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フェイクニュース対策としてのメディアリテラシーの有効性と限界を考える

【フェイクニュース対策としてのメディアリテラシーはどこまで有効なのか。そもそも偽情報・誤情報対策の目的は何なのか。そこまでさかのぼって考えた時に見えてくるものは】

小笠原 盛浩(東洋大学社会学部教授)

深刻化するフェイクニュースとメディアリテラシーへの注目

 2016年の米国大統領選挙・英国民投票を契機に社会問題として一気に認知度が高まった、いわゆる「フェイクニュース(偽情報・誤情報)」ⁱの問題は、新型コロナウイルス感染拡大、ロシアのウクライナ侵攻などでさらに深刻さを増している。新型コロナウイルスに関しては、ウイルスやワクチンに関して「ワクチンを打つと不妊になる」などの偽情報・誤情報が広範囲に拡散した。総務省が2021年4月に公開した調査報告書によれば、回答者の75%が直近1ケ月の間にコロナウイルス関連のフェイクニュースに接触したことがあり、うち26%は自らフェイクニュースを拡散したことがあった(野村総合研究所, 2021)。ロシアのウクライナ侵攻では、ウクライナのブチャでロシア軍撤退後に多数の民間人の遺体が発見されたとの批判に対して、ロシアは逆にウクライナによるフェイクニュース攻撃であると反論している。さらには民間人殺害が「フェイク」だと主張する偽ファクトチェックがソーシャルメディア上で拡散されている(平, 2022)。

 偽情報・誤情報が社会にとって重大な問題とされるのは、民主主義社会の存立基盤を侵食する恐れがあるからである(European Commission, 2018)。民主主義社会が機能するためには、有権者が政治に関して正確な情報にもとづいて意思決定を行い、自由に自らの意見を述べ、他者と議論しながら政治に参加することが不可欠である。インターネット以前は、有権者はマスメディアを通じて入手した情報にもとづいて意思決定を行い、自らの代表者を議会に送り込むことで間接的に政治に参加してきた。しかしながら、インターネット・ソーシャルメディアの普及に伴って一気に拡散力が増した偽情報・誤情報は、有権者の判断材料に虚偽を紛れ込ませて適切な意思決定を阻害するとともに、代表者に対する信頼を毀損させて民主主義社会を機能不全にする可能性がある。

 偽情報・誤情報が社会問題化するにつれて、人々がメディアリテラシーを身につけて「騙されない」ようになることを求める声も高まっている。メディアリテラシーにはさまざまな定義があり、欧米では一般に「すべてのメディアメッセージは構成されている」などのようにメディアのメッセージを批判的に読み解くスキルとされる(小寺, 2016; 耳塚, 2018)。メディアリテラシーを構成するスキルも、メディアの役割と機能の理解、メディアコンテンツの批判的分析と評価などさまざまであり、2016年米国大統領選以降はニュースコンテンツの内容の真偽や信頼性を見分けるスキルであるニュースリテラシーに特に注目が集まっている。その一方で、偽情報・誤情報に対するメディアリテラシーの効果は疑問だとする声も存在する(藤代, 2022)。本稿では偽情報・誤情報対策としてのメディアリテラシーの有効性と限界を考察する。

なぜメディアリテラシーの効果が疑問視されるのか

 メディアリテラシーの効果が疑問視される理由は、個人のスキルで偽情報・誤情報を見抜くことが、技術的、心理的、情報環境的に見て困難と考えられるからである。

 技術面では、AI(人口知能)技術を用いて作成されるディープフェイク(虚偽の動画)が年々精緻化しており、専門家ですら虚偽であると見抜くことが困難になってきている。ロシア軍がウクライナに侵攻した際には、ウクライナのゼレンスキー大統領が国民にロシアへの降伏を呼びかけるディープフェイクが拡散された。

