止まらない教員不足。公教育崩壊を防ぐことはできるか。
妹尾 昌俊(教育研究家・一般社団法人ライフ&ワーク代表理事)
現場からの声
教員不足、講師不足に歯止めがかからない。冒頭で紹介したのは今年4月に実施した調査での公立小中学校の副校長・教頭からの声の一部だ。
この調査は「#教員不足をなくそう緊急アクション」(末冨芳・日本大学教授、教職員の声を政策に届けるSchool Voice Project、妹尾による有志のチーム)が全国公立学校教頭会の協力を得て実施した。
教員不足とは、欠員状態を指すが、各地で慢性的な人手不足となっている。「公教育の崩壊が始まっている」と述べる校長や教員も多数いる。労働力人口が減る中、どこの業界でも人手不足ということかもしれないが、教員不足の一番の被害者は、これからの社会を担う子どもたちであり、看過できない。
いったいどうなっているのか。この危機をどう捉え、国や自治体は何を進めるべきなのか。
どのくらい不足しているのか、国は把握できていない。
日本経済新聞が全国の都道府県・政令市等に調査したところ、2022年5月1日時点で全国の公立小中高と特別支援学校の2092校(全体の約6%)で2778人の欠員が生じていた(2023年1月16日付)。
NHKの調査でも22年5月時点で、小学校で1487人、中学校で778人、高校で214人、特別支援学校で321人と合わせて2800人不足していた(NHKウェブ記事2022年8月2日)。これは21年に初めて実施された文科省による調査(21年5月時点で2065人)よりも多い。
全国公立学校教頭会の調査(令和4年度)によると、22年度始業時点で欠員が生じていた学校は、小学校の13.9%、中学校の15.2%であった。全国の副校長・教頭の約75%が回答した調査なので、信ぴょう性は高い。文科省調査(21年始業時点)では小学校の4.9%、中学校の7.0%だったから、文科省の認識より事態は悪化している可能性が高い。
直近はどうか。私たち(#教員不足をなくそう緊急アクション)の調査によると、23年始業時点では公立小学校の20.5%、公立中学校の25.4%で不足が起きている。この調査では、困っている教頭ほど回答しやすいというバイアスが働いている可能性があるので、いくぶん割り引いて数字を捉える必要はあるものの、もはや教員不足は、あちこちで「普通に」起きていることになってしまっている。
ちなみに、文科省は21年に調査して以降は、教員不足の実数を把握する努力すらしていない。教育委員会にアンケートを実施して、去年より改善したか、悪化したかと漠然と尋ねる程度で(文科省「『教師不足』への対応等について(アンケート結果の共有と留意点)」¹)、この程度のデータで、国会議員や世論から理解を得て、財務省から予算を取ってこれるようには思えない。教員採用は都道府県・政令市等の教育委員会の管轄なのは確かだが、だからといって国の責任はない、と言いたいのだろうか?
¹ https://www.mext.go.jp/content/20230626-mxt_kyoikujinzai01-000022259-3.pdf
ベンチに誰もいない。
この記事が公開されるのは、夏休み中だが、今後2学期、3学期となるにつれて、一層学校現場は、教員不足で苦しむことが予想される。
はじめに、欠員補充の仕組みから説明しておく必要があるが、通常は、非正規雇用である常勤講師(臨時的任用教員)の登録者名簿(講師バンク)の中から選ばれる。教員採用試験に受からなかった人に講師登録してもらうことが多い。定年、育児・介護などの理由で以前退職した人が講師登録をするケースなどもあるが、教育委員会は、不合格通知を出しておきながら、「補充要員になってください」と言っているのだから、世間一般では非常識なことがまかり通っている。
とはいえ、不足を見越してはじめから正規の教員を雇っておくとなると、国・自治体にとっては、後年度の負担も含めて大きな財政支出となるし、産育休などはあとで正規職が復帰してくるのだから、非正規雇用が雇用の調整弁になってきた。
そして、以前は教員採用試験の倍率も高く、不合格者がたくさん出ていたし、何年か講師として経験を積んででも、正規職の教員を目指したいという人も多かったので、講師登録者はかなりあった。
