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「テレビ局が韓国でマンガを作る!?」…58歳初海外勤務ソウル奮闘記

【韓国で「ウェブトゥーン」を制作する会社の会長を務めることになった筆者。「ウェブトゥーン」とはどういうものか。その背後にある韓国のメディア状況は】

長生 啓(株式会社Studio TooN代表取締役会長)

韓国ソウルにTBS初となる海外での事業会社を設立!

 TBSは、昨年2022年5月に初めて海外にビジネス系の関連会社を設立しました。その目的は、近年、日本でも注目されつつある“縦スクロール型”の電子マンガ「ウェブトゥーン(WEBTOON)」の作品を制作すること。それが、韓国の首都ソウルで始動した「Studio TooN(スタジオ・トゥーン)」社です。

 私は、日韓3社合弁によるこの新会社へ、昨年8月の本格的な業務開始に合わせTBSからの出向者として韓国に赴任しました。この新規事業の発案者の一人として、“自らやれ”という経緯なのですが、お恥ずかしながら58歳にして初めての海外勤務です。

 代表取締役会長という大層な肩書を頂き、ただいま赴任から8か月余り、Studio TooNを立ち上げ~軌道に乗せるべく、ソウルにて奮闘の日々です。(冒頭から余談で恐縮ですが、韓国ドラマでは、“会長”ってだいたい悪役ですよね…。)

(トップ画像はStudio TooNの社員たち<最前列ネクタイ姿が筆者・その右が岩本CEO>。オフィスは学生&芸術の街として知られるソウル・ホンデ地区のシェアオフィスの一室です。)

テレビ局がなぜマンガ制作?しかも韓国で?

 しかし、テレビ局であるTBSが「なぜ、マンガの制作会社を設立した」のでしょうか?しかも、わざわざ「なぜ、韓国に」?・・・読者の皆さんも、頭の中に「?」が浮かんでいるかもしれませんので、まずはその説明をいたします。

 韓国ドラマにしろK-POPにしろ、現在エンターテイメント界において日本よりも韓国のほうが世界的な成功例が多いのは紛れもない事実です。TBSも何とか追いつくべく検討を重ねています。その挑戦の1つがこのStudio TooN社の設立なのです。そこにはTBSの、

  • もっと「コンテンツを世界に広げていきたい」。 そのノウハウを韓国に学びたい。

  • ドラマの原作などを含め、もっと「多様なオリジナルIP(著作物等の知的財産)を確保したい」。

という戦略が背景にあります。

急速に普及が進む「ウェブトゥーン」とは? 韓国ドラマを支える?

 そこで注目したのが、「ウェブトゥーン」です。ウェブトゥーンとは、スマホなどデジタル端末で読む電子マンガの形態の一種で、韓国発祥なのですが、まさに韓国の世界展開戦略への情熱と上手さで、世界各国へどんどん普及が進んでいます。

 日本の漫画の「白黒、1ページに複数のコマが複雑にレイアウトされ、横に読み進む」スタイルとは対照的に、「オールカラーが基本、1コマずつ、縦に読み進む」スタイルが特徴です。


「ウェブトゥーン」とは?
スマホなどで画面を縦にスクロールさせながら、下へ下へと1コマずつ読み進むスタイルの電子マンガ。韓国発祥。通常1話が60~80コマ。購読料は日本では1話が50円程。
画像の中のウェブトゥーン作品:「大切な日はいつも雨」©RYO.・やぼみ/LINE Digital Frontier ©SHINE Partners

 そして我々映像関係者にとって、このウェブトゥーンの重要な点が、「ドラマの原作IP」としての価値です。

 Netflixの世界ランキングで1位を記録した「今、私たちの学校は…」や、テレビ朝日でもリメイクされた「梨泰院クラス」、良質なラブコメとして日本でも大ヒットになった「キム秘書はいったい、なぜ?」「社内お見合い」などを始め、今や韓国ドラマの20%強がウェブトゥーンを原作にしていると言います。つまり、韓国ドラマの強さを支えている要素の一つがこのウェブトゥーンなのです。

“韓国を制する者は、世界を制す”!?

 そこで我々も、韓国でオリジナルのウェブトゥーン作品を開発することで、韓国のコンテンツ作りの現場を直で体感すると共に、作品を世界に届ける展開のノウハウも同時に学ぶ。さらには、制作したオリジナル作品を、TBS関連会社の原作IPとしてスムーズな権利処理の元に映像化する、というのが皮算用です。

 具体的には、Studio TooNが作るウェブトゥーン作品は、まずは3社合弁のパートナーの1社であるNAVER WEBTOON社(世界最大のウェブトゥーン掲載サイト運営社)にて韓国で連載すると共に、日本ではその兄弟会社「LINEマンガ」で展開し、さらにはアジアやアメリカでも転載されるのが目標です。そしてその後にはTBSを始めドラマなどの原作として映像化されることを最終目標としています。

合弁のパートナーであり、韓国のみならず世界最大のウェブトゥーン掲載サイト運営社「NAVER WEBTOON」にて。ドラマ化もされ、筆者も大好きな「ユミの細胞たち」のキャラクターの前で年甲斐もなく興奮している。

