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メディア情報リテラシーとデジタル・シティズンシップ教育が求められる理由~総務省の偽情報・誹謗中傷問題に対する新しい取り組み

【新たな注目を集めるメディアリテラシー。総務省やさまざまな研究者、団体の考え方、取り組みを紹介し、今後の展望と課題を考察する】

坂本 旬 (法政大学キャリアデザイン学部教授)

再び注目される「メディアリテラシー」

 メディアリテラシーに注目が集まっている。もちろん、昨今のソーシャルメディア上の偽情報や陰謀論そしてプロパガンダをめぐる世界的な状況に対して、情報の真偽を読み解く力が必要だと考える人々が増えたことが背景にある。2度目のメディアリテラシーブームといってもいいだろう。

 1度目は1990年代の終わり頃に始まった。しかし当時のメディアリテラシーといえば、テレビが中心であり、インターネットはまさに普及し始めたばかりであった。当時からメディアリテラシーの理論はインターネットへと向かうだろうと思われていたが、学校のカリキュラムに導入されることもなく、その後は下火となっていたのである。

 その状況は、2016年秋の米大統領選を経て大きく変わることとなった。いうまでもなく、トランプ大統領の当選を支えたと言われる「フェイクニュース」問題の勃発である。

 メディアリテラシーの専門家は「フェイクニュース」という言葉は用いない。この言葉はあまりにも政治的に使われてきたからだ。その代わりに、偽情報や誤情報という表現を用いる。

 今日ではさらに、陰謀論やプロパガンダという用語も盛んに用いられるようになった。典型的な陰謀論は、世界は闇の政府に操られていると主張する「Qアノン」である。一見荒唐無稽に見えるが、アメリカでは実際にQアノンを信じる者が連邦議事堂を襲撃するといった事件を起こしている。

 陰謀論は昔からあったが、今日ではソーシャルメディアを介して、あっという間に拡散される点が大きな違いである。陰謀論は情報の背後に隠された真実が存在するという主張を伴っていることが多い。一方、プロパガンダは、ロシアによるウクライナ侵略に伴ってロシアによるプロパガンダが世界中に拡散されたことで注目を浴びるようになった。

 日本語で書かれたプロパガンダもよく目にする。プロパガンダは偽情報とは限らず、事実を巧妙に歪めて作り上げられることが多い。つまり、情報の真偽を見極めるだけではプロパガンダに対応できないことになる。

総務省の新たな情報教育政策

 総務省は2018年10月にプラットフォーム研究会を立ち上げ、2020年2月に最終報告書を発表した。この報告書には偽情報問題に対応するためのICTリテラシー向上の推進が掲げられた。

 そして、2022年6月17日、総務省は「偽・誤情報に関する啓発教育教材」とともに「メディア情報リテラシー向上施策の現状と課題等に関する調査結果報告」を発表した¹。この報告書は専門的な立場から、世界中の偽情報対策を検討したものであり、その結果としてユネスコのメディア情報リテラシーとデジタル・シティズンシップの考え方を取り上げて日本での政策への導入を推奨したものである。

 一方、総務省情報通信審議会は、2022年6月30日に「2030年頃を見据えた情報通信政策の在り方」一次答申を発表する²。この答申は政府の情報通信政策全体について検討したものであるが、この中には偽情報への対応も含まれている。

 そして、偽情報問題については「利用者がインターネット上の情報をうのみにせず、また、取得する情報が偏っている可能性があることをきちんと認識することが必要であり、総務省としては、若年層のみならず利用者全般に対し、偽情報等に関する情報リテラシー向上に向けた啓発を積極的に行うべきである」と述べられている(p.51)。

 さらに、「メディア情報リテラシーの向上(デジタル・シティズンシップ)」と題する1項目が設けられ、次のように指摘されている。「これまでの『情報モラル』は、ネットの長時間利用やSNSへの書込み等、インターネットの危険性について教えているが、どちらかと言えばインターネットの使用に関して抑制的であり、今後は、自律的なデジタルの利活用を通じて様々な相手とコミュニケーションを行い、多様な社会活動に参画し、よりよいデジタル社会の形成に寄与する『デジタル・シティズンシップ』を育むための教育を行うことが必要となる」(p.51)。

 この答申に挙げられた「メディア情報リテラシー」や「デジタル・シティズンシップ」といった言葉は「メディア情報リテラシー向上施策の現状と課題等に関する調査結果報告」に使われているものと同じである。このようにして、総務省はユネスコの二つの教育概念、すなわちメディア情報リテラシーとデジタル・シティズンシップを国の教育政策に導入したのである。

 メディア情報リテラシーやデジタル・シティズンシップは、偽情報の真偽を読み解くためだけの能力ではない。メディア情報リテラシーとはメディアリテラシー、情報リテラシー、ニュースリテラシーそしてデジタルリテラシー、アルゴリズムリテラシーなど、多様なリテラシーを統合したリテラシーだ。そもそも情報の真偽を読み解くことはジャーナリストでさえ困難であり、誰でもできるわけではない。