これが、ここ数年で変わっている。周知のように、自治体によっては採用倍率は低くなっていて、不合格者数は以前より少ない。しかも、民間就職なども活況なので、教員採用試験がダメだったら、ほかに就職しやすい。そのため、年度途中から「学校で働いてくれませんか」と言われても、すでに民間等に就職済の人は多い。そんな都合のよい人材はなかなかいない。
こうした結果、各地の講師バンクは払底しており、産休・育休の代替すら見つからないケースも多くなっている。当然のことながら、産育休は年度途中にも発生するし、最近は男性の育休も増えている。さらに、病気休職や離職者が増えれば、不足数は拡大する。
文科省調査もメディア取材も、4月、5月などの年度の早い段階のものなので、実態把握としては不十分だ。
私たちの教頭向け調査では昨年度の状況も聞いているが、図のとおり、年度後半になるにつれて、教員不足は悪化している。
スポーツにたとえるなら、本来はベンチで控えとしているはずの選手をスタメン起用している状態である。途中で代わってくれる人がいないのだ。
子どもたちに与える深刻な影響
この問題、一番の被害者は子どもたちだ。
はじめて小学校や中学校に通うとき、あるいはクラス替えがあって不安なときに、担任の先生が不在のままという児童生徒がいる²。教頭や教務主任など、本来は担任をもたない先生が代行するケースもあるが、もともととっても忙しい職だ。一生懸命がんばってくれている人がほとんどだろうが、やはり、子どもたちの声にじっくり耳を傾ける余裕がないという人もいることと思う。
私たちの教頭向け調査でも、次のような訴えが多かった。
その上、冒頭で紹介したように、教員不足が起きると、中学校や高校では専門ではない教科の先生から教わる生徒も多い。極端なケースでは体育の先生が国語を担当するような事態も。運、不運で済ませていい問題ではないはずだ。
文科省や国の審議会、あるいは国会議員の先生方や産業界の重鎮の方々は「もっと学校教育の質を高めよ、教員の資質・能力の向上が必要だ」と繰り返し述べてきた。この頃は「不登校が急増しているし、校内で教室とは別の居場所をつくって、もっと丁寧なケアをしたほうがよい」とも言われている。
だが、最前線の学校現場がどうなっているのか、教員の資質や指導力、児童生徒へのケアを高めるために十分な環境や人員、時間的余裕はあるのかについて、教育改革を叫ぶ人たちは、直視しようとしなかったのではないか。現に、2008年にNHKが、2011年から朝日新聞が取材し、問題提起されてきた教員不足についても、文科省が調査をしたのは21年度で、一回きりである。
そんなに不足しているなら、「先生が授業せずに、動画教材やAIを使って学んでもらったらいいじゃないか」と言う人もいる。大人でも動画視聴学習などをやってみたら分かると思うが、独力で学び続けるのは、相当難易度が高い(大学の通信講座などは脱落者が多いことで知られている)。
動画やICTを活用していくことは必要だろうし、子どもたちが自ら学び続けられるようにしていくことは大事なのだが、教員が励ましたり、教材等を選ぶのを手伝ったり、あるいは子どもたちの好奇心を高めるような働きかけをしたりすることも、重要だ。教員が要らなくなるわけではない。
本当は誰でもいい仕事ではないのだが。
いま、学校教育の質と教員の質、その両面がたいへん危機的な状況にある。大きな理由は2点ある。
第一に、もはや、多くの学校現場では講師の質うんぬんを言っていられない状態になっている。
教員不足、講師不足のなかで「猫の手も借りたい。講師の質をちゃんと評価して採用している場合ではない。ともかく誰かに来てほしい。授業に穴をあけるわけにはいかない。」という学校も多い。本当は授業や子どもへのケアというのは、高度で難しいことなので、誰でもいいわけはないのだが。
私たちが実施した教頭調査では。次の図のとおり、「B:講師の質を評価して選んでいられる状況ではない」という回答が小学校、中学校ともに6割を超えた。
講師だけの問題でもない。児童との関係づくりで問題があって、本当は学級担任にさせたくない人(正規職の教員)であっても、人手不足のなかでは担任にせざるを得ない。案の定、学級崩壊や保護者とのトラブルとなって、教頭や教務主任が疲弊するといった学校もある。