 心理面では、人間の脳が情報処理する際のエラーといえる認知バイアスが、偽情報・誤情報を受け入れ拡散する方向に働く。人間の脳には、自動的に高速で働きわずかな注意力しか必要としない「システム1」、頭を使わなければできない知的活動に注意力を割り当てる「システム2」の二つの思考システムがあり、日常的な思考や行動の大半はシステム1で処理され、複雑な思考が必要とされる際にはシステム2が用いられる(Kahneman, 2011=2012)。システム1による情報処理はたいていの場合はうまくいくが、特定の状況になると系統的なエラー(認知バイアス)が決まって起きる。自分の意見や価値観に一致する情報ばかりを集め、それらと異なる情報を無視してしまう「確証バイアス」、自分の意見と異なる情報を突き付けられるとかえって自説に固執してしまう「バックファイア効果」などが認知バイアスの例である。既存メディアに不信感を抱いている人々がメディアの報道を批判的にチェックしようとするほど、インターネット上でメディア報道と異なる「真実」に接触しやすくなるため、メディアリテラシー教育が逆効果になる恐れがあることも(Boyd, 2021)、確証バイアスの現れといえる。偽情報の発信者はこうした情報処理エラーを突いて人々に偽情報を受け入れさせようとするが、人がシステム1の自動的な働きや認知バイアスを意識することは難しい。

 ソーシャルメディアやメディア企業、利用者によって形成される情報環境自体も偽情報・誤情報の拡散を促進している。ソーシャルメディア上では自分と似た意見を持つ人同士がつながるエコーチェンバー(反響室)が形成されやすく、エコーチェンバー内ではメンバーが互いに意見を強化しあい、自分達の意見と合致すれば真偽が怪しい情報でも共有・拡散されがちである(Sunstein, 2018=2018; 笹原, 2018)。Google、Facebookなどのメガプラットフォームのアルゴリズムが利用者の興味関心に合致した情報ばかり提示する状態であるフィルター・バブル(Pariser, 2011=2016)もまた、自分の意見と合致しない情報・反論がフィルターで排除されるため、偽情報・誤情報が打ち消されずに生き残り、拡散されやすくなる。マスメディアですらも、インターネット上のまとめサイトなどで話題になっている言説を取り上げて報道することで、偽情報・誤情報の拡散に加担してしまうことがある(藤代, 2021)。

 以上のとおり偽情報・誤情報が受け入れられ、拡散されやすくなっている原因は、複合的でありかつ根が深いため、個人がメディアリテラシーを身につければ対抗できると考えることは現実的ではない。さらに言えば、現状で大半の人々はニュースの真偽を見抜けるファクトチェッカーのようなスキルを持ち合わせていない。欧米の調査によれば、デジタル・デバイスを使いこなす若い世代であれ高学歴者であれ、人々がインターネット情報の信頼性を見抜くスキルは総じて高くない(耳塚, 2020)。リテラシー教育の見直し等によって将来的にはスキルが高まるかもしれないが、現在生じている偽情報・誤情報に対してメディアリテラシーに即効性を期待することはできない。

メディアリテラシーは「効果」がある。ただし・・・

 ここまではメディアリテラシーで偽情報・誤情報に対抗する困難について述べてきたが、メディアリテラシーが偽情報・誤情報に効果があることを示唆する研究も存在する。

 PennycookとRang(2019)はオンライン調査対象者に事実のニュースと虚偽ニュースの投稿(写真と文章)を見せて内容の真偽を判定させたところ、判定の成否には分析的な思考ができているかどうかが関係していた一方で、ニュース内容が対象者の政治的イデオロギーに一致しているか否かは無関係だった。国際大学グローバル・コミュニケーション・センターが実施したアンケート調査結果によれば、メディアリテラシーが高い人(メディアのメッセージが構成されたものであることや、メディアの商業的性質について同意する度合いが強い人)ほど、コロナワクチンや政治関連の偽情報・誤情報を「誤った情報」と判断し、情報を拡散しない傾向がみられた(国際大学グローバル・コミュニケーション・センター, 2022)。これらの研究結果からは、メディアリテラシーのスキルが高くメディアのメッセージを批判的かつ分析的に読み解こうとする人ほどニュースの真偽を見抜く力が高まる、つまりメディアリテラシーが偽情報・誤情報対策として効果があると言えそうだが、果たしてそう考えてよいのだろうか。

 結論から言えば、メディアリテラシーを含め《ニュースの内容について熟慮するならば》、人が偽情報・誤情報に騙されるリスクを《ある程度は》抑えられる。Pennycookらの研究は、システム2を使う分析的な思考がニュースの真偽を見抜く上で有用であることを示唆している。国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの研究も、メディアのメッセージを批判的に読み解くことにはシステム2を使う必要があると考えれば、同様に偽情報・誤情報に効果がありそうである。ただしここで言う「効果」は、システム2を使って熟慮する人がニュースの真偽を見分ける力は《システム2を使わない人に比べればまし》、ということであって、偽情報・誤情報に抵抗するために十分であることは意味しない。