「横読み」とデジタル情報リテラシー

 教育現場では情報の真偽を読み解くのではなく、情報の信頼性を評価することを大切にする。残念ながら、現在の子どもたちは、オンラインの情報を見たとき、情報源をほとんど気にしない。例えば、ソーシャルメディアで怪しい映像を見ても、映像そのものについてはじっくり見たとしてもその映像の情報源にはほとんど気に留めない。子どもだけではなく、大学生でさえ同じような傾向がある。

 情報源を意識し、その信頼性を考えることが最初の一歩である。よく知られているファクトチェックは、子どもや一般市民にとって難しすぎる。教育用に開発された手法として世界的にもっとも有名なものは、サム・ワインバーグ教授が率いるスタンフォード大学歴史教育グループが開発した「横読み」と呼ばれる方法である。この方法はファクトチェッカーが行っている手法の一部を用いたものだ³。

 まず検証したい情報をブラウザで開く。そしてブラウザのタブを次々に開いて、元の情報源を辿り、その社会的評価を調べていく。そして、情報の背後に誰がいるのか、他の情報源は何と言っているのか、情報に証拠はあるかという3つの問いを考えるのである。

 元の情報にとどまって考えるのではなく、そこから離れて関連する情報を探究することが重要だというのである。この方法は実際にパソコンを使って調べることが必要であり、一人一台のタブレット端末が使える現在の小中学校でも行うことができる。スタンフォード大学歴史教育グループは、このようにして身につける能力をメディアリテラシーではなく、デジタル情報リテラシーと呼んでいる。

 ワシントン大学情報公開センターの研究員であるマイク・コーフィールド氏は「横読み」を4つの段階に分けた。(1)立ち止まる、(2)情報源を調査する、(3)信頼できる報道を探す、(4)主張や引用などの情報源を遡る、の4つである。彼はこの4つの頭文字を並べて「SIFT」と呼んでいる⁴。このようにシンプルなルールにすることで、怪しいと思った情報に出会った時に評価の方法を思い出しやすくなるというわけである。

ニュースリテラシー

 ワインバーグ教授もコーフィールド氏もジャーナリストではない。ジャーナリストの立場から、ニュース情報に焦点を当ててオンライン情報の信頼性を評価する能力の育成をめざすのがニュースリテラシーの立場だ。

 ニュースリテラシーという考え方を広めたのは2008年にニュースリテラシー・プロジェクト(NLP)⁵を設立したジャーナリストのアラン・ミラー氏である。NLPは民主主義社会における表現の自由や報道の自由の理念やジャーナリズムの基本からオンライン情報のファクトチェックまで、ニュースリテラシーの基本をオンラインで学ぶことのできる「チェッコロジー」を開発し、全米の学校で使用されている。

 ニュースリテラシーは、これまで新聞の活用方法を教えてきたニュースペーパー・イン・エデュケーション(NIE)にも大きな影響を与えた。これまで新聞社は新聞の販売促進の一環としてNIEに取り組んできたが、デジタル時代になり、新聞が売れなくなるとともに「フェイクニュース」が大きな脅威となったのである。

 偽情報に対抗するニュースリテラシーは信頼できるデジタル時代のジャーナリズムのためのジャーナリストと市民が共有すべき能力だと考えられている。最近では日本でも読売新聞やスマートニュース社を中心に、ニュースリテラシー教育への活動が始まりつつある。

メディアリテラシー

 全米メディアリテラシー教育学会(NAMLE)はメディアリテラシーを「あらゆる形態のコミュニケーションにアクセスし、分析し、評価し、創造し、行動する能力」と定義している⁶。

 もう少し詳しくいうと、メディアリテラシーは、情報やメッセージを批判的に評価し、背後に隠された価値観を考え、自己を表現・創造し、発信する幅広い能力である。読み解きと創造の対象は、ニュースだけではなく、広告やポップカルチャーなども含む。

 今日のソーシャルメディアでは、ヘイトスピーチやプロパガンダがわかりやすい事例だろう。ヘイトスピーチやプロパガンダは、情報の信頼性という視点だけでは解くことができない問題を含んでいる。アメリカの著名なメディアリテラシー教育研究者のルネ・ホッブス教授はメディアリテラシーの観点からのプロパガンダ教育を提案している⁷。

 海外では、メディアリテラシーの考え方を基本に、デジタル情報リテラシーやニュースリテラシーを取り入れた教育が進められている。すでに触れたように、ユネスコはメディア情報リテラシーをこれらすべてのリテラシーを含むものとして定義している。

