データからみえる今日の世相~テレビは「あなた」を挑発しているか~
江利川 滋(TBS総合マーケティングラボ)
2023年3月末現在、「放送への政治介入」が取り沙汰されています。
発端は3月2日に立憲民主党の小西洋之参院議員が公表した総務省の内部文書で、現物は総務省Webサイトにて公開中(23年3月31日現在)。
この文書を示しながら、小西氏は「安倍政権下の2014~15年にかけて当時の首相官邸と総務省の間で放送法の解釈変更を試みていた可能性があると指摘」しました(23年3月3日付日本経済新聞)。
そこには14~15年当時、礒崎陽輔首相補佐官が総務省幹部に放送法に定める「政治的公平」の解釈を検討するよう指示したやり取りや、総務相幹部から高市早苗総務相へのレク(説明)、官邸幹部らが安倍晋三首相から聞き取ったとされる発言などが書かれています。
放送法では放送番組の編集について、第4条第2項で「政治的に公平であること」を定めています。これを政府は従来、「一つの番組ではなく、放送事業者の番組全体をみて判断する」と解釈していました。
しかし、安倍政権下の高市総務相が15年5月12日、衆院総務委員会で「一つの番組でも、極端な場合には一般論として政治的公平を確保しているとは認められない」と答弁。
公表された文書は、その答弁に至る裏側で、政府内で何が起こっていたのかを生々しく伝えるもののようです。
この文書を巡り、高市氏が23年3月3日の参院予算委員会で「悪意を持って捏造されたもの」と発言し、松本剛明総務相がその4日後にすべて総務省の行政文書と認めるなど、真偽の成り行きが耳目を集めています。
文書には、礒崎氏のものとされる「けしからん番組は取り締まるスタンスを示す必要がある」という言葉が書かれています。
それと通じるのか、16年2月8日に当時の高市総務相が衆院予算委員会で、「放送局が政治的な公平性を欠く放送を繰り返したと判断した場合、電波停止を命じる可能性に言及」(23年3月3日付朝日新聞)しています。
政府が個別のテレビ番組を非難する――。そのことで思い至ったのが、『日の丸』というドキュメンタリー番組です。
1967年の『日の丸』
『日の丸』は、2日後に国民の祝日として初の「建国記念の日」を控えた67年2月9日、ドキュメンタリーシリーズ『現代の主役』の1本としてTBSテレビで放送されました。演出は当時TBS社員の萩元晴彦氏、構成は劇作家の寺山修司氏。
萩元氏は、著名なテレビ論『お前はただの現在にすぎない テレビになにが可能か』(村木良彦・今野勉との共著、69年)の中で、『日の丸』の反響を以下のように記しています。
「放送後直ちに視聴者から抗議、非難、脅迫めいた電話が殺到。推定数四〇〇。多数の投書もなぜか社長宛に届いた。(略)また、郵政大臣が閣議でこの作品を偏向と発言、電波監理局の調査が行なわれた。」
放送局の監督官庁(当時は郵政省)の大臣が「偏向」と呼んだ番組とはどのようなものだったのか。当日の新聞の番組紹介にはこうあります。
「“日の丸”についての日本人の考え方を、インタビュー形式で調査するもので、意識調査のかたちをとっている」(読売新聞)
「昨年度の芸術祭に奨励賞を受賞した『あなたは……』と同じ方法で、国民の各層の考え方を聞いたもの」「ねらいを『日の丸』にしぼって、日本人の愛国心を掘下げようというもの」(朝日新聞)
ここに出てくる『あなたは……』は、『日の丸』同様、萩元・寺山タッグの制作で、66年にTBSテレビが放送したドキュメンタリー番組。
2つの番組の特徴は、若いインタビュアーが都会の街角や村、職場などで突然多くの人に、たくさんの質問を投げかけることです。
例えば『あなたは……』では、「いま一番ほしいものは何ですか」と始まり、「ベトナム戦争にあなたも責任があると思いますか」「では、その解決のために何かしていますか」などと続いて、「最後に聞きますがあなたはいったい誰ですか」と、20問くらい尋ねられます。
一方、『日の丸』の質問は、「日の丸と言ったらまず何を思い浮かべますか」「日の丸の赤はなにを意味していると思いますか」「あなたに外国人のお友達はいますか」「もし戦争になったら、あなたはその外国人のお友達と戦うことができますか」「日の丸が日本の国旗であるということに誇りが持てますか」などなど。
これらの質問は、わざと機械的・無機的・矢継ぎ早に繰り出されます。相手が戸惑ったり、質問の意味を尋ねたりしてきても、一切反応せず次の質問を投げつけます。
この演出意図について萩元氏曰く、インタビュアーは「記録用紙みたいなもんで、ただ質問を発して向こうが答える」と語っています。
データとしての「日の丸」
本当の記録用紙、すなわちアンケート調査で「日の丸」について問うたらどうなるか。
