちゃおもしろい。「何かテレビ70年史の企画ない?」みたいな話もあって、そういえばアーカイブで読んだ原稿がすごくおもしろかったから、これをドラマにしたら?という偶然から生まれたんです。

 知財センターでドラマをつくるとなると、そこにはいろんなアーカイブ資料があるわけです。関係者のご遺族の取材などもしている。こういう資料ないかなと言うと、アーカイブのプロの集まりですから、こんなのがある、こんなのもある、と持ち出してきてくれて、NHKの歴史ある大量のアーカイブを存分に利用してでき上がったのがこのドラマなんです。

 このドラマが描く時代は、映画に比べてテレビが下に見られていて、テレビには役者を貸してもらえない。だから、役者さんを貸して下さいとお願いするところから始まるわけです。テレビはまだチャレンジャーで、そのチャレンジャーが豪華なスターをたくさん集めて景気よくやろう、と始めたのが大河ドラマなんですね。

 今のテレビは、配信に押され気味だったりして、ある意味またチャレンジャーの位置にいるじゃないですか。そこで、チャレンジャーとして、知財センターの資料などをたくさん使ってテレビ草創期の「○○が生まれた日」シリーズをつくると、なかなか見られないワクワクするものができるんじゃないかと思います。それこそNHKは「のど自慢」や朝ドラなど、歴史ある番組をたくさん持っているんですから。

影山 「昔のテレビはこんなによかった」で終わらせないことがポイントですね。アーカイブがアーカイブで終わるのか、次世代へつながっていくのか、そこが大事だと思います。

「罠の戦争」での草彅剛の存在感

影山「罠の戦争」(関西テレビ)も取り上げたいです。草彅剛がどっかりと地上波の連続ドラマで主演を務めるという話題性もありますし、関西人はやっぱりウエットなストーリーが好き。

田幸 その傾向はおもしろいですよね。

影山 「必殺シリーズ」(朝日放送テレビ)もそうですし、東京のTBS制作ですが「半沢直樹」(2013・2020)も実は関西のほうがより人気が高かったり。仕返し物というか復讐物というか、とりわけそういうものに関西人は拍手喝采しがちなんです。

田幸 実は、第一話は若干物足りないと思いました。過去の二作に比べると、ちょっとライトでサクサク進む感じがあったり、人が聞いてるところでそんな会話する?とか、罠の安易さというか緩さを感じて、大丈夫かなという思いが第二話の途中までありました。でもそこから草彅さんの熱演に引っ張られてグイグイ引き込まれていったんです。

 過去二作に比べて、草彅さんが普通の人間を演じていることがポイントだと思います。最初は隙のない完璧な人に見えていたのに、自分の家族のことになるとすごく無防備で、すぐ人を信用してしまう。その危なっかしさが狙いなのかどうなのか読めなくて、その読めないぐあいにずっと引きつけられ続けます。

 展開そのものは、選挙はもうちょっとしっかり描いてもいいんじゃないかとか、サクサク進んでしまうもったいなさはあるんですけど、何だかんだで草彅さんが全然読めないおもしろさというのは、役者の力だと思います。結局、すごくハマっています。

倉田 現実に起きた政治家のスキャンダルをうまいことチクリと刺すのは、関西テレビならではと思います。ドリルでパソコンのハードディスクに穴をあけたネタをぶっ込んできたときには「エルピス」(関西テレビ)からの流れもあって、カンテレ頑張れと応援したくなりました。

 もちろん草彅さんの熱演もすばらしくて、田幸さんがおっしゃった読めない感じ。演技なのか、草彅さんの素(す)なのか、よくわからないぐらい謎をまとわせているのが気になって仕方なくて、これは見続けたいドラマです。

「どうする家康」は?

編集部 「どうする家康」(NHK)はいかがでしょう。  

田幸 最初は「鎌倉殿」からの、あまりの作風のギャップに戸惑ったんですが、家康が実は結構ビビリだったり、すぐにおなかが痛くなったりする、そういうところをどう演じるんだろうと思ったら、本当に情けない家康を松本潤が見事に演じていて、ハマり役だと思いました。

 あと、松山ケンイチと山田孝之が出てきた回は、全く別の作品が始まっちゃったと思って大笑いして見ていました。フィクションと史実が重なるところを、こんなことあるかいなと笑わせた後に結びつけるところもお見事で、毎週楽しませてもらっています。

影山 瑣末なことですけど「馬には乗ってください」とは思います。同じ局で「大奥」の冨永愛が、暴れん坊将軍のごとく颯爽と馬で走っているのに、乗ってへんの丸わかりやんというのはちょっと寂しかった。

倉田 私は「武将」というものに、強くて弱みを見せないというイメージを持っていたんです。でもこの作品で、弱みもあって、家族を愛している、人間らしい家康を見ることができて、いかにも戦国武将みたいなのが苦手な私からすると、すごく物語に入りやすく、共感しやすかったですね。

 そういう優しい物語の一方で、厳しい戦国時代の戦いで死んでいく人もいるシビアな部分もきちっと描かれているので、そのバランスもいいと思います。

影山 エンターテインメントをエンターテインメントとして楽しむ、ということと、実際の史実とか業界はこんなんじゃない、と重箱の隅をつつくこと、この二つの姿勢はドラマを見るとき、必ずつきまといますよね。

 ある部分には片目をつぶるのか、それとも、きっちり具現化してリアリティを描くことを要求するのか。難しいところですが、今の社会から寛容性が失われつつあるせいかもしれませんが、ドラマ、エンターテインメントに関して、瑣末なことで文句を言う方が増えている気はします。視聴者の皆さんには、もうちょっと温かく見てほしいなという気が、トータルでしなくもありません。

印象に残った俳優を一人

編集部 特に印象に残った俳優はいますでしょうか。

倉田 「ワタシってサバサバしてるから」(NHK)の丸山礼さんがよかったです。芸人さんですが、どうやったらあの強烈なキャラクターをあんなふうに演じられるんだろうというぐらい見事に演じていました。インパクトのある表情をつくったりもして、彼女の素質を見抜いたNHKもすごいと思いつつ、それに応えた彼女はあっぱれだと思いました。

 <この座談会は2023年2月16日に行われたものです> 

<座談会参加者>
影山 貴彦(かげやま・たかひこ)
同志社女子大学メディア創造学科教授 コラムニスト
毎日放送(MBS)プロデューサーを経て現職
朝日放送ラジオ番組審議会委員長
日本笑い学会理事、ギャラクシー賞テレビ部門委員
著書に「テレビドラマでわかる平成社会風俗史」、「テレビのゆくえ」など。

田幸 和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経て、フリーランスのライターに。役者など著名人インタビューを雑誌、web媒体で行うほか、『日経XWoman ARIA』での連載ほか、テレビ関連のコラムを執筆。Yahoo!のエンタメ個人オーサー・公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)、『脚本家・野木亜紀子の時代』(共著/blueprint)など。

倉田 陶子(くらた・とうこ)
2005年、毎日新聞入社。千葉支局、東京本社生活報道部などを経て、現在、大阪本社学芸部で放送・映画・音楽を担当。

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