 加えて現在の情報環境では、人々が熟慮して批判的・分析的にニュースを解釈することは容易ではない。インターネットやソーシャルメディアなどの情報技術の発展に伴って社会を流通する情報量は爆発的に増加する一方、人間が配分できる注意力の量は変わらないため、相対的に極めて希少になったアテンションがインターネットにおける価値の源泉である(アテンション・エコノミー)。GoogleやFacebookなどのメガプラットフォームやメディア企業はアテンション獲得のために熾烈な競争を繰り広げ、人々も有限のアテンションをニュースやドラマ、ゲームなど様々な用途に効率よく配分するために0.1秒の待ち時間すら敬遠する。結果、ウェブページの読み込み時間やサイトのレイアウト、コンテンツの新鮮さ、ユーザー行動分析などに莫大な資金を投じることができるメガプラットフォームに人々のアクセスが集中しアテンションの寡占が形成される(Hindman, 2018=2020)。現在の情報環境では、人々は四六時中、無数のアテンションの要求や誘惑にさらされており、システム2を用いたニュースの熟慮にアテンションを配分することは困難なのである。

 アテンションの不足は個人を偽情報・誤情報に騙されやすくさせるだけでなく、情報環境全体の情報の質も低下させる。計算社会科学の研究によれば、ツイッター上の情報拡散の仕方についてコンピュータシミュレーションを行ったところ、人々のアテンションが不足している場合には特定の情報が拡散するかどうかに情報の内容の良し悪しは関係がなかった(Weng et al., 2012)。つまり、質の高い調査報道記事であろうが根拠のない偽ニュースであろうが、ソーシャルメディア上で多くの人の目に触れる確率は変わらず、ニュースが拡散するかどうかを決めるのは偶然でしかない。そのような情報環境では、ニュース発信者はわざわざ人手と時間と金をかけて質の高いニュースを生み出すよりも、手軽に作成できて安価なニュースを粗製乱造する方が経済的には合理的となる。取材や裏取りのコストがかからない偽ニュースであればさらに「効率的」であろう。かくしてインターネット上には質が低く真偽が疑わしいニュースが氾濫している。

偽情報・誤情報対策の目的は何か

 偽情報・誤情報の問題の原因はあまりに根深く、解決が困難に見える。メディアリテラシーに求められるシステム2を使う熟慮は、人々がニュースの真偽を見分ける力をある程度高めることはできる。しかし現在の情報環境ではシステム2が必要とするアテンションは慢性的に不足しており、ニュースの理解にアテンションを配分することが困難な状況である。偽情報・誤情報の問題の根底にあるのはアテンションの不足だが、これを解決するには情報環境やアテンション・エコノミーそのものを見直す必要があり、あまりにも大きな課題であるⁱⁱ。

 ただし偽情報・誤情報はインターネット以前から存在していたのであり、将来も完全に無くすことは不可能であろうし、無くすことを目標とするべきでもない。偽情報が流通しない情報環境は、「真実省」があらゆる情報流通を完全にコントロールしている『1984』の世界のようなディストピアだからであるⁱⁱⁱ。偽情報・誤情報が社会的に問題なのは有権者の意思決定を阻害し代表者への信頼を毀損して、民主主義を機能不全にする恐れがあるからであった。であるならば、目標とすべきは偽情報・誤情報や騙される人を完全になくすことではなく、それらを民主主義が機能する範囲に抑えておくことであろう。さきに偽情報・誤情報に対するメディアリテラシーの効果は限定的であると述べたが、効果が限定的であろうとも上記目標が達せられるならば問題はないともいえる。

 メディアリテラシーの範囲がニュースの真偽の区別に限定されないことも、むしろ注目に値するかもしれない。民主主義は有権者が社会問題や政治について熟慮・熟議することによって支えられているのであり、現在の情報環境がいくら人々をアテンション不足に陥らせているといっても、社会問題・政治に関する情報処理を直感的・感情的なシステム1に完全に委ねるわけにはいかない。メディアリテラシーがメディアのメッセージを批判的に読むことで、人々が社会問題について熟慮することを促していると考えるならば、ニュースの真偽判断以外のところにメディアリテラシーのより重要な価値があるともいえる。偽情報・誤情報対策にはメガプラットフォームによる信憑性の乏しい情報への警告表示などさまざまな取り組みが行われている。偽情報・誤情報対策に限らず民主主義の機能確保のために、メディアリテラシーがよりよく担いうる役割は何かを検討するべきである。