第二に、教員不足は、教員の多忙を一層深刻にしている。本来配置されるべき人がいない、欠員状態の学校では、いまいる人が負担を増やして、なんとかカバーしている。授業時間数を増やしたり、生徒指導や事務作業を増やしたりして。
ただでさえ、過労死ライン超えも多い日本の教員が一層働かざるを得ない状況に追い込まれている。しかも、病気休職者が出ているような職場は、なにかしら困難を抱えているから――理不尽なことを言ってくる保護者がいたり、職員室でハラスメントがあったり、サポートがなかったり――残された教員たちは、本当に大変だ(もちろん休むのは大事なことだが)。
という悪循環になっている学校も少なくない。「連鎖不足」、「連鎖崩壊」とでも言える事態だ。
3つの抜本策
では、どうしていくべきか。教員不足にはさまざまな背景・要因があるが、対処できるものと、できないものに仕分ける必要がある。
たとえば、特別支援ニーズが高まっていて、支援学級が増えていることが、教員需要を押し上げている。また、教員の年齢構成が若返っている自治体などでは、産育休をとる先生も多い。とはいえ、支援学級を無理やり減らすことはできないし、産育休を取るなとはならない(奨励、応援したい)。
であれば、対処できるところは限られている。ここでは3点提案したい。
第一に、教員の負担軽減や働き方改革を進めて、働きたいと思える職場、働き続けやすい職場にしていくことだ。言い換えれば、いまの学校現場で働いている先生たちを大切にする施策を打つべきである。
というのも、教員志望の意思が強い学生の多くは、自身の小中高生のときの経験が影響している³。一方で、教育実習で幻滅する人や「あー、やっぱり学校で働くのは大変だな」と実感して、教職を目指さなくなる学生もかなりいる。社会人からの転職を考えても、似たことが言えるだろう。
要するに、いまの先生たちが活き活きしていないと、ダメだ。受験者を増やそうと、いまや多くの自治体は躍起だ。競争している。説明会を遠隔地で開催したり、YouTubeで先生の魅力を発信したりしている。だが、最大の広報の場は、いまの学校現場だ。
教員の負担軽減が進めば、心身を病んで休職する人や離職する人を減らすこともできる。教員になりたい人を増やし、かつ辞めたい人を減らす、しかも、先生に気持ちの余裕があるほうが子どもたちにとってもいい。一石二鳥、三鳥なのだ。
第二に、教職を目指したい学生等が増えるように、インセンティブ付けと学生等の負担軽減を進めることだ。社会人向けの特別免許状の拡充なども施策としては理解できるが、少なくとも現状では大きなパイにはならない。最も大きな供給源はやはり学生だ。教員として働いた場合、奨学金の返済免除を受けられるといった支援を検討するべきではないか。
また、昨今は教職課程であれもこれも詰め込み過ぎていて、大学生も忙し過ぎる。教員免許を取るまでが大変で、脱落するケースも多い。あまりにも養成(採用前)に期待が高くて即戦力重視なのはいかがなものか。教員になったあとの研修などでカバーできるものは養成段階では減らすといったスクラップを進めるべきだ。
第三に、各自治体が安定的に中長期の視点をもって教員採用を進められるように、国は定数改善計画や義務教育標準法のあり方を含めて、早期に検討し、予算獲得に動くべきだ。
教員不足が発生しているのに、教員定数を増やせ、というのは矛盾しているように聞こえるかもしれない。だが、大規模に進む少子化のなかで、各自治体としては、将来、教員が過員(過剰)となることを恐れて、採用をそれほど増やせないでいる(その結果、非正規雇用への依存が高まっている)。
また、制度上もいまは小学校などではギリギリの人数しか定数上おらず、1人、2人休むだけですぐ学級担任が足りない状態にある。つまり、採用上も配置上も、遊軍的な人が非常に少ない状態なのだ。
いずれの3点も簡単なことではない。だが、言い換えれば、こうした抜本策を軽視してきた結果が、こんにちの教員不足の問題、公教育崩壊の序章とも言うべき事態を招いている。いち早く着手していただきたい。
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