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ネットにおけるファクトチェック―その重要性と現状について

【SNSの急拡大によるフェイクニュースの増殖。ファクトチェックの重要性は増すばかりだが、現状の取り組みはどうなっているのか、課題はどこにあるのか】

曽我部 真裕(京都大学教授)


1.ファクトチェックとは何か、なぜ重要なのか。

(1)はじめに

 2022年10月、日本ファクトチェックセンター(JFC)が活動を開始した。その名が示す通り、フェイクニュースへの対策として、ファクトチェックを行うことを活動の柱とする団体である。JFCそのものについては後に説明することとし、まずは、ファクトチェックとは何か、なぜ必要あるいは重要なのかについて述べてみたい。

(2)フェイクニュースとはなにか

 一般にはフェイクニュースと呼ばれるが、専門的な文脈では偽情報と誤情報とが区別されることがある。簡単に言えば、誤情報(misinformation)が単に誤った情報のことを指すのに対し、偽情報(disinformation)は、何らかの利益を得ることや騙す意図をもつことを含んだ概念だとされる。

 このように、両者は概念的には区別が可能であるし、後者の方が組織的、大規模になされることが多く弊害も大きいということはできるものの、現実には両者の区別は曖昧であるし、発信の意図がわからないことも多いため、実際の対策の際には特に区別されないことが普通である。したがって、ここでは、偽情報・誤情報ではなく、フェイクニュースと呼ぶこととする。

 デマや怪文書のようなものもフェイクニュースの一種だとすれば、それは昔から存在する。しかし、インターネット、特にSNSが発達した今日では、フェイクニュースは一瞬にして拡散し、悪影響を及ぼす。

 例えば、2016年4月の熊本地震の直後の「熊本の動物園からライオンが逃げた」というツイートは、1万7000回以上もリツイートされ、熊本市動植物園には100件以上の問い合わせ等の電話があって業務が妨害されたほか、近隣住民を不安に陥れた。

 コロナ禍でも様々なフェイクニュースが流通し、一定割合の人々が信じたものもあった。総務省の調査によれば、例えば、「こまめに水を飲むと新型コロナウイルス予防に効果がある」という情報は、28.7%の人々が正しい情報だと思ったと回答したという。誤った予防法に頼った結果、本人や周囲の感染リスクを高めてしまった可能性があろう。

 また、「新型コロナウイルスは、中国の研究所で作成された生物兵器である」という情報については、21.0%が正しい情報だと思ったと答えた。こうした情報は、いたずらに隣国に対する不信感を高め、ひいては国内にいる中国人への攻撃に繋がったりする可能性もある。

 さらに、フェイクニュースには、選挙時などに政治的意図をもって拡散されるものがあり、これは民主主義への介入だと言える。選挙時にデマや怪文書が出回るのは今に始まったことではないが、SNSによってその影響力が増幅されることがあることや、外国政府が背後にいる場合があることが、その脅威を高めている。

 2016年のアメリカ大統領選挙ではフェイクニュースなどを通じたロシアの介入があったと言われるし、中国も他国の選挙に介入をしているとの指摘がある。これは、民主主義への介入でもあるし、安全保障政策の文脈から見れば、影響力工作であるとかハイブリッド戦争といった概念のもとで捉えられる事態である。なお、民主主義への脅威の側面については、本誌7月号で湯淺墾道教授が論じている(「フェイクニュース、ディスインフォメーションの民主主義に対する脅威」)。

 このように、フェイクニュースは、個人の生活を脅かす可能性があるほか、民主主義や安全保障にも影響を及ぼしうるものである。日本ではまだ民主主義や安全保障への脅威とまでは捉えられていないが、国際情勢が緊迫するなか、放置しておくことはできないだろう。
 

(3)フェイクニュース対策

 しかし、フェイクニュース対策は実は簡単ではない。フェイクニュースを拡散する者を処罰したり、削除したりすれば良いのではないかと思われる読者もいるかもしれないが、実はそれがなかなか難しいのである。

 確かに、その情報発信が目に見える悪影響をもたらすような場合には、犯罪として取り締まることのできる場合もある。例えば、先ほどの熊本の事案では、ツイート主は偽計業務妨害の疑いで逮捕された(その後、起訴猶予)。

 しかし、同じく先ほど挙げたコロナ関係の2つの情報のようなものは、犯罪に該当しないことはもちろん、その他の法律との関係でも違法ではない。仮に、法改正によって、こうした情報発信を違法にしようとした場合に、憲法の保障する表現の自由の不当な侵害として憲法違反とされる可能性が極めて高い。

 他方、SNS事業者が、利用規約でフェイクニュースの発信を禁止し、違反した場合に削除することは可能である。しかし、事業者がある情報がフェイクかどうかを判断することは難しいし、真偽不明な場合に削除するとすれば、表現の自由との関係で適切ではないだろう。

 そこで登場するのがファクトチェックである。専門性をもつファクトチェック機関が情報の真偽などを判断し、自らその結果を発信するとともに、その情報をSNS事業者が参照して、フェイクだと評価された情報を削除したり、削除まではしなくてもフェイクだと判断された旨の表示(ラベル)を行うといった対応を取ることができる。

 なお、ファクトチェックの際には単純に真偽のどちらかという形で評価をするわけではなく、正確、ミスリード、不正確、誤り等の多段階のレーティングを行うことが通常である。

 このように、フェイクニュース対策としてのファクトチェックは重要で、必要不可欠なものではあるが、他方で、様々な限界があることにも注意しなければならない。

 まず、フェイクニュースとファクトチェック記事とでは、前者のほうがはるかに早く広く拡散することが知られている。フェイクニュースは派手であったり意外だったり、あるいは人々のもっている偏見に合致したりするために人々の関心を引きやすいのに対し、堅実な調査と検証とを内容とするファクトチェック記事は必ずしもそうではないのである。