 総務省は昔からICTリテラシーという用語を使ってきたが、2022年以降は、ICTリテラシーとは事実上ユネスコのメディア情報リテラシーを意味すると言っていいだろう。なお、メディア情報リテラシーという言葉はあまりなじみがないため、筆者は便宜的にこれを「広義のメディアリテラシー」と呼んでいる。

デジタル・シティズンシップ教育に向けた取り組み

 デジタル・シティズンシップとは、もっとも簡単にいえばデジタル機器を使って市民社会に参加する能力のことを指す。シティズンシップが市民社会に参加する能力のことだとすれば、デジタル・シティズンシップはそれをデジタル世界に拡大したものだ。

 デジタル・シティズンシップにはメディア情報リテラシーも含まれている。とりわけ事実と意見を区別し、情報の信頼性を批判的に評価する能力は、民主主義を支える市民に不可欠な能力である。さらに、ソーシャルメディアには誹謗中傷やプライバシーの問題もある。子どものスマホの使いすぎやネットいじめなど、デジタル時代に特有の問題もある。高齢者にとっては、インターネットにアクセスすることが難しい場合もある。

 政府は2022年6月7日に「デジタル田園都市国家構想基本方針」を発表し、誰一人取り残されない「皆で支え合うデジタル共生社会」を掲げた⁸。総務省の全世代を対象とするデジタル・シティズンシップ政策はその一部である。

 総務省は2023年3月29日に開催された第6回「ICT活用のためのリテラシー向上に関する検討会」で、読売新聞社によるニュースリテラシーの取り組みの報告とともに国際大学が開発した保護者向けの「デジタル・シティズンシップ啓発教材」を発表した⁹。

 世界的にも子どもと保護者を含む大人がともに学ぶ方法が主流になりつつある。例えば、アメリカの7割の学校が導入しているコモンセンス財団が作成するデジタル・シティズンシップ教材には必ず保護者向けの教材が含まれており、大人と子どもがともに学ぶことを基本にしている¹⁰。総務省の啓発教材もまたコモンセンス財団の教育理論をもとにして作られている。

おわりに

 偽情報や誹謗中傷、ヘイトスピーチ、プロパガンダなど、ソーシャルメディアには数多くの問題がある。しかし、日本のみならずどの国でも、大人を直接教育をするのは難しい。むしろ子どもと大人がともに学びあう方法が効果的である。つまり、メディアリテラシーやデジタル・シティズンシップ教育には、子どもと大人の対話が不可欠なのである。今日の総務省の政策の背景にはこのような考え方がある。

<注>
¹ 総務省「メディア情報リテラシー向上施策の現状と課題等に関する調査結果報告」、2022年6月17日 https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01ryutsu02_02000340.html?fbclid=IwAR3q-l-lbCBwEuYxNmb9HneSPx_xtvQnKqnXQWvHW9OQCtsXqHG1aI276HQ
² 総務省「2030年頃を見据えた情報通信政策の在り方」情報通信審議会一次答申、2022年6月30日 https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01ryutsu06_02000319.html
³ Stanford History Education Group, Teaching Lateral Reading. https://cor.stanford.edu/curriculum/collections/teaching-lateral-reading/
⁴ Mike Caulfield, SIFT(The Four Moves). https://hapgood.us/2019/06/19/sift-the-four-moves/
⁵ News Literacy Project, https://newslit.org/
⁶ NAMLE. https://namle.net/resources/media-literacy-defined/
⁷ Renee Hobbs. Mind Over Media: Propaganda Education for a Digital Age. W. W. Norton & Company.2020.
⁸ 内閣府「デジタル田園都市国家構想基本方針」、2022年6月7日 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digital_denen/pdf/20220607_honbun.pdf
⁹ 総務省、ICT活用のためのリテラシー向上に関する検討会(第6回)配布資料 https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/ict_literacy/02ryutsu02_04000401.html?fbclid=IwAR3rUy1xB5bwW-MlbydShpBzC-Ezy-S83OILaI7Cc81POLRr6mzASGO3IOE
¹⁰ Common Sense. https://www.commonsense.org/

<執筆者略歴>
坂本 旬(さかもと・じゅん)
1959年生まれ。東京都立大学大学院教育学専攻博士課程単位取得満期退学。教育系出版社や週刊誌などの編集者を経験したのち、朝日新聞社、毎日新聞社を中心に雑誌執筆者として活躍。
1996年より法政大学教員。現在はキャリアデザイン学部教授として図書館司書課程を担当。ユネスコのメディア情報リテラシー・プログラムの普及をめざすアジア太平洋メディア情報リテラシー教育センターおよび福島ESDコンソーシアム代表。基礎教育保障学会、JEARN理事。
ビデオレターによる福島県白方小学校とネパールの子どもたちの交流を描いたドキュメンタリー映画「届け僕たちのエール」はYouTubeから視聴できる。https://youtu.be/XTdhPKVFEuk

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