<参照文献>
朝日新聞 (2022). 「ロシア、フェイクニュースと見なせば禁錮刑に 欧米メディア取材停止」
https://www.asahi.com/articles/ASQ356J15Q35IIPE00N.html (2022年4月24日アクセス)
Boyd, D. (2017). Did media literacy backfire?. Journal of Applied Youth Studies, 1(4), 83-89.
European Commission. (2018). Tackling Online Disinformation: A European Approach. Communication from the Commission to the European Parliament, the Council, the European Economic and Social Committee and the Committee of the Regions. COM/2018/236, final.
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:52018DC0236&rid=2 (2022年4月24日アクセス)
藤代裕之 (2021). 『フェイクニュースの生態系』青弓社
Hindman, M. (2018=2020). The Internet Trap. Princeton University Press. (山形浩生訳『デジタルエコノミーの罠』, NTT出版)
Kahneman, D. (2011=2012). Thinking, fast and slow. Macmillan. (村井章子訳『ファースト&スロー』, 早川書房)
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター (2022) 『Innovation Nippon わが国における偽・誤情報の実態の把握と社会的対処の検討 報告書』
https://www.glocom.ac.jp/activities/project/7759 (2022年4月24日アクセス)
小寺敦之. (2017). メディア・リテラシー測定尺度の作成に関する研究. 人文・社会科学論集, 34, 89-106.
耳塚佳代. (2020). 「フェイクニュース」 時代におけるメディアリテラシー教育のあり方. 社会情報学, 8(3), 29-45.
野村総合研究所 (2021). 「フェイクニュース」に関するアンケート(過去調査比較をふまえて)調査結果.
https://www.soumu.go.jp/main_content/000745041.pdf (2022年4月24日アクセス)
Pariser, E. (2011=2016). The filter bubble: What the Internet is hiding from you. Penguin UK. (井口耕二訳, 『フィルターバブル──インターネットが隠していること』, 早川書房)
Pennycook, G., & Rand, D. G. (2019). Lazy, not biased: Susceptibility to partisan fake news is better explained by lack of reasoning than by motivated reasoning. Cognition, 188, 39-50.
笹原和俊 (2018). 『フェイクニュースを科学する-拡散するデマ、陰謀論、プロパガンダのしくみ』, 化学同人
Sunstein, C. R. (2018=2018). # Republic. In # Republic. Princeton university press. (伊達尚美訳,『#リパブリック: インターネットは民主主義になにをもたらすのか』, 勁草書房)
平和博 (2022). 「ウクライナ侵攻『ブチャの放置遺体が動いた』偽ファクトチェックを繰り返す狙いとは?」
 https://news.yahoo.co.jp/byline/kazuhirotaira/20220405-00289950 (2022年4月24日アクセス)
鳥海不二夫・山本龍彦 (2022). 共同提言「健全な言論プラットフォームに向けて―デジタル・ダイエット宣言 ver.1.0」
https://www.kgri.keio.ac.jp/docs/S2101202201.pdf (2022年4月24日アクセス)
Weng, L., Flammini, A., Vespignani, A., & Menczer, F. (2012). Competition among memes in a world with limited attention. Scientific reports, 2(1), 1-9.

ⁱ 「フェイクニュース」という言葉の定義は曖昧であり、トランプ元米大統領が自身に批判的なニュースメディアを「フェイクニュース」と攻撃したように、恣意的に使われる恐れもある。したがって学術的にはmisinformation(誤情報)・disinformation(偽情報)の用語がよく用いられる。本稿でも誤って結果的に事実とは異なるニュース情報が流通する場合は誤情報、送り手が意図的に事実とは異なる情報を流通させて受け手を欺こうとする場合は偽情報とし、両者をあわせた「偽情報・誤情報」を「フェイクニュース」の代わりに用いることとする。
ⁱⁱ たとえば鳥海・山本(2022)は情報環境の健全化のために様々な具体的な提言を行っているが、アテンション・エコノミーについては「アテンション・エコノミーに代替する新しい経済構造については、現時点では明らかではなく」と、今後の検討課題としている。
ⁱⁱⁱ ウクライナ侵攻について「正しい」情報を流すことしか許されないロシア(朝日新聞, 2022)もこれに近い状況といえる。

<執筆者略歴>
小笠原 盛浩(おがさはら・もりひろ)
東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授。専門分野はインターネット、コミュニケーション論、メディア効果論。著書に『ポスト・モバイル社会』ソーシャルメディアで共有されるニュース(共著)[世界思想社] 

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