 また、定評あるマスメディアと個人との間に位置するいわゆるミドルメディア(まとめサイトやネットの話題を取り上げる「ニュースサイト」)は、広告収入目的で、真偽にこだわらずネット上の情報を安直に編集して発信し、フェイクニュースが拡散する要因となっているとも言われる。このように、ビジネスのエコシステムにフェイクニュースが組み込まれているとすれば、ファクトチェックの効果は大きく損なわれることになる。

 さらに、最近では画像や動画による精巧なフェイクニュースが増加し、真偽の判断がより一層困難になってきている。こうしたものはディープフェイクと呼ばれるが、AI技術の驚異的な発展によって精巧なものを容易に作成することができる。さらに、AIに関して言えば、今年に入って瞬く間に一般化した生成AIによって、テキスト系のフェイクニュースの作成もまた極めて容易になっている。

 最後に、ファクトチェックが機能するためには、人々のリテラシーが重要である。情報の出所を確かめるといった基本的な作法のほか、ファクトチェックとの関係では、ラベルの意味をきちんと理解して情報を選別するなどのことが求められる。リテラシー向上のための教育啓発が重要であるが、これについては様々な取組があるものの、いまだ道半ばである。

 このように、ファクトチェックの効果を阻む要因は少なくないが、これがフェイクニュース対策の基点となっていることは事実である。

2.日本におけるファクトチェックの取組

(1)JFC設立までの動き

 日本におけるファクトチェックの取組の歴史は、総務省も間接的に関わりをもち、プラットフォーム事業者の多大な協力を背景とするJFCの設立をもって1つの転換点を迎えたと言って良いと思われるが、それ以前にも関係者の熱心な努力があったことも忘れてはならない。

 2012年に一般社団法人日本報道検証機構が設立されてマスメディアの報道を検証するGoHooというサイトを運営した(2019年解散)。また、2017年設立のNPO法人ファクトチェック・イニシアティブが、「ファクトチェック推進機関」として、自らファクトチェックを行うわけではないものの、小規模のものが多いファクトチェック団体の支援を行ってきた。

 他方、総務省「プラットフォームサービスに関する研究会」最終報告書(2020年2月)において、フェイクニュース対策についてプラットフォーム事業者等の民間での自主的取組が適当であるとされたことを受けて、Disinformation対策フォーラムが設置され、その報告書が2022年3月に取りまとめられた。これを受け、冒頭に述べた通り、同年10月に一般社団法人セーファーインターネット協会にJFCが設置された。

(2)JFCについて

 JFCは、ファクトチェック活動を行うとともに、デジタル時代のメディアリテラシーについての発信・普及活動にも取り組んでいる。

 ファクトチェックを実際に行うのは編集部であり、ジャーナリストの古田大輔氏が常勤として編集長を勤めている。日本のファクトチェック団体の中でも常勤のスタッフをおいているのはJFCが日本初だとされる。

 このほか、ファクトチェックガイドラインを定めたり、その他編集部の活動を監督する運営委員会、さらには監査委員会がおかれており、ガバナンスの確保が重視されている。これは、フェクトチェックには独立性、公平性が求められていることによる。

 例えば、政治的右派と左派とは、様々なテーマについて異なる意見を持っているが、これらのテーマについて一方の言説に偏ってファクトチェックを行うとすれば、ファクトチェック団体としての公平性が疑われ、ファクトチェックにおいて何よりも重要な信頼を失ってしまうことになる。

 他方で、政治的な対立があるがゆえに事実が歪められて拡散している現状もあり、そういったものにはファクトチェックの必要性が高いわけであるが、どこまで踏み込むか、悩ましいところである。

 JFCの活動開始時には、編集部のメンバーが特定新聞社の出身者に偏っているとか、報道機関の記事はファクトチェックの対象外だとしていた点について厳しい批判もあった。しかし、前者については、その後是正が図られ、後者については、JFCの設立経緯やリソースの制約からの方針であることについて一定の理解が得られたように思われる。

 2023年4月には半年間の活動を振り返るプレスリリースが発表されているが、それによれば、87本のファクトチェック記事を公開しており、同じ時期にJFCを除く7つのメディアから公表されたファクトチェック記事の合計82本を上回っており、JFCは国内でのファクトチェック活動において中心的な存在となっていると言えよう。

 また、同年5月には、国際的ファクトチェックネットワーク(IFCN)への加盟が認められた。これは、その前月に認められた認定NPO法人「In Fact」に続いて国内2例目である。


3.おわりに

 前述のように、現時点では国内のファクトチェック活動の中心はJFCであるが、ファクトチェックはファクトチェック団体だけが行うものではなく、現在でも琉球新報や毎日新聞といった報道機関もファクトチェックを行っている。

 本誌の読者にはメディア関係者が多いとのことであるが、既存のファクトチェック団体に関する理解を深めて頂くとともに、ファクトチェック活動そのものに取り組む主体が広がり、フェイクニュース対策が充実していくことを期待したい。
 
(付記)筆者はJFCの運営委員会の委員長を勤めているが、本稿で述べた内容は、個人としての意見である。

<執筆者略歴>
曽我部 真裕(そがべ・まさひろ)
1974年生。1997年京都大学法学部卒業。2007年京都大学大学院法学研究科准教授。2009年パリ政治学院客員教授。2013年京都大学大学院法学研究科教授。2020年国立情報学研究所客員教授。一般社団法人ソーシャルメディア利用環境整備機構共同代表理事。情報法制研究所副理事長。
専門は憲法、情報法。

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