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<シリーズ SDGsの実践者たち> 第17回 高校の全国大会で優勝する「掃除部」とは

【埼玉県の高校に存在する、おそらく日本で唯一の「掃除部」。いったいどんな活動をしているのだろうか】

「調査情報デジタル」編集部

 ここは埼玉県立川口工業高校。夕方4時になると、トイレ掃除を始める生徒たちがいる。

 見ていると、一般的な学校のトイレ掃除とは、ひと味もふた味も違う。便器を丁寧に磨くのはもちろん、洗面所の蛇口や水道管の水垢も落とす。少しでも黒ずんだ場所があれば真っ白にする。さらに、トイレの床まで雑巾で拭き上げていた。

「時間がかかりすぎだぞー」
「楽して取れるわけないよー」

 つなぎを着ている2年生が、ジャージ姿の1年生に声をかけながら掃除の方法を教えている。トイレ掃除ができる時間は、定時制の生徒が登校してくるまでの約1時間。そのわずかな時間で校舎の多くのトイレを掃除しているのだ。

つなぎを着ている2年生が掃除を指導

 この生徒たちは、クラスの掃除当番ではない。自分たちで毎月計画を立てて掃除をしている、掃除部の生徒たちだ。

「スポGOMI甲子園」で2度の全国制覇

 掃除部の部員は約30人。川口工業高校の部活動では、野球部に次いで2番目に部員数が多い。2019年から始まった全国の高校生がごみ拾いを競う「スポGOMI甲子園」に、埼玉県代表として毎年出場。2019年に準優勝、2020年に優勝と好成績を上げる。2022年12月に東京都墨田区で開かれた大会では、2年振り2度目の全国制覇を成し遂げた。

スポGOMI甲子園の表彰式(2022年12月・川口工業高校提供)


 競技は3人1組で、1時間に決められたエリアで拾ったごみの量と質をポイントに換算する。走ってはいけないルールだが、かなりのスピードで早歩きをする。川口工業高校掃除部は事前にごみが出やすい場所を研究した上で、次々とごみを見つけて拾っていった。

スポGOMI甲子園でゴミを拾う掃除部のメンバー(川口工業高校提供)

 掃除部を引っ張るのは、ともに2年生の山本陸人部長と道上京香副部長。2人とも入学するまでは掃除部が存在していることを知らなかったという。

山本陸人部長(右)と道上京香副部長(左)

 山本部長「掃除部という名前がまず不思議だなと感じました。体験入部をして、放課後に活動することに興味が湧いて入部しました」

 道上副部長「中学生のときにボランティア活動をしていて、その延長線上でできることはないかと思った時に、掃除部を見つけました。先輩に優しくしてもらって、楽しいかもしれないと思って入りました」

顧問の部屋掃除から始まった

 掃除部ができた経緯は2007年の「愛好会」設立まで遡る。前年に顧問の牧之瀬貴子教諭が赴任した際、担当する化学の実験室と準備室があまりにも散らかっていたので、自分で掃除を始めた。すると、大学進学を目指して準備室に勉強しにきていた生徒たちが掃除を手伝いはじめたという。

掃除部顧問の牧之瀬貴子教諭

 「最初に手伝ってくれたのは3年生でした。すると、次の年には1年生が手伝ってくれて、実験室をすごく綺麗に掃除してくれました。どこかからポリッシャーを借りてきて、ワックスまでかけるので、そんなに綺麗に掃除ができるのなら、『部を作って掃除をしてよ』と話したら、何とか10人集めてきて2007年に愛好会が立ち上がりました」

 その後同好会に格上げされたものの、部員は10人前後の年が多かった。それが、2019年に突然部員が20人以上増えて、部として認められることになった。

 「部員が増えたのは、当時の部長が上手に部活を紹介したからでした。その年にスポGOMI甲子園が始まって、2020年に優勝したあとはテレビや新聞にも取り上げられて、さらに部員が増えていきました。今では入試の面接で『掃除部を知ってこの学校に入ろうと思いました』と話す中学生もいます」

 スポGOMI甲子園には、全国各地の予選を勝ち抜いた代表が出場する。牧之瀬教諭によると、出場校の中にはボランティア部や野球部などの部員が出場することはあっても、掃除部は聞いたことがないという。おそらく、全国の高校で唯一の掃除部だ。

スポGOMI甲子園で掃除部が拾ったごみ(川口工業高校提供)

掃除部の活動は誰でもできることが魅力

 掃除部の活動は基本的に水曜と木曜の放課後に行う。校内ではトイレや廊下の掃除を計画的に進めるほか、校外では学校の周辺から、時には約2キロ離れたJR西川口駅付近までごみ拾いや草取りなどをする。

 校外の活動で1回に集めるごみや草などの量は、45リットルのごみ袋で10袋弱。年間に15回は活動しているので、45リットル×10袋×15回と計算すると、年間では6750リットルにのぼる。

 また、春休みと夏休みには、4泊5日で合宿をして学校を徹底的に掃除する。大変なのは校内の廊下のワックスがけだ。前年にかけたワックスを剥離剤で剥がしてから、新たにかけ直す。

廊下はワックスがけのほか定期的に掃除している

 他にも汚れが目立つところを掃除するため、連日朝7時から夜遅くまで活動して、計画通り終わるかどうかだという。

 最近は企業からの寄付でポリッシャーの数が増えているほか、清掃関係の企業からプロの掃除の方法を教えてもらっていることもあり、技術とスピードが格段に上がっている。2022年の夏合宿では校内の掃除が早く終わったため、ボランティアで川や公園の掃除も行った。

 部になった2019年頃からは、SDGsについても勉強している。掃除部の活動はSDGsの目標11「住み続けられるまちづくり」や、目標12「つくる責任つかう責任」の取り組みと言える。掃除以外でもペットボトルを使わない取り組みを進め、ペットボトル飲料の自販機を置かずに、かわりにウォーターサーバーを置いてほしいと学校に提案している。SDGsの取り組みは生徒が自発的に始めたものだと牧之瀬教諭は話す。

 「私自身はSDGsについて何も知りませんでした。私が生徒たちに『数人でSDGsだといって騒いでも地球は変わらないと思うけど、どうする』と聞くと、『でも、誰かがやらなければしようがないんだから、やってくれる人を増やすためにも何かやった方がいいよ』と言って、生徒たちが始めたことですね」

 次の春合宿に向けては、学校の外壁や外階段で汚れが固まっているところを、いかに塗装を剥がさずに綺麗にするのかを検討しているという。掃除部の活動の魅力を、山本部長と道上副部長は次のように話した。

 山本部長「汚いところを掃除したあと、ビフォーアフターというか、その違いを見て自分の気持ちがすっきりするところが魅力です」

 道上副部長「掃除は誰にでもできるところがいいですよね。勉強ができなくても、運動ができなくても、手先が不器用でも、年齢も関係なくできることだからこそ、部活としてみんなで一緒にできているのかなと思っています」

 スポGOMI甲子園での活躍もあって、川口工業高校掃除部の存在と活動が知られつつある。いずれ「掃除部」が全国の高校に広がる日がくるかもしれない。

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