コロナに関するデマの心理とその対処
原田 隆之(筑波大学教授)
コロナに対するデマ
全国で新型コロナウイルス感染症対策の緩和が進められている。今年のゴールデンウィークは、2年ぶりに行動制限のない大型連休となり、全国の観光地は久々の賑わいを取り戻した。休日明けには、感染のリバウンドも警戒されたが、おおむね落ち着いた様子で推移しているようだ。
とはいえ、連日全国で何万人もの感染者が出続けていることは間違いない事実であり、決してコロナ禍が収束したわけではない。また、ワクチンの3回目接種も徐々に進んではいるものの、まだ60%に至らない程度であり、十分な接種率とは言い難い。
こうした状況のなかで、今一番懸念されるのは、コロナに関する「デマ」である。「デマ」とは、科学的根拠に基づかない情報のことであり、意図的なものと意図的ではないものとがある。
意図的なものは英語ではdisinformationと呼ばれ(狭義のデマ)、人々を騙したり混乱させたりする明確な悪意があって作り上げられ、流布される。一方、非意図的なものは、科学的な検討を経ないで悪気なく流される誤った情報であり、これはmisinformation(誤情報)と呼ばれて区別されている。
このように厳密には両者に違いはあるものの、共通点は科学的根拠を欠いた誤った情報であるという点である。そして、一旦広く流れてしまえばその境界はあいまいになり、われわれ個人や社会全体に悪影響をもたらすものとなる。
コロナに関するデマは、感染拡大の初期から見られている。例えば、「コロナにはアオサやショウガが効く」「トイレットペーパーが品薄になる」「中国の研究所が意図的に作った生物兵器である」などというデマが、SNSなどを通して広まったことがあった。
しかし、一層多くのデマが拡大したのは、ワクチン接種が始まったころである。それに対して、厚生労働省はそのHPで「新型コロナワクチンQ&A」として、表1のような主だったデマを挙げ、正しい情報を伝えながら反論している。
ワクチンデマに関する調査結果
私は、2021年9月にワクチン接種意向やワクチンデマに関して、全国の20歳以上の1,000人を対象に調査を実施した。そこでは、厚生労働省が挙げた前記のデマなどを参考にして6つのデマを挙げて、それらをどの程度信じているかを4段階(そう思う、ややそう思う、あまりそう思わない、そう思わない)で尋ね、順に4点から1点として得点化した。
結果は図1のとおりであるが、どのデマも「そう思わない」「あまりそう思わない」と答えた人が圧倒的に多かった(全体の83.8%)。とはいえ、数は少ないと言っても二割弱の人が何らかのデマを信じているわけであり、その影響は無視できない。
たとえば、ワクチン接種について「絶対に接種しない」「多分接種しない」と答えた人は、全体から見ると89人(8.9%)と少数であったが、その半数以上はデマをある程度強く信じている人であった。
どのような人がデマを信じているか
調査では、デマを信じている人がどのような傾向を有する人々であるかについても調べた。そこで明らかになったことを簡単に説明すると、まず性別、教育程度、年収には有意な関連は見られなかった。
一方、関連が大きかった要因は、「コロナに関する不安が小さいこと」「政府への不信が大きいこと」「YouTubeをコロナに関する情報源にしていること」であった。さらに、「反科学的態度を有していること」「疑似科学を信奉していること」「一般的な不安が大きいこと」なども有意な関連が見られた。
これらを総合的に見ると、以下のようなことがいえる。つまり、ワクチンに関するデマを信じている人々は、そもそも反科学的傾向や疑似科学を信奉する傾向が強く、コロナに関する情報は、政府や専門家ではなくYouTubeに頼っているということである。
また、一般的な不安傾向が強いのに、コロナに関する不安が小さいというのは、一見矛盾するようであるが、これは必ずしもそうとはいえない。つまり、彼らはもともと不安傾向が強い人々であるので、コロナに関しても大きな不安を感じていた。しかし、反科学的、疑似科学的な「デマ」を信じることで、その不安を打ち消そうとしているのだと解釈できる。コロナに関して「事実」を突き付ける政府や専門家の警告には耳を貸さず、「コロナはただの風邪なので、危険なワクチンは打つ必要がない」などと信じ込みたいのである。
デマを信じる人の心理
コロナ禍も2年が続き長期に及ぶと、そのなかで人々の心理が大きく変化するのは当然のことである。当初の大きな不安は和らぎ、コロナがある意味で日常的な存在になってくると、誰もが心理的には「withコロナ」となりつつあるといえるだろう。
しかしそうは言っても、手洗い、三密の回避、マスク着用、ワクチン接種などの科学的な根拠に裏付けられた感染予防対策を続けて生活をしている人もいれば、先に述べたように「コロナは風邪」などと根拠なく真っ向から否定することで、心の安定を得ようとしている人もいる。
後者がデマを信じている人々であるが、彼らは、心理学的に言うと「否認」という不適応的な防衛機制を用いていると考えることができる。防衛機制とは、フロイトが提唱した概念であり、われわれが不安に対処するときの心理的なメカニズムである。それにはいくつかの種類があるが、「否認」という方法は、不安を喚起させる対象を「ないもの」と思い込むことによって、心の安定を図るという方法であり、最も未熟で原始的なものであるとされる。そこには、何の努力も知性もいらず、ただ見たくないものを見ないようにするというだけの現実逃避でしかなく、「認知的な手抜き」にほかならないからだ。