TBSテレビが毎年行っているTBS総合嗜好調査には、「好きな言葉」「嫌いな言葉」をそれぞれいくつでも選んでもらう形式の質問があり、そこに「日の丸」「愛国心」という選択肢もあります。
選択肢に加わった時期は若干異なりますが、現在までの好意/嫌悪の推移を追ってみると、次の折れ線グラフのようになります。
これを見ると「日の丸」や「愛国心」という言葉が好きな人は、80年代後半以降5%に満たないことや、それらの言葉が嫌いな人の割合は、00年代以降減少傾向にあることが分かります。
人々が「日の丸」や「愛国心」を好きとも嫌いとも思わなくなっているという、社会全体の動向を示すデータが重要なのは言うまでもありません。
しかし、67年放送の『日の丸』は、このような、記録用紙の積み重ねで出てくる「データ」を伝えたかったのでしょうか。
もちろんそんなはずはなく、仮にそのような内容の番組なら「日の丸をぼうとくするものだ」(67年2月21日付毎日新聞)などと苦情を寄せられるわけがありません。
「あなた」を挑発するテレビ
『日の丸』放送から半世紀、2017年のTBSテレビ新人研修で『日の丸』を見て衝撃を受けた佐井大紀ディレクターが、その5年後に『日の丸 それは今なのかも知れない ’22』を制作しました。
ドキュメンタリーシリーズ『解放区』の1本として、22年2月13日に放送されたその番組は、その後、映画『日の丸 寺山修司40年目の挑発』となり劇場公開されています。
新たに制作された番組(そして映画)では、67年の『日の丸』で制作者が何を狙っていたのかを掘り下げています。
詳しくはそれらをご覧いただきたいですが、筆者としては、やはり「機械的・無機的・矢継ぎ早に質問を繰り出す」という手法で人々を(そして視聴者を)追い込んでいく様子に目が行きます。
日々をふつうに過ごす人々に急にマイクが突きつけられ、「日の丸と言ったらまず何を思い浮かべますか」と問われる。
最初は当たり障りなく、あるいはおどけて、あるいはシニカルに、その人なりのポーズを取りながら回答し始める。
しかし、自分がどう答えてもそれに対する反応はなく、ふだん考えたこともない答えにくい質問が次から次へと押し寄せて、回答を迫られる。
そのうち人々は「これはインタビュアーとの会話ではない」と気づき、「なぜ自分がこれに答えなければならないのか」「自分はそれをどう考えているのか」などと自問を迫られ、自らの地金をむき出しにし始める。
あまりに本質的でふだん考えないようなことを、人々に考えさせる。そして、曖昧にごまかされたり、思いがけず深い言葉が紡がれたりする様をテレビで見せながら、視聴者にも自問を迫る。
同じ手法で「あなた」を問うた番組には賞が与えられ、「日の丸」を問うた番組は政府から非難されました。
今、放送法の解釈や政治的公平性の問題として取り沙汰されているのは、「一つの番組の中で一方の意見しか採り上げない、ということをもって政府が放送局を処罰してよいのか」という論点です。
その理屈で言えば、政府見解を支持する意見だけ採り上げた番組も処罰の対象となるはずですが、おそらくそうはならないでしょう。
放送には、政府に都合のいいことだけでなく、都合が悪い事実を伝えることも求められています。その情報が国民の判断材料となるからです。
一つの番組の中で多様な意見を採り上げきれなくても、他の番組も含めた放送全体で世の在り方を伝えればよい、というのが従来の放送法の解釈であり、それを変更しようとした政治介入の存在が取り沙汰されています。
こうした論議と『日の丸』の偏向番組批判とは、かなり性格を異にするように見えます。しかし、「世の中を刺激(あるいは挑発)するテレビと、それを苦々しく思う政府」という構図が共通するようにも思います。
政府に都合が悪い事実だったり、日の丸について結構くだらないイメージを抱いている人もいるという様子だったりが、テレビで流布する。そのことで、世の中の「常識」や「建前」「当たり前」が揺さぶられ挑発されて、人々により深く考えることを促すのではないかと思うのです。
逆に言えば、そうしたテレビで人々がものを考えるようになり、「寝た子を起こす」ことを政府は恐れているのかも知れません。
しかし、人々がテレビを離れてSNSに依存し、フィルターバブルの中でフェイクニュースに接していると言われる今、果たしてテレビに「寝た子を起こす」力があるのかと思わされます。
でも、世界的にも不安や緊張が高まる今だからこそ、テレビには「あなたはいったい誰なのか」「あなたはそれでいいのか」と世を挑発しつづける力が求められているとも思うのです。
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