まさに手探りの毎日・・・

 しかし韓国に会社を作ると言っても、TBSとして初の経験で何のノウハウもありません。しかも、ウェブトゥーン自体が未知の分野です。さらに言うなら、私は簡単な日常会話程度の韓国語ができるのみです。

 「日本語もできる韓国の行政書士&会計士事務所は?弁護士は?」「オフィスはどこに、どのくらいの部屋を?」「社員募集はどうやって?韓国でメジャーな転職サイトとは?」「そもそも、マンガ作家とはどこで知り合える?」・・・私と共同で代表取締役に就任していただいた岩本炯沢CEOと2人で各所の力を借りながら、まさに手探りの日々での会社設立でした。

 岩本CEOは、韓国での出版社勤務を経て、2016年に日本で初のウェブトゥーン制作会社「SHINE Partners」(今回の3社合弁のもう1社です)を立ち上げ、現在も社長を務めています。しかし、今回TBSからの要請もあり、Studio TooNのCEOも引き受けていただくことになった、“日本で最もウェブトゥーンを知る人物”です。日韓両国のマンガ界に人脈を持つ日韓バイリンガルで、彼との出会い&このプロジェクトへの賛同がなければ、Studio TooN社は誕生していません。

マンガ家も一日8時間勤務の会社員

 そして現在。岩本CEOと私の2人きりでのスタートから約8か月で、社員は23人(2023年4月現在)にまでなりました。何とか会社としての骨組みが出来上がり、いよいよウェブトゥーン作品の制作に取り掛かったところです。

 ここで強調してお伝えしたいのが、社員23人中の13人はマンガ家だということです。2か月前から社員として順次採用しています。日本でイメージする“漫画家像”とは違い、社内に社員としてマンガ家を抱え、2~6人でチームを組み、「コマ割り担当」「線画担当」「彩色担当」「背景担当」などと分業制でマンガを描くのが、韓国ウェブトゥーン業界の最近のトレンドです。(「スタジオ制」とか「インハウス」などと呼ばれます)

2月に入社したばかりの「社員マンガ家」たちは、20代後半~30代前半が中心。早く作品をお届けしたいです。

 そしてNAVER WEBTOONで連載してもらうためには、我々関連会社といえども所定の事前審査に合格しなければなりません。いよいよ今年2023年度中には複数の作品を連載開始する前提で、準備を日々重ねています。無事に連載決定となりましたら、日本では「LINEマンガ」にて読めるはずなので、応援をよろしくお願いします!

「日韓関係」とは別次元の日本文化好きの若者たち

 報道で知っている方もいらっしゃるかと思いますが、今年になり韓国では、2本の日本アニメ映画がランキング1位を長期に渡って占める大ヒットとなりました。実写・アニメ含めて、これまでは2017年公開の「君の名は。」が日本映画として興行成績1位だったのですが、この記録を3月に「THE FIRST SLAM DUNK」が破り、さらにその記録を4月「すずめの戸締まり」が追い抜いて歴代1位となりました。

 日本大衆文化のファンが想像以上に多いことを、そうした記事を通してだけではなく、韓国に赴任し実際に肌で感じて驚く日々です。アニメや漫画だけでなく、日本のドラマも結構見られているのも予想外でした。

 社員の採用面接をしていても、志望理由に「日本のTBSも加わって作った会社だから」という答えをする若者が多くビックリします。本当かな、と重ねて質問してみると、好きな日本ドラマのタイトルをすらすらと答えてへーとなります。

ホンデの街でも「すずめの戸締まり」が巨大なLEDビジョンに。

 もう一つ、日本文化の浸透という点で驚いたのは、日本食の店の多さです。オフィスがあるホンデという所は、若者の街で韓国の中でも特にそうらしいのですが、日本風の居酒屋や寿司屋やカレー屋など日本食の店があちこちに点在しています。トンカツ屋に至っては、TBS赤坂周辺より明らかに多いのではないかと思うくらいです。

オフィス近くのその名も「オルバルン・スシ(正しい寿司)」。行ってみたが、いろいろ正しくない。

 国と国との関係ではいろいろと難しい日本と韓国ですが、いざ住んでみると韓国の若者たちにとって「そうか、ここまで日本文化は身近なんだ…」と認識を改めさせられます。

 合弁として日韓企業がほぼ半々の株式を持つこのStudio TooN、“漫画宗主国”とも呼ばれる日本のテレビ局が、韓国にて韓国発祥の新スタイルのマンガに挑戦する・・・。日韓両国の若い才能が力を合わせることで、より良いコンテンツを生み出す可能性と、上の世代の人間として、そうした若者の助けにならなければという使命感をソウルの地にて噛みしめる日々です。

<執筆者略歴>
長生啓(ながお あきら)
1964年生。1987年TBS入社。20代~30代は報道・情報番組の現場を担当。その後、事業部門に異動し、2008年~2015年には、韓国ドラマの購入・投資・共同制作を担当。2021年、事業投資戦略部に在籍中に、韓国に「Studio TooN」設立を発案。2022年8月から自ら会長としてソウルに駐在中。

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chousa@tbs-mri.co.jp


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