そして、一旦この方法に頼るようになると、次に彼らは聞きたい情報だけを聞いて、聞きなくない情報には耳を塞ぐようになる。これを「確証バイアス」と呼ぶが、これもまた「現実逃避」であり、「認知的な手抜き」にほかならない。
世の中には、当然聞きたくないような情報がたくさんあり、それに耳を塞いだだけでは、適応的に生きていくことはできない。聞きたくない情報にも耳を傾け、適切な対処を講じることが「賢い生き方」である。それができないのは、そもそも彼らは不安傾向が強く、知的努力を放棄して現実逃避を図っているからにほかならない。
いくらつらくても、不安でも、コロナは存在するし、いまでも存在し続けている。「ない」と思い込んだだけでなくなるような簡単なものではない。その現実を直視し、科学的な予防策を講じた先にしか感染の収束、あるいは「withコロナ」はありえない。
陰謀論集団の暴走
今年4月、ワクチン接種に反対する団体「神真都Q」(やまとキュー)が、都内のクリニックに不法に侵入した容疑でメンバーが逮捕された。
この団体は、その結成宣言に以下のようなことを記載している。
一読して意味がわかる人は皆無に近いだろう。むしろ、意味がわかるほうがおかしいといったほうがいいくらい荒唐無稽で奇妙奇天烈な内容である。文章としても稚拙で要領を得ないものである。
簡単に要約すると、「この世の中は悪の組織に支配されていて、それを救うのがトランプ米元大統領とわれわれの目的である」というようなことが書かれている。彼らにしてみれば、コロナやワクチンも「悪の組織」が人口削減を目論んだ陰謀によるものであるので、それらに反対することを目的として掲げているのである。このような馬鹿馬鹿しい陰謀論を信じる人がいるということをにわかには信じ難いが、これもまたコロナ禍があぶり出した社会の一面である。
陰謀論に傾倒する人の心理について、社会心理学者で陰謀論研究者のカレン・ダグラス教授(英ケント大学)は、「陰謀論は敗者のためのものである」としつつ、「他の人が持っていない希少で重要な情報を自分が持っていると感じ、特別な存在であると感じられるため、自尊心を高めることができる」と述べる。
つまり、彼らは格差が拡大し分断が進む社会のなかで、落ちこぼれ不遇にあえいでいる人々なのかもしれない。それにコロナ禍が追い打ちをかけ、さらに不安や孤立を深めた人々なのであろう。また、コロナ禍ではたくさんの科学的情報を受け取って吟味する必要があるが、彼らはそれに知的困難を感じつつ、日常行動が制限されることに不満を募らせていったのだとも考えられる。そうしたなかで、あたかも「天の啓示」のように陰謀論に接し、「これこそが世界の真理だ」「自分はこれまで騙されていた」「それに気づかない人々のほうが愚か者だ」などという思いを抱き、一夜にして「目覚めた人」となったのである。
こう見ると、彼らは先に述べたデマを信じる人々よりも、一層その心理的な問題性が大きく、不適応が顕著な人々であるといえる。単に陰謀論を信じているだけでは、特に社会的な問題性はないかもしれないが、彼らが政府や専門家、そして社会を敵視し、自分たちの「正義」のためには暴力や不法な手段も許容されると考えたとき、それはテロ集団となりうる。こうなると、かつてのオウム真理教などのカルトがそうだったように、社会にとってはきわめて危険な対象となる。
デマや陰謀論への対処
こうしたデマや陰謀論への対処としてまず重要なことは、それを放置しないということである。どんなに馬鹿げたものであっても、無視したり軽視したりせずに、小さな芽のうちから対処することが必要だとデマ対策の専門家は口をそろえている。
アメリカ疾病管理予防センター(CDC)は、デマや陰謀論への対処として、1)モニタリング、2)人々の声を聞く、3)正確な情報提供の3つを挙げている。日常的に、SNSなどでデマや陰謀論をモニターし、早期にそれに気づくこと、そしてそれを信じている人たちやコロナ対策に不安や不信感を抱いている人たちの声を聞くことが必要だという。それによって、デマが広がる理由や背景、デマを信じる人々の特徴などを分析して、個々のケースに応じた正確な情報提供をすることが大切である。また、意図的にデマを流す悪意のある人々や「エセ専門家」を突き止め、毅然とした対応を取ることも重要だろう。
時事通信社は、2021年8月から9月に、全国の18歳以上5,000人を対象にデマに関する調査を行っている。そこで明らかになったのは、何らかのデマに触れたことがある人は全体の56%いたということである。また、デマなどを流していた媒体は、インターネット(46%)、民放テレビ(25%)などであった(複数回答)。一方、正しい情報の確認方法としては、テレビ報道(48%)、ツイッターなどのSNS(32%)、専門家によるネット上の情報発信(28%)、政府発表(25%)、家族や友人(24%)、新聞報道(20%)などとなっていた(複数回答)。
これを見ると、SNS全盛の時代とはいえ、テレビの影響力がまだまだ大きいことがわかる。テレビはデマの情報源となる危険性があるとともに、デマを修正する情報伝達の強力な担い手ともなる。
コロナ禍の出口がうっすらと見え始めたと感じられる今、われわれを明るい日の射す方へと導いてくれる力として、これまで以上にテレビ報道を始めとするマスメディアの力が試されるときである。
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